第1話 ピンクのウサギ
※本作ではAI生成イラストを多数使用しています。挿絵が苦手な方は、閲覧画面の「表示調整」から挿絵を非表示にしてお読みいただけます。
春うらら。
学校の帰り道、幼馴染から、「桜が満開だよ」って聞いたので、なんとなく川沿いの土手に寄ってみた。
「おお……これは、たしかに!」
ユナの言葉を信じて、大正解。
通学路の川縁には桜がずらりと並び、どれも見事なまでに満開だった。少し離れた憩いの広場では、年配の人たちがゲートボールに興じている。
なんだか、いかにも平和な春の午後って感じだな。
しかも、静かで人も少ない。昼寝をするには完璧の環境じゃないか。
できるだけ地面が柔らかそうな場所を選び、斜面の芝生にごろんと寝転がる。そのまま、浮かれ気分で空を見上げた。
青い空。白い雲。そして、風に揺れる草木の音。
サワサワサワ……。
う~ん、最高だ。
それにしてもこの場所……やけにフカフカしているな。まるで羽毛布団の上に寝ているみたいで、身体がじんわり沈み込んでいく。
まぁ……そんな些細なことなんて、別にいいか。
サワサワサワ……。
風が草木を揺らし、鼻先をくすぐる。
はぁ……天国かな?
「この青臭い匂い……めっちゃ落ち着くんだよな……」
ちょうどいい日差しに負けて、だんだんまぶたが重くなる。
ああ、もうダメだ。我慢できない。そもそも抗う理由などないのだから、このまま寝てしまおう。
意識がゆっくり、とろけていく。
…………。
ところが、そのとき。
僕は、なにかの気配をすぐ近くに感じた。
この気配の大きさからして、熊……?
いや、そんな筈はない。
だったら、なんだろう?
恐る恐る目を開けると、僕の目の前にいたのは、ピンク色のでっかいウサギだった。
「……ひぃぃっ!!?」
我ながら乙女かってくらい、可愛い悲鳴が口から飛び出す。
でもそれは、本物のウサギじゃなかった。よく見ると人間サイズの、子どもに好かれそうな着ぐるみだったのである。
「恐れ入りますが、ちょっとそこを退いてもらえませんか?」
その上、着ぐるみの顔の部分から聞こえてきたのは、信じられないくらい可愛らしい女の子の声。アニメ声っていうか、癒やし系っていうか。いや、もうプロの声優超えてんじゃね? ってレベルだ。
「えっと……なに?」
あまりの心地よさにもう一度声が聞きたくて、思わず問い返す。
「あの……だからそこを退いてほしいんですけど……」
「やっぱり、かわいい……」
やばい、心の声が駄々洩れだ。声だけで魂ごと持ってかれそうだった。それにこれだけ声がかわいいってことは、着ぐるみの中身もきっと、とても愛くるしい女性に違いない。
いや、でもちょっと待てよ。此処はどこだっけ?
その答えは、千葉のネズミィランドでも、お台場のイベント会場でもない。ただの川縁だ。
そんなとこにフツー、着ぐるみがいるか?
つまりこの人、ヤバい可能性が高い。高すぎる。
どうしよう。このままだと……
コ・ロ・サ・レ・ル・カ・モ。
「えっと……すぐに立ち退いたら、許してもらえますか?」
「はい?」
「お願いです、殺さないでください。命だけは助けてください!」
まだこの若さで死にたくなかったので、僕は必死に懇願した。
「あの……なんで私があなたを殺すんですか?」
ウサギが不服そうに聞き返す。まずい、かえって機嫌を損ねてしまったかもしれない。やぶ蛇だったか。
こうなったらもう、逃げるしかない!
そう思って立ち上がろうとした瞬間。
あれ!?
足が動かない。腰も上がらない。これって、腰が抜けてるってやつじゃん!
まさに人生最大のピンチ。くそ、こんなことなら、一度でいいから女の子とデートしてから死にたかった!
いや、後悔するのはまだ早い。くよくよしてる場合じゃないぞ。どうにかして、この場を切り抜けなければ。そうだ、こういうときは逆ギレだ。思い切って強気に出るしかない!
つまり僕は、『悪役ムーブ』に賭けた。
「ガハハハハ! この俺様に退いてほしければ、風船をよこせ!」
普段の一人称は「僕」だが、悪ぶりたいので「俺」に変えてみた。最初の高笑いは自分でもよくわからないが、僕なりの悪役ムーブのつもりだ。
「へっ?」
「だから歓迎の風船だよ、ふ・う・せ・ん!」
「風船ですか?」
「着ぐるみなら、子どもに配る風船くらい持ってて当然だろ? まさか、持ってないなんて言わないよな?」
そういえば。
先日家族と出かけたエルドラード・パークでも、大きな着ぐるみが子どもたちに風船を配っていたっけ。
だけどこのウサギ、どこかで見たことがあるような、ないような……。まあいいか。だって今は、それどころじゃないのだから。
「ごめんなさい……今は持ってないんです……」
あれ、怯んだ? まさかのこれは、かなり効いてる?
奇跡のチャンス到来。今が攻めどきかもしれない。
「だったら俺はどかない。退くべきは……アンタのほうだ!」
「え、えええっ!?」
推定美が付く女性に対して、超失礼で乱暴な言いぐさだけど、ここは命が優先なので、四の五の言ってる場合じゃない。
「それに着ぐるみって、普通しゃべらないだろ? 某国のネズミィを見習え。あいつは笑顔とジェスチャーだけで子どもと会話してるぞ?」
「それは、そうですけど……」
すでに消えりそうな声。これはいける。畳みかけるなら今だ。
「ということで、風船持って出直してきな!」
「えええぇ~!!」
着ぐるみの頭の上に、「ガーーーーン!!」という漫画文字が浮かんだ。
よし、勝った!
って思ったのも、束の間。
着ぐるみは予告もなしに僕のすぐ隣に来て、ドサッと地面に寝転がった。それからウサギの笑顔のまま、ピクリとも動かなくなった。
なんで!?
だけど、ここで引くわけにはいかないので、こちらも完全無視を決め込むことにした。
……5分経過。
……10分経過。
「おい……これってどういうつもりだよ?」
我慢できなくて先に聞いちゃったけど、着ぐるみは何もこたえない。
ふたりともその場から動かないまま……さらに15分が経過した。
「お~い、起きてますかー?」
堪え性がないので様子を伺う。でも反応はない。ただの屍のようだ。
まさか……死んだ?
もう我慢できない! こうなったら禁じ手を使うしかない!
「おいコラ! 返事しないと、そのモフモフ脱がしてやるぞ!」
バタバタバタッ!
身の危険を感じたのか、着ぐるみがガバッと飛び起きた。
やっぱり死んだフリかよ、こんにゃろ~!
「エッチ! エッチ! しゃべるなって言ったのはアナタじゃないですか、ぴょン!」
「ていうか、なんで語尾が急に“ぴょン”?」
「ウサギだからに決まってるでしょ、だぴょン!」
「そのわりには、今さら急にキャラ変してきたよね?」
相変わらず、このウサギが怪しいのは変わりがない。でもこのユルイ感じからして、殺される可能性はなくなった気がする。つまりは助かった……のか?
「そこに寝そべっていられると、ほんとに困るんだぴょン!」
そんなこと言われてもな……。
腰が抜けてるなんて、絶対に言えない。もし弱みを見せたら、また態度が急変するかもしれないと思ったからだ。
仕方がない。こうなったら奥の手を使うしかない。
「じつはこの後、1時間後にバイトの面接があるんだ。僕はそのために今、精神統一してる最中なんだよ。だから残念ながら動けないのさ」
これぞ忍法、嘘八百の術。
「へぇ。どんなバイトなんですか、ぴょン?」
あ、やば。詰めてきやがった。
「そ、それは企業秘密だ!」
「だったら1時間後にまた来るピョん。それまでには、きれいさっぱり消えてて欲しいピョん」
あれ、ウソバレバレかと思ったんだけど。これってもしかして、大成功?
「じゃあね、アデューだぴょン☆」
着ぐるみは、そのまま茂みの中に消えたかと思いきや、数秒もしないうちに、すぐ引き返してきた。
「な~んちゃって。本気でそんなに待つと思いました?」
表情は笑顔のままなのに、ドスの利いた声でこちらを見下ろしてくるピンクのウサギ。もし僕がいたいけな子どもだったら、そのギャップにビビッてちびっていたに違いない。
「こうなっては、もはや仕方がないですな」
ウサギがこちらを覗き込みながら囁いた。
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