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イノセント・スカイ  作者: もちもちな魔族
Part1

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3/39

#カイ1

 地球の空は、青かったらしい。だが、カイ・アリオンの視界に入るのは似ても似つかない、クリーム色の大空だった。


 人類がかつての母星を捨てて、数百年後の現在。場所は変わっても繰り返すことに大きな違いはなくて、つまりは今でも啀み合っては争っている。


 広大な美しい空の下では無粋なことではあるかもな、とカイは意味もなく呟いた。


 とは言え、自分も無粋な人間の一人であることに変わりないのは、言われるまでもない。カイは自分の立場を充分に自覚している。


 初陣がいつかだったなんて、もはや覚えていない。とにかく、気づいたときには救世軍の一員として戦闘機を操縦していた。戦場に赴くことに疑問を抱いたこともない。


 カイにとって、戦闘機を操縦するのは適職だった。何度も困難な場面に至っても、結果的には生還を果たしていた。敵戦闘機を撃墜するのは、セックスに次ぐ快楽だった。


 なんの因果か適職に就いていることには当然、不満はない。むしろ、任務がないと退屈だった。


 今回は第31部隊として、久しぶりの任務だった。思えば、前回の任務から大分経っている。暇を潰そうにも、セックス以外の楽しみをカイはあまり知らない。相手もいつも応じてくれるとは限らない。命令が下されたときは密かに歓喜した。正直、セックスにも飽きていたのだ。


「こちらカイ。今のところ、異常なし。アイカは?」


 無線越しに呼び掛ける。戦闘機のコクピット内は狭いが、不思議とカイは気にならなかった。


「こちらも異常なし。レーダーには何も引っ掛かってないよ」


 いつもの声を聞くと、妙に安心する。本人に言ったことはないが、長い付き合いになった相棒のことを信頼している。


「今回は空振りかねえ」


「ねえ、カイ。あからさまに残念そうにしないでくれる?」


 アイカ・キルシュの声は、明らかに不機嫌そうだった。当たり前だが、死地に赴くことを生業にしているからと言って、カイのように好むかは別の話だ。アイカはその意味で、カイとは別人種だった。


「敵機と遭遇しないなら、その方がいいでしょ? カイはいつか痛い目見るよ」


「そうならないのは、俺が優秀なパイロットだからかね」


「言ってろ。どうせわたしは臆病者だよ」


 実際のところ、カイとアイカの操縦技量に大きな差はなかった。カイからすれば、アイカほどの技量があるのになぜ戦闘を恐れるのか、理解は出来ても共感は出来なかった。


「カイくんは相変わらずですね〜。本当に一回くらい痛い目を見たほうがいいんじゃないですか?」


 会話に割り込んできたのは、マリナ・アーヴィンだった。彼女もまたカイとアイカと同様、パイロットだった。


 カイたちが操縦する戦闘機は、通称を「シグルド」と言った。英雄の名を持った戦闘機は、五機で一つの部隊として運用されている。カイ、アイカ、マリナ以外にもショウとエレナの二人がシグルドを操縦している。


 五機の戦闘機がクリーム色の空の下を航行している。少し離れたところには、彼らの母艦があった。戦闘機を運用するための、フェリックス級航空母艦である。


 人類の移住先であるこの惑星アリシアには海はない。剥き出しの赤い大地を無色の有毒ガスが覆い、更に上にはクリーム色の大空があるだけだ。そのため、この航空母艦は、戦闘機同様に”空を泳ぐ”のである。


 カイはわざとらしく唸った。


「マリナ、お前な。仲間の不幸を願うなよ」


「願ってないですよ〜。カイくんの戦い方は怖いんです。みんな言ってますよ? だから、一回くらい痛い目見て、反省してくださいって思っちゃうんです!」


 確かにカイはかなりアグレッシブな戦い方をする。そして、仲間内では非常に不評である。司令部から何も言われないのは、一重に戦果を上げているからである。


「アイカちゃんもそう思うでしょ?」


「まあね。でも、好戦的なカイのお陰でこっちが狙われずに済むから、好きにしたらいいんじゃない?」


「もう、アイカちゃんが甘やかすからいけないんですよ〜」


「お前ら、言いたい放題だな」


 拗ねたように言うカイに、アイカが続けた。


「だけど、今回の任務ではカイの出番は要らないはすだよ」


「それもそうですね」


 マリナも同意を示すが、カイにはそれも不満で鼻を鳴らした。


「あのさカイ、わかってる? 今回の任務は敵戦闘機を撃墜するのが目的じゃないんだから。わたしたちはただの護衛。撃墜された味方の回収任務なんだから」


「そりゃあ、わかってるけどさあ」


 任務に就くのは楽しい。カイにとっては生き甲斐だ。しかし、毎回望む任務に就ける訳ではない。


 今回の任務は、アイカの言うとおりだ。味方部隊が撃墜され、生きているかもしれないパイロットたちを救出するためのものだ。時間が経っている以上、敵戦闘機はすでに去った可能性が高い。


「にしても、任務中の部隊が全滅か。穏やかな話じゃないな」


 任務内容を思い返したカイは呟いた。


「しかも、撃墜されたのは特務隊だってさ。こりゃ、ひょっとするかもなあ」


「こら、滅多のこと言わないでよ」


 アイカの不平にも、カイは耳を貸さなかった。任務が常に想定内とは限らない。対応できない事態と隣り合わせだ。


「特務隊ってことは、なにか特別な任務だったのでしょうか?」


 マリナは疑問を呈するが、答えられる者はここにはいなかった。特務隊は救世軍内でも特殊な任務を専属的に扱う部隊だ。カイたち一般部隊のパイロットが、その任務内容を知らされることはない。


「わかんないけどさ、特務隊が全滅するって異常事態ではあるよな」


「ですよね〜」


 特務隊は一般部隊のパイロットから選抜される、エリート部隊だ。当然、操縦技術のレベルが高く、一般部隊での実績も考慮される。


 ちなみに、カイも特務隊の選抜試験を受けたことがある。操縦技術こそ高く評価されたものの人格上の問題が指摘され、選外となった。選抜試験はこっそり受けたので、アイカとマリナは知らないことだが。


 カイも特務隊所属のパイロットたちの技量は知っている。その部隊が壊滅したというのは、にわかには信じられなかった。


「やっぱりさ、あれかな。強化型が大勢出て来たのかな?」


 カイの言葉に、マリナが反応した。


「もう、やめてくださいよ! 本当に出てきたらどうするんですか! わたし、嫌ですからね!? 死にたくないです!!」


 カイたちは戦争をしている。兵士として参加し、殺し合う。敵勢力は単に「ルクレシア」と呼ばれている。カイたちの勢力は「エデン」だ。エデンが運用する軍隊を「救世軍」と呼称している。


 ルクレシアの主力戦闘機は、通称を「ウィーズル」と呼ばれている。性能的にはシグルドを下回るが、なにせ数が多い。資源を多く抱えるルクレシアは物量で勝負している面があるのだ。


 カイの言う「強化型」というのはウィーズルの上位互換型だ。ウィーズルの基本性能を強化した機体なので、俗にそう呼ばれている。


 まず、救世軍側のシグルドが機体性能で劣ることはない以上、負ける場面というのは限られている。圧倒的な機体数で敵部隊が勝利する。もしくは、強化型ウィーズルの部隊と遭遇した場合だ。見た目に大きな違いがないので、見分けがつかない。気付かずに戦って負ける場面が、どうしても出て来てしまう。


 カイは改めて思った。俺たちは戦争をしているのだ、と。


 殺されるかもしれないし、それ以上に殺してきた。これまで生き延びたということは、つまりはそういうことなのだ。


 カイたち救世軍のパイロットにとって幸運なのは、なぜか強化型ウィーズルは機体数が少ないのである。確認されているだけでも、敵戦闘機の1%にも満たない。


 遭遇した場合は、運が悪かったとしかいいようがない。カイはそう割り切っている。


「心配するなよ、マリナ。どうにかなるさ」


「こ、根拠は?」


「ない!」


「カイくんのばか!」


 無線の向こうで、マリナがしくしく泣いた。


 だが本当のところ、カイにも根拠がないでもないのだが。黙っているのも可哀想なので説明することにした。


「真面目な話だがな、今回の任務を思い出せよ。アイカが言っただろう? 特務隊の連中の回収任務だ。敵戦闘機と遭遇する可能性は低い」


「それを先に言ってください! いじわる!」


「悪かったって」


 カイは自分の言ったことを反芻した。


 そう、敵戦闘機と遭遇する可能性は低いのである。アイカやマリナ、そしてこの任務の遂行にとっては幸運なことではある。あくまで撃墜されたパイロットたちを回収する。正確にはその護衛と支援だ。


 しかし、カイから見ればあまり気分のいい話ではない。


 カイは戦いたかった。


 難しいことはなにも考えずに、ひたすらこの大空を駆けていたかった。


 残念だが、今回は運に恵まれなかった。カイはそう思うことにした。


 そこで、今まで会話に加わっていなかったショウ・ハルトマンが無線越しに言った。


「おい、カイ。そろそろ探索も充分じゃないか? 敵戦闘機はいないようだし、フェリックスで待機している回収班に連絡しよう」


「……そうだな。そうしよう」


 敵戦闘機が出て来ない以上、周辺空域の安全は確保されている。回収班を母艦から向かわせてもいいだろう。今回の任務での指揮はカイの担当だったのを、当人は失念しがちだった。


「じゃあ、みんな、お疲れさん。警戒は続けるけど、あとは回収班に任せよう」


 カイがそう言ったところで、前方のエレナ・トムソンから連絡が来た。


「――こっちでウィーズルを発見! カイ、指揮して!」


「そうこなくっちゃな!!」


 歓喜するカイに向かって、カイ以外の全員の怒声が飛んできた。


「「「「喜ぶな!!!」」」」


 カイは嬉々として無視して、シグルドの操縦桿を握った。

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