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誤射

銀河大帝国最新鋭宇宙戦艦デストロイスター艦橋内


「掃射目標、小惑星群。撃て」

提督の冷徹な号令がブリッジに響く。

砲術長が引き金を引こうとしたその瞬間、モニターの端で蠢く複数の生命体反応を、観測手が検知した。


「射撃中止!」

「え?」


砲術長の指が、その一瞬の躊躇と同期して引き金を引いた。

カチリ。乾いた音が電子音を遮り、デストロイスターの主砲が極大の光を噴き上げる。


「「「あ」」」


小惑星群が粉塵へと変わる。そして、その影に潜んでいたはずの「不可解な構造物」も、光の奔流の中で跡形もなく消滅した。

モニターの中で、光の海に飲まれる屋台を確認し、ブリッジが凍りつく。


帝国が銀河の歴史上で最も高い授業料を払うことになるミスを犯した瞬間だった。


遡ること五分前。

銀河の辺境、吹き抜ける宇宙嵐のなかで、その屋台は場違いなほど暖かな湯気を上げていた。

看板娘であるカグヤは、全身編みタイツの上からパステルピンクのミニスカ忍装束という、戦闘とは対極にある格好で、屋台の裏に隠れるように立っていた。


「ねえ、お姉さん。こんなところで店番なんて勿体ないよ。俺のバイクに乗らない? 銀河の真ん中で最高のデートをしよう」


ナンパ師の雰囲気イケメンが、甘ったるい言葉でカグヤの耳元をくすぐる。


カグヤはニヤリと口角を上げ、男の顎に指をかけ、これ以上ないほど艶っぽく流し目を送った。


「デートでござるか? 拙者を満足させられる男なら、どこへでもついて行くでござるよ。そのバイク、なかなか良い加速をしそうでござるな」


「もちろんだ。君のためなら宇宙の果てまで……」


男が確信を持ってカグヤの腰に手を回そうとした、その時だった。

カグヤの視界の端で、屋台が太陽が二つになったかのような閃光に包まれた。

視界が白く塗りつぶされる。轟音は遅れてやってきた。大気の揺らぎも、衝撃波も、すべてを等しく焼き払う破壊の奔流。

カグヤの頬を掠めたのは、おでんの煮汁が蒸発した熱風と、粉々になった屋台の木片だった。


「……あ」


カグヤの視線が、宙を舞う『本日の特売』の札に釘付けになる。

彼女の瞳から、それまでの色気が急速に失われていく。代わりに宿ったのは、銀河の星々を凍りつかせるほどの、どす黒い静寂だった。

「おい、大丈夫か? なんだ今の爆発は……」


衝撃が収まった後、カグヤは立ち尽くしていた。

さっきまで湯気を上げていた屋台は、もはや影も形もない。そこに残されていたのは、吹き飛ばされたカウンターの残骸と、奇跡的に焼け残った一枚の紙切れだけだった。

カグヤは震える手で、その紙を拾い上げる。

紙面は激しく焦げ、おでんの汁の染みが複雑な模様を描いている。

前半の文章は、汁と焦げの浸食によって判別不可能だ。だが、カグヤの視線は、紙の端に踊る数文字に釘付けになった。


『――後は任せた』


――後は、任せた。

その四文字を読んだ瞬間、カグヤの脳内で何かが弾けた。

(師匠……! まさか、爆発の余波を耐え抜き、最後の力を振り絞って、この書き置きを?!「屋台の仇討ちを拙者に任せる」という、命懸けの指令!)

彼女の瞳から、それまでの色気が急速に失われていく。代わりに宿ったのは、銀河の星々を凍りつかせるほどの、どす黒い静寂だった。


「おい、大丈夫か? なんだ今の爆発は……」

ナンパ男が困惑して肩に手を置こうとした瞬間、カグヤの右拳が男の鳩尾を貫いた。

物理法則を無視した衝撃波が、男の身体を背後の宇宙空間へと吹き飛ばす。

カグヤはナンパ師の最新鋭の宇宙バイクへと歩み寄り、そのキーシリンダーを素手で引き剥がしてエンジンを直結した。

彼女の表情は、もはや忍者ではなく、ただの「飢えた獣」だった。


「拙者、宇宙クロハバキ衆に属する宇宙忍者カグヤ。おでんの汁のシミには逆性石鹸の方が良いかもしれないでござるが……」


彼女はエンジンを咆哮させ、デストロイスターの方向へ漆黒の宇宙を駆け抜けていく。


「この借りは、あの戦艦の命で購ってみせるでござる」


その声は、通信回線をハッキングし、遥か遠くのブリッジにいる提督たちの耳へと直接届いていた。


「な、なんだこの音声は……!? 外部回線が乗っ取られているぞ!」

通信将校が悲鳴を上げる。スピーカーから響いたのは、およそ銀河最強の戦艦には似つかわしくない、しかし冷徹な殺気を孕んだ少女の声だった。


『――ニンッ!』


その瞬間、ブリッジの空気は凍りついた。


「……っ?宇宙クロハバキ衆……!? 馬鹿な、あの伝説の暗殺クランが、なぜこんな辺境に……!」


「だって! あんなデブリ帯にポツンとある屋台が、宇宙忍者の拠点だなんて分かるわけないじゃないですか!!」


「そうだ! 退避勧告だって事前に出してたもん! ちゃんと全域放送したもん!」


銀河を震え上がらせる帝国軍の幹部たちが、まるで玩具を壊した子供のように顔を真っ青にして罪をなすりつけ合い始める。


「もう駄目だ……おしまいだ……」


航空参謀は涙を流しながら、震える手で胸の階級章をむしり取り、提督の机に置いて辞職を願い出た。隣では、あまりの恐怖に正気を失った通信将校が、おもむろに腰のブラスターを抜き頭を撃ち抜いて自決。ドサリと崩れ落ちる。


「航海長! おい、お前は何をしている!」


提督が怒鳴り散らすと、航海長は虚ろな目で電子メモに何かを書き殴っていた。


「……会う時は 語り尽くすと思えども 別れとなると……」


「やめろやめろ! 縁起でもない俳句を詠むな!! 今はどう対処するかだろ!?」


「無理です提督! 相手はあの宇宙忍者ですよ!? 銀河ヤクザの方がまだ可愛い、話が通じるだけマシです!!」


「て、提督! 熱源接近! 物凄い速度でこちらへ直進してきます!」


「げ、迎撃だ! 撃ち落とせ! 無かった事にするんだ! 証拠を隠滅しろ!!」


ブリッジに対空戦闘用意のラッパが鳴り響く。

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