第12話:「黄色い電車に乗って」
皆様、これまで『焦げ目のついた、きみの卵焼き』を温かく見守り、並走していただき、本当に、本当にありがとうございました……!
介護クラスターの絶望、孤独なワンオペ、引き裂かれそうだった家族の絆。
紡ちゃんが命を削るようにして守り続けてきた日々に、ついに最高の「夜明け」が訪れます。
最終回の舞台は、結衣ちゃんがずーっとベランダから大好きで眺めていた、あの【黄色い電車】の中です。
これまでずっと、駅のベンチに一人きりでいた結衣ちゃんが、お兄ちゃんと紡ちゃんと手を繋いで電車に乗り込んだとき、どんな景色が広がっているのか――。
彼らの未来の線路のその先を、どうぞ最後まで見届けてください!
雲一つない、吸い込まれそうなほどの快晴だった。
初夏のまばゆい太陽が、駅のホームを黄金色に照らし出している。
4話のあの日、冷たい雨の中で結衣が一人、ぽつんと座っていたあの木製のベンチ。いま、そこには3つの人影が並んで腰掛けていた。
「おにーちゃん、でんしゃ、まだ?」
「もうすぐ来るよ。ほら、遠くの信号が青になったろ」
たまご色のカーディガンを着た結衣が、蓮の腕に嬉しそうに抱きついている。
その隣で、紡は新しく買った淡いブルーのブラウスの裾を少し整えながら、ふふっと微笑んだ。、自分のために選んだお気に入りの服だそうだ。
ガタゴト、ガタゴト……。
遠くから、心地よい金属音が響いてくる。
緑の木々の隙間を縫うようにして、鮮やかな「黄色い電車」が、光の粒を浴びながらホームへと滑り込んできた。プシュー、と優しい音を立ててドアが開く。
「よし、乗るぞ」
蓮が結衣の手を優しく引き、紡が後ろからそっと背中を押す。
3人は一歩を踏み出し、ずっと眺めるだけだったその乗り物の中へと足を踏み入れた。
――車内は、魔法のような光に満ちていた。
大きな窓から差し込む、柔らかで透明感のある陽光。まるで上質な2D日常系アニメのワンシーンのように、空気中に目に見えない黄色い光のオーブ(光の玉)がふわふわと心地よく舞っているかのような、温かくて穏やかな空間が広がっていた。
結衣は貸し切りに近いシートの窓際にちょこんと腰掛けると、大きなタレ目をこれ以上ないほどキラキラと輝かせ、窓ガラスにピタッと顔をくっつけた。
「わぁ……っ! うごいた! つむぎ、おにーちゃん、でんしゃ、うごいたよ!」
ゆっくりと駅を離れ、スピードを上げていく黄色い電車。
車窓からは、自分たちが必死に生きてきた小さな街の景色が、まるでミニチュアのように流れていく。きらきらと輝く川、青々とした田んぼ、遠くに見える大樹のような森。
「本当だね、結衣ちゃん。すごいね、綺麗だね」
紡は結衣の隣に座り、その横顔を見つめた。
20代前半の、大人の女性の輪郭を持ちながらも、その笑顔はどこまでも純粋で、無垢な子供のまま。
これまで「私が守らなきゃ」と必死だった時は、結衣のその幼さを『障がいという名の重荷』として捉えてしまっていた。けれど、今は違う。この純粋さこそが、バラバラになりかけた家族をもう一度繋ぎ止めてくれた、世界で一番尊い宝物なのだと、心の底から思えた。
その時、結衣のお出かけ用の小さなポシェットの中で、スマートフォンが短く震えた。
――通知:『つむぎ & れん』
結衣が不思議そうにスマホを取り出す。ショップの店員さんが設定してくれた、アラームの通知だ。
画面が明るく灯ると、そこには見慣れた『つむぎの優しい笑顔のアイコン』のすぐ隣に、『ちょっと照れくさそうに笑うお兄ちゃんのアイコン』が、仲良く二つ並んで光っていた。
結衣はそれを見て、ふにゃりと、本当に幸せそうに頬を緩めた。
「つむぎと、おにーちゃん。結衣のスマホに、ふたつあるの。だから、もう、さびしくないよ」
その言葉に、紡の胸の奥から、温かい涙が溢れそうになった。
紡は隣に座る蓮を見た。蓮もまた、窓の外を眺めながら、どこか照れくさそうに、でも男らしい、頼もしい横顔で微笑んでいる。
お兄ちゃんが右の車輪になり、自分が左の車輪になった。
だから、この電車はもう、脱線することなく、どこまでも走っていける。
「……うん。お姉ちゃん、もう大丈夫だよ」
紡は結衣の、少し温かい小さな手をそっと握りしめた。
その手の甲のひび割れは、もうすっかり綺麗に治っていた。
「私たちの線路はね、どこまでも、どこまでも続いているから」
ガタゴト、と黄色い電車は、心地よいリズムを刻みながら、光に満ちた初夏の景色の中を真っ直ぐに突き進んでいく。
窓から吹き込む爽やかな風が、3人の髪を優しく揺らしていた。
(――『焦げ目のついた、きみの卵焼き』完結――)
本作は、過酷な介護の現実を描く物語ではありましたが、それ以上に「家族がもう一度手を繋ぎ直す物語」であり、「誰かに頼ることで、みんなが自分の人生を取り戻す物語」でもありました。紡ちゃんも、これからは一人の24歳の女の子として、おしゃれをして、友達とカフェに行って、自分のためのハッピーをたくさん見つけていくはずです。
彼らの旅路はここで幕を閉じますが、3人の乗った黄色い電車は、これからも明るい光の中をどこまでも走っていきます。
==いいなあ、現実のわたしは、、、、やめときましょう、水を差すのは。




