表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花の想ひ出  作者: 栖旅アヲ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/21

花祭りの夜

夏休みが始まって三日目の夕方だった。


町中に吊るされた薄桃色の提灯が、風に揺れている。


商店街には屋台が並び、焼きとうもろこしの匂いと、遠くの祭囃子が混ざって流れていた。


この町では、毎年夏になると「花祭り」が開かれる。


花を供え、花を飾り、花に感謝する祭り。


昔から続いている伝統で、年寄りたちは「花が怒らないようにするためだ」と笑いながら言う。子どもたちはそれをただの言い伝えだと思っていた。


少なくとも、花組はそうだった。


「やば、暑っ...」


桜子が団扇をぱたぱた振りながら、鳥居の横にもたれかかる。


「桜子、浴衣はだけてる」


菊音が無表情のまま言った。


「え、うそぉ〜」


「うそ」


「おい」


近くで梅依が吹き出す。


その横では朝佳がりんご飴を片手に、ぼんやり金魚すくいを眺めていた。


「朝佳、溶けるぞ」


「んー……まだ食べる気分じゃない」


「じゃあなんで買ったんだよ」


「赤かったから」


「意味わかんない」


丹奈が呆れたように笑う。


花組は昔からずっと一緒だった。


誰かが集まれば、自然と全員集まる。


秘密基地も、遊びも、喧嘩も、全部一緒だった。


町の人たちは、そんな彼女たちをまとめて「花組」と呼ぶ。


理由は単純だ。


全員、花の名前が入っているから。


「紫陽まだ?」


桜子が辺りを見回す。


「さっきおばあちゃんに捕まってた」


椿希がラムネ瓶を振りながら答えた。


「あー、また祭りの手伝い?」


「たぶん」


すると、人混みの奥から「ごめーん!」という声が飛んできた。


紫陽だった。


両手に紙袋を抱えている。


「遅いー」


「お団子持たされたの!」


「全部?」


「全部」


雪羽がけらけら笑う。


その隣で柳羽が袋を覗き込んだ。


「みたらし多くない?」


「おばあちゃんの好み」


「最悪」


「え、食べるでしょ?」


「「食べる」」


双子の返答が一秒もズレなかった。


蓮唯は少し離れた場所で、静かに空を見ていた。


祭りの光が、瞳に映っている。


「はすいー」


朝佳が手を振る。


蓮唯は振り返り、小さく笑った。


「...なに」


「なんか今日静かじゃない?」


「いつも」


「たしかに」


菊音が即答した。


「ひどぉ」


そんな取り留めのない会話を、毎年していた。


毎年同じように祭りを回って、同じ場所で花火を見て、夜になったら桜子の家へ行く。


それも全部、いつものことだった。


「今年どうする?」


桜子が唐突に言った。


「なにが」


椿希がラムネを飲みながら聞き返す。


桜子は、にやっと笑った。


「あそこ」


その瞬間、何人かが顔を見合わせる。


朝佳が「あー…」と声を漏らした。


「蔵?」


梅依が小さく言う。


桜子は頷いた。


桜子の家の庭の奥。


木々に隠れるように建っている古い蔵。


昼でも薄暗く、昔からほとんど使われていない場所。


そして、桜子のおばあちゃんが何度も言っていた。


『あの蔵には、おばけがいるから入っちゃ駄目』


「絶対ただの脅しじゃん」


丹奈が肩をすくめる。


「ていうかさ、逆に気にならない?」


雪羽が言った。


「わかる」


柳羽も頷く。


「肝試しってことで」


「夏っぽいし」


「え、行く流れ?」


梅依が少し不安そうに言った。


「怖い?」


椿希が笑う。


「……怖くはないけど」


「じゃ決まり」


桜子がぱんっと手を叩いた。


「花火終わったら集合ね」


その時だった。


屋台の向こう側から、低い声が飛んだ。


「桜子」


全員が振り返る。


桜子の祖母だった。


白髪を綺麗に結い、薄紫の着物を着ている。


普段は穏やかな人なのに、その時だけ妙に真剣な顔をしていた。


「…あの蔵には入るんじゃないよ」


空気が少しだけ静まる。


桜子が苦笑した。


「だからおばあちゃん、あれ脅しでしょ?」


「違う」


祖母は即答した。


「昔から、この町では決まってるんだ」


提灯の灯りが、静かに揺れる。


「花祭りの夜だけは、蔵を開けちゃいけない」


その言い方が妙に真面目で。


一瞬だけ、誰も言葉を返せなかった。


けれど次の瞬間、


「なにそれ、余計気になるじゃん」


椿希が笑った。


空気が一気に緩む。


祖母は何か言いかけて、結局、口を閉じた。


その横を、風が吹き抜ける。


どこからか、花びらが一枚だけ舞ってきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ