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2. 【プロローグ】継承②

 ミスター・ラドラムの訪問から1か月後、メラヴェル男爵は亡くなった。


 知らせを受けたアメリアは、自分の寝室でその2週間前に受け取っていた男爵からの手紙を読み返していた。

 男爵家の紋章が施された封蝋で封じられていたその手紙は、おそらく男爵の自筆のものではないが、その人柄と思いを十分に伝えるものだった。


 「親愛なる又従弟ミスター・グレゴリー・グレンロスのご令嬢ミス・アメリア・グレンロス、


 いよいよ神のお召しが近づき、後のことはあなたに任せるしかありません。

 もう少しあなたのことが早くわかっていれば、会う機会もあったのでしょうが、今や私はただの弱った老人。若さに輝くあなたに見せるべき姿ではありません。

 あなたの曽祖父――つまり第8代メラヴェル男爵の弟――ウルフリックは非常に気高く勇敢な軍人であったと当家に伝わっています。

 その血を引くあなたは気高く勇敢な第11代メラヴェル女男爵となるでしょう。

 私が死んだ後、相続についてはミスター・ラドラム、領地のことについては管理人のミスター・マクドゥーガル、家政のことについては執事のミスター・フィリップス、その他儀礼や社交のことについては私の知己であるエルデンハースト伯爵夫人が力になってくれるでしょう。

 どうか男爵家の伝統と領地、それから家の使用人のことを頼みます。


 敬意をこめて、

 第10代メラヴェル男爵 フレデリック・アンソニー・グレンロス」


 アメリアはその手紙を胸に抱いて会ったこともない男爵と見たこともない男爵領について思いをはせる。

 男爵はきっと立派な紳士だったのだろう。

 そして、自然豊かなバークシャーの男爵領と男爵家のカントリーハウス……美しくも重いそれらが今や若く後ろ盾もない彼女の両肩にのしかかっている。

 しかし、アメリアの中にあるのは不安だけではない。新しい人生への期待も確かに胸の内にある。


 アメリアが長いため息をついたとき、明日からアメリアが男爵の喪の期間中に身に着けるべき喪服を準備しに行っていた侍女のミス・アンソンが寝室に戻ってきた。

 早速、明日は男爵領に出かけて男爵家の推定相続人として司祭と男爵の葬儀の相談をしなければならない。


 「お嬢様、喪服のご用意が整いました。明日は9時にこちらを出てパディトン駅からバークシャーに向かいます」

 「ありがとう」


 そう言いながらドレッサーの前に座ったアメリアは、ミス・アンソンが就寝用に髪を編んでくれる間中、鏡の中の自分の顔を見つめていた。

 やや暗い栗色の髪に何色なのかよくわからないヘーゼルの瞳、そして、なにか主張がありそうにツンとした赤い唇。昨日までとなにも変わらない。

 しかし、彼女の世界は確実に変わりつつあった。


***


 男爵の葬儀が滞りなく済んだ2か月後、男爵家の事務弁護士ミスター・ラドラムから特権委員会がアメリアの男爵位継承を認めるという結論に至ったという知らせがケンジントンのグレンロス邸に届いた。

 その旨は政府広報<ロンドン・ガゼット>にも掲載されるとのことだ。

 特権委員会での審理は、ミスター・ラドラムが綿密に準備していたことが功を奏し、また、他に請願者がいなかったため、至極スムーズに完了したという。


 「これであなたも正式にレディ・メラヴェルです」


 アメリアの爵位継承が<ロンドン・ガゼット>に掲載された日、ケンジントンの屋敷の居間でその記事を共に読んだミセス・グレンロスは開口一番にそう言った。


 爵位を継承した男性はその爵位名に"卿"を冠して呼ばれることになるが、その夫人や女性自身が爵位を継承した場合は"レディ"を冠することになる。

 そのため、メラヴェル女男爵となったアメリアは今後はレディ・メラヴェルと呼ばれる。


 「その名に恥じない振る舞いを」

 「はい、承知しています」


 いまや女男爵となったアメリアはしっかりと答えるが、ミセス・グレンロスは長い溜息をついて、ティーカップを口に運んだ。

 ミセス・グレンロスにしては珍しくたっぷりと砂糖を溶かしている。


 「正直、私はあなた自身のことは心配していないのですよ。……ただ、周りはそうはいきませんから」


 男爵夫人ではなく自ら爵位を保持する女男爵として世間からどう見られるか。

 特に守ってくれる夫もいない若い女性の継承者には懐疑的な目が向けられることは容易に想像がつく。

 ミセス・グレンロスは娘がそのことを理解していることはわかっていた。

 しかし、わかっていてなお、彼女のヘーゼルの瞳は知的な好奇心に輝き、これから知らない世界に入っていくことへの不安の中にも期待がのぞいている。

 若さゆえ彼女の中では恐れよりも期待が勝っているのだ。

 社交界においては、既にある地位に見合う振る舞いをするのが一番楽なのだが、アメリアの場合はこれから自分の地位を築いてどの程度の振る舞いが適切なのかを見定めねばならない。

 場合によっては、辛く厳しい道にもなりかねない。


 ミセス・グレンロスは再度長い溜息をつき、話題を変えた。


 「それにしても、男爵家のタウンハウスの改修はいつ終わるのかしら。もう間もなく社交シーズンも始まるのだからあなたの体面のためにも早く引っ越したいわね」

 「たしか、執事のミスター・フィリップスは6月の終わりにはと言っていたわ。この際、屋根裏の雨漏りもちゃんと直して、残っていたガス灯も電灯にすることにしたし……」


 アメリアは男爵位とともに男爵家の財産を相続した。

 その内の一つが歴代男爵がロンドンでの社交シーズンに滞在してきたロンドンのメイフェアに位置するタウンハウス<メラヴェル・ハウス>だった。

 しかし、長らく先代男爵と一人息子のピーターという男性の2人暮らしだったその邸宅に今度は女性2人が移り住むことになるので多少の改修が必要で、しかも、この際一気に近代化を進めようとしているため、思ったよりも時間がかかってしまっている。


 「お父様は私たちがこのお屋敷よりも立派なところに住むとなると少し複雑なお気持ちかしら」


 アメリアがいたずらっぽく言うと、ミセス・グレンロスは知的で真面目ながらユーモアを解する心のあった夫のことを思い出す。


 「そうね。きっと『まったく君たちは一家の父親を立てるということをまるで知らないんだから』なんて笑ったでしょうね」


 2人が笑い合っていると、ミセス・ボウルが銀の盆に載せた手紙を持ってやってきた。


 「奥様、お手紙です」

 「あら、2通も?1通は予想通りだけれど」


 銀の盆から2通の手紙を受け取ったミセス・グレンロスは早速予想通りの1通目を開封する。

 それはアメリアの婚約者ミスター・ジョナサン・カーライルの父――准男爵であるサー・ロバート・カーライル――からの手紙だった。


 「サー・ロバートが明日うちにいらっしゃるって」


 手紙から顔を上げたミセス・グレンロスの眉間のしわが深くなる。

 アメリアもつられて眉間にしわを寄せてしまう。

 2人とも彼の用向きを察していた。


 「どうせ碌な用件ではないでしょう。彼が来てもあなたは自分の部屋にいなさい」


 アメリアは黙って頷き、気にしていない風を装って紅茶を一口飲んだ。

 そして、母の手元にあるもう1通の手紙に目を向ける。

 それは、いかにも質のよさそうな紙に壮麗な紋章の封蝋が施されていた。

 アメリアは思わず声に出して問う。


 「あら、そちらは?」

 「どうやらエルデンハースト伯爵家からね。伯爵夫人には先代男爵のご葬儀でお世話になったけれど……」


 アメリアはエルデンハースト伯爵夫人のことを思い出す。

 伯爵夫人はミセス・グレンロスよりも少し年上の明らかに貴族的な優雅なレディで先代男爵からアメリアが頼るべき知己として指名されていた。

 実際に彼女は先代男爵の葬儀に当たっては細々とした世話を焼いてくれていた。

 しかし、先代男爵との縁で葬儀を手伝ってくれはしても、とても中産出身の立場の弱い女男爵が継続的にお付き合いできるような方ではないというのは、アメリアもミセス・グレンロスも暗黙裡に察していたところだった。


 「エルデンハースト伯爵夫人も明日こちらをお訪ねになると……」


 手紙を開封したミセス・グレンロスが少し眉を上げる。

 アメリアも思わず目を見開いてしまう。伯爵夫人の用向きとは一体何だろう。

 准男爵の用向きとは違って、高位貴族の伯爵夫人が敢えて新参者の女男爵を訪ねる理由――しかも、まだメイフェアの男爵家のタウンハウスにも引っ越していない内に――については、アメリアもミセス・グレンロスも全く想像がつかなかった。

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アメリアはやはり芯の強い女性だなと感じました(*^^*) 不安のほうがきっと多いはずなのに、その中にも新しいことに対する期待もしっかり持っている。好奇心も少しあるのかな? 続々と集まるみんなの思惑、目…
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