25.【解決編】レディ・メラヴェルの推理②
アメリアのヘーゼルの瞳がレディ・グレイスの隣に立っていたミス・ジョーンズを見つめていた。
ケンとは対照的に、名前を出されても彼女は震えてなどいなかった。
彼女はただ真っすぐにアメリアを見つめ返した。
「あなたは"あること"に一週間前からお気づきだったはずです。侯爵家に『盗難予告』が届き、アッシュコム銀行に<王女の涙>を見に行ったときにお気づきになったのでしょう」
ミス・ジョーンズのグリーンの瞳が少し見開かれる。
「あなたはその話を誰よりも先に婚約者であるロスマー卿に打ち明けようとしていましたね?その後、卿とは話すことができましたか?」
「いいえ、残念ながら……今に至るまで話せておりません」
ミス・ジョーンズは遠慮がちだが明確に答えた。
「では、ここであなたから話していただくことはできますか?私が代わりにお話しすることもできますが、あなたから話した方が良いように思われるのです」
ミス・ジョーンズは躊躇っていたが、やがて一つ息を吐いてから話し始めた。
「一週間前――既に私はアメリカから英国のこの侯爵家のタウンハウスに到着しておりました――、<王女の涙>の『盗難予告』が届き、侯爵様と子爵様と私はアッシュコム銀行に行きました。あなたの言う通り、そこで<王女の涙>を見た私は気づきました。<王女の涙>は偽物だったのです。ダイヤモンドの指輪だと聞いていたのに、指輪の台座にはめこまれていたのは巧みにカットされたガラスでした」
侯爵家の家族と使用人は息を呑んだ。
ロスマー子爵は「なんということだ」と呟き、いつも冷静なレディ・グレイスの目にすら動揺が浮かんでいる。
アメリアは後ろに立っているアルバート卿が小さくため息をつくのも聞いた。
侯爵に至っては額に手を当てて天を仰いでいる。
「どんなにカットが巧みであろうと、ダイヤモンドとガラスでは光の入り方が違いますの。小さいメレダイヤはきちんと鑑定しないとわかりませんが、少なくとも中央の一番大きなティアドロップ型のものは確実にガラスでした」
ミス・ジョーンズは隣の侯爵家の家族たちに気の毒そうな視線を向けながら補足した。
「最初は――失礼ながら――侯爵家に何らかの事情があって、ガラスをダイヤモンドと偽っているのだと思いました。しかし、ご家族の様子を見ている内に皆さんは本当に何も知らないのだと確信しました。指摘すべきか随分悩みましたわ。でも、指摘して侯爵家が偽物のダイヤモンドを掴まされたなどと不名誉なことを言われるようになったら、どうしましょう?それで、そのときは一旦、未来の家族に汚名を着せかねない行動は慎むことにしました」
そこまで言って、ミス・ジョーンズは一度言葉を切った。
隣のレディ・グレイスが気づかわしげに彼女の腕に自分の手を添える。
「……なるほど。ミス・ジョーンズを除いて、私たちは皆、目の前の<王女の涙>が実はガラスの塊に過ぎないとは露ほども思わず、ダイヤモンドだと思って有難がっていたというわけか」
アメリアの後ろで聞いていたアルバート卿が皮肉っぽく状況をまとめた。
「何とも迂闊だったわね」
「『間抜け』と言った方が良いかもしれないな」
レディ・グレイスとロスマー子爵も自嘲する。
侯爵も大きなため息をついて首を振っている。
「相当巧妙に偽装されていますから皆さんが気づかなかったのも無理はありません。私は皆さんがそのまま気づかないように、正式に婚約した後で私だけで対処しようと思ったのです。<王女の涙>は今日婚約の証として私に贈られることになっていましたから……」
ミス・ジョーンズは小さく首を振ってから続ける。
「でも、結局、予告通り盗難が起きてしまいました。そこで初めて、もしかするとダイヤモンドが予めガラスにすり替えられていたことが事件の真相に大きく関係しているかもしれないとそんな気がしてきたのです。しかし、いくら警察相手でも家族の名誉にかかわることを私の一存で報告するわけにはまいりません。そのため、私はロスマー卿……婚約者のジョンにまず相談したかったのです」
ミス・ジョーンズはロスマー子爵の方に顔を向けた。
子爵は明らかに戸惑っている。
「ミス・ジョーンズ……キャサリン……私はてっきり……」
「ええ、あなたは何か誤解をなさっていて、私から逃げ回っていらっしゃいましたね。私もかなりしつこく追いかけまわしましたが、今に至るまで捕まえることができませんでした」
ミス・ジョーンズは冗談交じりに言った。
しかし、そのグリーンの瞳はまっすぐに彼女の婚約者を見つめている。
子爵はその視線を受けてしばし沈黙したが、やがて口を開いた。
「……キャサリン、私が悪かった」
子爵は目を閉じて息を吐いた。
「私は君が私との結婚が嫌になって、婚約を破棄すると言い出すんじゃないかと思っていたんだ。君のお父様は末娘の君を特別可愛がっていて、アメリカで夫を持たせて家業を継がせるつもりで育ててきたのを知っていたしね。その方が良いと君自身も気が付いたんじゃないかと思ったんだよ」
それを聞いたミス・ジョーンズのグリーンの瞳が輝く。
「ええ、父の意向についてはその通りよ。でも、私がわがままを言ったの。ある舞踏会で出会った子爵様と結婚したいから英国に行かせてほしいって」
ミス・ジョーンズのアメリカ人らしい率直さにその場にいた誰もが驚きの表情を浮かべた。
ただ、アメリアの目には、侯爵の厳格な表情には少し微笑みが浮かんでいるように見えた。
そして、婚約中の2人は互いを初めて見つけたかのように見つめ合っている。しかしながら――。
アメリアが小さく咳ばらいをしたので、婚約中の2人は我に返って正面に向き直った。
「お二人とも大変申し訳ないのですが……30分で解決しなければならないので一旦先に進ませてください」
アメリアは本当に申し訳なさそうに話を続ける。
「……お聞きの通り、ミス・ジョーンズだけが<王女の涙>が実はガラスの塊だと気づいていました」
侯爵家の面々が改めて神妙に頷いた。
「そのため、ウェクスフォード卿から<王女の涙>の展示場所の選定を任された彼女は慎重に検討しました。日光やシャンデリアの明かりから遠ざけることで、パーティーの客人の中に宝石に詳しい人がいたとしても、光の反射の仕方で偽物だと気づかれる危険をできるだけ減らそうとしたのですよね?」
アメリアの言葉にミス・ジョーンズは頷いた。
「ええ、おっしゃる通りです。ダイヤモンドを日光に当てすぎると良くないのは事実ですが、シャンデリアの明かりまで避ける必要はありません。私がシャンデリアの明かりまでを避けたのは、女男爵様の言う通り、できるだけダイヤモンドらしくない部分が客人の目に触れないようにするためです」
婚約者に秘密を打ち明けることができたミス・ジョーンズのグリーンの瞳はもう遠くを見ることはなく、彼女は確信に満ちた口調で言った。
「このミス・ジョーンズの努力は、偶然ですが、犯人にとっては幸運だったでしょう。犯人は<王女の涙>を衆人環視の下に置くことについては自分の思い通りに事を運びました。そして、その時点では展示場所も自分で決めるつもりでいたと思いますから、ミス・ジョーンズが決めることになったときは内心焦ったかもしれません。しかし、結局は今まで議論した理由から大ホールの中でも目立たない場所が展示場所に選ばれたので、ケーキ倒壊の騒ぎの最中であれば、ショーケースから<王女の涙>を取り出す行動も目立たず行うことができました」
アメリアは静かに話し続けた。
「<王女の涙>をショーケースから取り出した後、犯人は<王女の涙>に偽装していたガラスの塊を処分するため、ケーキ倒壊の騒ぎに紛れてショーケースが置かれていたテーブルの陰でそれを割りました。それに使ったと思われるハンマーをショーケースが置かれていたテーブルの下で見つけたので、既に警部に届けてあります。その後、その場はガラスの海になるので、ガラス片をそのままにしておいても、不自然ではないということです」
「なるほど……」
ヘイスティングス警部は小さく呟き、上着の内ポケットに手を入れた。
先ほどアメリアとアルバート卿が彼に渡したハンマーがそこにあることを確かめたのだ。
「さすがにハンマーをそのまま振り下ろしたのでは、大ホール中に音が響いてしまいます。しかし、ハンマーの頭部に布を巻いて使えば、客人たちが騒いでいる最中であれば、それほど目立つ音が立たないことはアルバート卿のご協力を得て実験済みです」
ヘイスティングス警部はまだ懐疑的な様子だが、ここまでのアメリアの推理で、少しずつその瞳に確信が育ってきているように見えた。
「単に私の力不足かもしれないので、ヘイスティングス警部の方でも後で検証をお願いしますよ」
アメリアの後ろからアルバート卿が付け足した。
「さて、ここで一つ疑問が生じます。犯人はなぜこんなにも一生懸命にガラスでできた<王女の涙>を盗み、破壊しようとしたのでしょうか」
そう言うと、アメリアはその場に立ったまま足の位置を調整した。
彼女の推理はいよいよ核心に迫ってきている。
「一つは、ロスマー卿のご婚約のせいです。卿がアメリカの宝石商のご令嬢で宝石の知識があるミス・ジョーンズとご婚約されることになり、彼女がよく見れば<王女の涙>がただのガラスであるとすぐに見破られてしまうと思ったからです。しかし、実際にはよく見るまでもなく、見破ってしまいましたが……」
ミス・ジョーンズと子爵がほぼ同時に頷いた。
「そして、もう一つは、犯人は<王女の涙>がただのガラスであることを見破られたときに真っ先に疑われる立場にいたからです」
アメリアは敢えてそこで沈黙し、目の前の一人ひとりの反応を確かめる。
ある男の反応を見て、彼女は満足した。そして、彼に向かって問いかける。
「そうですよね?ミスター・リー?」




