12.【出題編】共同捜査②
玄関ホールで事件の情報を整理したアメリアとアルバート卿はひとまず大ホールに戻った。
大ホールはまだ騒然としていて、中央のステージ付近ではウェクスフォード侯爵がヘイスティングス警部と何か議論しているし、他の客人たちはいくつか小さなグループを作って事件についての所感や憶測を話し合っている。
しかし、部分的に秩序は取り戻されているようで、主賓の公爵夫妻はもっと快適な部屋に案内されたと見えてそこにはいなかったし、ステージ上に倒れていたケーキは既に片付けられていた。
また、ショーケースの周りにはまだガラス片が残されているものの、警官が誰も近づかないように監視にあたっている。
「先ほど容疑者を絞り込んだので、次は関係者への事情聴取ですね」
アルバート卿はモーニング・コートの襟を正しながら、いかにも真面目な調子で言った。
「ええ、ウェクスフォード侯爵は警部とお話し中のようですが、他の皆さまは……?」
「見当たりませんね。まあ、一旦地位の順ということで、父から始めましょうか」
アメリアも異存はなかったので、アルバート卿に付いてステージ付近で警部とほぼ言い争いと言えそうな勢いで議論している侯爵の方に進んだ。
「やれやれ、ここ最近の議会での発言よりも勢いがある」
アルバート卿が呆れたように言う。
ウェクスフォード侯爵は侯爵家の当主として当然貴族院に議席があるが、最近は専ら長老役に徹していて議会で熱弁を振るうことはないとアメリアは聞いていた。
しかし、目の前で警部と激論を交わす侯爵を見ていると議員として最盛期の頃の侯爵の雄弁が目に浮かぶようだった。
結局議論は物別れに終わったようで、警部は憤然と大ホールから出て行った。
侯爵はその場で静かに憤っていたが、アルバート卿を見つけて声をかけた。
「アルバート!そこにいたのか」
「はい、父上」
「ジョンは砂糖を落としに自室に行ってしまうし、ヘンリーはそもそも挨拶のときから姿が見えん。グレイスはミス・ジョーンズと公爵ご夫妻のお相手をしに行ってくれているのに、全く息子たちと来たら……」
アメリアは「ジョン」と聞いて、それがロスマー子爵の洗礼名だったことを思い出した。
侯爵はブツブツと文句を言いながら息子の方に歩み寄ってくる。
しかし、アルバート卿が一つ咳払いをすると、彼の横にいたアメリアの存在に気がついた。
「これはレディ・メラヴェル」
「ウェクスフォード卿、大変な災難ですわね」
「ええ、全くですよ。あれは3代前に王子のご息女が当家に嫁いでこられる折に当時の侯爵が婚約指輪として贈った指輪でした。私の代で窃盗団なぞに……なんたる不名誉、一家の名折れ、末代までの恥。しかも、よりによって公爵ご夫妻の御前で……」
侯爵の呟きが一段落すると、アルバート卿はアメリアを見て小さく頷いてから切り出した。
「父上、実は私と……レディ・メラヴェルは事件のことについて知りたいのですが、二三お訊きしても?」
侯爵は呆れなのか驚きなのか声にならない声を上げる。
「お前はこの事件を新聞記事に書くつもりか?それにレディ・メラヴェルは……盗難事件なぞお若いレディが興味を持つことではないと思いますが」
「ええと……」
アメリアは返答に迷うが、すぐにアルバート卿が引き取った。
「父上、お忘れですか?レディ・エルデンハーストがおっしゃっていたでしょう?レディ・メラヴェルの亡きお父上はミドル・テンプル所属の勅撰弁護士でした。裁判で数々の犯罪に関わっているはずです。レディ・メラヴェルはその見地から気づいたことがあれば警部にお伝えすると言ってくださっているのです」
アメリアは素直に感心した。
おそらく、エルデンハースト伯爵夫人はアメリアをパーティーに同伴するにあたって、彼女の背景情報として父親の職業を何気なく伝えたに過ぎないはずだ。
それを記憶していて父親の説得に効果的に使うとは、実に優れた記憶力と応用力と言わざるを得ない。
侯爵はまだ完全には説得されていないが、その目は少し揺れている。
アメリアはアルバート卿が作ってくれた機会を逃すまいと畳み掛ける。
「アルバート卿のおっしゃる通りです。私はときどき父の法廷用のかつらの手入れを手伝っておりまして、そのときに父から事件の話を聞いたものです。もちろん、野蛮な事件のことは聞いておりませんが、窃盗事件のことでしたら……」
実のところアメリアは父の法廷用のかつらになど手を触れたことすらなかった。
しかし、弁護士の象徴としての「かつら」を持ち出したことで、侯爵の脳内でなんらかの権威的なイメージが喚起されたに違いない。
侯爵は「ふむ」と言いながら、その鋭い視線をアメリアのヘーゼルの瞳に注ぐ。
「まあ、良いでしょう。ダイヤモンドは返って来なくとも、レディ・メラヴェルの見地からの気づきで窃盗団が捕まれば、当家の汚名が少しだけ雪がれることもあるかもしれない」
その言葉に、アメリアは思わず笑みを浮かべそうになるのをなんとか噛み殺して澄ました表情を顔に貼り付けた。
アルバート卿の口元にも一瞬だけ喜びの色が浮かんだが、彼もあくまで冷静を保って話を続けた。
「では、私から一つ。<王女の涙>が盗まれる直前、父上はステージ上にいらっしゃいましたが、何かお気づきのことは?」
「残念ながら何もないのだよ。挨拶の内容を公爵ご夫妻や客人の反応を見ながら調整することに集中しておった……。そう……集中できるようにわざわざ自分の執事に指輪の監視に当たらせていたのに……全く……」
アメリアは、侯爵がまた後悔と憤懣の呟きに戻るの防ぐべく、質問を絞り出した。
「執事を随分と信用しておいでなんですね?」
「ああ、あのリーは10年前に下級執事として当家に仕え始めて以来よく働いてくれていましてな。警察や銀行との会合にも当家の代表として出てもらいました」
「貴族の家で宝飾品の管理といえば執事の仕事ですものね」
アメリアが現在暮らしているケンジントンのグレンロス家には執事がおらず家政婦長兼料理人のミセス・ボウルと侍女のミス・アンソンが分担して宝飾品の管理を担当しているが、メラヴェル男爵家では執事のミスター・フィリップスがその職務に就いていると聞いている。
それを考えても、侯爵の采配は不自然ではない。後で執事のミスター・リーに話を聞けば、今回の警備に穴がなかったか情報が得られるかもしれないとアメリアは考えた。
「しかし、今回はさすがのリーも職責を果たせなかったということにはなりますね」
アルバート卿が父親に皮肉な視線を向けた。
しかし、侯爵はたじろぐこともなく、逆に息子を窘めた。
「まあ〈静かなる猫〉の方が一枚上手だったということにはなるな。仕方あるまい。……それに端っから悪戯と決めつけてまともに取り合わなかった息子や肝心なときに姿すら見えない息子よりはマシかもしれん」
アルバート卿は気まずさを誤魔化すように咳払いをするが、アメリアはこんなにも大きなタウンハウスも所有する由緒ある大貴族の家族の意外な距離の近さに驚いた。
結局、侯爵はそれ以上息子を追及せず、その視線はそのまま彼の向こう側の大ホールの出入り口に移った。
「さて、私はそろそろ公爵ご夫妻のところにお詫びに行かねばならないようだ。ちょうど娘たちが戻って来た」
2人が侯爵の視線を辿ると、ちょうどレディ・グレイスとミス・ジョーンズが大ホールに入ってくるところだった。
侯爵は「では、失礼」と言って、大ホールの出入り口に向かって歩いて行った。
2人は顔を見合わせる。考えていることは同じだった。
「……次はレディたちの事情聴取ですね、レディ・メラヴェル」
「ええ、それが良さそうですわね、アルバート卿」
そう言いながら2人は女性たちの方に歩き出した。




