11.【出題編】共同捜査①
「さて、捜査開始というわけですが、何から始めますか、レディ・メラヴェル?」
盗難事件解決のために協力することを合意したアメリアとアルバート卿は、玄関ホールに目を光らせている警官の目を避けて、柱の陰へと移動して声を落として話していた。
2人ともはっきりとは言わなかったが、社交界によくいる罪のない「戯れ」をしている若い男女に見えれば良いと思ったのだ。
やましいことは何もないが、万一彼ら自身が警察に怪しまれてしまっては元も子もない。
「そうですね……私は今回の盗難事件発生までの経緯を知らないので、改めて教えていただけますか?」
「いいでしょう」
アルバート卿は監視の警官たちがこちらに関心を向けていないことを確認し、一つ咳ばらいをして話し始めた。
「まず、今回盗まれたと思われるのは、我が侯爵家の婚約指輪<王女の涙>ですが、あなたは展示されているのをご覧に?」
「ええ」
「ならば話は早い。しずく型の5カラットのダイヤモンドがついていて、指輪全体ではそれだけでこのタウンハウスと同じくらいの価値はあります」
それを聞いてアメリアは身震いがした。先ほど展示されている指輪を見たので、〈王女の涙〉の大きさはわかっていたが、「侯爵家のタウンハウスと同じくらいの価値」と相対的な価値を聞くと改めて眩暈がする。
しかし、倒れ込むのであればグレンロス家の居間のアームチェアであるべきだ。
アメリアは気をしっかり持とうと手袋をした手を握りしめた。
「<王女の涙>には事前に盗難予告が出ていたのですね?」
「ええ、一週間前に私の父であるウェクスフォード侯爵宛に差出人不明の手紙が届きましてね。子爵の婚約パーティーの日に<王女の涙>を盗むと書いてありました」
「差出人不明?では、今ロンドンで盗みを働いている<静かなる猫>からだと書いてあったわけではないのですね」
「ええ。私の家族も警察も<静かなる猫>の仕業に違いないと考えたようですが、手紙には差出人名は書いてありませんでした」
そうすると〈静かなる猫〉の犯行であるという前提から疑った方が良いのかもしれないとアメリアは思った。
プロの犯罪組織が金銭目的で盗んだわけではなく、例えば、素人の個人が怨恨を理由として盗んだ可能性も否定できない。
「あなたはその手紙をご覧に?」
「もちろん。家族の誰もその筆跡に心当たりはありませんでしたよ。手紙自体は警察に渡してしまったので再確認ができませんが」
家族が筆跡に心当たりがないということは侯爵家に親しい人物の犯行ではないのかもしれない。
ただし、代筆や敢えて筆跡を変えた可能性もあるので、それだけでは何とも言えない。
アメリアは少し考え込むが、この点は今考えてもしかたないと思い、ただ軽く頷いた。
アルバート卿は――おそらく記憶を探っているのだろう――こめかみに手を当てながら話を続ける。
「我々はすぐに警察に連絡しつつ、アッシュコム銀行の金庫に預けていた<王女の涙>を確認しに行きました。とはいえ、私が行ったわけではなく――その時点では私はたちの悪い悪戯だと思っていましたから――実際に行ったのは父と長兄でした。おそらく、もう英国に到着していたミス・ジョーンズも付き添っていたはずです。彼女はご実家が宝石商で宝飾品にお詳しいし、今日兄と正式に婚約することであの指輪は彼女に贈られることになっていましたからね」
「その後、警察からの指示で、盗難予告の当日――つまり、今日――はパーティー会場で敢えて衆人環視の元に置くことで<王女の涙>を守ろうとしたというわけですね?」
「ええ、そう聞いています。振り返ればそれが間違いの元だったのかもしれませんが」
アルバート卿はため息交じりに皮肉っぽく付け足した。
確かにいくら侯爵家のタウンハウスと言っても、こうなってしまった今から思えば、銀行の金庫の方が数段安全だったようにも思える。
「ただ、警察の見立て通り<静かなる猫>の仕業だとしたら銀行に置いていても結果は同じだったかもしれないですね。彼らは前に銀行の金庫からも盗みを働いたことがありましたもの。やはり彼らの犯行なのでしょうか?」
「少なくとも現時点での私は懐疑的ですね」
彼の口調はあくまで冷静だったが、僅かに苛立ちが滲んでいる。
「これまでの報道によると、<静かなる猫>の手口は『誰も見ていない内にこっそりと』だったはず。こんなに大勢がいる場所で盗みを働いたことはなかったし、そもそも事前に予告があった例も聞いたことがない。……よく考えれば的外れな推測だったことは明らかだ」
アルバート卿は苛立ちを誤魔化すように首を振った。
警察の的外れな対応にというよりは、ここに至るまでそれに気づかなかった自分に苛立っているように見えた。
アメリアは思わず、当初彼自身は悪戯だと思っていたのだから、そこまで厳密に考えていなかったとしても仕方ないのではと言いかけたが、これは彼の矜持の問題なのだろうと考えて言葉を呑み込んだ。
「それに、スコットランドヤードは総力を挙げて<静かなる猫>を捕まえようとしていますから、今日はこのタウンハウスを囲むように大勢の警官が配置されていました。窃盗団が侵入しようとすれば、彼らがまず気が付きますよ」
「あと考えられるとすると……招待客が同伴者として窃盗団の一味を連れて来たなんてことは?」
「今日に限ってはあり得ません。窃盗予告がありましたから、ダーヴェント公爵夫妻も臨席される中で万一があってはいけないと、我が侯爵家とお付き合いのない方をお連れになるのは遠慮いただいていたのです」
それを聞いてアメリアは戸惑いからつい一度まばたきをした。
アルバート卿はそれを見て苦笑する。
「お察しの通りあなただけは例外です。レディ・エルデンハーストほどの社交界の重鎮からのお願いとあっては、たとえ国王陛下でも断ることは難しいでしょう」
アルバート卿は視線をアメリアの顔に――中でも彼女の瞳に――視線を移す。
「しかしながら、あなたはとても窃盗団の一味には見えない。ただの……アームチェアを恋しがりながら好奇心に瞳を輝かせて探偵ごっこに興じるただの女男爵です」
「それは褒め言葉ですね?」
アメリアのヘーゼルの瞳がいたずらっぽく輝く。
アルバート卿は何も答えなかったが、ただ、口元だけに微かに笑みを浮かべた。
「さて、仮に<静かなる猫>の犯行ではないとすると、我が侯爵家の家族、使用人、客人の中に犯人がいるということになりますね」
アメリアはアルバート卿が家族を容疑者から除外しなかったことに気がついた。
しかし、ここまでの会話と観察で彼が論理を重んじる人であることはわかっていたので、いかにも彼らしいと思った。
「ええ、そう考えるしかないでしょう。あなたご自身では事件発生前後に何かお気づきのことはありますか?」
アルバート卿は今一度記憶を思い出そうとするかのように目を閉じるが、いかにも残念そうに言った。
「ありませんね。私は今日は<王女の涙>には近づいていませんし、挨拶のときはステージに向かって右側の端の前方に妹のグレイスと兄の婚約者のミス・ジョーンズと立っていましたが、そこからは何も見えなかった。あなたはどうです?」
アメリアも今一度記憶をたどってみる。最初はエルデンハースト伯爵夫人と共に、ステージに向かって中央寄りのやや前方にいて、ケーキが崩れてからは子爵を心配してステージに上がった。
しかし、特段怪しい人も物も見ていない。
「残念ながら私も何も気が付きませんでしたわ」
自分もアルバート卿も手がかりを持っていないとすると、何か知っていそうな人から情報を聞き出すしかない。そう思ったアメリアは尋ねる。
「今日、<王女の涙>に触れるチャンスがあったのは誰ですか?」
「まず、当然、今朝アッシュコム銀行から当家に<王女の涙>を運んできた銀行員。彼はパーティーにも出席しています」
「ミスター・ブルックですね。パーティーで偶然お話ししました」
アメリアはパーティーで出会った親切だが神経質そうな中年の銀行員を思い出した。
アルバート卿は頷いて先を続ける。
「それから、我々侯爵家の家族5人――父のウェクスフォード侯爵、長男のロスマー子爵、次男のヘンリー卿、三男の私、末の妹のレディ・グレイス。それから、子爵の婚約者にしてアメリカの宝石商の娘ミス・キャサリン・ジョーンズ。<王女の涙>は侯爵家のものなのだから、私たちが触れたとしても誰も怪しまなかったでしょう」
聞きながらアメリアは侯爵家の家族が犯人なんてことはあり得るのかと考えた。
ダイヤモンドを盗むのであれば、真っ先に考えるのは借金などの金銭的な動機だが、侯爵家の面々はとてもお金に困っているようには見えない。
もし家族が犯人だとしたら、もっと別の理由――例えば、感情的な何か――が動機としては自然だ。
「侯爵の命で<王女の涙>の警備をしていた執事のミスター・リーも触ることは可能だったでしょう。それから、触ることができたかは疑問ですが、ショーケースの前で転んだ我が家のフットマン――ケンという名ですが――には何か怪しさを感じます」
執事のミスター・リーが<王女の涙>の近くで警備にあたっていたのはアメリアも見た通りだ。
そして、ケーキ倒壊の騒ぎの中、転んで運んでいたシャンパングラスを割ったことにより、ショーケースの周りをガラス片の海にしてしまったフットマンのケンには確かに怪しさがある。
「あとは警察の方も<王女の涙>に触れられたでしょうが、彼らは入れなくても良いでしょう。容疑者は合計9名ですね」
家族とその婚約者の6名、使用人が2名、銀行員が1名というわけだが、アメリアは笑って提案する。
「あなたは除外しても良いんじゃありません?大事な原稿の締め切りが迫っているのにこんな騒ぎは起こさないでしょう?」
「意外と信用してくださっているようだ。では、容疑者は8名としましょう」
2人は柱の陰で笑う。
アメリアは当初こそ「意見の相違事件」のあったアルバート卿に協力を要請するのは我ながらどうかしていると思っていた。
しかし、内情に通じている彼の協力を得られることは思った以上に心強い気がした。




