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◇◇◇



「どうしましょう、今日も御幸様の前で笑うことができなかったわ……」


 婚約者との逢瀬を終え、自宅に帰ってきた神奈を出迎えた女中の多紀(たき)は、ずんと、どんよりとした空気を放って落ち込んでいるお嬢様を見て、あららと苦笑を浮かべていた。


 この帝都の街を(おびや)かす「魔鬼(まき)」は、人を襲う化物として恐れている。そして、魔鬼を払う特別な力が備わっている神奈のような人間は「退魔師」と呼ばれ、人々から敬われていた。


 だが、部屋の隅で膝を抱え、小さくなっている姿は「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」と称される敏腕退魔師である彼女の評判とは程遠い。


 「どうされたのですか」と多紀が尋ねると、主のお嬢様は「自分の不甲斐なさに打ちひしがれているところよ」と、しょんぼりと項垂れている。


「ああ、絶対に今日もかわいげのない女だと思われたに違いないわ……! せっかく、あんな国宝級の微笑みを向けてくださっていたのに、私ったらどうしてもっとあのご尊顔を直視して目に焼き付けておかなかったのかしら……! 真剣な眼差しを浮かべる凛々しいお姿も素敵ですけれど、あの微笑はまさに傾国級! 心臓を抉られるほど心が持っていかれてしまいましたわ……!」


 神奈は多紀に向かってひとしきり熱弁した後、「なのに私ときたら……!」と畳に伏せってしまい、部屋の片隅で今にもきのこが生えてきそうな、じめじめとしたオーラを放っている。


 類まれなる美貌の持ち主である彼女は、あまり感情を表に出さないせいか、周囲からは「怖い」と恐れられることも少なくない。だが、その内実は恋心を寄せる男に自分の思いを素直に伝えられない、不器用な乙女なのだった。


 多紀は神奈に近寄って、主人の肩にそっと手を置いた。


「そのお気持ちを、芦屋様に直接伝えて差し上げればよいのですよ。きっと、芦屋様は神奈お嬢様がそう思ってくれているとお知りになったら喜ばれるに違いありませんわ」

「こんな煩悩の塊みたいな胸の内、さらけ出すわけにはいかないでしょう……?!」


 のほほんと微笑ましそうな表情を浮かべる女中を、「正気か?」という目で見る神奈。けれど、多紀は変わらず笑みを向けたまま「ええ」と返してくる。


 心に溜め込んできた御幸への思いは、相当重くなり、気づけば初恋を随分とこじらせていた。その激重感情を今さら(さら)け出すなんて、神奈には難題中の難題だ。


「ですが、自分の気持ちは、きちんと言葉にしないと相手に伝わりませんよ?」


 そう諭された神奈は目を瞬かせた後、眉を八の字にして手元に視線を落とした。


「確かにそうね……」


 もうこの恋心を募らせて長くなる。多紀の言葉に、神奈は初めて御幸と対面したときのことを思い出した。

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