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「お父様……」
御幸との会食の帰り道、神奈は父と遭遇するという事態に陥っていた。
濃紺の着物に、灰色の羽織を着て腕組みをしている玄瑞。黒の短髪に、同じ色のあご髭、そして切れ長の瞳が威厳を放っており、神奈は思わず手をギュッと握りしめた。
「嫁入り前の娘がこんな夜遅くまで歩き回っているとは、感心せんな。……そう思わんか、御幸君」
玄瑞がそう言って隣にいる御幸に鋭い視線を向けたので、はっとした神奈は「違いますわ、お父様! これは私が――」と御幸を庇おうとした。けれど、その前に隣から「申し訳ありませんでした」と声が聞こえ、御幸がすっと頭を下げる。
「婚約者とはいえ、お嬢様を連れ回すようなことをしてしまったこと、深く反省しております。今後はこのようなことがないように、気を付けるようにいたします」
自分も今日、御幸と仕事終わりに食事することに同意して、この時間まで一緒にいたのに。
自分を庇うような発言をする彼に、申し訳なさが募る。慌てて神奈も御幸に並び頭を下げ、「申し訳ございませんでした」と父に謝罪をしたのだが、玄瑞からの返事はなく……。
神奈はそのまま厳めしい表情を浮かべる父と共に、桐生院邸へ帰宅することになったのだった。
◇◇◇
「なんや、今日は二人揃ってのお帰りかいな」
その後、父の後ろをついて自宅へ帰ってきた神奈を出迎えたのは、母の藤乃だった。綺麗にまとめられた艶のある黒髪に、切れ長の涼しげな瞳。紫の生地に大輪の花が咲く華やかな着物を身に纏った凛とした姿は、娘の神奈とよく似ている。
「ただいま帰りました、お母様」
「おかえり、神奈」と上品な微笑みを浮かべながら、藤乃は険しい顔つきの夫にちらと視線を向けた。
「アンタ、お風呂沸いてますからどうぞ」
「ああ」
玄瑞はそれだけ言うと廊下を歩いて、浴室の方へと行ってしまった。そんな夫の背中を見送った藤乃は、何やら様子のおかしい娘に向き直ると「どないしたん」と尋ねてきた。
「玄瑞さんと一緒に帰ってくるやなんて珍しいやないの」
すると、この世の終わりみたいな悲壮な表情を浮かべた神奈が、「それが、その……御幸様とのお食事の帰りに、街で偶然出会いまして……」などと言う。
「ああ、御幸君と」
藤乃はそれを聞いて何か合点がいったのか、「なるほどな」とくつくつと笑っている。一方の神奈は、父親に異性と手を繋いだところを目撃されてしまい、内心穏やかでない。
相手は婚約者なのだから問題ないことなのだが、まさか厳格な父にあんな場面を見られるなんて。思い出しただけでも恥ずかしく、神奈は穴があったら入りたい気持ちになった。




