2
「御幸様……!」
「芦屋さん……!」
神奈と夏樹がそう言葉を発したのは、ほぼ同時だった。
目の前にいる御幸は腕組みをして、にこやかな笑みを浮かべたまま二人のことを見つめている。令嬢たちが卒倒しそうな爽やかな笑顔なのだが、その笑顔は笑顔ではなく……どこか黒いオーラを放っているように見えた。
「どうして、こちらへ? 待ち合わせはお店の前だと、おっしゃっていましたのに……」
「仕事が早く終わったから迎えに来たんです」
御幸はそう言いながら神奈の隣を陣取ると、夏樹に「久しぶりですね、朝霞君」と笑顔を向ける。
「お、お久しぶりです」
「で、人の婚約者相手に何を?」
その微笑みがあまりにも恐ろしかったのか、夏樹は「違うんスよ、芦屋さん!」などと言って慌てた様子。御幸はニコニコと胸の前で拳を握りしめている。なぜだか説明はできないが、ここで、きちんと弁明しておかないと後が怖そうだと夏樹の本能が告げていた。
すると、口元に拳を当てながらクスクスと品よく笑う御幸。
「ふふ、冗談ですよ、冗談」
「の割には、さっきの目めちゃくちゃ怖かったんですけど……」
夏樹がぐったりとする一方で、神奈は心の準備もまだの状態で御幸と出会ってしまったため、内心ドキドキしていた。
(はあ……今日の御幸様も素敵ですわ……!)
ベージュ色の三つ揃いのスーツに、白いシャツ。スーツのジャケットは袖を通さず、肩に羽織るような格好……というのは、神奈的に「最&高」のビジュアルである。
(美の神の化身なのではと思うくらい、神々しいお姿……! )
脳内で、ダンダンと机を叩きながら身悶える神奈。だが、そんな心の内を顔に一切出さずにいられるのは、彼女が長年培ってきた特殊技術のひとつである。
「では、いきましょうか、御幸様」と涼しい顔で婚約者の隣に並び、何事もなかったかのように振る舞っている。心の中では「平常心、平常心」とひたすらに唱えながら……。
「朝霞君、ではまた明日」
「はい先輩、お疲れ様でした!」
敬礼して律儀に挨拶をする後輩に、神奈もすっと手をあげて応えた。御幸も、にこやかな笑みを浮かべながら夏樹にひらひらと手を振り、二人は予約してあるレストランへと向かうことに。
こうして神奈は、婚約者との会食へと繰り出した。想いを告げてから初めてとなる、仕事終わりの「デート」である。




