第9話「誰も信じない、それが防衛線」
いつもと同じはずの訓練ルームが、どこか重苦しかった。
歩夢、凪沙、瑠璃の三人は、同じ空間にいながらまったく別の方向を見ていた。
共鳴適性では最高ランクのチーム。それでも空気は、微妙だった。
「ねえ、あんたさ」
凪沙が、不意に声を投げた。口調は刺すように冷たい。
「その笑い方、やめたら? 嘘くさすぎて気持ち悪い」
椅子に座って足を揺らしていた瑠璃は、くるりと首を傾げて、いつもの笑顔で返す。
「え〜? そんなにキモい? でもほら、ムスッとしてるよりマシでしょ♡」
「……本気でそう思ってるの?」
「さあ? どうだろうね。
でも“本気っぽく見せたら負け”って、昔誰かに教わったし」
凪沙の表情が、ほんの少しだけ歪んだ。
「……自分のこと、なにも話さないくせに、
誰かに踏み込まれないように笑ってるだけじゃん」
それは怒りというより、拒絶に近かった。
“同じ陰の側”にいながら、あまりにもやり方が違う。
自分を守るために無表情で閉ざす凪沙と、
自分を守るために笑顔で誤魔化す瑠璃。
二人は、ぶつからないほうがおかしかった。
瑠璃は少しだけ笑みを崩し、静かに返す。
「じゃあ、あんたは私の何を知ってんの?
炎上のとき、どんな言葉が飛んできたか。
家の中がどれだけ冷たかったか。
どれだけ“ごめんなさい”を強要されたか、知ってる?」
歩夢がそっと間に割って入る。
「やめようよ……」
「うるさい」
二人の声が重なった。
歩夢はしばらく沈黙し、そして小さく呟いた。
「どっちも、本物だよ。
嘘の笑顔も、本気の無言も──それが、今の自分なんだから」
だが、誰もその言葉にすぐ返事はしなかった。
場の空気はむしろさらに張りつめていった。
しばらくして、教官・葉月が資料を片手に部屋へ入ってきた。
「うまくいかないわね。
──でも、それが自然よ。“陰の中で生きる者”同士が、簡単に信じ合えるわけない」
彼女の口調は、呆れでも励ましでもなかった。ただ、事実を述べるように冷静だった。
「だからこそ、あなたたちは──
“信じない”という前提で手を組むことができる」
瑠璃が、皮肉っぽく笑った。
「なにそれ、最低のチームワーク」
「最低のまま、最強になることもあるわ」
数時間後、三人は小型訓練機《MD-SIM01》に搭乗。
三機のシンクロ実験が開始される。
《ペア共鳴:一ノ瀬・鷹津/同調率83%》
《トリオ共鳴:一ノ瀬・鷹津・和泉/臨界近接》
《感情干渉:互いの否定感を相殺し、均衡成立》
歩夢は、ふと思った。
(信じられないからこそ、誰かにすがりすぎずに済む。
互いに深入りしないことで、成り立っている。
それが、この“防衛線”なんだ)
そして、彼はわかっていた。
この防衛線は、“敵”だけでなく、“仲間”に向けても張られていることを。