第34話「裏切りの指令」
陰影機関・第零会議室。
そこには、階級も名前も存在しない──ただ、“管理する者たち”がいた。
「現行チームα──コクーン小隊の共鳴傾向が逸脱しています」
「兵器としての安定性は損なわれつつある。感情構造の破綻が始まっている」
そして、決議が下された。
「月丘透を、新たなコアに据えよ」
「旧型共鳴体は破棄。感情因子の管理は透に一任すること」
月丘透は、無表情のまま、その指令を聞いていた。
椅子の背にもたれず、まるで会議室そのものと一体化したように、ただ在る。
「理解しました。
僕の中には、彼らのような“揺らぎ”はありません。
僕の感情では、もう何も揺らがない」
その言葉に、誰も異を唱えなかった。
同時刻、訓練区画では、歩夢たちがシミュレーション出撃を終えて帰還していた。
反転共鳴モードの不安定さに悩みながらも、
彼らは少しずつ、再び“戦う意味”を見出そうとしていた。
そこへ、透がやってきた。
無言で、歩夢たちの前に立つ。
「……どうしたの?」
凪沙が警戒した目を向ける。
透は淡々と告げた。
「君たちの機体運用権は、上層部の判断で“凍結対象”になった。
僕に、全権が委ねられた。
このままでは、君たちは降ろされる」
沈黙が落ちた。
「それが……君の判断なのか?」
歩夢が問う。
「僕は判断していない。ただ、命令を受け取っただけだ」
透は、視線すら動かさず答える。
だがそのとき、歩夢の声が静かに、鋭く空気を裂いた。
「でも、透。
俺たちは“ただ動くだけの兵器”じゃなくなった。
感情がある。悲しみも、痛みも、迷いも──
それを抱えて、それでも人間として戦おうとしてるんだ」
透の目が、かすかに揺れる。
「……人間、か」
それは、彼が最も遠ざけてきた言葉だった。
「君たちのような“不完全な存在”は、戦力にならない。
それはもう、兵器ではない」
「そうだよ」
歩夢が一歩、踏み出す。
「兵器じゃない。“人間”なんだよ。
それを捨てたら、もう俺は……自分を守れない」
透は、ほんの一瞬だけ目を閉じた。
胸の奥に、ひとつの言葉が残響する。
「……それでも、“揺らいだ”のなら、それはもう、お前の感情だ」
そして、再び目を開けたとき、彼の中に微かなひびが入っていた。
その夜。
透は上層部に報告書を提出する。
《対象チームの排除、保留。再評価を要す》
《理由:共鳴傾向において予測不能な進化の兆候あり》
それは命令違反に等しかった。
だが、彼はもう“ただ命令に従う”だけの存在ではなかった。




