第32話「離脱者、選択の時」
隔離棟、カウンセリング室。
瑠璃、凪沙、カナタの3人が、それぞれ別々の椅子に座り、ただ静かに時を待っていた。
彼らの戦闘適性値は、現在“判定不能”状態。
感情構造が崩れかけ、もう戦えないかもしれない。
陰影機関は、彼らに最終通告を出した。
「ここを離れ、“一般生活への移行措置”を選ぶか」
「あるいは、“戦いの場”に戻るか──」
選択の時は、迫っていた。
先に口を開いたのは、凪沙だった。
「……怖い」
ぽつりと、静かに落ちたその言葉に、誰も口を挟まなかった。
「戦うの、怖いよ。自分がまた壊れるんじゃないかって。
でも……ここにいない自分を、もっと嫌いになる気がするんだ」
彼女は唇を噛みながら、目を伏せた。
「“逃げた自分”に負けたくない。たぶん、それが本音」
それを聞いて、瑠璃がふっと息をつく。
「真面目だよね、ほんと。あたし、そんなちゃんと考えられないよ」
そう言いつつも、彼女は続けた。
「でも……一回だけ、本気で戦ったときがある。
“素のままの自分”で。それがたぶん、今でも一番、自分を許せた瞬間だった」
「だから……もうちょっとだけ、そのままでいさせてよ。
仮面とか、演技とか抜きで……ただの“私”として、ここにいたい」
それは、かつて何より仮面を被っていた少女の、小さな、でも確かな願いだった。
そして、カナタがゆっくり顔を上げる。
「僕……ずっと、“笑ってる自分”しか価値がないって思ってた。
でも、それが壊れてからも、ここにいたいって思える瞬間が、ほんの少しだけあった」
彼は少しだけ、表情を曇らせる。
「……もし、“笑わない僕”を、それでも受け入れてくれるなら……
僕も、また戻ってみたい。笑わないまま、立ちたい」
そのとき、教官・葉月が静かに言った。
「不完全な意志でいいのよ。
どこか壊れたままでも、それが“あなた自身”であるなら」
3人は立ち上がった。
決して力強くはない足取りで。
でも、それぞれの「壊れた今」を、たしかに引きずりながら。
凪沙が、歩夢に言う。
「……ただいま。帰ってきた」
歩夢は、ほんの少しだけ笑って、うなずいた。
「おかえり」
その夜、歩夢の日記には、こう記されていた。
“僕たちは、完璧じゃない。だからこそ、隣に立てるのかもしれない”




