第28話「自我を保て」
夕暮れの訓練施設。
赤く染まった空の下、月丘透は一人、模擬戦の記録映像を見つめていた。
背後から歩夢がやってきて、少し離れたベンチに腰を下ろす。
「また一人で映像確認か。毎日、欠かさないよな」
透は、静かに答える。
「確認ではない。観察だ。
感情の揺れを“自覚的に無視する”訓練を、僕は欠かしたことがない」
その言葉に、歩夢は顔をしかめる。
「……感情を、無視?」
透は頷いた。モニターから視線を外さず、まるで感情の起伏そのものを持たない声で語る。
「感情は毒だ。思考を歪ませ、判断を狂わせる。
だから僕は“虚無”を選んだ。自己を守る、最低限の境界として」
歩夢はしばらく沈黙してから言った。
「でもそれ、“生きてる”って言えるのか?」
風が吹いた。静かな空気が、重く張り詰めた。
「何も感じないで、ただ機械みたいに命令をこなす。
それって……“死んでる”のと、どこが違うんだよ」
透の瞳が、ほんの少しだけ揺れた。
「……君たちは、感情に傷つき、苦しみ、機体を失い、戦えなくなった。
僕は違う。僕だけは、戦い続けることができる」
その言葉は、“優越”ではなかった。
まるで、**“孤独の誓い”**だった。
一方、陰影機関・第7研究棟。
開発責任者の白衣が、資料を葉月に手渡す。
《次世代型搭乗機構:MD-EX "エイドロス"》
《基幹人格:月丘透の精神構造をベースに設定》
《設計理念:情動の排除と絶対安定》
「彼の精神構造は、他の誰とも違う。
極限まで希薄な自己保存欲求、限りなく均一な脳波パターン。
まるで“人間という器”の皮だけ残して、中身を空にしたような」
葉月は、ファイルを閉じながら静かに呟く。
「つまり、“最も壊れないコア”ね。
……問題は、壊れない代わりに、何も響かないことだけど」
その夜、歩夢は日誌を開いた。
そこに書かれていたのは、ありのままの言葉だった。
「透が正しいのかもしれない。
でもそれは、あまりにも寂しすぎる」
「僕は、自分が壊れても、“誰かの痛み”を感じていたい」
「……それが、“生きてる”ってことなんじゃないか」




