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◆第二話 ⑤ ◆ 


古めかしい革張りの一冊の本。

本の表紙には、飾りのような、また文様のような不思議な文字が印刷されていた。そしてその文字の下に手書きのヴェンタール語の文字で何かの文字が書かれている。


「『妖精言語』?」


パラパラと、ページをめくってみた。すると表紙と同様、ページのところどころに、単語の意味や文の意味と思われるヴェンタール語が、手書きの文字で加えられていた。


文様のような文字の意味は分からなかった。だから、その手書きの文字を拾うようにしてルビア・マリーはざっと読んでみた。どうやらどこかの国の神話か物語のようだった。


「昔、トゥロフト王国のある男が妖精の言語を習って、それを本にしたらしいんだ。そのうちの一冊がこの本で、この絵とも文様とも思える文字は、妖精の使っている言葉を表したものらしい。本当かどうかは分からないけれど、私が幼い時、トゥロフトから来た家庭教師がいてね、この本は彼からもらったんだ」

「妖精の国の物語……ですか? この本の内容は」

「うん。彼は私に……この本の内容だけではなく、ウチの国にはない色々な『常識』を教えてくれたんだ。とても面白い男だったんだけど、王族に相応しい教育を施すのではなく、雑学のような話ばかりを教えてくれていたので、すぐに解雇されてしまって……」

「それは……残念でございますわね……」

「うん。私は彼とはもっと話したかった。だけど、女官たちが陛下に進言してしまって……。解雇される時に、こっそりその彼が私にこの本をくれたんだ。そしてこう言った」


リシャール・デルトは小さく息を吸うと、小さな声でこっそりと言った。


「このヴェンタール国の星詠みの儀式や運命に従うという風習は、他国にはないものだから興味深かったと。色々な国には様々な考えや習慣があり、その中でもこの妖精の話は特に変わっていて面白いですよ、とね。この本は、妖精の国の色々な物語が前半に書かれていて、後半はその物語に出てくる言葉を我がヴェンタール国の言葉に翻訳したもの……簡単な辞書的なものが書いてあるんだ。幼い時の私は夢中で読んだ。内容も面白かった。手書きの文字は、その元家庭教師に教えてもらいながら私が書いたものだ」

「そうですのね……。ありがとうございます。妖精の言葉なんて興味深いですわ」

「うん、娯楽の本としても楽しいけれど、何よりも……私は、この本をくれた家庭教師との時間が楽しかった。この国の星詠みや『運命』は、この国だけのもので、他国にはそんなものはないと教えてくれたことが本当に嬉しかったんだ。私は他国だったら『逃す者』なんて言われずにいたのかもしれないなんて、思ったりもしてね」


ルビア・マリーは瞠目した。


(では……もしも、わたしが他国で生まれていたのなら。『悪役令嬢』なんて運命は授からなかったのかもしれない。自分の運命は自分で……自由に選べたのかもしれない)


自由。

何者にも支配されずに、自分の意志だけで生きること。

星詠みによって運命を『悪役令嬢』と固定されてしまったルビア・マリー。この自由という言葉が、 暗闇の中の唯一の希望の光のように思えた。


ルビア・マリーは『妖精言語』の本をぎゅっと胸に抱きしめる。


「読んでみます。あ、思い出の本ならなるべく早く読んでお返しした方が良いですか? もし、大丈夫であれば……わたし、この本の写本を作りたいと思うのですけれど」

「あげることはできないけれど、しばらくの間貸すよ。ゆっくり読んで。そして、できれば君には妖精の言葉を覚えてほしい」

「覚える……。はい、覚えたいです」


今のルビア・マリーには『妖精言語』を覚えることが、光のように思える自由へと続く道のりのように思われた。


「うん、それで……ルビア・マリー、君がこの言語を理解できるようになったら……、君と、本当の意味で、色々話ができるようになるかもね」


小声で、誰にも聞かれないようにと呟かれた言葉。

この国の、誰も知らない言葉を、話せるようになれたのならば。きっと、話せることが、いや、話したいことがたくさんある。リシャール・デルト先ほどの、ルビア・マリーの問いに答えることもできると暗に言っているのではないのか?

それはつまり、きっと。リシャール・デルトもルビア・マリーと同じような閉塞感を覚えているのではないか? 

星占によって物事が決まるこの国を、おかしく思っているのではないか?

 

聞きたかった。

だが、そんなことを聞いてしまえば、この国では異端に思われてしまう。

だから、リシャール・デルトこの国では誰も知らないはずの『妖精の言語』の本などをルビア・マリーに差し出したのだ。ルビア・マリーはそう思った。 

いつか、二人で。

おかしいのは自分たちではなくこの国だと言えるように。


「ありがとうございます……っ」


ルビア・マリーは泣きたいくらいの、感謝を笑顔に浮かべた。

今は、話せない。

だけどいつか。

話ができるようになったら、占いなどに左右されない本当の自由にも手が届くかもしれない。

実現は難しくとも、そうなればいい。

押しつぶされそうになっていたルビア・マリーの心を、リシャール・デルトは『妖精言語』の本という形で明るく照らした。


「いつかの『もしも』の話、なんだけど。妖精に会うことができたのなら。彼らと話せるかもしれないと思うと、素敵でしょう?」

「ええ、ええっ! そうですわね!」

「それから……」


リシャール・デルトは、ポケットからこっそりとメモを取り出した。それをすっと素早くルビア・マリーに見せる。


『この国で、今妖精の言葉を理解できるのは多分私だけ。ルビア・マリー嬢。君が妖精の言葉を理解できたのなら、私たちは内緒話ができるようになるね。誰に聞かれても、大丈夫。ウチの弟や運命の娘の悪口だって言える』


ルビア・マリーはメモを見て、目を大きく見開いた。


(やっぱりそうなのね。殿下は、わたしと同じように考えているんだわ)


リシャール・デルトはにっこり笑うと、メモを手の中で握りつぶした。


「外交の場とかでこっそり相談したい事柄がある時なんかも便利じゃないかなって思ってさ。きっと他国でも妖精の言葉を知るものは少ないと思うし。変な暗号を考えるより楽だよね」

「すごいですねリシャール・デルト殿下」

「あはは、ありがとうルビア・マリー嬢。こんなことを言っているけど、私は単に外国の言葉を学ぶのが趣味なんだ。言葉を知れば、外交で役立つ以外にも、我が国にはない、珍しい外国の話を知ることができる。私はきっとこの国以外には行けないから、せめて書物だけでも色々な国の話を知りたくてね。それに、そう思えば、外国語を学ぶのが楽しくなるだろう?」

「ええ、本当にそうですわね……っ!」


ルビア・マリーの顔は輝いた。


この四年間、ずっと不安だった気持ちが、ほんの少しだけ、晴れた。


「ありがとうございますリシャール・デルト殿下。わたし、この妖精の言葉を覚えてみます。いつかきっと、こっそりと殿下と内緒話ができるようになるといいですわね!」

「うん、愚痴の言いあいっこでもしようよ。辛い、とかね。ちなみに≪キウア≫って言うんだ。妖精言語では。大変だ、とかだと≪タッセ・デ・キウア≫」

「魔法の言葉みたい……」

「だろ? 面白いよね」

「はいっ!」


その日から、ルビア・マリーはのめり込むようにして『妖精言語』の本を読みだした。


「ええと≪ルゴス≫は……我が国の言葉では……光の意味ね。あ、でも光の神の意味もあるのね。ではこの文は……ええと、≪ルゴス・ディセ・アントラウス≫つまり、光の神の誕生と訳せるのかしら……?」


の後半の辞書の部分で≪ルゴス≫の項目を探してみた。


「ええと、こっちは≪イセ・アニュマリティ・ファーリー・ルゴス……≫と読むのね。意味は……妖精王の名はルゴス……ね。それからええと、妖精の国の王は……女王なのね。えええ? 首だけ、なの? 体は無いって……。わたし、訳し間違え……てないわね……」

 

夢中になって読んでいくうちに『妖精言語』に書かれているすべての内容をルビア・マリーは覚えてしまった。


(ふふふ。今度リシャール・デルト殿下と妖精言語を使ってお話してみましょう! いつか、花の咲く妖精の国ルグリットに行ってみたい。妖精たちと、そして妖精王とお話ができたら素敵)

 

夢のように、そんなことを思う。

たとえ『運命の娘』のためにこのヴェンタール王国に縛り付けられることになろうとも、ささやかな夢として、ルビア・マリーは妖精の国に行く未来を思い描いた。

 

ほんの少しの楽しみを胸に、重苦しい現実をひと時だけでも忘れることができる。

そんな夢想をしている間に、ルビア・マリーとギイ・クロードが貴族学園に入学する十四歳になった。



お読みいただきましてありがとうございますm(__)m

読みにくい話ですみません。


次回第三話 学園入学 『運命の娘』の登場

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