◆第九話 ③ ◆
祈りの言葉のように、ルビアは心の中で繰り返す。そして、リシャール・デルトの言葉を、怒りを浮かべた瞳を思いかえす。
≪私の人生は私のものだ。何故この私が犠牲になれねばならないのだ?≫
≪私は逃げない。星詠みに支配されているような国を潰して、私が新たな国を作り上げる≫
≪できるできないではなく私はやる。ただそれだけだ≫
そして、自分の手を握りしめる。
(わたしは……わたしも、リシャール・デルト殿下のように強くなる。怒りを、この身に滾らせる)
星などには祈らない。
神なども知らない。
だけど。
(妖精に会いに行った時、リシャール・デルト殿下はこんなわたしを『友』と言ってくれた。甘えてばかりの弱いわたしを……。そして、わたしは殿下に見限られるのは嫌だと思った)
リシャール・デルトの横に並び立つほどの勇気はなかった。だけど。せめて、その背を追いかけられるほどの気概は持ちたいと、一歩、いや、半歩ほど踏み出した。
(強くなるのよ、わたし。リシャール・デルト殿下のように。一人では怖い、なんて甘えていないで。嫌なことは嫌と言うの)
何度目かにそう思った時に、リシャール・デルトが見舞いにと、ロシュフォール侯爵家へとやって来た。
それは、貴族学園の卒業パーティの前日だった。
「なかなか見舞いに来られなくてすまないルビア・マリー」
「リシャール・デルト殿下……。こちらこそ、申し訳ありません」
リシャール・デルトをルビアの私室に招き入れるわけにはいかない。ルビアはロシュフォール侯爵家のサロンにリシャール・デルトを案内した。侍女が紅茶も用意してくれている間、二人はテーブルを挟んで正面に座り、お互いに「すまない」と「申し訳ない」を繰り返した。
「まあ、謝ってばかりでは話が進まないか……。あの後の話をしよう。妖精たちに夢を見せられたのは私とルビア・マリーの二人だけ。あの場に倒れていた護衛騎士たちや星詠み師たちは、ただ、妖精たちに翻弄され、倒れただけで、夢などは見なかったようだ……」
「そうなのですか……」
「女王と、直接話したのが私たちだけだったからなのか、それとも何か理由があるのか。妖精たちがいなくなった今では、何もかも分からないけれど、まあ、妖精は気まぐれだしね」
「そうですね……」
「私の見た夢の話は、あの時君に話したね。その……興奮してしまって、君の様子を鑑みず、告げてしまったけれど……」
星読みに支配されない新たなる国を作る。そのために『天降石』をなくす。
そのための方法などは分からないけれど、やり遂げると強い意志と希望を持っていた。
「その……君に配慮しなくて、本当にすまなかった。私が素晴らしい夢を妖精に見させてもらったから、君も同じだと思ってしまって。だけど、ルビア・マリー、君は恐ろしい夢を見せられたのではないのかと……今更ながら思いついて。その、今日は見舞いというよりは、謝罪に来たんだ」
すっと頭を下げたリシャール・デルトにルビアは慌てた。
「で、殿下が謝ることはありませんっ! それに、妖精に見せられた夢は……とても、とてもすばらしいものだったのです」
「すばらしい?」
「ええ……。あれが夢だというのなら、わたし、そのまま夢の中に居たかったのです。現実になんて戻りたくなかったの……」
セイやコウと過ごした夢を、ルビアはぽつりぽつりとリシャール・デルトに話していった。
リシャール・デルトは真剣に、ルビアの話を聞いていた。
しばらくの間、ルビアの話を聞きながら、何かを考え、そしてはっとしたように、言葉を紡いだ。
「……遥か北にはレーベルク、空を舞う竜人の国。南にはルグリット、花の咲く妖精の国。そしてここは星詠みの国ヴェンタール。『天降石』は、力なき我ら人を哀れんだ『星の神』が遣わしてくれた『運命の石』なり……」
「リ、リシャール・デルト殿下?」
いきなり何を言い出したのかと、ルビアは戸惑った。
「十歳の儀式のときに、星詠み師達が行った詠唱だ」
「あ……」
思い出した。確かに、十歳の儀式のときに、星詠み達はそういう詠唱をしていた。
「北に、あるんだ。空を舞う竜人の国が。その国は……雲よりも高い山が連なり、谷間もあると……何かの本で読んだ記憶がある。実在の、国だ」
実在する。
まさか、とルビアは思った。
だけど……。
「わ、わたしが見た者は夢ではなく……。本当にわたし、精霊によってその竜の国に飛ばされたのだと……殿下は仰るのですか?」
「確証はない。だけど……」
「で、でも……わたし、夢で……かなり長い時間を過ごしました。あれが現実というのなら、時間が合わないのでは?」
「私の見た夢は……長いものではなかったよ。多分女王の瞳に吸い込まれるような感覚がして、二言三言、女王に問われ、そしてすぐにあれを壊すことを告げられた……。夢から覚めてすぐ、ルビア・マリー、君が起きた」
「わたしは……竜の国でかなり長い時間を過ごしたのです。暗い夜を過ごし、朝日が谷を照らして。それから青と赤のドラゴン……セイ様とコウ様に出会った。コウ様のお子様にも。寝て、起きて、何日も過ごしたはず」
「……時間の齟齬は分からないけれど、精霊のやることだからね。もしかしたら、そんな不思議もあるのかもしれない」
セイと過ごしたあの日々が、夢ではない可能性がある。
ルビアの振動の鼓動が跳ねた。
もしも、本当に竜の国があるのなら。
そしてそこにセイやコウがいるのなら……。
「わたし……レーベルクに行きたいです。確かめたい。あれが本当のことだったのか、それとも夢だったのか」
妖精の女王に問われ、選んだ未来。
セイと共に生きる道があるのなら、それを選ぶ。
お読みいただきまして、ありがとうございます。
それから誤字報告くださった方!めっちゃ感謝しておりますm(__)m
このお話も、構想的にはあと少し。
第九話の次は、第十話婚約破棄。これで完結予定です。
もしかしたら、第十話の後にエピローグ的なもの入るかもしれませんがそのあたりは書いてみての調整です。
完結までお付き合いいただければ幸いです。