◆第九話 ② ◆
ロシュフォール侯爵家に戻ってからも、ルビアは自室に篭り、ただ泣いた。泣きつかれては眠り、起きればまた泣いた。
そうしているうちに、泣く気力もなくなった。
ただ茫然と、どこでもない空間を見ているだけ。
体の中が空洞になったようだった。
そんなルビアの部屋に、ローラン・アルベルトがやって来た。
「ルビア・マリー? お邪魔するよ、いいかい?」
言いながらルビアの部屋に入ってきたローラン・アルベルトに、ルビアは視線も向けなかった。ベッドに仰向けになったままだ。起き上がる気力などもない。
「……神殿で、精霊たちと何かあったとは聞いているけど……。食事くらいはしないとね。体を損なうよ」
視線すら寄越さないルビアに、ローラン・アルベルトは肩を竦めた。そして、ベッドサイドに置かれている椅子に座る。
「もうすぐ貴族学園の卒業パーティだ。準備も着々と進んでいる」
ローラン・アルベルトの言葉に、ルビアの肩がぴくりと動いた。
「王太子殿下と『運命の娘』のために、表向き、卒業パーティでは断罪され、国外追放されることになっているけれど。一応二週間ほど旅行をして、それからこっそりと王宮に戻れるようにしてあるよ。ルビア・マリーは『悪役令嬢』から『王妃の影』になるのだからね。星詠みの通りにこの国も我がロシュフォール侯爵家も更に発展するだろう」
あの『十歳の儀式』の時の感情が思い出される。
ローラン・アルベルトからもらった髪留めが、床に落ち、壊れた。
『星詠み』によって『悪役令嬢』と告げられ暗黒に飲みこまれていくような不安を覚えた。
ロシュフォール侯爵家に帰り、ようやく安心できたと思った。だが、ローラン・アルベルトに不安を解消してもらえなかった。
そして、他者の礎になる人生を押し付けられ、それを父も母も兄も……誰も彼もが素晴らしい人生だとルビアに告げてきた。
ざらり、と。ルビアの心に波が立った。
「そのためには、ルビア・マリー、お前が元気にならねばね。それが『悪役令嬢』の運命を授かったお前の使命なのだから」
頭は動かさず、視線だけをローラン・アルベルトに向ける。
ローラン・アルベルトの優しく穏やかな表情。
ルビアに諭し聞かすような優し気な声色。
(お兄様は……いえ、この国の人間は……わたしの気持ちがどうだろうと、わたしが『悪役令嬢』として星詠みの通りに動けばそれでいいのね……。いえ、そうすることが幸福なのだと、心の底から思っているのよ。わたしが、こんなにも苦しい思いをしているなんて、気が付かない……いえ、思いもしないのだわ)
この星詠みの国の『悪役令嬢』
嫉妬に狂い『運命の娘』を虐げる。だが『真実の愛』を知った王太子が『運命の娘』を守り、悪は滅ぼされる。そして、この国は愛に包まれ飛躍的な発展を遂げる。過去に三度繰り返され、もはや、それが当然とばかりに思われている、星詠みの結果。
(悪は滅ぼされ、愛によってこの国は幸せになる……ね。悪役令嬢だけを犠牲にして。ううん、犠牲なんて思ってもいない。そうあるべき。それが幸せ。それがこの国のあたりまえ。)
ざらり、と。ルビアの心にまた波が立った。
(どうして、わたし一人が犠牲にならなければならないの……? わたしの幸せはこの国にはない。セイ様と過ごしたあの場所に帰りたい。だけど、あれは夢……? なら、諦めて、粛々と運命に従うしかないの……?)
嫌だと、即座に思った。同時に、リシャール・デルトの言葉がふっと思い出された。
≪私の人生は私のものだ。何故この私が犠牲になれねばならないのだ?≫
(そうよ、なぜわたしが犠牲にならないといけないの)
≪私は逃げない。星詠みに支配されているような国を潰して、私が新たな国を作り上げる≫
≪できるできないではなく私はやる。ただそれだけだ≫
リシャール・デルトのような強さが欲しい。
運命に抗い、戦う強さが。
(わたしは、弱いわ。嘆くだけで、現状を変えるような強さはない。だけど……)
心のどこかで、声がする。
抗え。
戦え。
嘆いたままでいたくない。
(わたしに、できる? わたしは、戦える? リシャール・デルト殿下のように……わたしもなれる?)
自分の心に問いかける。
(わたしは、弱い。だけど、殿下のように……自分の人生は自分のものだと言いたい。『悪役令嬢』なんて運命は、拒否、したい)
リシャール・デルトのように怒りたい。運命に逆らいたい。
精霊たちの前に赴く前、ルビアには三つの道が示された。
このまま、嫌だと思いながらもギイ・クロードたちの、この国のために使われる人生。
妖精の力を借りて、もしくは婚約破棄後になんとかここから逃げる。
そして、この国に留まり続けはするが、リシャール・デルトと共にこの国を変えるために戦う
(わたしはセイ様と共に生きる道を選んだ。なのにそれは……夢、でしかなかった? わからない。なら、ここから逃げる? それともリシャール・デルト殿下と共にこの国を変える?)
もしもセイとの日々に戻れるのなら。
もしもあれが夢などではなかったのなら。
(わたしは、セイ様の元に戻りたい。でも……それができないのなら……)
どうする?
自問自答を繰り返す横で、ローラン・アルベルトはまだ『悪役令嬢』のあるべき未来を語っている。
「だからルビア・マリー。お前の未来は明るいんだ。歴史に残る四番目の『悪役令嬢』だ。王妃の影だろうとなんだろうと、お前がこの国の未来を作っていくことには変わりはないのだよ。名ではなく、実を取る。素晴らしいではないかっ!」
「そう……。お兄様は、そう思うのね」
「当たり前だ。星詠みはルビア・マリーに素晴らしい未来を与えてくれたのだ」
「お兄様だけでなく、お父様もお母様も……。みんな、お兄様と同じ意見なのね」
「もちろんだ。星詠み達も陛下方もおまえという『悪役令嬢』の登場に、これ以上もなく喜んでいらっしゃった」
「そう……ね、そうだったわ……」
答える気も、もうなかった。
聞く気も、当然ない。
(馬鹿々々しい。そんなに『悪役令嬢』が素晴らしいのなら、そんな未来、お兄様にでも誰にでもあげるわよ)
このまま、嫌だと思いながらもギイ・クロードたちの、この国のために使われる人生だけは選んだりするものかと、ルビアは自身の手を固く握りしめた。
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