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◆第九話 ① ◆ 慟哭

ルビアの、夕焼け色の髪が強い風に巻き上げられる。咄嗟に、髪を押さえた。

風が、ほどなくして収まり、ルビアは息を吐き出そうと、した。


「え……?」


髪を押さえたままの手から力が抜け、だらりと落ちる。ルビアの目の前には、大人の背丈ほどもある大きな石があった。


「『天降(てんこう)(せき)』……、どうして……?」

信じられない思いで辺りを見回せば、そこは確かに神殿だった。

十歳の儀式を行い、そして、精霊たちが集っていた場所。

しかし、今は舞い踊る精霊たちや精霊の女王はおらず、星詠み師や護衛騎士と思しき大勢の人間が倒れていた。皆ピクリとも動かない。


自分は確かに、竜の谷にいたはずだった。


そう思っても、今見えている風景は、竜の谷ではない。

いない。

コウも、小竜も……そして、セイも。

それが理解できた途端に、ルビアの手はぶるぶると震え出した。


いない。

セイが、傍に居ない。

手に触れて、抱き寄せてくれていたはずなのに。


「どうして……?」


呟いても、答える声はない。


ただ、神殿を風が吹いていく。

目の前の『天降石』も、ただそこにあるだけだ。


「どうして……?」


それ以外の言葉を忘れたかのように、ルビアは何度か呟いた。

すると、「う……っ」とうめく声が聞こえてきた。

リシャール・デルトだった。

額を押さえ、それから、頭を振って。リシャール・デルトは辺りを見回した後、ルビアに気が付き、はっと顔を上げる。


「ルビア・マリー……、大丈夫だったか?」

 

ルビアは、答えずに、ただ、立ち尽くす。リシャール・デルトの声が聞こえなかったのではない。今は、その声も聴きたくなかったのだ。


リシャール・デルトは周囲に倒れている数人の呼吸を確認した。


「気絶しているだけか。死んではいないようだが……」


はあ、と深く息を吐くリシャール・デルト。それからゆっくりと、ルビアに近づいていく。


「これも妖精の仕業かな? ルビア・マリー、私はどうやら妖精に夢を見せられたようだ」

「ゆめ……」

「ああ。私の望みを叶える方法を教えてもらった」

「のぞみを、かなえる……」


リシャール・デルトは頷いた。


「そう、これだ。この『天降石』さえなくなれば……。そうと言ってもこんなにも大きな石を、簡単にどうこうはできないのだけれど。これさえなければこの国で『星詠み』など出来なくなる……。何年かかっても、私はやり遂げてみせる」


星読みに支配されない新たなる国を作る。その強い意志を、リシャール・デルトはその瞳に浮かべていた。

だから、気が付かなかった。

ルビア・マリーの身体がふるふると震えていることに。


「妖精に出会って、それでも君はここに居る。逃げることを妖精に願わなかったのかい? なら……私と一緒にこの国を変えようっ! ルビア・マリー、私はその方法を妖精から教わった。君の協力があれば、きっといつか。すぐには無理でも」


熱く語り出す、リシャール・デルトの声は、ルビアの耳には入って来なかった。


いない。

セイが、傍に居ない。


「どうして……?」


小さく、呟くような震える声。リシャール・デルトはようやくルビアの様子がおかしいことに気が付いた。

「ルビア・マリー?」


リシャール・デルトの呼ぶ声に、ルビアは違う、と思った。


もう『悪役令嬢』のルビア・マリーなどではなくなったはずだった。

セイたちに呼ばれる「ルビア」

何も持たない、何も出来ないけれど、ルビア・マリー・ロシュフォールではなくセイと一緒に生きていける、単なる「ルビア」に成れたはず……だったのに。


「どうして……? どうしてなの……?」

「ルビア・マリー……?」


すっとひと筋。ルビアの瞳から涙が流れた。


「幸せだったわ、わたし……セイ様と一緒に生きていく……それを選んだのよ……? なのにどうしてヴェンタールに戻されるの?」


小さな声でつぶやいた後、ルビアは大声で叫びだした。


「どうして⁉ どうしてよっ! わたしは選んだのにっ! どうしてここに戻されるのっ! あれは夢? 望みを叶える夢を見せられただけで、セイ様もコウ様も……実在していないというの⁉」


リシャール・デルトにぶつけた叫びではない。

それでも、その慟哭とも言えるようなルビアの叫びに、リシャール・デルトは喉を絞めつけられたような気分になった。リシャール・デルトは自分の望みが叶えられる可能性を、精霊に示唆され、それに舞い上がっていたとはいえ、ルビアの様子には全く気が付けなかった。


「ねえっ! 精霊たちっ! 女王っ! わたしは選んだわっ! なのにあれは単なる夢を見せられただけなの⁉ 幸せな夢を、見せるだけ見せて、それで現実に引き戻すなんて……っ! そんなの酷いっ!  嫌よもうっ! こんな国、嫌っ! あそこに戻してっ! 帰してよっ! 夢だというのなら、目覚めさせないでっ!」


赤ん坊のように激しく声を上げて泣き出したルビアに、リシャール・デルトは何も言えず、呆然とルビアを見ることしかできなかった。


神殿に、風だけが吹く。

その風に答える声も、ルビアの「どうして」という嘆きに答える声もなく。

ただ、真っ赤な夕陽だけが、地平線へと沈んでいった。



お読みいただきましてありがとうございます。


次回第九話②は、なるべく近日中に掲載いたします!

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