◆第八話 ② ◆
「じゃあ、行こっか」
セイが気楽な感じに言うと同時に、ルビアにはぶわっとした感じを覚えた。
(浮いている……? いえ、これ、飛んでいるのだわ)
ふわりと、雲にでも乗ったかのように軽く浮く感じではない。
セイがその背の翅を大仰に動かす。羽ばたき毎に速度がぐんぐんと上がる。この空を今飛んでいるどのドラゴンたちよりも速く、セイは空を切り裂くように、飛んでいく。
(は、速い……っ! 星が、流れるよりも速いのでは……っ!)
恥ずかしいなどと言っている暇もなく、ルビアはセイにしがみ付いた。
落ちるのが怖いとか、高すぎて眩暈がするだとか。そんなことも言う余裕もない。
風に吹かれるというよりも、その風に、叩きつけられるような感じすらする。
風圧が強すぎて、ルビアの強張った顔は微塵も動かすことはできなかった。ただ、セイの首に回して手を、ぎゅうぎゅうとしがみ付つくことだけが、ルビアに今できることだった。
ほとんど絞め殺すほどに強く、しがみ付き続けたところで、ようやくセイが速度を緩めた。
「ご、ごめん……、怖かった……よな?」
言われてようやくルビアは詰めていた息を吐きだした。はあはあと、何度も浅い呼吸を繰り返す。
「い、いえ……、怖いも、何も……息すら、でき、なくて……」
何度か息を吸ったり吐いたりしたあと、ようやくそれを告げた。
「あ……、ニンゲンには速すぎた?」
「セイ、には、これが、普通……?」
「あ、いや、まだ早く飛べるけど?」
「これ、以上、速く⁉」
そんな速度で飛ばれては、呼吸すら出来なくなる。もしかしたら抱きかかえられながら窒息死するのではないだろうか?
ルビアはぽかんと口を開けたまま、気が遠くなりかけた。
固まったように何も言わないルビアに、セイは居心地悪く「ご、ごめん?」と告げる。
「ドラゴンの種族とニンゲンじゃ、体感とか、やっぱけっこう違う……?」
「違う、のは、当然として、その、ちょっと、息が、苦しい、と、いいますか……」
あまりに早い速度に息ができなかっただけでなく、そもそもこんな高所では空気が薄いのではないだろうか……と、ルビアはようやく思い至った。思えば、セイが速度を落としてから、ルビアは肩で息をするようにはあはあと呼吸を繰り返している。
「ゆっくり……、できるだけ、ゆっくり、もうすこし、下の方へ……」
行ってほしい、という前に、言われたとおりにセイは緩やかに下降しだした。
しばらくすー……っと、下りて行く。そして、まるで尖塔のように尖っている崖の上に、セイは降り立った。
「あー……、この程度の高さなら、大丈夫か?」
ぐるりと辺りを見回す。山の峰から峰に続く稜線はまだ視線の下にある。ルビアのような令嬢では、きっと一生かかっても登ることなど出来ないような山の峰が。
灰色の岩山が、視界の先にまでずっと続いている。そしてその上には青く晴れた空。太陽の光は強く、辺りを照らしている。
(花もない、切り立った崖。灰色の岩山。だけど、明るい空。こんな景色を、セイやコウは……当たり前のように見ているのね。ううん、わたしにとっては一生に一度見れるか見れないかというほどの山の絶景も、わざわざ気にも留めずに、その上の空をすごい速度で飛んでいくの……。これが、ドラゴンたちの、普通……)
狭い国、偏った価値観。
ここにはそんなものはなかった。
ただ、広く。
何処までも高く。
速く、そして明るい。
そして、今はその空に星はない。
「ここは……すごい、ところね……」
ぽつり、と。ルビアの口から声が零れた。
「わたしの、国とは、全然、違う……」
はらはらと、目から涙が零れ落ちた。
「わーっ! ルビアっ! やっぱり怖かったんだなゴメンっ!」
「ううん、違うの……」
怖くて泣いているのではなかった。
「多分、わたし……嬉しいの……」
ルビア・マリーではなくルビアと呼ばれたことも。
息もできないくらい早く飛んだことも。
見たことのない高い風景も。
「わたし……わたし、ね」
ずっと、どこかに行きたかった。
運命に縛られた悪役令嬢ではなく、当たり前の、ただの一人のルビアとして受け入れてくれる場所。そこに行きたかった。
だけど、行けるなんて思ってもみなかった。
誰か助けて。そう叫んだところで助けてくれるその誰かなんているとも思えなくて。
かといってリシャール・デルトのように、運命に逆らう力もなかったのに。
(だけど、今、わたし……居るの。そこに。願っても願っても叶わなかった。わたしが『悪役令嬢』にならなくてもいい、星占なんてないところに)
止まらない涙を流しながら、ルビアはゆっくりと静かに、微笑みを浮かべていった
お読みいただきましてありがとうございました!
前回からだいぶ間が空いてしまってすみません……。
『ひゃっほーい』書籍化作業頑張っております!!




