◆第三話 ② ◆
ギイ・クロードを見送って、そして、ルビア・マリーは元々決められていた通り、大ホールを出て、その隣にある応接室へ向かった。
ドアの前には警備の者が配されていて、ルビア・マリーの顔を確認すると同時に、応接室の重厚なドアを開けた。
「失礼します」
一礼して、ルビア・マリーは室内へと足を踏み入れた。
大理石でできている丸く大きなテーブルの周りには、ぐるりと円を描くようにして、革張りの大きなソファがゆったりと配置されている。
そこには既に国王や王妃、第一王子リシャール・デルト、宰相やこの貴族学園の学園長たちが座っていた。
「ギイ・クロード・ヴェンタール王太子は学園の正門の方へと向かわれました。もちろん護衛もついております」
ルビア・マリーの報告に、国王たちは鷹揚に頷いた。
「では間もなく、星詠み達の言う通りに運命は動き始めるのだな」
国王の言葉に、ルビア・マリーの胸はどきりと音を立てた。
無意識のうちに、髪に手を伸ばす。腰まで長く伸びた夕焼け色の髪のひと筋を、ルビア・マリーはきゅっと引っ張った。軽い痛みが生じて、何本かの毛が抜けた。
(あ……、髪が……)
とうとうやって来た運命。
(わたしがわたしでいられる時間は……きっとあとわずか)
俯きたくなるのを耐えて、無表情に顔を固定した。
「さて、ルビア・マリー」
国王が、ルビア・マリーを見つめていた。
「は、はい、陛下」
「運命の二人は間もなく恋に落ちるだろう。だが、その恋は平凡なものであってはならない。二人の結びつきが強ければ強いほど、この国は幸福になっていくのだ。だから、其方は二人の愛を強めるための『悪役令嬢』としての役目を果たさなければならない」
「……畏まりました」
ルビア・マリーは『悪役令嬢』と星詠みに告げられた。
『運命の娘』と敵対し、その障害とならなくてはならない。
正義に対しての悪。
王太子と『運命の娘』が共に『悪役令嬢』という困難を乗り越えて結ばれるためだけに居る存在。
ルビア・マリーがどのような気持ちでいようとも、それが星に示された運命なのだ。
(この国では、星によって示された運命に逆らうことはできない)
逃げたいと、ルビア・マリーは強く思った。
だが、ルビア・マリーも星詠みの国ヴェンタールの価値観を教え込まれている者の一人だ。
逃げたい、と思っていても、運命に逆らうことを罪悪に感じてしまっている。だから、嫌だと思っていても、運命に逆らえない。
星の導き通りに、ルビア・マリーは『悪役令嬢』となる道しか選べない。
(ああ……『運命の娘』が現れなければいいのに。ナナ・アニエルという娘が、ギイ・クロード殿下と恋に落ちなければいいのに)
消極的に、そんなことを願う。
が、しかし。
学園の正門で、桃色の髪のナナ・アニエルを見つけた瞬間、ギイ・クロードは彼女に駆け寄り、そして、彼女の手を取ったのである。
正門から、学園の入学式が行われる大ホールへと向かう短い時間で、二人は恋に落ちた。
お互いの手と手を取って、ホールへとやって来た。そうして、ホールに足を踏み入れた瞬間、そこにいた侵入の生徒、生徒たちの父母たち、学園の教職員たちに拍手でもって迎え入れられたのである。
「見て、あの方、桃色の髪をしているわ」
「王太子殿下がお手を繋いでいる……。つまり彼女こそが『運命の娘』なのね」
あちらこちらから歓喜の声が湧き上がる。
その様子を見たルビア・マリーはまた、髪の毛に手を伸ばした。
ぶちり、と小さな音を立てて、ルビア・マリーの髪がまた引き抜かれる。ぶちり、と。もう一度。
その手を、リシャール・デルトがそっと抑えた。
「……髪が痛むよ、ルビア・マリー」
「殿下……」
「あのね、ルビア・マリー。髪を抜くくらいなら、それほどまでに辛いなら……≪イズ・フェイデ・ラル・イジュー≫」
「殿下……っ!」
それは、精霊語で「逃げて良い」という意味の言葉だった。
「後の責任は私が持つ。大丈夫だよ。それくらい、きっと私にだってできる」
逃げたい。
でも、どこへ?
リシャール・デルトの気持ちは嬉しかった。
だけど、未だ十四歳のルビア・マリーが一人でどこかへ逃げたとしても、その場所で生きていけるとは思えなかった。俯いて、ぎゅっと目を瞑る。
(逃げたい。逃げられない。それに……仮にわたしが一人どこかへ逃げたとして……、逃がしてくださったリシャール・デルト殿下は……どうなるの?)
自身がどうなるかよりも、自分のせいでリシャール・デルトに何かあったら。その「もしも」を考えるのも恐ろしかった。
「……ありがとうございますリシャール・デルト殿下。わたしは……大丈夫です」
ルビア・マリーは心の中だけで「まだ」と呟いた。
お読みいただきまして、ありがとうございます。
話が動くのは第五話から。もう少々お付き合いいただければ嬉しいですm(__)m。