94 リッチィさん、全て忘れた……い
連投いきます!
「もう、魔王城から帰って来てるんでしたらちゃんと言ってください、リッカさん」
息を切らしたミラさんが背後から抱きついてきた。
「今日は泊まっていくんですよね。3日間も魔王城から帰って来なくてずっと心配したんですよ。……それに、魔王様のお話も聞きたいです!!」
今日は絶対に逃がしませんとしたミラさんが呑気に話しかけてくる。
「……あの、ミラさん?」
「なんですか、リッカさん」
そろそろ空気を呼んでくれないでしょうか。
目の前にいるクロエがちょっと可哀想だ。
「あら、クロエちゃん。いたんですね」
「いましたよー、ミラ様ー」
「もう、リッカさんに迷惑かけちゃ駄目ですよ。お父さんが困ってました」
ぷんぷんとしたいつも通りのミラさんが、可愛らしくクロエに『めっ』としてた。
おじさん、いつの間にか逃げたと思ってたらミラさんを呼びに行ってたんですね。
そう言えば、クロエが私を味見したいと言ってた時からいなくなってました。きっと自分では手に負えないと、飼い主であるミラさんを寄越したんだろう。
だけど、大丈夫なのだろうか。
魔王クラスに進化したクロエの相手はいくらミラさんでも……と思ってたら、いつも通りのミラさんにクロエが戸惑いを隠せてない。
「ま、まぁいいですー、とりあえずー、土下座して謝ってくれませんかー、ミラ様ー」
圧倒的な魔力を放つクロエが地面に向けて指を差す。ミラさんに向かって謝罪を請求しますと威圧している。
「どうしてですか?」
しかし、とうのミラさんは本当に分からないと首を傾げていた。
「ミラさんミラさん」
「なんですか、リッカさん」
状況をいまいち理解出来てないミラさんに一から説明する。
クロエもどうしたらいいのか困っていたのか、私がミラさんに説明するのを助かると待ってくれていた。
「なるほど、クロエちゃんはリッカさんに手を出したんですね。許せません」
「あれ、ミラさん? 違いますよ。いや、違くはないんですけど、そこですか?」
ちゃんと一から説明した筈なんだけど、ハイサキュバスに進化したことよりも私を味見したことに怒ってるようだ。
「怒ってるんですかー、ミラ様ー、もしかして怒ってるんですかー」
ここに来て初めてミラさんの意識がクロエに向いたことで、ここ一番に煽りをいれてくるクロエ。
違う、違うぞ、クロエ。
やめて、やめるんだ。
ここは勝負時ではないんだ。
気付いてくれ、ミラさんの表情が見た事ないほど抜け落ちている。
「早く謝ってくれませんかー、そうしたら許しあげますよー、本当にちゃんと許してあげますから謝ってー、土下座はいいですから早く謝ってよー、少しでいいですからー、お願いしますー、ミラ様ー、聞いてますかー、ミラ様ー、ミーラーさーまー」
クロエは気付いているんだろうか。自分の言ってることが徐々に弱くなっていってることに。
そして、ついにクロエは――
「あ、そこのリッカちゃんは駄目ですねー、絶対に持ち帰りますー、他のサキュバスに見つかると厄介ですからー、それにリッカちゃんなしでは生きていけない体にされましたからねー、私が一生面倒みてあげますよー、今なら御方さえも怖くないですー」
――ミラさんの特大の地雷を踏み抜いた。
「――また調教されたいんですね?」
「「ひぇっ……」」
私の悲鳴がクロエとシンクロした。
ミラさんの凄みを利かせた声が体の芯にまで響いたのだ。
「あぁあぁああぁああぁああああああああ!?!?」
何かを全て思い出したのか、クロエが突然ガクガクと震えて涙を流し泣きじゃくっている。
「《眠りなさい》」
「ぁあう……」
ミラさんの一声であっさり倒れ伏すクロエ。
その顔は得たいの知れない不安や恐怖心に怯えた子供のようにぐちゃぐちゃだ。
こんな顔、地獄の亡者でもしないけど?
ていうか、ズルい、ズルいズルい!! クロエはズルい……私も眠りたい……眠りたかったよ!! 誰か眠らせくれ!! 凄く恐いよー!! 助けてくれー!!
「リッカさん?」
「ひゃ、ひゃあい!?」
ミラさんの一声に体が震える。
ゆっくりとミラさんの視線が此方に向き、言葉を放とうとしている。
「《忘れてくださいね?》」
「はい、全部忘れました!!」
そうハッキリと答えを返すと、ミラさんはとても困った顔をしながらも抱き締めてくれた。
全部忘れました!!
◇◇◇
いつの間にやら気付けば、食堂の閉店時間となっていた。
私はアリアさんと二人で閉店の片付けをやり終え、自分たちの夕食の準備に取りかかっていた。
「リッカちゃん、お皿洗うの大変じゃなかった? 夕御飯の仕度を手伝ってくれるのはありがたいんだけど、ゆっくりしてていいのよ?」
「大丈夫ですよ、アリアさん。これくらい問題ないです。むしろアリアさんの方が大変そうでしたよね」
私が見ていた限りでは、アリアさんは食堂の料理を作りながらホールまでこなしていた。とてもじゃないが、皿洗いをしていただけの私が疲れたなんて言えないですよ。
「そうねー。今日はちょっといつもより忙しかったかしら。まったく、クロエちゃんが途中でいなくなっちゃったから大変だったわ。リッカちゃんはクロエちゃんがどこ行ったか知らない?」
「? クロエって誰ですか?」
「あら、うちの旦那と一緒に三人で仲良くお皿洗ってなかったかしら? リッカちゃんと同じくらいの女の子よ」
「ちょっと覚えてないですねー」
いやー、知らないなー。
あははー、私はー、そんな人ー、知らないなー。
「ミラも帰って来てる筈なんだけど……どこに行ったのかしら」
どこだろうなー、私は知らないなー、部屋に籠ってるんじゃないですかねー、誰かとー。
「じゃあリッカちゃん。そこのお鍋に水を入れて火に掛けてもらえるかしら」
「はい、分かりました」
一旦余計な事は置いておいて、夕御飯の仕度にかかる。
アリアさんからの指示通り、前もって井戸から汲んで貯めてあった水瓶から水を汲む、鍋へと移していく。
鍋の中に水が半分程貯まると、それをキッチンのコンロに載せる……載せるのだが……重くて持ち上がらない。
ドチクショウがっ! ……と、過去の貧弱な私であれば嘆いていたかもしれない。
ふっふっふっ、私は成長したのだ。
固有スキルである《チラシ》からオリハルコンを取り出し、《土魔法》でコネコネして自在に動かし操作する。もはや熟練の域であり、オリハルコンの形状は自由自在に変える事が可能である。
「よっと……」
新技である、第三の手オリハルコンバージョンで鍋を持ち上げコンロに載せる。
やはり楽ちんだな。
実はこれ、魔王城で働いている時に考えついた技だ。資料や書類を運ぶ際に、何度も少しずつ運ぶのが面倒で思いついた。実に便利な技である。
「リッカちゃん? それってもしかして、固有スキルなの?」
「はい、私の固有スキルの《土魔法》ですね」
アリアさんは前もってミラさんから聞いていたのか、私が固有スキルに《土魔法》を所持していたのは知っていたようだ。
しかし、アリアさんが知っている《土魔法》のスキルとはだいぶ違っていたようで、多少は戸惑いながらもスルーしてくれた。
うん、知ってた。魔王様からも散々おかしいと言われたからね。最終的に固有スキル――ユニークスキルだということで納得してくれたよ。
「次はどうしますか?」
「んー、そうねー」
夕御飯の食材であるお肉を切り分けている途中のアリアさんに指示を仰ぐ。
今日の晩御飯の献立は、特大のステーキとベーコンとソーセージの和え物。スープとしては、お肉ゴロゴロのスープを予定しているらしい。
うん、これも知ってた。知ってたけど……ちょっと重いね。
最近は魔王城で食事を取ったり、ダンジョンで自炊をしていたから忘れていた。
魔族の人達からしたらごく当たり前の献立らしいんだけど、肉・肉・肉・肉、はキツイ。それを朝昼夜も同じというからヘビーである。寝るときに胸焼けしそうだ。
まぁ塩害のせいで、野菜が希少で手に入りづらいってのもあると思うんだけど……
「アリアさん、お願いがあるんですけど」
「ん? どうしたの、リッカちゃん」
「一品だけ、私に料理を作らせてもらえないでしょうか」
ここは一つ、胸焼け回避の為にも一品作らせてもらえるようにお願いしよう。
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