92 リッチィさん、サキュバスに誘われる
連投です。
まさかのまさか、アリアさんの宿屋兼食堂で働く娘がサキュバスだったと判明した。
「おい、クロエ。魅了の魔法は仕事中には使うなって約束してただろう」
「ごめんなさーい、リッカちゃんを見てたらついー」
おじさんに注意を受けながらも、自身の唇に指を当て此方に色目を送るクロエ。
おい、まだ私の中のなにかが反応してるぞ。
「よかったら今度、うちに遊びにきませんかー」
「遊びにですか?」
魅了の魔法を無視ししながらクロエの言葉に聞き返す。
「はい、是非にー! とっても楽しいですよー、お城とか興味ありませんかー、みんなで遊びましょー」
「絶対に止めとけ。あそこは有名な自殺スポットだ。行ったら最後、サキュバスに集られて干からびて死ぬぞ」
サキュバスのお家? お城?
もしかしなくても、おじさんが干からびて死ぬと言ってることからして、魔王城の真下に乱立して建っているラブホ街のことだろう。
「えぇー、酷いですねー。最近は皆ちゃんと加減してますよー。でもでも、リッカちゃんなら大丈夫だと思いますー、何者かは知らないですけどー、なんか凄い魔力量ですしー、……それに、本人もまんざらでもなさそうですねー」
……え?
「おい、絶対に行くなよ。何度も言うが、絶対に行くんじゃないぞ」
だ、大丈夫ですよ?
少し興味があるだけで、サキュバスのお家になんか行きません。えぇ、私は淫魔は嫌いですから。地獄でさんざん迷惑を掛けられましたから、生理的にちょっと淫魔は……あ、でも女性は別に……サキュバスは……あり、か?
「あ、駄目元でしたがなんか押せばいけそうですねー」
「マジで行くなよ!! こいつら気にいった相手には見境なく襲ってくるからな!! 下手したら監禁されて一生食い物にされかねないぞ!!」
あ、うん、分かりました。
目が覚めたから、ちゃんと理解しましたからこれ以上私の肩を掴んでガクガクと揺らすのは止めて下さい。お皿を落としてしまいそうです。
残念そうに『凄く美味しそうなのにー』と呟いているクロエに丁寧にお断りを入れ、三人で皿洗いに戻る。……あれ、クロエは食堂のホールに出てなかったっけ?
「でもおかしいですねー。リッカちゃんには全く魅了の魔法が効いている様子が見えませんー」
そう言って私の洗ったお皿を受け取り、水気を布で拭き取るクロエ。
相も変わらずクロエの流し目と一緒に私の中のなにかが反応してるのは無視するしかないのか。
「そりゃそうだろ。なんたってうちのミラが『どうして何度やってもリッカさんには私のスキルが効きづらいんでしょうか。対アンデッド用に重ね掛けしても無駄だし……』って、愚痴をこぼしていたくらいだからな」
「へー、そうなんですかー、ミラ様が……え」
ピタッとお皿を拭いていたクロエの手が止まった。小刻みに震え出したクロエは『ミ、ミラ様?』と声に出しているが…………てかおい待て、いま何気におじさん、とんでもない事を言ってたんだけど? え、待って、ミラさんって何度も私に重ね掛けでスキル使ってるの? しかも対アンデッド用? ミラさんのスキルって《精神干渉系統魔法》のやっべぇやつだったよね?
おじさんに問いただすように視線を向けると目を反らされた。明らかに『やっべ』としてたぞ。おい、こっちを向け。
優しく微笑みながらおじさんに迫っていると、クロエが恐る恐る『リッカちゃんはミラ様とどういうお関係ですかー』と聞いてきた。
「ミラさんですか? ミラさんは色々とお世話になっている大切な人ですね」
「あー、そうだな。特にミラはリッカを妹のように可愛がっている」
「へー、そうなんですかー………あ、本当に調子に乗ってすみませんでした。もう魅了は二度と使いませんのでどうかミラ様には内密にお願いします」
唐突に地面に頭を付けた土下座スタイルで謝り出すクロエ。
先程からミラさんのことを『ミラ様』と呼んでいる辺り、何かしらの上下関係が発生してるのは明らか……ていうか主と下僕の関係に見える。
気になったので、お皿を洗いながらおじさんに詳しく聞いてみると――
なんでも数年前に、深夜にアリアさんの宿屋のお客さんを狙って忍び込んだ際、ミラさんに見つかり調教され――あ、間違えた。調伏されたそうだ。
それからは従業員兼、使い魔的な感じで働かされているとか。
「そうですー、私って無料で働いてるんですよー、酷いですよねー」
タダ働きとは中々に可哀想だけれど、やってる事が事だけにまったくもって同情できない。
「あ、でもでもー、リッカちゃんって弱そうだしー、手懐けちゃえばミラ様もー、どうですかー、私と個人的に遊びませんかー」
土下座から立ち上がり、皿洗いを黙々と続ける私に抱きつき物騒な事を言い出すクロエ。
しかし、そんなクロエに忠告するようにおじさんが口を開いた。
「クロエ、お前は気付いてないようだから言うが、リッカはあの『リッチ』だからな」
「へー、そうなんで………リッチ?」
私の正体に気付いてなかったのか、おじさんの一言にクロエがマジマジと此方を見ながら確認してくるので、『はい、そうですねー』と答える。すると、
「許して許して許してごめんなさい許して下さいお願いしますごめんなさい二度と生意気な事は言いません殺して下さいお願いします」
クロエがバグったように泣きながら私にすがりついてきた。
おい、ちょっと待て。なんでミラさんの時よりも酷い取り乱しようなんだ? 私ってそんなに怖かったっけ? ちょっと傷つくんだけど……
私のへこむ様子を見てか、おじさんが若干言いにくそうに話し出した。
「あー、あれだな、ほら……お前がダンジョンで匿っている……あの御方だ」
「御方? ……あぁ、そう言うことですか」
なるほど、全て理解しました。
つまりは私と一緒にいるソラが恐ろしいと。
絶対に手を出してはいけない存在のお気に入りが私だ。
てか、おじさんもソラの事を『御方』と呼ぶんですね。え? 子供の頃にその名を絶対に口にしてはいけないと習った? それに実際に子供の頃に魔王城都が火の海になったのを目にした? それを御しているお前は凄い? 照れるなー。実際は御しているのではなく、ただダンジョンで野菜作りに忙しいだけなんだよなぁ。
「まぁ、とりあえずはホールに戻って下さい。凄い忙しそうですよ」
夕方から夜になるにつれて、食堂のお客さんの客層が変わってきた。食事からお酒をメインに注文が増え始めたので、アリアさんが忙しなく給仕に勤しんでいる。
とりあえずはと、許して下さいマシーンと化したクロエを何とか私から引き離す。そして食堂のホールへと戻るようにお願いすると、クロエは忠誠を誓いますとばかりに、
「リッカ様の下僕として頑張りますー!」
と敬礼をして去っていった。
私は下僕にした覚えはないのだが……
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