41 リッチィさん、魔王城都へと帰って来る
せ、洗濯機が壊れた……あかん。
「や、やっと着いた……」
あれから数日を掛けて何とか魔王城都に帰って来れた。
ここまでの道程は案外すんなりしていたものだ。
それは炎竜のお蔭なのか、モンスターと全く出会わなかったからである。
やはり炎竜を恐れて逃げたのだろう。逆に魔族の人達も魔王城都に辿り着く間、誰ともすれ違う事なくここまで一人で歩いて帰る事になったんだけどね。
「それにしても、何だか慌ただしいですね」
何かあったのだろうか。
魔王城都の入り口、城門を潜ろうとする沢山の集団の列に並んでいると何やら城門前が騒がしい事に気付いた。騒ぎ声からすると、早く中に入れろと押し問答をしているようだ。
「あのぅ、すみません。何だか慌ただしいようですが、何かあったのですか?」
私の前の列に並ぶ人、恐らくは見た目からしてドワーフ族だろう厳つい髭の男性に声を掛ける。
「何だ、お前さん知らんのか」
「はい、先程ここに着いたばかりで……よかったら教えてくれませんか?」
「別にいいぞ。と言っても俺も詳しい事は知らんのだがな。恐らくはアレのせいだろ」
「アレ?」
アレとは何だろうか。
首を傾げてドワーフのおじさんを見詰めていると、少し顔を赤くして答えてくれた。
「炎竜だよ、炎竜。どうも炎竜が暴れていたらしくてな、災厄の森全体が焼失したらしいんだ」
「……あぁ」
そう言えばそうだった。
あれだけ暴れまくってたら騒ぎにもなるわな。
「最近は大人しく災厄の森で眠ってた筈なんだがな、もしかすると誰か馬鹿な奴がまたちょっかいを掛けたんだろう」
全く困った馬鹿な奴がいるもんだと笑うドワーフのおじさん。
あははははは、その馬鹿な奴が目の前にいますよ。
「どうした、変な顔をして」
「え?」
「何か妙に焦った顔をしてたぞ。もしかしてお前さん……」
「な、ナンですか?」
怪しいと言った顔で此方を見詰めるおじさん。
ヤバい、恨むぞ閻魔大王。
私の自業自得とはいえ、何故にこんな分かりやすい体にしたんだ!
「ガハハハハハ。まっ、そんな訳ねぇよな。嬢ちゃんみたいな女の子があの炎竜にちょっかいを掛けて生きて帰れる訳がねぇもんな!」
魔王様は別としてだがなと笑いながらバンバンと私の背中を叩いてくるドワーフのおじさん。女の子って言うならもう少し加減してほしいもんだ、ちょっと痛いです。
「おっと、俺はオールドってんだ。よろしくな」
「私はリッカと言います。此方こそよろしくお願いしますね」
ドワーフのおじさん、オールドさんと笑いながら握手を交わす。少し荒っぽい人だけど、何かいい人そうだ。
「もしかして何だが、リッカは冒険者なのか?」
「はい、そうですね」
何故か不思議そうに聞いてくるオールドさんに少し驚く。今まで見た目から初対面で冒険者に見られた事はなかったからだ。
どうして分かったのですかと聞いてみれば、
「いや、そのな。お前さん全身血まみれなんだよ」
「あ……」
すっかり忘れてた。
水で洗い流しただけで流石に血までは落とせてなかったか。
「それにな、お前さんが背負ってるもんなんだが……」
「あ、これですか。私の非常食ですね、食べますか? 意外ととっても美味しいんですよ」
この足がまた絶品で、素晴らしい珍味なのだ。ちょっとピリッとした感じもまた……うん、あまりにも暫く何も食べてなかったので、あの時の私はどうかしてたんだ。炎竜にこんがりと焼かれた巨大蜘蛛さんが美味しそうに思える程に。実際、美味しかったけど……
「いやいやいやいや、その足はもしかしなくてもタチュラントスパイダーじゃないのか?」
「タチュラントスパイダー?」
何だそれ?
「タチュラントスパイダーって言ったらあれだ。あの炎竜の縄張り、災厄の森に住み着いてた災厄クラスの化け物だよ」
お、おおう。
あの巨大蜘蛛さんってそんなに凄いモンスターだったのか。
どうりで経験値も味も美味しかった訳だ。ごちそうさまでした。
「あー、多分そのタチュラントスパイダーであってますね」
「やっぱりそうか。てかタチュラントスパイダーを非常食扱いって……冗談だよな? もしかしてお前さん、見掛けによらず凄腕の冒険者なのか?」
そうは見えなかったとオールドさん。
「いや、これはですね……」
オールドさんに簡単に説明中……
「そうか、人浚いにあって災厄の森に……よく無事に帰れたな。それに炎竜にヤられたってなら納得だわな」
止めと美味しい所だけは貰いましたけど。
「持ってきたのは足だけなのか?」
「はい、そうですね」
食べられそうな所が足しかなかったのだ。他はちょっと……流石にグロくて無理だった。
「炎竜に焼かれたそうだが、タチュラントスパイダーの装甲は炎にもかなり耐性があった筈だ」
勿体無い事をしたなと語るオールドさん。もしかして蜘蛛さんの素材はかなり高く売れたのか?
「牙や爪なんかも剥ぎ取らなかったのか? 目玉はどうしたんだ」
「目玉、ですか……」
「お、もしかして目玉は剥ぎ取ったのか? もし良かったら俺が言い値で買い取らせて貰うぞ。武器の触媒に丁度良いんだ」
武器の触媒か。
オールドさんはドワーフだし、やっぱり鍛治士なんだな。
「で、どうなんだ?」
何か物凄いグイグイ来るオールドさん。先程と違い雰囲気が凄い変わったが、ドワーフなら当然なのかな。武器好きそうだもんね、ドワーフって。でも……
「ばっちいから捨てました」
良い匂いがしたから一応手には取ってみたんだよ。だけど予想以上にぶよぶよして気持ちが悪かったので食欲が失せたんだ。本当にあの時の私はどうかしてた。手に取るまでは食材だと思ってたんだから。
「おま、ばっちいからって……」
空いた口が塞がらないとするオールドさん。いや、あれは本当にばっちいからね。ぶよぶよだよ、ぶよぶよ。ぷるぷるじゃなくぶよぶよ。
「タチュラントスパイダーの足だと? おい、我輩にも見せてみろ」
暫くオールドさんと他愛ない話をしていると、何処からかしかめっ面をした人が横から口を挟んで来た。格好からして商人なんだろう。頭に生えた丸い耳と先っちょだけ黒い尻尾からして、タヌキの獣人かな? お腹もまん丸だし。てかこの人、さっき城門で兵士さん達と揉めてた人だ。
「ふん、よく似た偽物だな。まぁいい、5千ゴールドで我輩が買い取ってやろう。ありがたく思うんだな」
そう言ってドヤ顔で私の非常食に手を伸ばすタヌキの獣人。勿論、私はサッと隠す。
「おい、どういうつもりだ。さっさと此方に渡さんか!」
「いえ、何故私は貴方にこれを売るということになってるのでしょうか」
「なっ!? 我輩がせっかく買い取ると言ってるのだぞ!」
何だこの人、恩着せがましいにも程があるぞ。
「おいおい、いくら何でも5千ゴールドはボリすぎじゃねぇのか」
「き、貴様、オールド!? 何故ここにいる!!」
このまま強引にでも私の非常食を奪おうとするタヌキの商人さんに、オールドさんが横槍を入れてきた。
どうやらこの2人は知り合いだったのか、オールドさんはやれやれとした顔で、
「これが偽物だと? 馬鹿か、これは本物だ。タチュラントスパイダーの特徴であるこの足の赤黒い産毛が証拠だ」
「ぐぬぬ、き、貴様、我輩を馬鹿にするきか!! これはミミクリースパイダーの紛い物だ!!」
ん、ミミクリースパイダーとは何だろうか?
「ミミクリースパイダー? はん、あんな雑魚と一緒にするな。あれは確かにタチュラントスパイダーに似てはいるが、似て非なるもんだ。何よりお前も感じるだろうが、この足に詰まった桁違いの魔力残留の多さを」
ぐぬぬと悔しそうにオールドさんを睨むタヌキの商人。もしかしなくてもこの人、いやこのタヌキは私を騙して安く買い取るつもりだったのか。
「わ、分かった、なら1万ゴールドで──」
「ちなみにタチュラントスパイダーの足の最低買い取り価格は10万ゴールドからだ」
「き、貴様、何処までも我輩の邪魔ばかりをしおって……!! ──20万ゴールドだ!! 20万ゴールドで買い取ってやるぞ!!」
おおう、最初の5千ゴールドから40倍の20万ゴールドに跳ね上がった。
オールドさんもその売却価格に納得なのか『うんうん』と満足そうに頷いている。だがしかし、
「だが断る」
「んなっ!?」
まさか断られるとは思っていなかったのか、面食らった表情で驚くタヌキの商人さん。
てかそもそも、私はこれを売るとは一言も言ってないのだが。
「き、貴様ら、何処までも我輩を馬鹿にしおってからに……!! 女、後で絶対に後悔することになるぞ、それでもいいのか!?」
何やら血走った目で此方を睨み付けてくるが、
「今更ですね」
本当に今更だ。
私がこの異世界に来てから一度として後悔しなかった日はない。毎日が波乱万丈すぎて穏やかな日が未だ1日たりともないのだが? 誰か助けて、死んじゃう。
「ガハハハハハ、お前さん本当に面白いな!! 気に入ったぞ、リッカ!!」
満面な笑みで力強くバンバンと背中を叩いてくるオールドさん。思わず顔から地面にダイブするところだったよ。
「……覚えておれよ」
それとは対象的に冷淡な視線と言葉を吐き、此方を睨み付け去っていくタヌキの商人さん。
ゾクリとさせる目だったが、炎竜に比べると鼻で笑ってしまう。……タヌキの商人さんのヘイトが一段上がった気がする。
ま、まぁ別にいつもの事だったので慣れているけど。過去の仕事上、ヤーさんやクレーマー達で日常茶飯事だったのだ。それに今まで一番怖いと思ったのは勧誘的な狂気染みた目をした宗教関係者だったのだが……あれは思い出したくない。
「しっかし、でも良かったのか」
「別にいいですよ」
20万ゴールドは惜しかったが、何故か生理的にあのタヌキの商人さんには売りたくなかった。
「そうか、一応は気を付けろよ。リッカも知ってるだろうが、あれでもこの辺りでは一番の商会の会頭だからな」
「え、一番の商会? 会頭?」
なにそれ、初めて知った。
しかも会頭って事は、トップって事なの? またこの異世界の一般常識?
「ああ、この城都でも頭一つ抜け出た大商会、メリー商会の頭だな。何でも人間領との貿易で儲けてるって話だが……どうかしたのか」
「い、いえ、なんデモアリマセンよ?」
なん、だと……
どうしてこんな所に城都一の商会のトップがいるんだ。もしかしなくても私は早まったのかも知れない。
「まぁ、困った事があったら俺の所に訪ねて来たらいいさ」
元気を出せと背中をポンポンと優しく叩くオールドさん。
どうやら未だに私の波乱万丈な日々は終わりそうもない、そう懸念し暫く空を見上げていると、
「──次の人、身分証を出して」
いつの間にか並んでいた列が進んでいたようである。
列が更に進み、オールドさんの番になると、
「ああ、オールドさんでしたか。お帰りなさい」
「おう、お前らも大変だな。頑張れよ」
どうやらドワーフのオールドさんは有名な人だったようだ。
城門を潜る際の手続きは全て顔パスで通されている。
兵士の皆が敬意の念を抱いて対応する様子から見るに、余程に高名な鍛治士か何かなんだろうな。驚く私に『これでも有名人なんだぜ』と、照れた顔で私を見てた。
「──次の人、身分証を出して」
オールドさんの後ろに並んでいたので次は私の番。
「どうぞ」
身分証となる冒険者の腕輪、証を兵士さんに見せる。
「む、冒険者か」
兵士さんの顔が一瞬驚いた顔に変わった。何度も私と冒険者の腕輪を繰り返し見る様子をみるに、恐らく冒険者だとは思わなかったのだろう。
確認の為か、兵士さんが細い板のような物を腕輪に当てる。
すると、文字が細い板に浮かび上がっていくのが見える。もしかしなくても私のステータスかな?
「……ちょっと詰所まで来て頂こうか、リッチ殿」
文字が記載された細い板を見や否や、なんか複数の武装した兵士さん達が私を囲み出した。なにこれ。
遠くで顔パスで通されたオールドさんの驚く顔が見える。
複数の兵士に連行されドナドナされる私に驚いているのだろう。
なので私は驚くオールドさんに『私もこれでも有名人なんだぜ』と、照れた顔で返して上げた。タスケテ。
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