16 リッチィさん、馬車で移動する
「……あれ、ここは?」
妙に体が揺れる感触にふと気がつけば、目の前に知らない天井が見えた。
「リッカさん、気がつきましたか?」
「ミラ、さん?」
ガタガタと揺れる震動が体を揺らすなか、目の前に見える低い天井の横から見慣れた顔、昨日からお世話になっているミラさんがあらわれた。
「大丈夫ですか? 先程、急に倒れられたので心配したんですよ」
「……倒れた?」
心配そうに此方を見詰めるミラさんの瞳に、儚げな顔をした黒髪の美少女が可愛らしく頭を捻る姿が見える。誰だこれ、スンゴイ美少女。あ、私か。
「はい、冒険者ギルドでお話し中に突然気を失って……キヌエさんはただ眠っているだけだから大丈夫だって言っていたんですが……覚えていますか?」
ミラさんの言葉に少し考える。
私が急に倒れた? 突然気を失った? 何故に?
「?」
「あ、これはリッカさん何も覚えていらっしゃらないようですね、分かります、良かったです」
慈しむような眼差しで此方を見て一人安心したように頷くミラさん余所に、私の記憶は凄く混乱していた。てか、良かったですってなに?
気を失う前の事を思い出そうにも、頭に霞がかかったように上手く思い出せない。
それに先程からガタガタと不自然に揺れ動く地面に体全体が打ち付けられ、地味に痛い。しかし、頭だけは何故か妙に柔らかいものに包まれている感触が……あれ、膝枕?
まさか、ミラさん?
「なんだ、起きたのか」
違った。
ギルド長のふとももでした。
「なんだ、不服か?」
「いえ、大変柔らかくて気持ちよいです」
先程私を軽々と片手で持ち上げた怪力ボディとは思えないほどに柔らかい。
「ん、先程……?」
「どうした、急に考えこんで」
「いえ、今なにか思い出せそうな気がしたのですが……はて?」
あと少しで何か思い出せそうな気がしたのだが、ミラさんが『大丈夫です、大丈夫ですよリッカさん』と手が優しく私の頭に触れると、とても暖かい気持ちに……もう全てがどうでもいい……いっそこのまま一生柔らかいふとももで眠ってしまいたい……
「じゅるり」
即座に体が飛び起きた。
「あ、あの、リッカさん? ど、どうしたんですか、もう少し横になられてたほうがいいですよ!」
本能からなのか、何か身の危険を察知して飛び起きた私を心配そうに気遣うミラさんの暖かい手が私の頭を撫でるようにして置かれる。
それはまるで太陽のお日様みたいに暖かく、優しい光を纏わせて……もう全てがどうにでもな~れと…………優しい光?
「あ、リッカさん!?」
ガシっとミラさんの手を掴む。
「なんですか、これ」
「……あの、リッカさん?」
「この光っている手はなんですか、これ」
「………」
ジト目でミラさんを見詰めながら問い詰めると、罪悪感からなのか『フィッ』と目を反らされた。
それからいくら質問をしょうにも下を向いて答えようとしないミラさんを尻目に、ようやく周りを見渡した私は自分が今何処にいてどういう状況なのかを知った。
「まさか、馬車で移動してるのですか!?」
その言葉にミラさんがビクビクっと震え、ギルド長はヨダレを垂らしながら此方を見ている。
「……っ!?」
私は即座に移動する馬車から飛び出す。
「待て、逃がさん」
しかし残念。私の貧弱ボディではギルド長のボディから逃げられない。
「ま、待って下さいリッカさん!? 話を聞いて下さい!」
「嫌です、無理です、ごめんなさい」
「リッカさん、落ち着いて下さい、リッカさん!」
「本当無理です、離してください!」
「あ、危ないです、走ってる馬車から飛び降りるのは本当に危険なんですから止めて下さい!!」
◇◇◇
「お見苦しい所を見せてすみませんでした」
あれからそんなこんなでパニックになった私はミラさんのお陰で冷静を取り戻し、そして同時に気を失う前の事も思い出した。
「要するに悪いのは全てギルド長と言うわけですね」
「申し訳ありませんでした、リッカさん」
頭を下げて謝るミラさん。
話を纏めると、魔王城に行きたくないとする私をどうにかして魔王城に連れていきたいギルド長が(御馳走が食べたいと)、気絶した私を無理矢理に馬車に乗せこのまま魔王城に連れていこうとしたのが始まりと言うこと。
その際、目を覚ました私が逃げる可能性があるため、念のためにと魔法で記憶を混濁させていたと。どうりであれだけパニックになったわけである。
「何を言っている。元はといえば、お前を気絶させたのもリッカの記憶をいっそ消してしまってはどうかと提案したのも全部ミラだろうが」
「……え、ミラさん?」
「…………」
「お前も見ただろ? ミラの手が光ってたのを。あれは忘却の魔法で、ミラは精神系統魔法のエキスパートだ。こいつが本気になれば人の記憶なんていくらでも書き換えられるぞ」
「ひぇっ……」
「ち、違うんですよリッカさん!? 私が消そうと言ったのは魔王様とお会いすると話した所だけで……あぁ、もう! ギルド長なんて事を言うんですかぁああ!!」
◇◇◇
そしてそんなこんなで馬車は進み、だいぶ自分の記憶がハッキリしてきた所で(最後の記憶でミラさんが笑顔で手刀を私に下ろしてきた)、もう魔王城に行かないという選択肢も逃げるということも叶わないと私は自覚した。
「それにしても、ギルド長は私を無理矢理に連れて行くのに罪悪感とかないのですか?」
「罪悪感? 私は上手く連れて来られて良かったと思っているぞ」
「チキショウ」
「リッカさん、女の子がそんな言葉を使ってはダメですよ?」
「…………」
「あの、どうしてそんなに私から離れて座ってるのですか? 確かリッカさんはギルド長を恐がっていらっしゃってた筈なのに……そんなにギルド長とくっついてどうしたのですか?」
「……ゴメンサイ」
ぷるぷる、もう逃げないよ、許シテ。
「リッカ、ミラも悪気はなかったんだ、許してやれ」
「ぎ、ギルド長……!!」
ミラさんは見直したとギルド長を見ている。
「ていうかそろそろ離れろ、ウザい」
「酷い!?」
「お前から旨そうな匂いがすると言ったのを忘れたのか。食べていいのか? いいのだな?」
「か、齧るだけ……甘噛み程度なら」
「……これは重症だな、もう諦めろミラ」
「そ、そんなぁ……」
何とか妥協した対価、私の右腕を甘噛みしながらミラさんに現実を受け入れろとするギルド長に、ミラさんは悪魔の呟きを囁いた。
「今度、ご飯奢りますからどうにかして下さいギルド長」
「じゅるり」
ヒェ……
「リッカ」
「……何ですか」
「これをやる」
そう言って渡されたのは緑色の色をした一つの小さい小瓶。
「ポーション、ですか?」
ま、まさか私の右手が食べたくなってきたのでしょうか。部位欠損はポーションで治癒可能と聞いてはいるが、もしかしてギルド長の隣に座る対価が値上げしたのでしょうか。それは流石に……いや、でも、しかし、うーん。
「これは状態異常回復ポーションだ」
頭を弄られるより右腕一本なら安い対価かと考えていたら……どうやらギルド長の考えは違ったようだ。そう言えば、昨日見たポーションはピンク色だったっけ?
「……そのポーションがどうしたのですか?」
その問いにギルド長は小さく私に呟いた。
「精神系統魔法は状態異常ポーションで治癒できる」
私は即座にミラさんの目の前で飲み干した。
◇◇◇
「お父さんから聞いたのですが、リッカさんはこの都市に来たのは初めてなんですよね?」
「はい、実は昨日ここについたばかりで何も分からないのですが……」
どなどなと馬車に運ばれ、もはや諦めた私は町の風景を珍しく眺めていた。
それを不思議に思ったのか、改めて私の隣に座り直したミラさんが聞いてきた。
「そう言えば、確か都市の外れにあるお墓で追い剥ぎにあってここに来たんでしたよね」
「あ、はい。着の身着のまま全て取られて困ってる所をおじさんに助けてもらいました」
少し心苦しいが、嘘を混ぜて説明する。実際はアンデットとして生まれ変わり、この異世界に転移してきたのだ。
ちなみに、おじさんとはミラさんのお父さんである。
「お前……」
「リッカさん……」
あれ、なんでだろう。
ギルド長とミラさんの顔が妙な顔をしてる。
私の顔がどうしたとか出てるとか言って呆れている。
ミラさんが『何かよっぽどの事情があるんです、そっとして置きましょう』とか言ってる。
「……ん、お墓?」
これから会うときは状態異常ポーションを持ち歩く事を決意した相手、ミラさんと他愛ない会話をしていたところにギルド長が何かを思い出したように首を捻る。
どうかしたのだろうかと思っていると、
「リッカ、お前ここについたのは昨日なんだな」
「はい、そうですが……」
「そして、ついたそうそう墓場で追い剥ぎにあった、と……」
「……はい」
そう答えるとギルド長は何か考えるようにして腕を組む。
「どうかしたのですか、ギルド長?」
「……いや、少しな」
更に考え込むギルド長にミラさんが尋ねる。
「今朝、警邏の奴等から冒険者を墓場に派遣してくれないかと頼まれたんだ」
「墓場に、ですか?」
「ああ、今朝」
「今朝? 私、まだ何も聞いてないのですがどういうことですか」
今朝、朝早くにギルドに出勤していったミラさん。受付け嬢という役職と立場から、ギルドに申し込まれ掲示板に貼られている依頼の内容は全て把握しており、依頼を受けて受理し、審査の結果張り出すのも受付け嬢の役目だ。
なのに、今朝に依頼が会ったと言う警邏からの墓場への冒険者要請については今初めて聞いたみたいだ。
「言わなかったか?」
「聞いてません」
平坦な声で否定するミラさんにギルド長は『そうか……』としながら、
「なら今言った」
「ギルド長!?」
額に井形を作り怒るミラさん。
昨日から二人に出会って間もないのだが、なんだかお馴染みの光景に見える。しかし、墓場の冒険者要請については、墓場でお父さんが門番の仕事をしていることもあり、尚更にミラさんのお説教が続いていった。
「………」
そんな二人を尻目に、私こと
改め、リッカ・エンマ=アンデッド・リッチは少し嫌な予感がしていた。
墓場で異変?
今朝? いや、今朝早くに異変に気付いたと言うなら異変が起きたのは昨日?
昨日と言ったら私が墓場に転移した日だが……まさか、ね。
なにやら厄介事な気配を感じとっていると、相も変わらずミラさんにお説教を受けながら煎餅を食べだしていたギルド長が話を振ってきた。
「お前は何か知らないのか」
「……え、何をですか?」
「墓場で追い剥ぎにあったんだろ、昨日。その時なにかなかったのか?」
「…………」
なにか、なにかなかったかと言われれば『リッチが誕生したよー』なんて言えるわけがない。だから黙る。追い剥ぎに関しては昨日、ミラさんから『一応、冒険者ギルドからリッカさんの被害報告を出しておきますので犯人の特徴を教えて下さい』と言われたので、いいじゃんいいじゃんと連呼していたナンパ男の特徴をしっかりと伝えておいた。正直、有りもしない濡れ衣なのだが、貞操を危うく奪われる所だったので嘘は言ってないし差異はないだろう。後日、手配書がまわることになったのだが、私は悪くない。
暫く考え込んでいると、お説教をしてたミラさんまでもがいつの間にか此方を真剣に見詰めていて、
「リッカさん。私からも、冒険者ギルドの職員としてお願いします。どんな些細な事でも思い出してくれませんか?」
頭を下げて聞いてくる。
どないすんねん!
墓場で何か異変が起きたといっても、一体どんな事が起きていのか、それが私にどう関わっているのかも本当に分からない。肝心のギルド長もその詳細は『……知らん、聞いてない』と興味をなくしたように煎餅を食べ始めているし、もうこれは正直に……
「ワカリマセン」
と言うしかなかった。と言うかこれしか言えなかった。だって本当に知らないのだから。
総合評価500を超えました!
本当にありがとうございます!
ついでに感想、ブクマ、評価を頂ければ更に嬉しいです!




