お嬢さんをください!
ここは夜の平井家。
「あら佐々木くんどうしたの?」
出迎えてくれたのは佳子のお姉さんの彩さん。
前ならこの時間は俺と一緒にナイターテニスをしていたけれど、家に居る。妹の佳子が失踪してからはテニスに来ない。
そういう俺も既に今月の会費を支払い済みなのにサボってここに来ているけれど。
「夜分すいません。佳子の写真を貰えないかと思って」
これは建前だ。
佳子の家族に会いたかっただけだ。
「コーヒーでも飲んでいって」
「あ、すいません」
これもあれ以来よくある流れ。
居間に招かれコーヒーを貰う。ここに来たのも何度目だろう。お姉さんはタブレットを持ってきた。
「データでいいんでしょ?それとも紙がいい?」
「データで」
タブレットでアルバム内をさ迷う。
何万枚あるやら。
持ち主でないと探せないな。
昔の写真の佳子は太くはないけれど今より丸顔で随分印象が違う。子供っぽい。
そしてたまに写ってるお姉さんの方が今の佳子っぽい。お姉さんは前からテニスしてたしスポーツしてそうな顔つき体つきだ。ひょっとしたら今の佳子はお姉さんに近付いてるかも。
適当な写真を数枚選んで送って貰った。
そして、世間話の後本音を少し話した。
自分は佳子は絶対に生きてると思ってること。でもきっとタダでは済んでないと思うこと。それは犯罪者による性的暴行も覚悟していると。それでも佳子を愛してるし待っていると。
そして。
あの日、佳子だけが足取りが少しずれてます。28人は校内にずっと居たのに佳子だけ外に居る時間が長かった。佳子だけ別件かもしれませんと伝えた。
無論これはでっちあげ。
「そして、私と佳子さんとの結婚を認めて下さい」
そのとたん彩さんは大声を上げた。
「お母さん、来てー!」
突然の大声に母親がキッチンから来る。父親は今居ないようだ。
「もう一度言って」
「佳子さんと結婚させてください」
目の前で呆れ返っている二人。
佳子が行方不明で手掛かりすらなくて途方にくれてるのに、結婚も何もあったもんじゃない。二人から見れば俺の気が触れたと思われたかも。でも、本気だ。
そして、佳子からはプロポーズの返事にOKを貰った事を言いたいが言えないのがもどかしい。
「結婚って、佐々木くん!」
「駄目ですか?」
「ええと・・」
「佳子さんが良いと言えば良いですよね?」
「本人が・・そりゃまあ・・でも・・」
「佳子が帰ってきたらよ」
「有り難うございます!お父さんにも挨拶を・・」
「いや、言わない方がいいわ。今居ないけど」
お姉さんが止める。
「でも」
「お父さん、誰が来ても反対するわ。殴らせろって言うかもね。いえ殴るわ。彼氏とアレ済ませた事言ってないし」
「佐々木くん。面の皮鍛えておいてね」
彩さんは少し笑った。
「佳子がこんないい男捕まえるとか、あの子にしちゃ出来すぎよね。早く帰って来て欲しいわ」
佳子の母さんも少し泣き笑いした。
その頃。
遠く離れた国のとある巨大ホールの控え室。
ホールではとある環境活動家の少女が環境保全イベントに参加している。彼女は傀儡だ。そしてその子が控え室に帰ってくるのを待っている中年男性が静かに呟く。
「滅びるなら一瞬で済ませた方がいい」
ーーーーーーーー
湯気の立つほかほかのどんぶりにはワンタン。
「さあ佳子殿、当家自慢の茹で八ツ橋だ。召し上がれ」
ワンタンなんだけどなあ。
私はウエアルのサクラ姫の所に研修に行くのだけれど、通り道のオーリンのお奉行様の家にお邪魔している。そして湯で八つ橋。メンバーは私、コユキさん、ユキオさんの三人。
道中、コユキさんは土鍋を道具やさんに売ってた。ユキオさんが左手から出した鍋物料理の余った容器だけど、なんか高く買い取ってくれるらしい。中に食べ物入ってた中古だぞ?
無敵の剣の師範は転売ヤーだった。いいのかなあ、いいのか。
うわあ、お金貰った鬼の師範の顔がめっちゃ笑顔だ。
悪い笑顔で美人の笑顔ではない。でも鍋売った時は営業スマイルだった。師範の笑顔は買取価格の上乗せに効果あったにちがいない。美人は特だよ。
そうかと思えば、ユキオさんはガソリンの空き缶をお奉行様に売ってるし、ゴミなのに凄い値段だし、この人も転売ヤーだと思ったら、更に売り広めるお奉行様も転売ヤーだった。しかもこのゴミの缶カラを計量器として世界にゴリ押ししてる。お主も悪よのう。
あ、わるくない?そうですか。
てか、バイクと車を町の外に停めさせて貰って、ここまで歩いてきたけどさ、町並みが中世ヨーロッパ風なのに呼称が、番屋、岡っ引き、お奉行様、奉行所とかおかしくない?
剣はあるけど、十手は無いし、誰もちょんまげしてないし、紋付袴は一人も居ない。
懐かし話で、コユキさんは打ち首獄門になる寸前だっただって。獄門ってなんだよ!と、思ったら死刑の事らしい。
そして我が師範は昔どんな悪人だったと思ったら、元ギルド嬢だとな?
ギルドがあったんかい!
「私もギルドで冒険者登録した~い!」
と言ったらコユキさんがマジ顔で私に向かって刀を抜きかけた。怖かった!
それでなんだかんだあって、笑顔のちょんまげしてないお奉行様が私達に茹で八ツ橋という名のワンタンスープを勧めてきた。
そしてお奉行様の名前はエチゴヤだ。どうみてもモーツァルトかバッハなのに。
解せぬ。
そしてご厚意に甘えてワンタンもとい茹で八ツ橋を頂いてると、中年のメイドさんが別の料理を運んできた。
そのメイドさんにユキオさんが向かう。
「来ると思ってましたよ、女中頭」
またかい!
メイドじゃないのかい!
女中って!
どうなってるんだこの世界は!
「お待ちしておりましたユキオ様。少し粉の質が良くなったので、以前より美味しくなりましたよ?」
メイド長ならぬ女中頭がユキオさんの目の前にざるうどんを置く。そして私達にも。
ほほう、異世界にもうどんがあるのか。だが話の流れからうどんの歴史は浅いっぽい。もしかしてユキオさんが持ち込んだ食文化?
ならば私もチーズたっぷりのピザを広めたいが、よく考えれば冷凍と出来合いしか経験なかったわ。ピザ生地なんて伸ばしたことも打ったこともない。ぐぬぬ。
「すごい!美味しい!」
思わず言っちゃった。
女中頭のうどん美味しい!
固くなく柔らか過ぎず、置いておいても溶けないし。
付け合わせにシソの葉っぱみたいな物がちょこんとあったけれど、シソじゃない。何だろう?
「それは桜の葉っぱの漬物ですわ」
なんと!
桜の葉って食べられるんだ。あ、桜餅も桜の葉がついてたっけ。
「うどんの打ち方、ユキオさんが教えたんですか?」
「いや、女中頭は食べただけで全て理解したんだ。ワンタンも自力で開発したそうだ」
「なんと!」
「しかも女中頭は製粉にも手を出している」
「製粉も!」
凄い人って居るもんだ。
まさか製粉からとは。
そして食べ終わると女中頭さんにユキオさんが悪い笑顔で袋に入った何かを渡した。
受け取った女中頭は手でさわさわと袋を触ると中身を察したらしい。
「これはまたよいものを」
「課題ともいいますがね」
そして女中頭はそれをお奉行様にすら見せずに奥に消えた。
「何ですかあれ」
「料理本。文字は日本語で読めないだろうけどね」
「ほほう」
でも、頭のいい人は写真だけで色々突き止めるかもしれない。それに全て読めたとしても同じ材料がこの世界に有るとは限らない。結局料理人の腕とアイデア頼りなのだ。
「そういやユキオさんはソバを食べませんね」
「そういやそうだな」
「今度、ソバも広めましょう」
「そうだな」
なんか興味薄っ!
あんなに美味しいのに。
そして、私達はここには宿泊せずにウエアルに向けて出発した。