糞ガキ帰還
『帰ったよー』
一日経って、糞ガキが戻ってきた。寝ていた糞ガキはすっくと立ち上がり、大きく伸びをする。
どうやら可愛らしいお子様な寝顔は見納めらしい。
身体を残して何処に行っていたかは知らないけれど、元通りになると少しホッとする。寝顔は可愛いが、このまま目を覚まさなかったらどうしようと不安になっていたのもある。
「早く!」
神子の帰還と同時にサクラ姫が神子を素早くゲット。
呆気にとられた私をよそに、サクラ姫が神子を抱き上げて胸をはだけた。
相当張って辛かったのかな。私は自分で始末していたけれど、サクラ姫はそうはしなかったらしい。職場では出来ないからかな? 神子の存在は秘密だし、サクラ姫の母乳が出るなんて更に秘密だ。
暫くするとサクラ姫はサイドチェンジ。また暫くしてサイドチェンジ。そしてまたサイドチェンジ。
ん?
「よし、終わり!」
嬉しそうに宣言。
どういうこと?
そしてサクラ姫の身体が青く輝き、暫く輝いた後に光は消えた。
服の中に手を突っ込んでみたり、かばっと服を広げて胸を見るサクラ姫。
「よっしゃ元通り!」
嬉しそうなサクラ姫。
元通り?
つまりは改造ヒール前に戻ったと? 母乳が止まった?
「おい糞ガキ!」
糞ガキと言ったらラララに睨まれた。
『なんだい?』
『聞いてないんだけど』
『まだいいじゃない』
『いやいやいや、もう充分でしょ。いつまで人の乳をコキ使う気よ。もう身体がこんなにでっかいじゃないの。いい加減食べ物にして! そして私を元に戻して!』
『えー、ラララはまだ良いって言ってくれてるよ』
『ラララは実の母じゃない! こっちは鬼斬りの仕事をするんだから! 動くと重いのよ! ついでに出ちゃうのよ!』
『えー勿体無い』
『いいから直せ!』
『じゃあ、一旦減らしてから改造ヒールね』
『は、早く!』
ふう。
ーーーーーーーーー
ここはウエアル城。
いつものクロマツ城ではない。
「サクラ様、全員揃いました。お願いします」
「行きます」
ウエアルに行くにあたって神子に母乳を止めて貰ったし睡眠も充分。気分が良い。
今私が領主代行をしているウエアル。
ウエアルは今後『サクラ』と改名するかの議論が起こっている。だけれどもそれは保留にしてもらっている。
そもそも領名を変える事になったのは、本来の領主ウエアルが自殺したからだ。タクトウとウエアルギルドの傀儡として生きてきた領主ウエアル。自らの意思ではないといえ、ギルドの命令に従い悪しき領主だった。本来悪人でないウエアルには辛い毎日。本音なら夜逃げしたかったろう。だが出来なかった。
それは妻と子をギルドに人質にとられていたから。
彼は従うしか無かった。
ギルドが消えたあの日、ウエアルは真っ先に妻子を探しに行きたかった。
だが、悪しき領主といっても領主。事後処理に追われ妻子を探すなんて無理だった。ウエアルの岡っ引きも兵もギルドの指示で減らされていたから手が足らず、とても自らの妻子の捜索には人手をさけなかった。
多忙な日々だったが、終わりは来た。
私が領主代行として来たから。ウエアルは民からの人望はなく、呆気なくお役御免になった。頑張っていたのにまるで要らないと言わんばかりに追い出さる。その姿は可哀想に見えた。
だが、彼はそれを待っていた。これで漸く妻子を探しに行けると。人手は借りられないから自分で探すしかない。
結果、妻子は見つかった。
子供は既に死んでいた。
そして妻は狂っていた。
ギルドに飼われていた妻は客を取らされ続けた。
子供はギルド員に殴られた時に頭を床に打って死んだらしい。
以後、無関係な孤児が替え玉として据え置かれた。
妻は本当の子供が殺された事を誰かに訴えようとする度にギルド員に殴る蹴るの暴行をされた。しかも、客は相変わらず取らされる。
そして悲痛な現実と救いの無い毎日と痛みと気持ち悪さの中で妻は狂った。
それでも客を取らされた。
酷い事のようだが、ギルドにとっては当たり前で普通の事。しかも、反抗的になっているよりは狂っていた方が都合よいと思ってるくらいだ。
ウエアルはもう自分の顔も言葉すらも分からない妻を見て泣いた。妻の毎日はギルドの妻の分の作業日報に記されてた。
それは地獄の記録。
ウエアルはもう自分を憶えてない妻に詫びた。目が合わなくても心の底から詫びた。
そしてウエアルは妻と心中した。
毒は持っていた。
かつてギルドが使え使えと使いきれないくらい渡してきていたから。
ウエアルが死に、私が領主代行から領主にと話が上がっている。
だが保留して貰っている。
まだユキオ様と夫婦になる可能性もある。愛してはいないけど。
ユキオ様に領主として来て貰うのが町としては最善だ。何かと都合が良くなる。ユキオ様は独身。
だが、巷では『銀の夫婦』という間違った情報が流れている。コユキ姉様とユキオ様は夫婦じゃない。
当然、彼等と仕事をする間柄の者は夫婦でないことを知っている。だが、町中の民の間では彼等は夫婦なのだ。
続柄的に言うならユキオ様の妻はラララなのにね。まあ、それも非公式だけど。
なにはともあれ、一年間領名は『ウエアル』のままにしておく。
会議室に入るとテーブルには新たに選出された農家組合の面々。
大昔は穀物の生産地として栄えたウエアル。
だけど、ギルドの発展と共に農業は廃れた。
そりゃそうだ。頑張って働いてもギルドに全て吸い上げられるのでは、働く意味はない。
穀物の収量は減ったがギルドは気にしない。自分達の食いぶちだけ確保して、後の市場に流す分は値段をつり上げた。
結果、ギルドの利益は変わらない。
利益は変わらないが、権力は上がる。売る側が圧倒的に強い立場になる。
使わなくなった穀物倉庫は娼館となった。
目の前に集まったのは新しい世代の代表達。
平和で豊かなウエアルを作る為の代表達。
「これより今年度の穀物配給の草案を説明致します」
そう。
農村には農民が働けるだけの食料が無い。
苦しいのは分かりきっているが、町から在庫をむしり取り、農村に配布。
町からの反発もある。農村同士の対立も出来る。それを管理しなければいけない。
嫌な仕事だ。
『サクラ。使い方を説明しよう』
神子が頭の中に話しかけてくる。
神子には私はクロマツからウエアルに移動しなければならないからもう乳母は出来ないと言って、身体を元に戻して貰った。
そして、退職金代わりにというか謝礼として心を視る能力を貰ったのだが、まだ使い方が分からない。
今日の会議を利用して新たな特殊能力の練習をさせてくれるという。領主をする上で役に立つ能力の会得に向けての第一歩。
『サクラ、先に言っておくよ。この中に旧ギルド派の残党が居る。君はそれを見分けなければいけない。相手にバレずにだ。君に課せられた責任は重大だ。是非ともマスターしてくれ』
『わかってるわ。始めましょう』
『それより先にさ、あの額縁外したら?』
この会議室の窓の無い側の壁に大きな額縁が飾られている。とても古くて何か歴史が有りそうな文字が大きく書かれてる。誰が掛けたかは知らない。
だけれども、そこに書かれてる文字が読めない。この世界の文字ではないからだ。
神子はあれを外せと言う。
『なに?』
『あれにはね、冒険者ギルドと書いてあるんだよ』
サクラ姫は今まではクロマツに居ながらにしてウエアルの仕事をしてましたが、これからはウエアルに居る時間が長くなります。
神子の子育て部屋はクロマツにあります。