ウエアル東山番屋に戻る
私は東山番屋に戻ってきた。一応、変質者騒動の報告書を作るにあたり、醸造所の従業員さんにも来て貰った。彼はあの時逃げて離れた場所に居たけれど、物陰から一部始終を見ていたし。
番屋に番屋の岡っ引きだけでなく、奉行所の職員さんも来ていた。調書を作り終わったら皆でウエアル奉行所に向かう予定。
被害者が大手の醸造所の娘さんで、勇者がらみかもしれないとなったらかなりの大事。そりゃ奉行所も動く。
「コユキ様、戻ってきたのですね。変質者はどうなりました?」
「撃退した・・と言いたいところだけど取り逃がしたわ」
「取り逃がした? お嬢さんは大丈夫なのですか?また狙われるかも」
「暫くは大丈夫よ」
言えない。
あの後、醸造所のノリコさんの所に戻って部屋を訪ねたら、ノリコさんが自室でお父様と致してただなんて!
ドアを開けた瞬間に思わず番頭さんと固まってしまった!
番頭さんが、
「お開けしてもよろしいですか?」
と言って、
「いいわ!」
と、返事してたから開けたのに、そのいいわ!は別の意味だったらしい。
全身汗だく汁だくのノリコさんと父親。
こちらを見て固まっていたけれど、
「さ、三回すれば大丈夫・・・・ですよね・・・・」
「そ、そうですね・・」
「これは内密にしてくださる?」
「え、ええ」
「お嬢様・・旦那様・・」
番頭さん、顔が真っ青になっていたけど、意識を取り戻してドアをそっと閉じた。
そしてドアの向こうから再開の音。
住居には昼間は仕事で誰も居ない。奥さんも醸造所で作業中。
住居を出て番頭さんに尋ねた。
「も、戻っていいかしら?」
「え、ええ」
ノリコさんの危機は回避された。もう勇者は来ない。
これは番頭さんと私だけの秘密。
空が青いわ。
移動した奉行所で過去の勇者の蛮行を調べるのだけれど、なかなか資料が揃わない。
過去の婦女暴行事件を調べても記録が曖昧なのだ。
なにせ、婦女暴行の9割はギルド員の犯行。ギルドを恐れていたので、ちゃんとした記録が残っていないし、ギルドに消された記録も多い。ギルド員以外の犯行もギルドがらみかもしれないと捜査を打ち切ったものが多い。
それでも、今日見た勇者(仮)の顔や言動や身体特徴を元に過去の事件を調べた。
「案外、少ないのね。もっと頻繁に現れてるのかと思ったのに」
「ええ。それに最近は無かったようです。婦女暴行事件のなかで、勇者(仮)と推測出来るのは少ないですね」
「あれだけの怪力があればやりたい放題でしょうに」
「そんなに強かったのですか?」
「力だけなら鬼並みね、それ以上かも。頭は悪いけど」
「鬼並みですか。相手をしてよく生きて帰って来れましたね」
「弱い方が負けると決まってる訳じゃないわ。まあ実際は力だけが強い素人相手にしてるみたいだったわ。でもあの手品じみた技は厄介ね」
「火を投げつける・・ですか。私には想像もつきません」
「まったくね。でも、目に見えるから避けられるわ」
そこで従業員さんが混じる。
「いえ、普通はあんなの避けられないですよ!飛んでるときの速度はすごかったんですよ!」
「そう? 避けられるわよ?」
「避けられません」
「それに撃つまで時間掛かってるし」
「それも撃つまで一瞬でしたよ」
「そうかしら」
「・・・・」
なんか記憶に食い違いがあるらしい。
この人、手品じみたものを見て混乱してない?
冷静に対処すれば大丈夫なのに。平常心は大事。
「それと勇者(仮)を庇った女性と思われる者の記録はない? その女も怪力なんだけど」
「無いですね。犯罪をしてくれれば記録に残るんですがさっぱりです」
「記録無しなのね」
「ええ。ですが勇者の関係者とすれば、一人しか居ません」
「勇者の恋人、クラリス・・・・よね」
「はい」
記録が無さすぎて、生きてるのか死んでいるのかも分からなかったクラリスというボーケンシャ。
かつて二人のボーケンシャの男が争ったという女。
美しい女だったと言われる。
「美しかった・・・・かな?」
「私からは顔はよく見えませんでしたし」
従業員さんは遠かったし。
美しかったと言われればそんな気もする。
あの時は気が立ってたし。
でも、あの女の顔を見ても感動しなかったのは覚えてる。ただ、あの姿を見て剣を交えればただ事では済まないと思ったのだ。
それとあの剣。
あの剣は過去の話を聞くに勇者の剣では?
ユキオの前に現れた勇者の持っていた剣の特徴と一致する。つまり、勇者とクラリスは剣を共有する間柄。
何か引っ掛かる。
勇者とクラリスの間柄だ。
もう噂話にも登場しなくなった勇者達だが、クラリスは最終的に勇者と一緒になった? もう一人の男は?
勇者は私達人間を下に見ているという。恐らくは私達人間が家畜や動物に対して取る態度と同じ。
そう聞いた。
だが、気になる。
下に見ている種族相手とはいえ、婦女暴行を繰り返していたらクラリスはぶちギレないだろうか? 私がクラリスの立場だったら他の女に手を出した勇者をボッコボコに殴り飛ばしている。それよりクラリスというのは勇者には逆らわない、逆らえない立場?
あの時のクラリスかもしれない女の表情。勇者(仮)にそれほど怒ってはいないように見えた。そして、こちらに許して貰いたがっていたようにも見える。
私は許してはいないけれど、引くしかなかった。
「強いのはあの女ね。厄介なのは男のほうだけど」
「そうですね」
ウエアルの資料だけでは分からない。他の町の資料も調べないと。
今日は終わりにすることにした。
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ここはタクトウの食い物屋。夜は居酒屋である。
そこに入っていったのはリョウタ。
「オヤジ、焼き蛇と酒頼む」
「へい」
最近はこの店ばかりだ。
焼き蛇とは、養殖モノの肥らせた蛇を皮剥きして細かく刻んで焼いて塩を振ったもの。
普通の人間は肉が硬いと文句を言うが、俺には丁度いい。そして安い。
「へい、蛇お待ち」
旨そうだ。
「オヤジ、最近変わった話は無いか?」
「おお、あるぞ。銀の夫婦の話だ。聞くかい?」
その話題を待ってたぜ!
「聞かせてくれ」
「銀の夫婦の妻がな」
「どうした?」
「勇者と勇者の女とやりあったらしい。2対1だ。それで勇者どもは逃げ帰ったと言うんだ」
「なんだと!」
「おお、今日聞いた話だ。勇者って本当に居たんだねえ。俺は作り話かと思ってたよ」
「マジか・・・・」
勇者は作り話のわけがない。勇者とはジーヘイの事だしな。顔がいいだけで勇者と呼ばれた男。一方、俺は顔のせいで魔王と呼ばれた。
それはいい。
問題はあの二人が負けたということだ。逃げたということは死んではいないが、負けたのだ。
あの二人は強いんだぞ!
銀の浮気妻。
益々マズイ相手だ。