リョウタ 始まりの地へ立つ
「ここは変わらないな」
俺は頂上に立つ。
高い山では植物が少ない。山頂に立てば視界を遮るような立派な樹木は無い。ここには数十年ぶりに来た。
ここは100年前にジーヘイのパーティー五人がこの世界に降り立った場所。
そして死んだマリアとベッキーが眠る場所。あのやや下右の崖っぽい所は、マリアを突き落として動けなくなった所で首をはねた場所。ジーヘイが手を出しあぐねていたベッキーを後ろから斬ったのはその一段低い場所。昔は木がもっと有ったが今は小さな荒野のようだ。あの時、二人とも既に鬼と化していてただの大きくて力の強い野獣だった。かつての年頃の女の面影はなく、知能は失われ、いくら語りかけても俺達の事は分からないようだった。殺したのは間違いでは無いと今でも思っている。
あのあと、三人でマリアとベッキーの墓を作って埋めた。鬼の墓を作ったのは後にも先にもあの時だけだ。ここは標高が高く石ばかりで掘りにくく、もう少し下で墓を掘った。掘り起こせば今でも骨くらいは残っているんだろうか?
あの日、墓を堀りながら、マリアとベッキーの不幸を嘆き、懺悔し、未来の不安を嘆き、過去への未練を嘆いた。
あの時の三人の間の最悪の空気は忘れない。
「分かっていたが何もないな」
山頂から見えるタクトウ。
更に遠くに見えるのはイッポンマツだが、今は名前が違うらしい。
あの時、ここから一番近いタクトウを目指し、そこが俺達の始まりの地になった。
この世界の原住民は弱かった。体格は俺達と変わらないのに筋力は少し弱く、魔法が使えない。前世界で弱かった俺でさえこの世界では相対的に強い。
俺達は原住民と親睦を深めて生きる場所を獲得することにした。
言葉を理解するのには苦労した。カタコトだが最初に言葉を話す事ができるようになったのは俺だ。この時初めてジーヘイとクラリスより優位になった。二人も一生懸命言葉を練習したが随分俺に遅れをとっていた。しかも全然上手くならない。
嬉しかった。
強さでは負けている俺が二人に勝る。戦いではいつも下だった俺が立場で優位に立つ。鬼相手程度なら俺にだって出来る。この世界には元の世界に居たような魔法攻撃を使う魔物は居ない。クラリスやジーヘイ程の強さはいらない。
俺は原住民とのパイプになり、三人の生活環境を獲得し、弱い原住民の代わりに鬼を討伐するという仕事を買った。これが冒険者ギルドの原型だ。
そして、俺がクラリスとジーヘイを養っているという状況に快楽を覚えた。
鬼の正体は元人間だ。
だが斬るしかない。
それは町の安全の為、俺達の現金収入の為に。
少しずつ原住民の協力者が増え、ギルドが大きくなり、町民に受け入れて貰えるようになり、身分も貰えた。商売も始めた。
俺はあの頃が一番充実していた。
だが、言葉が上手く喋れないジーヘイとクラリスは二人っきりで過ごすようになった。
クラリスは俺に連れられて、原住民との聞き取れない話を延々と聞かせられる苦痛から逃げ、言葉がわからない者同士でつるんだのだ。
クラリスは身持ちが硬く、浮気、二股はしないと思っていた。その時は。
だが、俺は気付いた。
二人の距離が近すぎる。
俺はタクトウ(当時は違う地名だった)の他に二ヶ所のギルドを設立し、クラリスとジーヘイに通訳をつけギルマスとしてそれぞれ派遣することにした。
二人を引き離す為だ。
忙しければ浮気する暇も出来ないだろう。このままではクラリスはジーヘイに奪われてしまう。
「嫌なことを思い出した」
俺は麓に向かって歩き出す。町はどうなって居るだろう? 何十年ぶりかの町。俺の顔は誰も覚えてないだろう。髪型衣類も変わってしまったし、なにより住民のほうが代替わりしている。噂ではクラリスもジーヘイもギルドにも町にも居ないらしい。
町に姿を見せたところでどうってことはない。まあ、あまり顔を晒す気は無いが。
目的は銀の夫婦。
俺のギルドを潰した美男美女の二人。
かなりの確率で俺の嫌いなタイプの筈。
美男美女と言われるとクラリスとジーヘイがそういわれてたことを思い出す。
それが余計にむかつく。
鬼?
鬼の気配がする。
ここはまだ町には少し距離がある。鬼の出没が良くある森。俺を食料と認識した?
居た!
少し大きめの牡の鬼が二体。問題ない、楽々倒せる。
俺は剣を抜く。
思えばこの剣もボロになった。欠けと錆びが酷い。
この鬼の首を持っていけば金になるかな?
昔はそうだった筈だ。
鬼に向かって剣を構えたのだが・・
「おい、そこのお前!逃げろ!」
背後から声がする!
町民か?
俺が鬼に殺されると思ってる?
「早く逃げろ!」
そう言って俺を背後から追い越した声の主は片方の鬼に突進し、鬼の腕を掴んでもう一体の鬼にぶん投げた!
ゴキボキッ!
骨の折れる音と共にもんどりうって倒れる二体の鬼。
は?
鬼を掴んで投げた?
あり得ない!その鬼は人間の五倍から十倍の重さがあるぞ!
その男は素手だ、素手で鬼と戦っている!
一体の鬼が怒りの表情で立ち上がる。そのまま憎い人間に向かって太い腕を振る!だが男は鬼の腕をバシンと上向きに叩きあげ、脇の下をとんでもない速度でくぐり抜け背後に抜け上をとる!
次の瞬間倒れていた方の鬼の立て膝に叩きつけられる立っていた鬼の顔面!
最後は地面に転がる鬼二体の首を足で踏みつけ、ボキッという音が二回鳴る。
男の圧勝だった。
魔法も剣も使っては居ない。
何者?
いや、こいつだ。
やや高いが標準的な体格。
美しい顔に銀の髪。
圧倒的な強さ。
銀の夫婦。
その夫。
まさかこんなに早く会うなんて。
こいつが俺のギルドを潰した張本人!この強さは本物だ!ジーヘイより強い!
見るからに人生の勝ち組。
ステータスを覗くか?
いや、ステータスを覗こうとすれば肌に不快感が出て感づかれる。するにしても距離が離れてからだ。
感づかれるな、不信感を与えるな!
「大丈夫か?逃げろと言ったろう。まあ無事で良かった」
「あ、ああ。すまない・・」
「俺は町に戻るがお前も早く戻れよ」
「ああ。貴方は銀の夫婦ですか?」
思いきって聞いてみた。いや、こいつが銀の夫婦だと確信しているが。
「夫婦?ああ、いや、今は夫婦かどうかはわからない。夫婦だったらよかったんだがな」
「それってどういう・・」
「上手くいかないことはあるもんだ。特に女ってのはな。まあ、あんたには関係ない事だ」
「その、奥さんは?」
こいつが銀の夫婦だと踏んでそう問うてみた。
「育児中だ・・・・・・。気を付けて帰れよ」
そう言って銀の男は歩いて去って行った。
この男は探していた男に間違いない!
だが銀の夫婦が夫婦でない?女と上手くいってない?
一瞬見せたあの男の悲しい表情が気になる。
そして、育児中だと言った後に小声で『誰の子なんだか』と言ったのを俺は聞き逃さなかった。
銀の夫婦の妻の浮気。
この男も苦しんでいる。
小さく見えなくなりそうになった頃に男に対してステータス鑑定をした。
総魔力量0
しかし、一瞬だけ測定不能が表示され、また0に戻った。
測定不能。
もし本当なら魔力999999以上を意味する。ジーヘイの100倍以上。
それとも0?




