問題発生 囮作戦断念
鏡の前にスーパーモデルがいるよ。
縛ってただけの金髪は、ゆったりとした三つ編みになり、芸術品のような刀を下げ、かっこいい指だしグローブをしている。首には輝くネックレス。おおよその衣装は昨日と同じで特にコーディネートは考えてなくて持ってるものみんなつけてるだけ。とんでもない美人がつければそれも一流の着こなしとなる。
同じ服を着ても、前世の俺と今世の俺とでは評価は天と地ほど変わる。
今も鏡の前でポーズをとり続けるコユキ。昨日はガラスのコップにときめいてたのに、今はこの世界ではあり得ない巨大な鏡を不思議とも思わないコユキ。慣れって怖い。
「綺麗だねコユキ」
「ご主人様もそう思いますか?」
謙遜一切なし。
「ああ」
「嬉しいです!」
更に鏡に向かって一人ポーズを極めるコユキ。
「囮役、無理じゃない?」
「あー、囮・・・・」
背が高くなった、細身になった、顔つき変わった、肌も若返った、靴も変わった。刀を持ちやすいように手も少し大きくなった。想定30歳から17歳に肉体年齢が変わった。
なにより、顔を見なくてもそれを見れば判ると言うほどのトレードマークが消えた。
ギルド嬢コユキに見えねえ。
よーく、顔をみてればそれっぽいけど、『ご姉妹?』と言われればいいほう。
「これ、囮作戦無理だろなあ」
「そう・・・・ですか・・」
しゅんとなるコユキ。
ギルド嬢時代なら『煩いわね!』といいそうだが。
今頃ナオトは裏切り者ギルド嬢を恨んでるに違いない。コユキにも奉行にも、ナオトがコユキに出会ったならば斬りかかって来るといわれている。
「コユキを囮にするのはやめよう」
「そんな!」
だって、別人なんだもん。
もう無理だって。それこそ、背中から上に『元ギルド嬢』と旗でも掲げないと認識されなそう。
「なあ、コユキ。髪を染めないか?いっそ髪色を変えればコユキには見えない。そうすれば世間を歩きやすくなるぞ」
「ええっ!」
髪は女の命だ。
それは自慢であり、シンボルである。
「それは、いや・・・・です」
「どうして?」
「私はこの髪を気に入ってますし、染めるとベタベタで汚くなります」
「うーむ」
気に入ってるというのは解る。コユキの金髪は癖がなく、おろしても纏めても美しい。人気の色でもあるだろう。
だが、ここまで別人みたいになったならば、髪を染めれば完全な別人だ。
『元ギルド嬢』という汚名を持つコユキは世間に居ずらい。『コユキ』という名前は知名度が低い。皆、通り名で呼んでいたから。通り名、つまり渾名はきっと『ギルド嬢』『ギルドの受付』『おっぱいギルド嬢』『ビ◯チギルド嬢』とか。
「なあ、染めてみないか?」
「出来れば染めたくありません・・・・」
従順なコユキが逆らう。
ちいと、説得してみよう。
「コユキ、これを見てくれ」
取り出したのは女性誌のヘアーカタログ。
「これは!」
目的は染めたくないというコユキを懐柔すること。
『汚くなる』とコユキは言っていたが、この世界の染料が草の汁とか果物の汁とかだからじゃ?
元俺の世界では綺麗に染まることを知ってもらえば、一歩踏み出してくれるかもしれない。
やっぱりというか、コユキは本に釘付けになった。
薄くて均等な紙、美しいカラー印刷。ぴしっと直角が出ている本。
そしてその内容が未知の世界。
登場モデルも興味を引くが、その周辺に写ってるモノも興味をそそる。
「これ、なんですか?」
「これは?」
「これは何を!」
「は、裸!」
「これは何の?」
「あああっ!」
煩いったらありゃしない。
「あとあと!髪の色だけ選んで!」
「えーでもー」
幼児退行してないか?
肌も若返ってるし、女子高生みたいだ。昨日までおばさんだったのに。
そして何度も何度も繰り返し読んで、
「ご主人様!これ!絶対これ!」
うわ、絶対なんて言ってきたよ。従順で控えめな部下なコユキはどこいった?
それはビジュアルシンガーのようなシルバーに黒いグラがつき、ひとふさだけ紫にした髪型。
「目立つな・・・・」
「絶対これ!」
「こっちの黒・・」
「これ!」
「ブラウン・・」
「絶対これ!」
譲ってくれない。そして目が怖い。
いかん、なんか機嫌を損ねそうだぞ。
しかし、難易度高そうなの選びやがって。俺に出来るかな・・・・
結局今日は髪染めに費やした。
俺の頭とか(元々シルバーヘアだしまあ)コユキの髪の下の方とかで練習して七転八倒して漸く完成した。
練習台にした部分を切り捨てたので、ロングヘアーが肩までとなったが、銀髪と一部分紫にコユキは満足そうだ。
そしてまたコユキ、鏡の主だよ。
一日これで終わったので、夕飯はまた鍋にした。
これが楽でいいわ。
今日は牛肉入り。うめえ。
コユキも肉は好きらしい。
実をいうと、昼も鍋だった。楽なんだもん。左手から出てくる時には既に煮えてるし、保温ならカセットコンロで充分だし。そしてテントの脇にはいくつも鍋が転がっている。
「この鍋、町に持っていったら売れるかな?」
「これは売れると思います」
この国の金が欲しいと思ってたけど、どうしたもんやらと思ってた。
あまり、オーバーテクノロジーな物だと大騒動になりそうだし。土鍋なら丁度いいかもしれない。どうせまた増えるし。
「明日、売りに行ってこよう」
「いいですね。私、洗います」
実は洗わず放置したまんまだった。
翌日、俺とコユキは町にやって来た。
いやあ、美人なコユキ目立つ!俺も神に貰ったイケメンなんだがコユキの注目度に負ける。ふふんと鼻高々なコユキ。聞こえてくる声は褒め言葉だけ。しかもコユキだとバレてない。
土鍋背負ってるけどな。
「こ、これは!」
土鍋を両手でうやうやしく持ち、驚きの目で買い取り鑑定する道具屋店主。
ここには土鍋一つだけ出してみた。
この町には道具屋は何件もあるが、そのうち大きい店三件に一個づつ売って何処が高く買うか試している。
高いところに次も売るつもりだ。店主には高く買ってくれたなら次もと言ってある。店とすれば、ここで買い叩くと次の鍋の仕入れに響く。
土鍋は使用済み中古品だが新品に見える。まあ、元が綺麗だからね。
「50000イセで如何でしょう」
コユキから説明聞いたが、俺は1イセ=1円と認識した。実際は少し違うんだろうが、そう思えば楽だから。
「良いでしょう。売ります」
使った土鍋が五万になったよ。どうやらこの国の鍋より出来が良いらしい。円が正確で、ふたがぴったりしまる。模様も立派。
へえ。
儲けた。
そして、他の二件は4万と3.9万。
うむ、最初の店と仲良くしよう。
そして、コユキがビビっていた。土鍋が大金になって動揺してる。い、一日で12万9000イセ!どうやら俺と過ごしたせいでコユキも金銭感覚が狂ってしまったらしい。コユキの想像では5000ー10000イセと思ってたと。
「ご主人様!今夜も鍋にしましょう!」
コユキが訴えた。
飽きてきたのに・・・・
後日、ナオト捜索で街に来ると、あの店であの土鍋が綺麗な布と木の飾り台に載せられていた。
お値段200,000イセ。
コユキがボリ過ぎ!と叫んでいた。
食べ終わったあと、土鍋を返さなくていいのかなあ?