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第7話 『夜勤、わに公園にて』中上

 一琉は舎の入り口から中に入ると、すぐ右手の受付で階級章を提示した。階段を上がり、奥へと進んで二等兵教練隊の始業場所である「教室」のドアをがらっと開けた。音に、数人が振り返る。


 まだ早いから、来ている夜勤兵はまばらだ。ずらりと並ぶのはひとり一つずつの机と椅子。着ている制服は黒の学ラン、女子は紺のセーラー。全員の年齢も十六、十七そこらだし、この光景は、昼生まれの通う高校のクラスの雰囲気とかなり似ている。


 違うのは、窓の外の風景か。風が黒い雲を動かしている。その中から東に月がのぼり、宵闇をぼやっと薄明るく照らしていた。窓ガラスがよく反射するんだ。鏡代わりになるよ、なあ。教室の真ん中で黒い窓に向かって化粧を直している女子たち。一琉は席に着いた。


「あーっ! おはよーん、ちるちる☆」

「ああ……有河」


 まぶしい色の巻き髪をふわふわと、絶妙な流さの丈のスカートをぴらぴらと揺らしながら、軽いステップで有河七実がこっちに来る。ふざけた呼称については、何度言っても辞めないのでもう諦めた。スキップをするな。男の俺より背が高いくせに。一琉は惜しくも百七〇に若干届かないので、彼女は少なくともその大台には載っているのだろう。百八〇に届くかというところだ。女子で。身長もさることながら、肉体はもっと女離れしている。主に、力の面で――それ以外は、窓にたかる女子たちに負けないキラキラおしゃれ女子だが。


「隣の席の、山本君がね……こころサプリ、分けてくれるって。心、つらかったら」

 元気そうなのを思い出し、一琉は聞いた。

「おまえそれ、飲んだのか」

「ううん……あーりぃは、家庭を持つことが、夢だもーん。……だから、いらないっていった」

「そうか」

 じゃあ、空元気か。

「有河って、家族、いたんだっけ」

「うん☆ みーんな夜勤だよ!」

「へえ……」


 一琉にはなんだか想像できない話だった。一琉だけでなく、ほとんどの夜勤が同じ感想を抱くだろう。


「第203連隊、パパが軍曹で、ママは隣の伍勤。弟二人はまだ中学校と小学校!」

「大家族ってワケか」

「うん☆ みんな夜の住人なの」

 有河はにっこり笑って頷く。


 家族みんなが夜生まれか、もしくは夜に生きるとするなら、制度的には一緒に住むことが可能だ。だが、珍しいケースだ。だとすると自分が夜に生まれたことも、嬉しいと思うのだろうか。大多数の夜生まれと同じく「国」に育てられた一琉としては、家族というものがどういうものなのか、いまいちよくわからなかった。


 有河はもう、もといた女友達の輪の中に戻っている。


 教室の隅には、ラムネ菓子のようにこころサプリを貪っている連中。「おい、呑みすぎじゃね?」「また保健室送りになるぜ~」「だってさー呑まないとやってられるかよ」


 一琉はそのまま教室中をぐるりと見渡した。

 加賀谷はたった今到着したのか、鞄を降ろしている。オールカラーの専門雑誌が今日も重そうだ。棟方は静かに窓際の席について一人ノートを開いている。勉強だろうか。委員長は自主的に黒板をきれいに消している。


 みんないつもと変わらなく過ごしているらしい。みんな……か。


 教室の広さに比べて、机の数が歪に少ない。

 入隊当初は、もう少しにぎやかだったんだが。


 欠けた三席。


 ここは昼生まれの高校とたしかによく似ている。でも、少し違う。


 昼と夜が反対だということと、もう一つ。


 ドアの方を向いた時、遅刻気味にあわてて出勤してきた女子と目が合った。


「ねえ滝本くん、野並くん知らない? 彼、今日私と日直なんだけど~」


 ある日突然登校してこなくなるやつが――


 ――永遠に、来なくなるやつが、


 日常的にいることか。


「野並なら、昨日死んだよ」


 P M 8:00。

 始業のチャイムが鳴った。教官が入室する。


「起立!」

 委員長の号令に、一斉に起立する。


 さて、夜勤の始まりだ。

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