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第54話 『そして今』

「ったく、なんで学校なんか通わなきゃいけないんだよーいつからこんなんなっちゃったんだよー」

 教室の中央で、加賀谷が机の上にぐったりと寝そべる。

「そりゃ今の時代、学歴は大事でしょ?」

 その横で委員長が得意げに笑う。

「そう」棟方が同意した。「大事」


 委員長は今、国立の難関大を狙っているらしい。受かってから得意にしろ。棟方も委員長と同じところを狙っているらしいが、どうも余裕のようだった。あいつはもっと上行けるんじゃないか? ま、委員長と同じならどこでもいいんだろう。一琉は単語帳を片手に、何気なく加賀谷の愚痴に耳を貸していた。


「あーあ、滝本はいいよなー。だって俺の狙ってるとこ、もうA判定だったんだろー?」

 加賀谷に羨ましがられ、ふんと鼻を鳴らす。

「あんなとこは勉強さえしていれば誰でもAなんだよ。だいたい、俺は夜勤という横槍を入れられたせいで、昼生まれに比べると何年分か出遅れてしまったのをだなー……」

「はいはい、お兄さんたち、お利口さんだからあーりぃといっしょに、静かにおべんきょうしましょうねー!」

 割って入ってくる有河。子供扱いするな。あと、おまえはもう少し勉強しないとまずいぞ。加賀谷以上にまずいぞ。


「いーじゃんいーじゃん! 憧れの高校生活だよぅ、これって☆ あーりぃもしかして女子高生? てへへっ」

 有河が相変わらず短いスカートをひるがえしてうきゃうきゃ言っている。


 戦闘のために硬化素材の黒ストッキングを身につけなくてもよくなったのは女子たちにとってかなり嬉しかったらしく、今じゃそれぞれみんな、好きな靴下をはいてきている。加賀谷も「ついに……女子の生足が見られる日が来るとは! オレ、別に黒タイツフェチじゃなかったんだよねー!」などと喜んでいた。


 窓ガラスを鏡代わりに使うやつはもういない。そこは今、さんさんと光輝く太陽によって明るく照らされ、教室内のわずかな光などちっとも反射しない。


 あの日。あの歴史に残るあの日は、『日蝕事変』と今では呼ばれていた。


 まひるがその身と引き換えに残していったあの方法がもたらしたものは、二つあった。

 一つは、この世界から死獣のほとんどを消し去ったこと。

 もう一つは、夜生まれが太陽の下にいられるようになったこと。


 それまでは、夜に生まれた者は、太陽光が猛毒だった。直射日光を浴びれば皮膚はただれ、内臓の調子は悪くなり、寿命が縮まる。しかし太陽光線銃を日食の月に向けて放ってからというもの、それがまるで悪夢だったかのように、すっかりと消えた。かつて太陽光線を大量に受けた棟方だって、今はすっかり傷も治ってぴんぴんしている。あの場にいなかった者でも同じだ。生まれてくる赤ん坊も、もう昼に生まれても、夜に生まれても、なにも変わらない。どうしてそのようなことが起きたかは盛んに論じられたが、はっきりと解明はされなかった。


 死獣を一気に消滅させた「太陽光線銃とセットで作られた月の鏡」は、目下調査中。月面にその鏡装置があること、地球から月の鏡へと向けられた光線銃の光にのみ反応することがわかり、反射して返ってくる光には魂と物体の歪な連結を絶つ効果があったのではないかと言われている。おそらく、月の鏡は、太陽からの光に邪魔されぬ闇夜の中、光線銃からの光が純粋であればあるほど死獣を消し去る効果が高く、日食のあの瞬間にあのような規模で行えたことは神がかった奇跡的なタイミングだったのではないかとのことだ。

 また、それを受けて太陽光線銃も新たに解析が進められた。天候や時間に反応していた、と表面に並ぶランプの明滅の意味の一部が解析されたり、また月の軌道に対応する精緻な補正機能が備えられていたりなど。だが、それら月の鏡や太陽光線銃は製造法不明のロストテクノロジーに他ならない。月の鏡をもっと知ろうとして月まで行って下手に触って壊したりしたら、二度とその手段を使えなくなると、反対意見が強いし(夜勤会、新夜勤会も、「それ以上は月夜見様の領域に踏み込みすぎる」と反対の声を上げている)、もう死獣に生活が脅かされるほどではなくなったのだから、そっとしておきましょうという世論が大半を占めていた。


 そして、夜生まれが太陽の下で生活できるようになったことに関しては――、かつて、大戦よりも前に大規模な太陽嵐によってオゾン層が破壊され、それにより夜と昼の世界が分かれたことから、あの日、膨大な数の太陽光線銃を空中に向けて照射したことで空気中の酸素が反応し、失われていたそのオゾン層が再生成されたためだとする説が有力となって、一応の収束をみせた。他の説を唱える学者は多くいるが、だが、そもそも現代は、ロストテクノロジーの代表格である太陽光線銃を製造できないどころか、使いこなせてすらいなかったのだ。死獣ではなく月に向けるなんて発想した者は一人もいなかったし、あんな大層なシロモノだったなんて想像もしなかった。昔の技術の結晶だ。諦めたように、神からの恩恵だと言ってほとんどの民には受け入れられていった。


 その後の世界はもちろんいろいろと大変だった。死獣が消えたことと、夜生まれと昼生まれの住み分けが不要になったことで、大きく社会は変動した。


 昼の研究組織との癒着を指摘された丈人はじめ夜勤の上層部は皆、責任を追及され総辞職したが、そもそも死獣が減ったことと環境の変化で夜生まれの兵役義務が解除され、夜勤軍は解散の運びとなった。


 自然現象として発生する死獣に対しては、夜勤軍に替わる軍事組織として “国衛隊 ”と名前も新たに、小規模に組織された。一琉たちの立場は、未成年ということを理由に、危うくもならなかった代わりに、特別もてはやされたりもしなかった。委員長は、いまやかなり大きな勢力となった新夜勤会の教祖で、棟方はその補佐官なのだが、不思議と一琉たちの元に人が押し寄せてきたりすることはなかった。委員長は、いつかみんなの話を信徒に聞かせてあげてほしいと言っているが、今はまだいいと言う。新夜勤会には、佐伯も出入りしているとも。改革の中心となった組織同士、今後の付き合いがいろいろあるらしい。あの人は今も昔も、どこで何をしているのかよくわからないが、一琉たちが邪魔されないように、何かと手を打ってくれたのだということまでは聞いた。


 委員長と棟方は、家を出て今は二人暮らしだというが、大学受験をしながら新夜勤会の活動も両立してやっていく気らしい。しかし、丈人と不仲になったわけではなく、支え合う関係を新たに築けているとのこと。丈人は、改めて国衛隊に入隊し、部下思いの上官として活躍しているそうだ。加賀谷は先の通り勉強に苦悶し、有河はルーズソックスを履いて女子高生を満喫している。そんな感じだ。

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