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第13話 『夜に生まれ』

「ごちそうさまです」


 一琉は佐伯に礼を言って店を出た。外は薄寒い空気が震えることなく、森閑としていた。一琉は冷たくなっていた二の腕を抱いた。てのひらの熱が、薄く硬い軍服の袖の上からじわりと伝わった。


ガラガラと引き戸が空いて、支払いを終えた佐伯が出てきた。


「あー、俺、今日は一緒に帰れない」

 茶色の革靴を中途半端につっかけている。


「あれ、そうなんですか」

 てっきりバイクを曳きながら近くまで一緒に帰るかと思ったが、ここに残るのだろうか。


「ちょっと用があってな」

「人待ちですか?」

「まあ、そんなところだ」


 訪問客を玄関から見送るようなくつろいだ猫背で手を振られる。夜生まれは一度日が昇ったら簡単に帰れない都合上、居酒屋や長居するような処は簡易的な宿泊施設を兼ねていることが多い。佐伯は今日はここで日光をしのぐのだろう。


 手を振って別れて一人歩いていると、目を覚ました鳥の鳴き声や、薄明りを飛んでいく羽音が遠くに聞こえた。この音を聞くと、体が重くなる感じがする。戦いの一日が終わって、しばしの安眠に移行するときに耳にする音だ。獰猛な死獣が眠り、鳥や動物、昼生まれたちが目覚める時間帯に変わる。


 一琉は歩くスピードを緩めて、空を見上げた。


 夜明けの空。もうすぐ日が昇るだろう朝焼けが紫色のグラデーションを伴って空に滲んでいた。濃い陰影になった千切れ雲の間に、まだかすかに星が見える。Wの形の、カシオペア座。赤く明るいベテルギウスが光る、オリオン座。


 昔、あの明るい一等星、ベテルギウスはすでに存在していないかもしれないと習った。地球に光が届くまでに時間のかかる遠い場所にあるから、実はもう何百年も前に消えちゃっているんだよと、母親代わりの先生から教わったのをまだ覚えている。毎日見るあの明るく輝く綺麗な星が、実はもう存在していないのだと初めて知ったときはけっこうショックだった。


 深々とため息が出た。


 重く疲れた体を引き摺ってたどり着いた家で、飯を食い、風呂に入り、倒れ込むようにして寝る。

 これは、いつまで続くんだ?


 俺は、いったい何のために生きているというのだ?


 安全で豊かな昼と比べて、明らかに差のある俺たち夜勤は? 夜に生まれた運命として、産まれて即座に国の所有物にされ、死獣との戦闘を強いられ、不便になったら使い捨てられる。


 ――無事に帰れるなんて、もしかしてあーりぃ、超ラッキーガールなのかもっ?


 最初から残酷に満ちた現実の中、焼け石に水のような幸運を、有難がって喜んでいる有河みたいなやつもいたけど。


 ――こんな奇跡を、幸せと呼ぶこと自体不幸なんだよ!


 彼女の能天気な面に吐いた自分の言葉が、そのまま胸の中に充満する。


 生きていても仕方がないような暗闇の世界で、少なすぎる分け前に感謝したり、まともに楽しみ笑おうとするのは馬鹿みたいだ。土の死獣にやられた喉が痛む。叩きつけるようにして流し込んだビールのせいで、頭までクラクラする。一琉はもともとそんなに酒に強い方ではなかったが、疲労と興奮が手伝ったのか今日はいつになく酔いが回るのが早かった。全身が悲鳴を上げているのを感じる。そのまま、溺れ死ぬまで飲んでやろうか。


 ――自分で自分を殺すな。


 佐伯の言葉が、ささくれだった心に引っかかる。ほどいて離すのに、幾分か苦労した。

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