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第12話 『この世界は』下 ※挿絵あり

「いろいろ話し相手がいるからな。こんなおじさんが、今日もこうして若者から訓練地域の様子を教えてもらっているように、幅広~く」


 そういえば。一琉は自分と話している佐伯の姿しか知らない。当然のことながら、佐伯も自身と同じ年の友人や、もっと年上の人と話すことだってあるのだろう。下士官とはいえ曹長や准尉だったなら、士官学校出たての新米少尉から、定年間近の古参兵まで、立場も年齢層も幅広い相手と。


「まあ、だから実は、話に聞いていた通りなんだ……。ここもおしまいだってこと。それを確かめたいのもあって、今日はおまえと話したかった」


 佐伯は目の前の一琉に話しかけながらも、どこか遠くを見据えて考え込んでいるようにみえた。


「ま、東京が本当にもう訓練地域なんてぬるいモンじゃなくなっちまったってのは、おまえの言葉でよくわかったよ」

「……はい」


 隣にいるのが、自分の倍もの年齢の大人の男だという感覚が戻ってくる。一琉は少し姿勢を正した。


「死獣が、……本当にそんなに、増えてるんですか?」少し声のトーンを落として聞く。

「ああ。どこもかしこもな」佐伯の調子は変わらないが。

「マジですか」

「マジだ」

 彼特有の、軽さを保った断定。

「……」

 だが他でもない彼が言うからこそ、とてつもなく重い。一琉は、細いため息を漏らした。


「どう……なるんですか……それじゃ……。また滅ぶんじゃないですか?」


 このままの勢いで死獣が増えていったら、あるかもしれない話だ。


「そこのところのさじ加減だなあ。連中も……うまくやろうとしているが」

「連中?」

「俺の仕事相手」


「夜勤の上の人ともまだ仕事してるんですか」

「いーや……。お昼の方々だ」


 そりゃそうだろう。それならなんでそこで昼の“連中”が出てくるのだろう、と一琉は少し不思議に思った。


 佐伯は考えるように押し黙り、ビールをちびちび飲んでいる。一琉は椅子にもたれた。


 ……人類半滅か。


 こういう話になるといつも思うのが、海外はどうなっているんだろうということだ。


まあ情報は国の手によって規制されているし、この国を脱出する手段なんてあるはずもないから、考えたところでなんの役にも立たないが。昼の世界にはパソコンと呼ばれるコンピューターがあるらしいが、高価すぎて昼の住民でさえ買えないし、所持にも国の許可が必要だ。昔は「インターネット」で世界中が結ばれ、遠隔地との情報のやり取りが自由に行われていたらしい。だが今では、「イントラネット」とかいうまがい物のようなクローズドネットワークしかない。通信が意図的に制限されているのだと聞いたことがある。一琉にはどのみち縁のない話だが。


「死獣の発生は自然現象だし、そこはぐずぐず言ってもしょうがないことですけど」

「……」

「それでも急な変化を放置するのだけはやめてほしいですよ」


 一琉の話を聞いているのかいないのか。


「犠牲になるのはいつだって現場の人間なんですからね」


 佐伯はジョッキを持ったまま、ここじゃないどこかを見つめていた。

「佐伯さん?」呼びかけても、すぐに返事が来ない。


 少し置いて、佐伯がわずかに頷いたようにみえた。そして戻ってくるための手順を踏むかのように、ジョッキに口を付けて液体を一口だけ飲み、ことんとテーブルに置いた。


「……中学までの義務教育を負えると最初の兵役義務がある。今のおまえらだな」

 妙に静かに問いかけられる。

「はい」

 一琉は頷いた。


「その成績次第で士官学校進学の受験資格が与えられたりする」

「そうですね」

 何の話をするかと思えば。昇級のための進学か。

「俺はしませんよ」

「まあ……だろうな」

 軽く笑って流される。この人は軍人を続けていたら、学校を卒業したてのほやほや幹部候補の少尉(若干二十歳くらいだ)を、教育する立場にそろそろいた。現場の実態をよく知っている下士官として、階級と軍隊だけ与えられて訳も分からず惑う経験の浅い若い上官を、使い物にするために育てるのだ。


「委員長ちゃんは?」

「彼女は……まあ、狙ってると思いますけど」

 一つとせ~人のいやがる軍隊に~、志願で出てくるなんとやら~、と数え歌を口ずさみながら、佐伯が訊ねる。「優秀?」


「姿勢と態度だけはハナマルですけど、どうですかね」実力で言えば完全に棟方に軍配だ。


 幹部を目指す一番早い方法は一年の任期の後、士官学校に進学することだ。だがたとえ受験資格が与えられてもよっぽど優秀でないと入学も卒業もできない。


 一琉も進学を考えたことはあった。一通りのことは人並み以上にこなせるし、どちらかといえば頭を使うことの方が得意だ。ときどきそれも悪くないように思ったりするが――感情が介入してきて、思考が止まる。忌諱しているはずの夜勤の中枢に足を突っ込んでいくのが、厭だと。


「それが、どうしたんです?」

 一琉が先を促すと、佐伯は言った。


「テストや試験みたいで、おまえたちが “教育 ”とか “訓練 ”って言葉に、安心とか期待とか、本当に困ったときは助けてもらえるって、そういう甘えた気分になるのは無理ないんだよな、って」


「え?」一琉はきょとんとして佐伯の顔を見た。


「試験というより試用期間なんだよ」

 責めたり憐れんだ顔ではなく、そうではなく――ただ無慈悲な現実のように、無感動に動かなかった。

「つまり間引きも兼ねてる」


「間引き……?」

「そうだ」


 聞き慣れぬ単語の意味を脳内で探す。間引き……小学生の頃、あさがおを育てた時に、やったような。たくさんの種が芽吹いたとき、限られた土の栄養から花を咲かせるために、その中で弱そうな芽を抜いて捨てた。


「弱そうな兵や負傷兵はこの時点で見殺しにする」

「は……?」

「司令部は、対象によって助けるか助けないかを調整しているんだ」

「そんな」


 野並の顔が浮かんだ。


「でも兵士だってありあまってるワケじゃないですよね」

「そうだな。だからこそ省力化するために非情にもなる。昼に出歩けない夜生まれなんてそもそも人間のできそこないだ。戦うくらいしか能がないんだ。女はたとえ手足を無くしでもまだ娼婦として役に立つが、弾除けの盾にもならなくなった男なんてごく潰しもいいところ。安い賃金でこき使ったり、人のやりたがらない仕事をやらせたりしているうちにほっといてものたれ死ぬが、中途半端に使えないやつを兵士として育てるのは高くつく。ヘマした負傷兵は見殺すのさ。その分、生き残るやつを大事に守って、危険なことはさせずに、重点的にきちっと教育した方がいい」


「っと、待ってくださいよ」

 冷ややかに淡々とまくし立てる佐伯に、一琉は口を挟んだ。


「それってッ――野並は助かったかもしれないってことですか? 足を取られてから、もっと早く助けが来ていれば……」


「かもな」


 今日だって、もしかしたら俺らの中の誰かを、見殺すつもりだったんじゃ……。だって、援護の要請がもう少し遅かったら……。


「信じられません」

「信じたくありません、の間違いか? そりゃ」


 むしろ今日は優秀と言われる一班だから生かされたのか? 昼生まれ兵もいたから?

「そんなの……」


 委員長の顔が浮かんだ。

――「そんなの、おかしいわっ!」


 綺麗事があの声で再生される。だがその声を一琉が上げる前に、佐伯によって潰された。


「……おかしいよな? ひどいよな? でも夜勤のことを人間だと思っている奴はいない」

 いつも俺が、委員長に諭すのと同じだ。


「人間なのは昼生まれ様だけ。俺たち夜勤は、そうだな。さしずめ、すでに死んだ人間とみなされているってことだ。夜に生まれた時点で」


 信じたくない。


「お母ちゃんのお腹の中から、助産師の手に移り、国に取り上げられたあの時、人として死んだことになる。死人に人権がある方が、おかしいだろ」


 聞きたくない。


「あのいつも笑ってるひょうきんなやつ。そうだろ? 野並クン。彼は、弾かれたんだ。夜の世界はそんなに甘くない。まあでも、同じようなもんさ。生きてても、死んでても、俺達はこの世界じゃ同じようにみなされている」


 やめろ!


「佐伯さんッ!」

「なんだ?」


 変わらず半身を傾げてこちらに向けている佐伯に、冷静に見つめ返される。一琉は立ち上がりそうになっていた。


 佐伯は、そんな一琉のぱんと肩を叩いた。そのまま掴んで、

「でも俺達は生きている」


 冷めきった瞳の奥、ぎらっと燃えたぎる何かが見えた。それは、ついさっき炎上したばかりの一琉のものより熱く深く、からりとした山の地層の下どろどろと脈打つ溶岩の弾け飛んだ滴のように、想像もつかないほどの熱量を感じさせるものだった。


「自分で自分を殺すな」

挿絵(By みてみん)

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