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第0話 序 ※表紙絵あり

「いやっ! ! はあっ、はっ……まだっ! まだ! 産めない! 日が! 出てから! スゥ、はぁ、日が出てからじゃないとだめなのぉ――」


 分娩室に妊婦の激しい息がこもっている。


「滝本さん、無理です! 日の出までまだ二時間もあるんですよ! ! 深く息をしてっ」


 ひっひっふーと正しい呼吸法をするように諭す助産師に抵抗するように、滝本と呼ばれた妊婦は分娩台の上で身じろぎする。生まれてくる赤ん坊の頭はもう見えていた。


「いけません! 力を抜いて! 赤ちゃんが苦しいわ」

「だめえええ」

「子宮口が開いてきた」

「いきんで!」


 医師や助産師の言葉を無視して今度は力を抜く。


「諦めて! 言うとおりにして! 産みなさい! 赤ちゃんが死んじゃうわ! 滝本さん――お母さんだって――」

「まだ出せないっ! まだ――うああっ、はっ、は……」

「よし産まれるぞ……っ」


 医師が言ったそのとき、助産師に両手で抱えられながら赤ん坊は頭を出し肩を出し両足をぴんと伸ばしてするするすると出てきた。ぽかんとあけた口からは、ほぎゃあほぎゃあと産声を上げて。


 A M 3:50。

 春もまだ遠いこの日、あたりは真っ暗闇の夜だった。


 そんな闇を引き裂くような元気な声を、母親はどこか遠くを見つめて聞いていた。


「ご、ごめんね……お母さん、おまえを太陽の下に産んであげられなかった……」


 今日、夜の住人がまた一人、静寂に包まれる中誕生した。

 曇りガラスの小窓の向こうに、黒い影が通っていった。



「滝本さん。申し上げづらいことですが……」

 滝本明美(たきもとあけみ)と札の入れられた病室にて、ベッドのそばに歩み寄った医師が複雑な顔をして告知をしていた。


「やはり、赤ちゃんは夜生まれですね……。皮膚の検査結果も、日光への免疫反応がないことを示しています」


 P M 11:00。


 一度話し始めた医師は、もう調子を取り戻したように、澱みがなかった。


 出生直後の一度きりの機会に抗体がつくられず太陽光の有害線から身を守れないとか、戦前のオゾン層バリアの破壊がなれけばどうだの、研究は今後も進んでいくだのと、型通りの説明が続く。だが、もう耳には入ってこなかった。


「そう……ですか……」

 滝本明美は、陽の射し込む窓の外へ目を向けた。


「抱かせては……いただけないのでしょうか?」


「規則ですから、すみません」


 夜が明けても隣には、個室にしてはやや広めの空間ががらんと広がっているだけだった。


 お腹の中で十月十日温め続けた我が子は、もういないのだと思い知らされる。


 いや、きっとこの産院のどこかにはいるのだろうが、手放すしかないのだ。


 夜に生まれることのないよう、ずっと祈ってきた。


 「安産守り」とは別に、「昼守り」だって、名のある神社まで時間をかけて受けに行ったのだ。上の子は二人とも無事昼に生まれてきてくれたというのに。いやむしろ確率的には、そろそろ仕方がないと言われるだろう。三人連続で昼に生まれるなど、よほど運が良くなければ叶わない。上二人だけでも、昼に生まれてくれて幸運だと思わねば罰が当たる。そんなことわかっている。でもそれでも、母として割り切ることなどどうしてできよう。


 あの子が一体、どんな人生を歩むのか、自分の目で見届けることは叶わない。


 ただ、願うだけ。一縷の望み、希望を。なんとか、生きて――。



 昼生まれと夜生まれ。生まれた時に日の光を浴びたかどうかで、その後の人生は決まる。


 産まれた瞬間に日の光を浴びたものは、太陽に対してなんの影響も受けないが、浴びなかった者は、一生において直射日光が猛毒となる。したがって、夜にしか生きられない。


 免疫説、体内時計説、遺伝子変質説など、さまざまな仮説が立てられているものの、その原因やメカニズムは完全にはまだ解明されていない。太陽が完全に出ていない状態――地平線に太陽が半分以上隠されている夕方や朝方や夜の間に生まれた者は、太陽の下では生きられない体になるのだ。人工的に出産時間を操作することは禁じられている上に、技術的にも不可能。夜に生まれた者に人工の疑似太陽光を当てるという実験も行われたが、成果は無かった。


 日の出ている時間は、夏は約十三時間、冬は約十一時間。一年を通して平均すると十二時間となる。一日二十四時間のうちの半分。確率は二分の一。


 太陽が出ているときに生まれたかどうか。

 それで一生を、昼に生きるか夜に生きるかが、決まる。


 夜に生まれた者は――


挿絵(By みてみん)

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