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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第四巻 遙かなる時の漂流者
96/157

家族の痕跡(2)(挿絵あり)

「どうされました?」

「大丈夫ですか?」


 ふと、横を見ると、ウォルターたちが心配そうな表情で自分を見つめているのに気がついた。

 きっと思いつめた顔をしていたのだろう。レイチェルは、いつの間にか目に溜まっていた涙を指で拭うと、無理に微笑む。


「すみません。ちょっと、昔を思い出してしまって……。ウォルターさん、私、この建物を知っています……」

「なんですと?」

「ほ、本当ですかい?」


 ウォルターたちもよほど意外だったのか、一様に驚いた顔をしている。


「はい……、変わり果ててしまっているので、すぐには気がつきませんでしたが、ここは、私の父と妹が勤めていた研究所です」


「なんと」

「おお……」


 周りの地形も自分の時代とはまるっきり異なっていた、ということもすぐに気がつかなかった原因であった。もともと、ここは広大な平地の敷地内にあり、火山など影も形もなかったのだ。


「それじゃあ、レイチェルさんも、ここには何度か来たことがあるってことですかい?」

「ええ、それはもう。ここは、父が二十年以上も勤めていた研究所ですし、同じ敷地内に住んでいたこともあって、私は小さい頃から出入りしていました。それに、こことは別の棟ですが、私もこの研究施設で働いていたんです」


 そして、レイチェルは、この建物が、国立科学研究所という大きな研究施設の敷地内にあった研究棟の一つであること、そして、自分自身は、別の研究棟に勤めていたことを説明した。


「その後、私は軍の基地にある研究施設に招聘されたのです。それが、私が目覚めた、フィンルートの遺跡ですわ」

「なるほど、そうでしたか」

「それは、すごい……」

「隊長、レイチェルさんの馴染みの場所なら、一気に調査が進みますな」

「ああ」


 レイチェルがこの世界に目覚める前は、旧文明遺跡の調査は、時間がかかる上、はっきりしたことがほとんど何もわからない方が普通だった。しかし、旧文明人のレイチェルの協力のおかげで、このたった数ヶ月で大幅に理解が進んだのだ。しかも、今回はレイチェルの馴染みの深い場所である。本来なら、建物の構造から用途まで、何もかも一つ一つ自分たちだけで調査しなければならないはずが、もはや、その必要は全くなく、レイチェルに聞きさえすれば、確実な答えが得られるのだ。


 だが、その一方で、レイチェルは新たな疑問から動揺を感じていた。

 それは、家族が一体どうなったのかである。

 この建物は二階より上が吹き飛ぶほどの攻撃を受けたのだ、多くの人間が命を落としたことは間違いない。それに、この研究棟だけがミサイルで吹き飛ばされたとは思えない。おそらく、施設全体が大きな被害を受けたであろう。そして、家族が住んでいた居住棟も同じ敷地内にあったのだ。


「大丈夫ですか、レイチェル殿……」


 心配そうな顔つきでウォルターが尋ねてくる。


「……すみません。ちょっと家族のことが気になってしまって……」

「それは、無理も無いことかと。心中お察しします」

「ありがとうございます。でも、大丈夫ですわ」


 この辺りは山岳地帯であり、火山の麓である。おそらく過去に何度も噴火したのであろう、火砕流や堆積物が大量に一帯を覆っていた。この建物も一階が地下にあるぐらいだったのだ。おそらくは、大規模な地殻変動が起こり、国立研究所の敷地全体が地面の下に埋もれているか、火砕流により粉々になってしまって、もはや居住棟を探しだすのは不可能である。


(なんとか、逃げおおせて、生きのびてくれたのならいいんだけど……)


「ところで、レイチェルさん」


 エドモンドに話しかけられ、レイチェルは自分の思考から引き戻された。


「はい」

「お父上と妹さんはここで研究なさってたんですよね? 一体何の研究をなさってたんで?」

「それは……」


 レイチェルは言葉に詰まった。父と妹が科学の粋を結集し開発しようとしていた装置。それをこのような科学が未発達な世界の人々に告げていいものかどうか迷ったのだ。


「まあ、私らには理解できん科学の研究ってやつかもしれませんが……」

「いえ、そんな……」


 だが、自分がまだ元の世界にいる時、この装置は未完成であったことを思い出した。それに、ここまできて隠し通せるわけもない。もう自分はこちら側の人間なのだ。レイチェルは心を決めた。


「……それは、実物を見ていただいたほうが早いでしょう。今から直接お見せします」

「おお」

「分かりました。お願いします」


 レイチェルの口調に何かを感じ取ったのか、ウォルターもそれ以上は何も尋ねなかった。


「では、レイチェル殿に案内していただいてもよろしいですかな?」

「ええ、ではこちらに……。実験室は地下にあります」


 レイチェルはランプをかざして奥に向かって先導する。建物自体は一万年前のものであり、廃墟に近い状態だったが、レイチェルにとっては幼少より慣れ親しんだ場所である。それに、つい数ヶ月前も来たばかりなのだ。変わり果てた姿、そして漆黒の闇の中のランプの薄明かりでも、どこに何があるかは分かる。


 レイチェルはウォルターたちを引き連れ、ホールの右奥に向かって歩いて行く。その突き当たりに、かざしたランプに照らされて二つの扉があった。


「レイチェル殿、この扉は?」

「地下に行くための昇降機です。私たちの時代ではリフトと呼んでいました」

「扉が二つありますが……」

「ええ、右側のリフトは上の階行きなのです。左側が地下実験室に向かう専用のものです」

「なるほど」


 二階より上が吹き飛ばされている以上、右側のリフトは意味が無い。問題は、左側のリフトである。

 そして、レイチェルが、リフトが稼働するかどうかベスに確認させようとした時だった。


「ん、これは、何か、焦げた跡でしょうか?」


 不意に、リンツが手に持っていたランプをリフトの左横の壁に向けた。白い壁にランプの光が当たりぼうっと照らされる。ちょうど胸から腰の高さぐらいのところにかけて、直径が手のひらほどの、黒く煤けたような丸い跡が、幾つかあった。

 ウォルターとレイチェルもランプをかざして観察する。


「本当だ。だが、焦げ跡にしては妙だな」

「何かが燃えた跡には見えませんわね……」




挿絵(By みてみん)




 だが、奇妙な痕跡はそれだけではなかった。


「お、こっちもだ。隊長、これを見てくだせえ」


 今度は、エドモンドが、近くの柱に明かりを向けると、柱にも焦げた跡が幾つかあり、さらには、右上から左下に向かって斜めに(えぐ)られた激しい傷が見られたのだ。


「ふーむ、剣で切りかかった跡にも見えるが……」

「何でしょうか?」

「レイチェルさんは、何か分かりますかい?」

「ええ、ちょっと待って下さい。ベスに聞いてみます」


 レイチェルはすでにベスの存在をウォルターたちに告げていた。もちろん、脳内に取り付けた高性能センサー付きの超小型コンピューターアシスタントなどと言っても理解できないので、クリスに伝えた時と同じように、大雑把に「頭の中に優秀な使い魔を飼っていて、いろいろ助けてくれる」と教えただけだったが。だが、この時代の人間たちには、事細かに説明するよりもその方が納得しやすいのだ。


(ベス、この柱とリフト横の壁を調べて)

(了解。分析開始します……。まず、リフト横の壁にある跡は、レイガンと同じような何らかの指向性エネルギー兵器によるものと思われます。ただし、全く未知のテクノロジーに基づく武器のため、それ以上は不明です)

(えっ?)


 レイチェルは、リフト横の壁を振り返った。


(未知のテクノロジー……?)

(はい。どのようなエネルギーを使用しているかは、発生原理も含めてこのサンプルだけでは特定できませんが、少なくとも、私のデータベースには同等のテクノロジーは登録されていませんでした)

(どういうことかしら……)


 BICのデータベースにはもともと大量のデータが含まれているだけでなく、レイチェルが軍事基地で働いていたこともあって、ベスには武器や兵器のデータも新たにインプットされていた。そのベスのデータベースになく、しかも、未知のテクノロジーを用いられた武器というのは、腑に落ちないものがあった。


 ベスの分析は続く。


(それと、この柱の焦げた跡からは、レイガンの痕跡を検出しました。こちらは荷電粒子、おそらくバリオンを使用した通常のものです。そして、斬られた損傷は、鋭利な金属でつけられたものと思われます)

(そう……。どうして、柱に斬りつけるようなことをしたのかしら……。それに、この柱にここまでの傷をつけるなんて……。ねえ、ベス。いくら鋭利な金属でも、こんな痕がつくの?)


 レイチェル自身もこの柱の材質が何か知らなかったが、このような大規模な建物を支えるものだ。相当に頑丈なはずである。いくら鋭利な金属でも、このような抉られた痕が付くのが不思議だったのだ。

 

(はい。損傷部表面の分析から、この金属は何らかのエネルギーを(まと)った状態であったと考えられます)

(えっ、エネルギー? それって、レーザーソードじゃないの?)


 レーザーソードは、特殊レーザーを使った非実体剣であり金属を使用しない。その一方で、何かの金属にエネルギーを纏わせるようなテクノロジーは聞いたことがない。レイチェルは、この分析結果が意外だった。

 だが、ベスの回答はさらに予想に反するものだったのだ。


(レーザーソードとは異なります。この時代で言うところの『魔道』のエネルギーと同じものだと思われます)

(なんですって?)


 驚きのあまり、レイチェルは呆気にとられた。


(損傷部表面の分子構造、ならびに、これまでこの時代で蓄積された魔道に関するデータを総合すると、99.99%の確率で間違いありません)

(そんな……、でも、一万年前の建物から、魔道の痕跡が検出されるって、一体どういうこと……?)


 自分の時代に魔道が使われていたなど聞いたこともない。もしそれが事実なら、どう考えても世紀の大発見として、自分の耳に入ってこないはずがないのだ。


(私の時代には、魔道なんて存在していなかったはず……)


 レイチェルは、どう理解していいのか分からず、自分の思考に沈んだ。


「レイチェル殿、どうされました? 何か分かりましたか?」


 レイチェルの驚いた表情を見て取ったのか、ウォルターが話しかけてきた。レイチェルが、我に返り、ここまでのベスの分析を説明する。


「え、ええ……。やはり、この柱とリフトの横の壁にあるのは交戦の跡のようです。ベスの分析によれば、私の時代の武器、そして、未知の科学技術を使った武器、さらには、柱の傷からは、魔道の痕跡が検出されたそうです」

「未知の科学技術に……、魔道ですと? だが、確か、旧文明時代には魔道は存在しなかったとおっしゃっていたのでは?」

「ええ、それはもちろんです。私自身もこの世界に来るまで、本当に魔道が存在するなど聞いたこともありませんでしたわ」

「でも、それでは一体……」

「レイチェルさんの、ベスとかいう使い魔の見立ては間違いないんですかい?」

「それは、もう。私よりはるかに優秀ですから……」

「ふーむ」


 思案に暮れる一同。


(でも、どういうことかしら……)


 ベスの分析に間違いはないだろう。そして、もしそうならば、誰かが一万年前に魔道を使ったのだ。

 確かにそれは、論理的には不可能なことではない。自分の時代の人間と、この時代の人間は大きく変わっているわけではなく、DNA解析でも有意な差はなかった。逆に言えば、この時代の人間ができることは、自分たちでもできる可能性がある。事実、レイチェルは、クリスに教えてもらった氷の呪文を、ベスの力を使ったとはいえ発動させたではないか。しかも、彼らが「魔幻語」と呼ぶ魔道を発生させる言葉は、自分たちが話す惑星共通語なのだ。


 だが、驚くべきことはそれだけではなかった。


「あれ? なんでしょうか、これは?」


 俯いて考えに沈んでいたリンツが、ふと何かに気がついたのか、柱のそばの床をランプで照らした。


「どうした、リンツ?」

「これを見てください」


 リンツが、しゃがみこんで、目の前の床を指し示す。

 そこには、何らかの薄い跡が広がっていた。


「これは……」

「もしかして、こりゃあ、血痕じゃないですかね……」

「ああ、劣化が激しいが、おそらくそうだろう」


 もう、ほとんど色素が抜けて色も薄く、赤い色も一部にしか残っていないが、確かに血痕のように見える。しかも、大量の出血だったのか、薄い色が広範囲に広がっていた。


「……だとすると、ここで行われた戦闘で、誰かが相当に深い傷を負ったことになるな」

「ですね」

「ま、まさか……」


 嫌な予感を感じて、すぐにレイチェルはベスに分析を命じる。


(ベス、この血液のDNAを調べて)

(了解)


 この研究棟には、父と妹の他にも数名の研究者、また、事務や棟の管理を担当する職員など、複数の人間がいた。ここに血痕があるからといって、すぐに家族のものとは限らない。だが、レイチェルは胸騒ぎを抑えることができなかった。


 しばらくして、ベスの声が脳裏に響く。


(解析終了しました)


 緊張のあまり、ハッと身を硬くするレイチェル。


(誰のだったの? 私が知ってる人?)

(はい、この血痕はアマンダ・エリオットのものです)

(え……うそ……そんな……)


 レイチェルは、床を見つめたまま、あまりのショックに力が抜けそうになる。

 この大量の血痕。それは、自分の妹のものだったのだ。





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