家族の痕跡(3)
(ね、ねえ、ベス、本当にアマンダの血液なの?)
BICのセンサーは高性能であり、高度な分析能力を備えた人工知能も優秀である。ベスが断定して間違うことなどないのは分かっている。しかし、レイチェルはどうしても確認せずにはいられなかった。信じられなかったのだ。
(はい。サンプルの劣化が激しいため、ミトコンドリアDNAによる基本解析しかできませんでしたが、塩基配列ならびにその他のDNA特性分析の結果が、全くあなたのものと同一です)
(あぁ……)
そこまで聞いて、決定的な証拠をつきつけられたかのような衝撃を受けて、レイチェルはうなだれた。
自分と同一のDNA。
レイチェル自身はこんなところで重傷を負った記憶がない。自分ではない以上、結論はひとつしかなかった。そして、ベスも同じ結論に達したのだ。
(……すなわち、これはあなたの一卵性双生児の妹、アマンダ・エリオットのものと考えられます)
アマンダと自分は一卵性双生児だった。そして、特殊な例をのぞいて、一卵性双生児はDNAが同一なのである。
(また、血液の広がり方から考えると、致命傷に近い、相当な重傷と思われます)
(そんな……)
こんなところで、一体なぜ戦闘などが起こったのだろうか。未知の武器や、魔道まで出てくるのだ、おそらく強盗や物盗りなどではなかっただろう。
自分が見た映像は、ミサイルによる攻撃だけだった。それに、同士討ちといっても、基地が勝手に暴走しただけで中の人間は正常だったのだ。
あのミサイル攻撃で家族全員が無傷で逃げられる可能性は高くはないと思っていた。そして、家族の誰かが亡くなっていてもおかしくないと、心の何処かで覚悟もしていた。
だが、自分の思い入れのある場所で武器による戦闘が行われ、しかも、アマンダが致命傷に近い重傷を負ったなど、全く予想外のことであり、それだけにそのショックを受け止めきれないのだ。
(まさかここで……。アマンダ……)
最悪のシナリオが、レイチェルの頭に浮かぶ。
もちろん、アマンダが若くして非業の死を遂げようが、無事に生き延びて天命を全うしようが、一万年が経ってしまった今の時点では、すでに亡くなっていることに変わりない。しかし、ことは家族の話である。自分の妹が若くして無残に殺されていたなど、想像するだけで身が引き裂かれる思いだった。しかも、その血痕が目の前にあるのだ。
「何か……、分かりましたか?」
ウォルターが、ややためらうようにレイチェルに尋ねた。おそらく、良くないことだろうと、察したに違いない。
「はい……、これは私の妹の血のようです……」
「何ですと?」
「ホントですかい?」
そして、レイチェルはベスの分析結果を伝える。
「なんという……」
「そ、それは……」
「……」
発掘隊の面々は、まるでレイチェルに掛ける言葉を失ったかのように、ただうつむいて黙っていた。みな、この血の量が意味していることが分かっているのだ。そして、しばらくの沈黙の後、ウォルターが口を開いた時、彼は全く別のことを言った。
「……レイチェル殿」
「はい」
「先に小屋に戻りますか?」
「えっ?」
「今日一日ぐらい、私たちだけでも何とかなります。一旦、小屋にお戻りになって落ち着かれた方がいいのでは? 誰かに送らせますので」
「いえ、大丈夫です。というより、ここにいさせてください。一体ここで何が起こったのか、私も知りたいのです」
「レイチェル殿……」
ウォルターがレイチェルを測るように見つめる。
レイチェルはまっすぐに見つめ返した。自分が言ったことは本心だった。このまま、何が起こったのか分からずに引き返しても、気が休まるとは思えない。
ややあって、ウォルターがため息を付いた。
「……そうですか。そうおっしゃるのなら、お止めはしません。私たちとしても助かりますし。ですが、くれぐれもご無理はなさらないでください」
「はい。ありがとうございます」
「それにしても、驚きやしたぜ。このようなことまで血痕を見ただけで分かるなんて、まさにレイチェルさんは科学者というよりは大魔道師ですな」
事が事だけに遠慮がちだったが、エドモンドはいかにも感心した様子だった。
その横で、リンツも頷く。
「いえ。私が優れているのではなくて、科学力のおかげです。私自身は大したことはしていませんわ。それに、私の時代では、『十分に発達した科学は、魔法と見分けがつかない』という言葉があります」
「ははぁ。それは、なかなかの至言ですなあ。私らには、魔道にしか見えませんから」
「まあ」
「ははは、では、行きましょうか」
ウォルターの声に、一行は、再びリフトの前に集まった。
レイチェルは、ベスにリフトの動作を確認する。
(ベス、このリフト、正常に作動する?)
(確認中……。はい、異常は見当たりません)
(そう。ありがとう)
レイチェルは、リフトの前に立つと、扉の右側に備え付けられている生体認証装置に自分の右手の手のひらを当てた。
軽い電子音が聞こえて、扉が開いた。中はライトが点灯しており明るい。漆黒の闇とランプの光に慣れていたため、まさに光の洪水のように感じる明るさに、一同は目を瞬かせたり、手をかざしたりした。
リフトは、十数人程度乗れるやや大きいもので、中は土砂の流入もなくきれいなものだった。まさに、レイチェルがこの世界で目覚める二週間前に乗った時と同じであった。
レイチェルが先に乗り、扉のそばに立ち、皆を招き入れる。
「さあ、どうぞ、みなさん乗ってください」
リフト自体は、何の変哲もないものであったが、発掘隊の面々には珍しいものであったのか、中に入ると、あちこちを見回している。レイチェルは、ボタンを押した。
扉が閉まり、リフト内が微かに揺れ、装置の駆動音が聞こえてくる。
「な、なにか体が浮いているような……」
「地下に降りていますので、そういう気がするのです」
「な、なるほど」
「我々は、別の遺跡で昇降機に乗ったことがありますが、なかなか慣れないものですよ」
ウォルターは、肩をすくめて苦笑したが、ウォルター自身はもう慣れてしまっているのか、それとも動じない性格なのか、平然としていた。
「レイチェルさん、さっき、掌を壁に当てておられましたが、あれは何だったんですか?」
一番扉側に立っていたリンツが、手すりにつかまりながら、レイチェルに尋ねる。
「生体認証です」
「生体認証?」
「ええ。あらかじめ、自分の体を機械に登録しておき、リフトに乗るときに、自分であることを証明するのです」
「なるほど。それは、フィンルートの遺跡で見たものと同じようなものですな。レイチェル殿、それは、私たちも登録することは可能ですか? あなたしかリフトの操作ができないとなると、今後の調査に不便だと思いますので」
「ええ、それは問題ないと思います。たぶん、地下の部屋に行けば設定できるはずなので」
実験室内にある、基幹制御システムで登録できるはずだった。
「それは、助かります」
しばらくすると、リフトが減速しているのか、やや重量がかかったような感覚がして、リフトの動作音が止まった。
再び、ピンと軽い電子音が聞こえて、扉が開く。
「ここは……」
「雰囲気がかなりちがいやすね」
一階とは異なり、着いたところは、暗い色の壁と床だった。
リフトを降りると、昇降ホールがあり、そこから幅の広い廊下がまっすぐに伸びていた。廊下の両側には扉が見える。
フィンルート遺跡の軍事基地と同じように、ここでもぼんやりと赤い非常灯がついていた。これは即ち、少なくとも、最低限のシステムと動力が生きていることを示していた。
「ここは、一階と違って明かりが灯されていますな」
「ええ、でも、これは非常灯で暗いので、もう少し、明るくできるかやってみます」
「ほう」
(ベス、研究棟の環境制御システムは動いてるの?)
(確認中……。休止モードですが、正常に作動しています)
(そう。それなら、システムにリンクして、廊下の灯りをつけてくれる? 照度は抑えめでね)
(了解)
ベスの返事と同時に天井に組み込まれていた照明が明るく光り出す。
「あっ」
「明るくなった」
「こりゃ、すげえですな。やっぱりレイチェルさんは大魔道師ですぜ。呪文も唱えず、暗い廊下を明るくできちまうんですから……」
「いえいえ」
レイチェルは苦笑いする。自分からすると、幻術士が先ほどやったように、呪文を唱えただけで鬼火を出すほうが、よっぽど、驚愕すべきことなのだ。
「これなら、ランプはいりませんな」
「そうですね。どの部屋も明かりはつくと思いますので……」
「なら、ランプは消しときましょう」
エドモンドは、ランプをレイチェルから引き取って消し、自分の分と合わせて腰のベルトに下げた。ウォルターとリンツも自分のランプを同じように腰に吊り下げる。
幻術士も鬼火を消した。
「これで、ようがす」
「では、手前の部屋から順番にご案内します。参りましょう」
「はい」
「へい」
レイチェルは、廊下の突き当りにある実験室に行きたい気持ちもあったが、それよりも、家族の痕跡を調べたい気持ちの方が強かったのだ。この地下には、実験室の他に、研究者が寝泊まりできる部屋が三室、そして、倉庫とキッチンが設けられており、廊下の両側に配置されていた。それらの部屋のいずれかに、もしかして家族の手がかりが残されているのではないかと考えていた。
すでに一階の血痕から、アマンダがここにいたことは分かっている。だが、両親は? そして、アマンダは重傷を負った後どうなったのか? どうしてもそれが知りたかったのだ。
レイチェルは、まず一番手前にある部屋に向かった。扉を開けると、そこは宿泊用の部屋だった。机が一つと簡易ベッドが二台、クローゼット、そして、トイレとバスルームがあるだけの簡単な作りである。
「レイチェル殿、ここは? 個人的な寝室のように見えますが……」
「ここは、研究者用の宿泊室です。泊まりこみで実験しなければならない時などには、ここに寝泊まりするのです」
「ほう」
中に入って、ベスに明かりをつけさせ、設備の一つ一つを簡単に説明する。その合間に、レイチェルは、机の引き出しを開けたり、クローゼットの中を覗き込んだりして、何か家族が残していったものがないか探していた。
だが、残念なことに、それらしいものは全く何も残されていなかった。
(こう何もないんじゃ、どうしようもないわね……)
紙や衣類の切れ端も残っていない。あるのはただ、元々から取り付けられている家具、そしてライトなどの器具類だけである。あまりに何もないので、この部屋を使ったのかどうかすら分からなかった。
「次に行きましょう」
「ええ」
「へい」
ウォルターたちは、まだこの部屋の設備をじっくり見たいようだったが、とにかく一旦すべてを見てからと思い直したのだろう、レイチェルの後についていく。
レイチェルは部屋を出て、そのまま廊下の反対側の部屋に入る。これも宿泊室で、先ほどのと間取りは全く同じである。この部屋と、その隣までが研究員用の宿泊室となっていた。
家族の痕跡を探し求めながらも、レイチェルは、扉を開けるたびに、ある種の恐怖を感じていた。もしかすると、見つけたくないもの、例えば、白骨死体を見つけてしまうかもしれないと思ったのだ。
だが、その不安に反して、全く何も見つからなかった。まるで、部屋が一切使用されなかったようにみえるほどである。
(何も残っていないのかしら……)
だが、半ば諦めて最後の宿泊室に入った時、その手がかりを発見する。
部屋に入って、ベスが明かりをつけた瞬間、レイチェルは、何かが机の上に置かれているのに気がついたのだ。
「あっ」
思わず声を上げ、机に駆け寄る。
机の上に、ポツンと置かれていたもの。それは、ハードカバーの大きめの手帳だった。
(こ、これは……)
ウォルターたちも、レイチェルのそばに寄ってきた。同じ造りの部屋を既に二つ見ているので、この部屋よりも、レイチェルが発見したものの方が興味を引いたらしい。
「それは、書物か何かですか?」
リンツが背後から問いかけてくる。
だが、レイチェルは首を振った。
「違います。これは……、ホログラムダイアリー……、日記帳です」
それは、レイチェルの時代では極めて珍しい紙製の日記帳を真似て作られているものだった。ただし中身は、ホログラムを含むあらゆるメディアに対応する記録再生装置である。それぞれのページが紙と同じ厚さと質感の超薄型可撓性ディスプレイとなっている。そして、アンティーク風のイメージを出すため、古ぼけた茶色のハードカバーの表紙に、錠が備わっていた。とはいっても中身は最新のロックシステムであり、無理やりこじ開けたりはできない。
「ほう、日記帳ですか。今のものとあまり変わりませんな」
「いえ。見た目は紙に見えますが、全く異なる素材なんです。それに、これは中身が機械になっているのです」
「これが、機械ですか。単なる紙の帳面のようにしか見えませんが……」
「旧文明では、日記帳まで機械なんですね」
「ええ」
(それに……、私の勘違いでなければ、これは……)
しかも、レイチェルはこの日記帳に見覚えがあったのだ。
(ベス、このホログラムダイアリーのユーザータグを読み取れる?)
(はい。持ち主はアマンダ・エリオットです)
(やっぱり……)
やはり、妹の日記帳だったのだ。
レイチェルは、これを自宅でアマンダが使っているのを見たことがあったのだ。
(これで、全てが分かるかもしれない……)
ここにこのようにして置かれている以上、家族の消息、そして、この惑星で何が起こったのか、自分の知りたかったことが、全て書いてある可能性が高い。きっと、アマンダはミサイル攻撃の後も、日記をつけ続けたのだ。
レイチェルは、これで、全ての謎が解けることに興奮と緊張を抑えられず、やや手を震わせながら表紙を開こうとして、そこで手を止めた。
(う、うそ、鍵がかかってる……)
鍵がなければ、このホログラムダイアリーは作動しない。レイチェルは必死に辺りを探し始める。だが、目を皿のようにして机の上を探したが、見当たらなかった。引き出しを開けて中をのぞき込んだが、そこにもなかった。
「レ、レイチェルさん、どうしたんですかい?」
その様子に、なにか感じたのだろう、エドモンドが尋ねる。
「鍵がないんです。きっとこの日記帳には、ここで何が起こったのかの手がかりが書いてあるはずなんです。でも、鍵がないと見ることができません」
「おお、それは、いけませんな」
「みんなで、探しやしょう」
だが、ウォルターたちにも手伝ってもらって部屋中を探したが、出てこなかった。もとよりこの部屋には何もないため、ないことを確認するのは簡単である。それに、日記本体だけでなく、カギの方も復古趣味に合わせて作られており、中世の黄金のカギを模したものである。ウォルターたちも見落とすことはないだろう。
「ありませんな……」
「壊して、無理に開けるわけにはいかないんですかい?」
「ええ、そうすると中のデータが全部消えてしまうのです。言ってみれば、白紙に戻るようなものです」
「はあ、すごいですねえ」
リンツが感嘆の声をあげる。
日記帳の鍵は、システムと連動していて、無理にこじ開けたり、鍵の複製が差し込まれると、セキュリティのためデータが消える仕様になっているのだ。
「もしかして、その日記帳は妹さんのですかい?」
「はい」
「ということは、やはり、妹さんもこちらにおられたのですな」
「ええ、そうなりますわね……」
レイチェルは、落胆するとともに、この日記帳がもたらした新たな謎を解けないでいた。
(でも、おかしい……、なぜ、これだけがここに……)
居住棟が破壊されて、アマンダがここに避難していたと考えれば、一階の血痕も、この日記帳がこの部屋で見つかった理由も説明がつく。問題は、なぜ他の荷物がないのに、これだけが残されているのかだった。
しかも、日記帳はわざわざ見つかるように置かれているのに、鍵がないのはなおさら不自然な話だ。要するに、日記は見つけてほしいのに、中身は見られたくないということを示唆しているのだから。
アマンダは頭脳明晰な科学者である。その彼女が、理由もなくこのような真似をするはずがない。必ず、何らかの意図があったはずだ。問題は、それを自分が理解できないことにある。
(いったい、どういうことなの? ここに何が書いてあるの? アマンダ……)
レイチェルは、もどかしい気持ちを抑えられずに、思わず日記を胸に抱きしめていた。




