エピローグ
次の日、 国王たちに別れを告げ、再びメルシュ近郊までテレポートで送ってもらったクリスたちは、今度は何事もなくアルトファリア国内に入り、一路国境の町ルートンを目指していた。今夜はそこで一泊し、翌朝アルティアに向けて出発するつもりである。
「ああ、やれやれ、ようやくここまで帰ってきたな」
アルトファリアーカトリア間の自然的国境をなす、ヴィラン連山を通りぬけ、何もない草原と丘陵部をひたすら歩くと、ようやく小さな集落や田畑がチラホラと見えてきた。ルートンまで、もうそう遠くはない。
先日、この道を通ってアルティアに戻ったときは、キャセルとの試合に勝つための方策を得るために一時帰国しただけだった。今回は、全てのミッションを片付けての帰還である。そのため、帰ってきたという感慨が、クリスたちにはあった。
夜が明ける前に王宮を出て、すでに、日は中天に昇っている。
「そうね、もう少しで、ルートンまでテレポート出来る距離になるわ」
「おお。そりゃ、ありがてえ」
「全くだ。これまで、ただひたすら歩いていたことを考えると、時間の節約になる」
「ケッ、おめえも、なかなか役に立つようになってきたじゃねえか」
「フン、なによエラそうに」
パルフィが鼻を鳴らして、そっぽを向く。
「まあまあ。それにしても、すごいミッションだったっていうか、いろいろあった旅だったねえ。単なる書類の配達のはずだったのにさ」
感慨深げにクリスが言うと、隣を歩いていたパルフィがいかにも他人事のように同調した。
「ホントよねえ。お疲れさまだわよ」
「え、いや、君もその『いろいろあったこと』の中に入ってるっていうか、君がその張本人なんだけど……」
「え?」
意味がわからないという顔をするパルフィにグレンがツッコミを入れる。
「当たり前だろうが。カトリアに来るミッションから始まって、何から何まで全部てめえが原因なんだからな」
「え、……あ、そっか。……ゴメン」
シュンとしてうなだれるパルフィに、グレンが励ますように言った。
「バッカ、責めてるんじゃねえって。おめえのおかげで、すげえ経験積ませてもらったってことだよ」
「そのとおりだぞ、パルフィ」
「そうだよ。国王ご一家と謁見があって、王宮に住まわせてもらって、シルバードラゴンと仲良くなって、ただの伝説だと思ってた魔族とも遭遇して」
「そんで、おめえの覚醒だろう」
「しかも、クリスが一度死んで生き返るというおまけ付きですよ」
「おかげで、国宝級の装備も賜ったしな」
「たしかに、一生に一度あるかないかの旅だったな」
「僕さ……」
はは、と苦笑いするクリス。
「マジスタって、もっと地味な仕事かと思ってたよ」
「あはは、そういやそうだ。いや、普通はそうなんだろ? まあ、いいじゃねえか、これはこれで、楽しかったしよ」
「いい修行にもなったしな」
「ホントよね」
「ケッ、おめえが言うなってところだが、今回は感謝してやるぜ」
「フンっだ」
「あ、そういえば、パルフィ。ルーサー王子から水晶はもらえたのですか?」
ふと思い出したように、ルティが尋ねる。
「ええ、バッチリよ。昨日のうちにサン・オーシュから取り寄せてくれてたみたい」
パルフィが、カバンから親指大の鉱石を取り出した。
「ほら」
「へえ、何だか変わった水晶だね」
クリスたちが興味深そうに覗きこむと、それは青みがかった透明の石だった。
「これでランク4のミッションを引き受けることができますね」
「だな。しかも、ギルドで引き受けて、その場でほらよってその石を渡せば終わりだろ。ボロいな」
「うむ。ランク2で、4を遂行できれば我らの評価も上がるだろう」
「それに、報酬もすげえんじゃねえか」
一般に、高ランク向けのミッションほど報酬が高い。普段、ランク2のミッションでもらっている報酬よりははるかにいいはずであった。
「そうだな。だが、そのような小さな欠片一つで良かったのか? ミッションには少ないのではないか」
「ふふふ、心配ないって」
パルフィがカバンをごそごそと探して、得意気に取り出したのは、掌には載りきらないほどの大きな結晶だった。
「これならどう?」
「ほう」
「げ、そりゃ、欲張りすぎじゃねえのか?」
「何言ってるのよ。念には念を入れとかなくちゃね」
「ちゃっかりしてるな」
「フフン、褒め言葉として受け取っとくわ」
「でも、そんなに大きい水晶、重くない?」
「それが、不思議と軽いのよ、ちょっと持ってみてよ」
「う、うん」
クリスが半信半疑で、両手で受け取ると、確かに軽かった。
「ほ、ほんとだ。石とは思えないくらい軽いね」
「でしょ」
「どれ、私にも触らせてくれ」
「オレも」
ミズキたちがひと通り、石を順番に回して重さを確かめ合う。
「たしかに、軽いな」
「不思議ですね」
「まあ、こんな不思議な石だから、ミッションのネタになるんだろうけどね」
「何に使うのかしら?」
「さあな。魔道の実験か何かじゃねえのか」
その時だった。突然、街道の先、クリスたちの少し前方で、黄色く輝く筒のような光が現れたのだ。テレポートの光である。
「ん、だれかテレポートしてくるよ」
「誰だ?」
光の柱が消えた時そこにいたのは、黒いハーフローブを着た一人の幻術士だった。
年齢は50才ぐらいで銀色の髪を短く刈り上げ、目付きが鋭く、幻術士にはあまり見ないような、がっしりとした体格である。しかも、うかつに近づくと問答無用で斬られるような、何か近寄りがたい物騒なオーラをまき散らしていた。
「あの人、どこかで見たことあるような……」
「あ、幻術士のグスタフじゃない?」
「えっ?」
「ほら、フィンルート遺跡でベルグ卿の副官だった……」
「ああ、あやつか」
「だが、何の用だ?」
テレポートから出現すると、グスタフはクリスたちに向かって歩いてきた。そして、やや距離をとって立ち止まる。
「久しぶりだな。お前たち。探したぞ」
「オレたちに何の用だ?」
警戒した声でグレンが問い詰める。最後に会った時、グスタフはベルグ卿の命令でクリスたちを殺そうとした相手であり、同時に、瀕死の重傷を負ったパルフィたちを助けるためにエミリアをテレポートで連れてきてくれた人物でもある。その後、彼がどうなったのか、クリスたちは聞いていなかった。そのため、敵か味方か、今のグスタフの立ち位置が分からないのだ。
「フン、小僧どもが。相変わらず、威勢だけはいいようだ。まあ、いい、こうしていても時が移る。お前たちには、ある場所に来てもらう。お前たちに急ぎ、御用のある方がいるのだ」
「もうベルグ卿は死んじゃったんだから、あたしたちに用なんてないでしょ」
「用があるのはベルグ卿ではない」
「じゃあ、誰よ?」
「行けばわかる」
「おいおい、そんなのでついて行くわけねえだろうが」
「……」
グスタフは埒があかないと思ったのか、首を何度か振って、呪文を唱え始めた。
「いかん、みんな応戦するぞ!」
「おお」
それを見て、グレンとミズキが剣を抜き、クリスたちの前に出る。同時に、クリス、パルフィとルティは、グレンたちからやや後方に下がって、呪文を唱える。
グスタフはランク5であり、自分たちは2である。本来なら、戦ってはいけないランク差なのだが、すでに逃げる機会を失っていた。この状態で背を向ければ殺されても文句は言えない。連れて行かれたくなければ、戦って勝つしかないのだ。
そして……。
「くっ、お前たち……、本当に初級ランクなのか?」
激しい戦闘の末、グスタフはやや呆れたような声を上げると、疲労困憊の体で地面に崩れ落ちるように片膝をつき、大きく息を喘がせ、クリスたちを見上げた。
彼の体は、あちこち傷だらけであった。
「ランク5の私をここまで手こずらせるとは……」
「やかましい、オレたちをどうするつもりだ」
「これ、ほどいてよ!」
だが、クリスたちの方は見る影もなくボロボロにされた上に、全員光の輪で体を腕ごと縛られていた。
通常、ランク2と5というのは、あまりに大きい差であり、たとえランク2が5人いようと、あっという間に叩きのめされるのがオチである。しかし、クリスたちは、レイチェルに習った魔幻語の発音と、さらに、国王からもらった国宝級の装備で、攻撃力が相当に上がっており、かなり善戦したのだった。
グスタフは、クリスたちを殺す訳にはいかないらしく、完全に本気で攻撃してきたわけではないが、それを差し引いても驚くべき粘りだった。
とはいえ、さすがにランクの差がありすぎた。クリスたちの抵抗むなしく、結局は、全員グスタフの光の輪で縛られ、突っ立ったまま身動きが取れなくなったのである。
「言ったであろう。あるお方のところまで来てもらうだけだ」
それだけ言い放つと、よろよろと立ち上がって、印を組み呪文を唱え始める。すぐに、光の筒がクリスたちを包み込む。
「む、いかん、テレポートするつもりだ」
「くそっ、この輪っかが外れねえ」
「ちょっと、あんた、どこに連れて行こ……」
パルフィが言い終える前に、ブーンという音がして、光の筒が消えた時、グスタフもそしてクリスたちも消えてしまっていた。
あとに残るのは、風にたなびく草原だけであった。
これにて、『公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活』第三巻
『幻術の国の王女』完結です。お読みいただきありがとうございました。
お読みいただいた方からの、ご意見・ご感想・評価など、とても
励みになります。執筆速度も上がりますので(笑)、ぜひよろしく
お願いいたします。
いよいよ、第四巻では一万年前の謎が明らかにされます。
次巻でのクリスたちの活躍をお楽しみに!




