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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第三巻 幻術の国の王女
81/157

死闘の果てに(2)

 

 その時、クリスたちから少し離れた大祭殿の隅に光の柱が現れた。誰かがテレポートしてきたのだ。

 光が消えた時には、護衛と思われる数名の幻術士を従えて国王が立っていた。そして、アルキタスの姿を認めると足早にこちらに向かってやってくる。

 茫然自失の体でパルフィを見つめていたクリスたちは我に返り、慌てて頭を下げた。


「アルキタス」

「陛下。ここは危のうございますぞ」

「構わぬ、娘の危機だ。む、こ、これは……」


 国王は、幻術士たちの向こう、大魔法陣の中央にいるパルフィに気が付いたらしく、驚きと苦渋の表情を見せた。

 幻術士団は彼女を取り囲むように陣を敷いているが、互いにやや離れているので、最後方にいるアルキタスとクリスたちからもその姿ははっきりと見える。

 パルフィは相変わらず光の鎖を振りほどこうと必死に手足を動かし、もがいていた。


「な、なんということだ……、あれは、本当にわが娘なのか……。まるで獣ではないか……」


 身体から放出される禍々しく強力な魔力を感じさせるオーラ、毒々しく真っ赤に輝く瞳、逆立つ髪、そして、理性のかけらも感じられない怒り狂う様。それは、ひと目で深刻な状態を見て取るのに十分すぎるほどだった。


「……して、状況はどうなのだ?」 


 国王は、もぎはなすように視線を愛娘からそらし、アルキタスに尋ねる。


「覚醒が始まってから、すでに一刻ほどたちましたが、殿下のご様子には変わりありませぬ。また、この先どうなるのかもはっきりしたことは、まだ……。ただ、ご自身でオーガスタスの力を呼び起こしたとはいえ、力に飲み込まれているのは百年前の一件と同じにございます。おそらく、殿下も同様の経過をたどられるのではないかと……」

「……助ける方法は……ないのだったな?」


 国王は絞り出すかのような声で問うた。おそらく、こうなる前から何度も議論したのだろう。すでにパルフィを救う方法がないのが分かっているようだった。


「恐れながら、現在の我が国の幻術では、お体を押さえつけておくことが精一杯。覚醒したオーガスタスの力を元に戻すのは……」

「くっ、何ということだ……。こんなに早く目覚めてしまうとは……」


 そのとき、


 オオオォォォ


 パルフィが雄叫びを上げた。

 それまでは光の鎖を振りほどこうとただもがいているだけだったが、それをやめて、何か力を込めるようなしぐさをした。

 すると、彼女の右手からエネルギーのようなものが噴出し、それを縛っていた光の鎖を逆流して幻術士たちに到達した。


「ウワワァァァ」

「ギャアア」


 逆流した力をまともに食らって、幻術士たちはまるで巨大な雷に撃たれたかのように放電しながら弾き飛ばされる。

 同時に、その者たちが掛けていた鎖の呪文が解除された。

 右手の自由を取り戻すパルフィ。


「いかん、皆、持ち場を離れるな!  回復士!」


 ルキウスの叫び声に、回復士たちが弾き飛ばされた幻術士の元に駆けつけ、治療のための呪文を唱える。


 オオオォォォォォ


 パルフィは、自由になったその手を高々とあげ、紫の光球を出す。

 そして、そこに向かって光球を投げつけた。


「ウワアアア」

「ぐああ」


 あらかじめシールドが何重にもかけられていたらしく、直撃は免れたが、幻術士と手当をしていた回復士たちが衝撃波の強さで吹き飛ばされ、床や壁にたたきつけられる。

さらに、


「ダメだ!」

「こ、今度は左手が」

「ウワアアァァ」


 同じように、パルフィの左手を縛っていた幻術士がエネルギーの逆流により何人も弾き飛ばされる。

 そのせいで左手を縛っていた光の鎖のうち半分が消えた。


「ええい、左手を援護しろ。皆、何としても持ちこたえるのだ!」


 幻術士たちの悲鳴ともつかぬ叫び声と、ルキウスの叱咤激励が辺りに響き渡る。

 必死で呪文を唱え続ける幻術士たちだったが、光の鎖を通して逆流する力がよほど強力らしく、次々と幻術士たちが行動不能にさせられていく。

 懸命に光の鎖を維持しようとするが、だんだんパルフィの魔力に対抗できなくなりつつあった。


「こ、これ以上抑えられません」

「殿下の力が増大しています!」

「耐えろ、耐えるのだ!」


 ルキウスの声が虚しく響く。

 

「やはり覚醒が進行しているのか……」


 幻術士たちの叫びに、アルキタスが苦しげにつぶやくのをグレンが聞きとがめた。


「どういうことだ、お師匠さんよ。もうヤツの力は完全に目覚めたんじゃなかったのか?」

「何を言う、オーガスタスの力が覚醒すれば、大都市の一つや二つ簡単に滅びると言うたじゃろう。こんなものまだまだ先触れ程度の力じゃ。この力は一時いちどきに表れるのではなく、徐々に覚醒していくのだ」

「マジかよ……」

「それでは、老師は、パルフィの力が今も強くなっていると申されるのですか?」

「そうじゃ。だが、今の殿下のお体では、オーガスタスの力をすべて受け止めることは不可能。もうお体の負担が限界のはずじゃ」

「……」


 クリスたちは悄然とパルフィを見つめる。限界を越えれば、パルフィは爆発するのだ。


 そのときだった。まるでアルキタスの言葉が真実であると証明するかのように、


 グワアアアアアア


 突如、パルフィが耳を塞ぎたくなるような叫び声を上げた。これまでとは違う、まるで苦痛に耐えかねるような雄叫び。そして、鎖に縛られながらも、身を悶えさせる。


 ギャアアアアア


「パ、パルフィ!」

「ど、どうしたってんだ?」

「いかん、やはり殿下のお体が持たんのじゃ」


 それに伴い肉体が変質を始めた。ピシピシという硬い音とともにパルフィの肌が硬質化していき、指の先から徐々に紫色に変わっていく。そして、皮膚のいたるところがひび割れ、まるで体内に光を閉じ込めていたかのように、そのひびから光が漏れだす。


「な、なんだありゃあ……」

「力が収まりきらず、肉体を侵し始めているのじゃよ」

「なんと……」


 ゴアァァァァ


 パルフィが、苦痛のせいか遮二無二暴れ始めた。先ほどまでは、いくら振りほどこうとしても抑えきれていたのに、鎖で繋がっている幻術士たちはなすすべなく波動で跳ね飛ばされ床に叩きつけられる。力が確実に増大しているのだ。

 もはや、手のつけられない状態だった。次々と幻術士たちが行動不能状態に陥り、鎖の術が一本、また一本と消えて行き、その度にパルフィの行動が自由になっていく。回復士たちが必死に治療し、回復したものはまた戦列に復帰して、鎖の呪文を掛け直すが、倒れていく者が多すぎてどうにもならなかった。


 しかも……


「大変だ、殿下がテレポートしようとなさっているぞ」


 幻術士の一人が叫んだ。


 まだ鎖が何本もつながっている状態で、パルフィは構わずにテレポートしようとしているのか、光の柱がパルフィを包んでいた。


「それだけはならぬ。何としても殿下をここから出してはならぬぞ!」


 ルキウスの叫びが大祭殿にこだまする。

 この状態で、ルーンヴィル市内に飛ばれたら大惨事である。多くの人間が死に、街が破壊されることになるだろう。しかも、その厄災をもたらしているのは、こともあろうにこの国の王女なのだ。そうなれば国は大きく乱れる。


 まだ動ける幻術士たちは、必死に呪文を唱え光の鎖を維持しようとする。

 しかし、状況は圧倒的に不利だった。


「陛下、もはやこのままでは……」


 アルキタスは、厳しい表情で国王を振り返った。


「今が『その時』だと申すか……」


 国王は、一瞬、逡巡する様子を見せた。


「陛下、今殿下にテレポートを許せば、大惨事となるのは明らかにございます……」

「……分かった」


 これ以上ないぐらい苦しい表情で、覚悟を決めたようにはっきりと口に出した。


「やむを得ぬ。あれを……、王女を討て」

「な、なんだって? ちょっと待ってくれよ、王様!」

「陛下、パ、パルフィを討てだなんて……」


 信じられないという表情でクリスたちは国王に取りすがる。だが、国王はもう迷ってはいなかった。


「お前たち……、わしは、あれの父親である前に、この国の王なのだよ。いま、パルフィにテレポートさせてしまえば、わが国の民に大きな被害が出る。それだけは避けなければならぬ。たとえ、王女であっても、いや、王女なればこそ、どんなことをしてでも止めなければならぬ。これは、王族たるものの務めなのだ」

「で、でも……」

「それに、お前たちは知らぬかもしれぬが、あのような姿になっては、もう望みはないのだ。このままにしていても、娘はもうすぐ死ぬ。だが、このままでは、完全に魔物のようになってしまう。その前に……、取り返しがつかなくなる前に人間のまま死なせてやりたい。今ならまだ、民に愛されたまま死ぬことができる」

「しかし……」

「分かってくれ。わしも……、わしも、身が引き裂かれる思いなのだ……」

「……」


 クリスたちは押し黙った。何と言っても国王はパルフィの父親であり、しかも、国王の娘に対する愛情は疑いのないほど深いものに感じられていたのだ。その心中は察するにあまりある。その父親が下した決断を止めることはできなかったのである。

 それに、ここでパルフィの抹殺を止めてしまえば、もうすぐにテレポートしてしまうのは明白だった。そして、街にでも飛ばれてしまえば、殺戮の限りを尽くすのは間違いない。ここで彼女の助命を懇願するということは、すなわち、多数の市民の殺戮を容認しろと言っていることに他ならないのだ。

 だが、かと言って、このまま見殺しにはできない。その葛藤に、クリスたちは言葉を失った。


「……」

「……」


 それを見て国王はアルキタスにうなづきかけた。拳を白くなるまで握りしめられている。そして、ひたすら愛娘の変わり果てた姿を見つめ続けた。

 いま、自分は愛してやまない末娘の処刑を命じたのだ。いかなる思いが去来しているのか、その硬い表情からはうかがい知ることができない。


 アルキタスもまた、悲しみと苦渋の表情のまま、つえを持った右手を上にかざした。

 それを合図に、ルキウスが何か叫んだ。

 幻術士たちは新たに呪文を唱える。これまで、白く輝いていた光の鎖が赤い色を帯び始める。それと同時に、パルフィがさらに苦しみだした。


 ギャァァァァァァ


 その反動でテレポート呪文がキャンセルされたのか、光の柱が消えてしまう。

 光の鎖を通して流れる赤い色の流れがパルフィを覆い尽くす。


 グワアアアアア


 パルフィは、とうとう床にもんどりうって苦痛にのた打ち回り始めた。


「パルフィ!」

「ち、ちくしょう……」

「くっ、このようなときに、何もしてやれぬとは……」


 グレンがやるせない怒りでこぶしを握り締め、ミズキはパルフィの苦しむ様をもはや見ていられないように、肩を震わせながら顔をそむけた。


「どうして……こんな……」


 そして、ルティはしゃがみこみ、涙を流しながらパルフィのおそらく最後となる姿を見つめている。


「先生……」


 クリスがすがるようにアルキタスを振り返る。だが、アルキタスは苦悶の表情を浮かべたまま、かすかに首を横に振るだけだった。






 一方、パルフィは、自分の状態が極めて危機に瀕していることを悟っていた。

 周りから攻撃されているだけでなく、体の奥から溢れ出す力に自分の体が引き裂かれそうになっている。

 すでにパルフィのほぼ全身が紫色の硬い皮膚に変化してしまっていた。そして、滑らかだった肌が、ささくれだってきて、さらに、身体のあちこちから小さなトゲのような突起も生えてきた。その様子はもはや、人間ではなく魔物のようである。しかも、まるで一杯になった力が体内から漏れ出すかのように、あちらこちらに入ったヒビから、光が漏れ始め、その量は刻一刻と増えている。

 

 人としての思考は覚醒が始まった時から封じ込められていた。今もただ、生存本能が必死になってもがいているだけだ。しかし、それは、ものを感じないということではなかった。極めて原始的ではあるが本能的な感情は残っている。

 当初、自分の心を満たしていたのは、殺戮と破壊の欲望だった。だが、死の縁に追い詰められ、生命の危険を本能が激しく警告している今、別の感情がパルフィを支配していた。生への渇望である。


(死ニタクナイ)


 今の感情を人間の言葉にすればこうなるだろう。だが、生き延びるためには、自分の中から湧き出る異物のようなこの力を押さえ込まなければならない。そして、そのためには自分自身の潜在能力を全て発動しなければならない、そう判断した。


 グウウウゥゥゥゥ


 パルフィは、苦痛にうめきながらも立ち上がると、両手の掌を胸の前で合わせ、力を込めた。


 ウォオオオオオオオ


 これまで決して自分ではできなかったほどの強さで、自分の体内に魔力が呼び起こされる。

 本来なら自分の潜在能力を自らの意志で使用するなどできることではない。体に無理をさせないために、無意識のうちに理性がストップをかけるからだ。だが、生存本能が自分自身の能力を極限まで高めていること、そして、皮肉なことに覚醒により理性が精神の奥底に閉じ込められていることにより、パルフィの潜在能力はタガが外れた状態となったのだ。


 グウォォォ


 体内で自分の力とオーガスタスの力がせめぎ合う。自分のありとあらゆる力を使い、オーガスタスの力を抑え込もうとする。

 そして、まるでオーガスタスの力と、自身の潜在能力が何らかの反応を引き起こしたかのように、パルフィの体から、光が爆発した。


「ウワアアア」

「うわっ」


 激しくきらめく光が大祭殿を覆い尽くし、その場にいたすべての者が、あまりのまぶしさに目を庇って顔をそむけた。


「クッ」

「なんて光だ……」


 同時に耳をつんざくような高い音が人々の脳裏に響き渡る。

 人々は光と音に蹂躙されたように硬直した。

 やがて、激しい光と音が消えて、また元の薄暗さに戻っても、しばらくの間誰も動くことができなかった。しかし、それも徐々に薄れ、感覚が正常に戻り、人々は目を開けた。


 そして、魔法陣の中央に見えたもの。

 

 それは、元の姿に戻ったパルフィだった。

 力を使い果たしたのか、床に座り込んで、両手をつき、大きく息を喘がせている。

 うつむいているため、よく見えないが、肌の色は元に戻り、髪の毛も逆立つこともなく、紫色のオーラも、嵐のような波動も消えていた。


 先ほどまで、呪文や爆発の激しい光と音の洪水で押し流されそうになっていた大広間に、奇妙な静寂が訪れた。かすかに聞こえてくるのは、パルフィの荒い息だけである。

 全ての者がただ一点、パルフィを凝視している。


「あ、あれは……?」

「パルフィ、もしかして元に戻ったんじゃ……?」

「きっと、そうですよ!」


 狂おしいほどの期待がクリスたちに湧き上がる。


 しかし……。


「待て、ルティ。近づくな」


 喜び勇んでパルフィに駆け寄ろうとしたルティをミズキが腕をつかんで引き止めた。


「え、どうしてですか……?」

「あれは……我らの知るパルフィではない」


 ミズキは、まるでこれからが本当の戦いであるかのように、刀の鍔口に左手を添えた。


「え、どういうこと?」

「オレにも感じられるぜ。こんなあからさまで激しい殺気、さっきまでよりよっぽどタチが悪いぜ」

「そ、そんな……」

「じゃあ、一体、どうしたっていうんだ。元に戻ったんじゃないのか……」


 そのとき、不気味な静けさの中で、パルフィがゆっくりと立ち上がった。

 その場の全員が、遠巻きにして固唾を飲んで見守る。


 だが、正常に戻ったわけではないというのは、気の読めないクリスやルティにもすぐに分かった。

 パルフィが立ち上がって面を上げたその表情。それは、残忍な殺人鬼の形相だったのだ。

 ニンマリとしか表現できない酷薄で残虐な笑みを浮かべている。

 目に見える残忍さということでは、先ほどまでと変わらないのかもしれない。しかし、もっとも決定的に違うのはパルフィの目に宿った知性の光である。

 これまでは、理性をなくし原始的な本能に基づく殺戮の欲望にとりつかれた姿であった。いわば正気を失った獣を相手にしていたようなものだ。しかし、今度は、全て理解できている。何もかも分かって、それを楽しんでいる分だけ悪質であり、残酷であるのだ。


「あんたたち、よくもあたしを殺そうとしてくれたわね」


 それは、覚醒が始まって初めてパルフィが発した言葉だった。

 その声は、全く持っていつも通りである。朗らかと言っていいほど明るい。だが、そこには間違いようのない強烈な悪意と憎しみ、そして、殺気が込められていた。


「パルフィ、君は……」


 クリスの言葉は喉に引っかかったように出てこない。それはグレンたちも同じだった。


「……おめえ、一体」

「こ、これは……。殿下は覚醒を止めたのか……」


 アルキタスも、こうなることは予想外だったらしく、信じられないと言った表情でパルフィを見つめている。


「アルキタス、これはどういうことだ?」


 国王も、理解しかねるという顔で尋ねる。


「……おそらく、殿下はご自身の力で覚醒の進行を抑え、負担のかからない程度にオーガスタスの力を取り込んだものと思われます」

「そのようなことが可能なのか?」

「まさに、殿下の才能のなせるわざかと……」


 百年前の一件では、王子が力を発現させたあと、増大して行く力に耐えきれず爆発してしまった。しかし、パルフィは自らの能力を使って覚醒を途中で止め、力に飲み込まれることのないようにしたのだ。

 現時点では、オーガスタスの力の十分の一も使っていない。しかし、その代わりに力が安定し、パルフィが爆発してしまうことはなくなった。逆に言えば、もうパルフィを止めるにはパルフィを倒すしか方法がなくなったのだ。


「で、でも、先生、あれじゃ、まるで別人です……」

「そうじゃ。あまりにも膨大な力をこのランクで取り込んだゆえ、精神が侵食されておるのだ」

「精神が……侵食だと?」

「どういうことですか?」

「わ、私も、聞いたことがあります」

「ルティ?」

「神官の呪文に、神の力を自分に宿らせるという、神降ろしと呼ばれるものがあるのですが、あまりにも強大な神の力を取り込むと、人の精神に大きく影響を与えるのです。それによって、性格が変質したり、場合によっては狂ってしまう場合もあります」

「さよう。強大な力を体内に取り込むためには、心技体のすべてがそれに耐えうるものでなければならぬ。強い肉体と高度な技術だけではない、強い精神力も必要なのじゃ。殿下は自分の技量により、体に負担のないように覚醒を抑えることに成功したが、それでも精神がこの力に負けているのだ」

「そんな……」


 覚醒を抑えるというのはパルフィの本来の修業の目的ではあったが、すでに一部の力は目覚めてしまっており、その悪影響を受けた格好になっている。しかし、今のパルフィの力でまがりなりにも覚醒を抑えることができたのは、覚醒したことによって理性が抑えられ、潜在能力を発揮することができたからである。皮肉な結果であった。


「皆、ひるむな。これはもはやパルフィ殿下ではない! 」


 動揺から立ち直ったのか、ルキウスが叫んだ。

 再び、幻術士たちが呪文を唱えて、次々と光の鎖がパルフィを縛っていく。

 だが、パルフィは抵抗しなかった。鎖が 自分を縛っていくのに身を任せている。

 雁字搦めにされ身動きの取れないパルフィは、酷薄な笑いを浮かべていた。


「あんたたち、バカなの? それはさっき、効かなかったでしょうよ」


 パルフィが目を閉じ、精神を集中するしぐさをすると、今度は腕一本だけではなく、体全体が発光しはじめた。その光が鎖を通して逆流し、幻術士たちに襲いかかる。


「い、いかん、呪文を解け!」

「ウワァァァ」

「ギャアア」


 慌ててルキウスが命じる。数名が先ほどと同じようにパルフィの魔道エネルギーを食らって弾き飛ばされるが、今度は、すぐに幻術士たちが術を解除したため、ほとんどが無事だった。


「ふん、ちょっとは学んだみたいね」


 パルフィは、自由になった両手を腰に当てて、尊大な態度で幻術士たちを見渡した。もう、パルフィをここに引き留めるものはなくなったのだ。


「やむを得ぬ。総員、殿下に攻撃呪文を撃て!」


 ルキウスの号令一下、幻術士が一斉に炎の玉を投げた。猛烈な勢いで、四方から何十発もの炎の球がパルフィに直撃する。あまりの数に、パルフィの体が炎に包まれて完全に見えなくなるほどであった。


 だが……、


「あたしにそんなの効くわけないじゃないの」


 炎が消えたとき、バカにした笑いを浮かべて、パルフィが完全に無傷で立っていた。


「ええい、構わぬ。もう一度だ!」


 ルキウスが号令をかけた瞬間


「まだやんの? 面倒くさいわね」


 パルフィが別の呪文を唱えると、今度は自分をピッタリ包み込むような淡い光が現れ、消えた。


「いかん! あの術は……」

「先生?」


 アルキタスが、なにやら警告を発しようとしたときはもう遅かった。幻術士たちが、一斉に炎の玉を投げつけていた。


 そして、次々とパルフィに着弾するが、すべてが壁にぶち当たったかのように跳ね返された。それだけではない。あろうことか、猛烈な勢いで術者に向かって行く。しかも、自分が撃った威力よりもはるかに強い。


「ウワアアアッ」

「ギャアアァ」


 自分が撃った攻撃呪文をそのまま食らって、次々と幻術士たちが倒れていく。威力が強いため、シールドも役には立っていなかった。


「せ、先生……」

「……あれは、敵の攻撃を反射する技じゃ。通常は、受けた攻撃の一割程度、高ランクであっても八割方しか跳ね返せぬはず。だが、殿下の術は反射効率が倍はある……」

「それは、どういうことだ?」

「自分が撃った呪文が、倍の威力で跳ね返ってくるということじゃよ」

「なんてこった……」

「い、いつの間にあんな技を……」


 見たことのないパルフィの術に、クリスたちはただ息を呑むばかりである。


「もう終わり? ちょろいわね」


 その言葉通り、ほとんどの幻術士が、床に倒れていた。回復士があちこちで必死で回復呪文をかけている。もう、立っているのは、幻術士が数名だけだ。だが、パルフィは、戦闘不能になった者たちには興味がなくなったのか、クリスたちの方を向いた。もはや彼女を遮るものは何もなかった。


「パルフィ……、そなた……」


 国王が話しかけようとするが、言葉が続かない。


「お父様。来ていらしたのね」

「そ、そなた、本当に正気を失ってしまったのか……?」

「あら、人を気が狂ったかのように仰らないでくださいな。あたしは、いま生まれ変わったんですから」


 ニッコリと微笑みを浮かべるパルフィ。だが、その奥底に潜む冷酷さ、残忍さは隠すことはできない。


「なぜだ……、あれほどに天真爛漫で心優しかったお前が、なぜこのようなことに……」

「お父様。そんな言い方、まるであたしが大切な娘のように聞こえますわよ」

「何を言うか。当たり前ではないか」

「でも、今、あたしを殺せと命じたくせに。……離れたところからでも、ちゃんと聞こえていましたわよ」


 そう言って、パルフィは得意げな表情で、ケラケラと笑った。それは、まるで、聞こえないと思って自分の話をしていたでしょ、と指摘するぐらいの軽いものだった。


 国王は、こぶしを握り締める。


「……そうだ。わしは、国王としてカトリアの民を守る義務がある。お前をこのままにしておけば、無辜(むこ)の市民が多数命を落とすだろう。たとえ娘の命を犠牲にしても民の命を守らねばならぬのだ。しかし、だからと言ってお前を愛していることには何のかわりもない」

「ふーん。やっぱり、あたしみたいな出来損ないの娘は死んだ方がいいのよね」

「それは、違う。先日も言うたではないか。お前は、立派な王女だ。それに、そなたは、わしの愛娘なのだぞ」


 国王の言葉にはパルフィの深い愛情が感じられた。だが、それは、当のパルフィにはまったく通じていなかった。


「そんなこと、娘を殺せと命じた父親の口から聞いても説得力がないわね」


 皮肉めいた酷薄な笑いを浮かべながら、パルフィが肩をすくめる。


「……今のそなたにはわしの気持ちが分からぬか」

「どうでもいいわ、そんなこと。あたしが邪魔って言うんだったら、ここから消えてあげる。そのかわり、あたしも好きなとおりにさせてもらうわよ」

「どうするつもりだ?」

「そうね。ルーンヴィルを壊滅させてみようかしら。王宮をめちゃくちゃにしても面白いわね。でも、あたしがここを出る前に、みんなには死んでもらうわよ。ゆっくりといたぶってからね」


 いかにもそれが面白い冗談だったかのように、キヒヒと甲高い声で笑うパルフィに、クリスはたまらず、声を上げた。


「パルフィ!」


 その声に、彼女は初めて存在に気がついたという目を向けた。


「ん? ああ、そういえば、あんたたちもいたのね。雑魚すぎて目に入ってなかったわ。で、なあに? 先に殺されたいの?」

「くっ」


 殺意が仲間である自分たちにも向けられていることを感じ取り、ショックを受けるクリス。だが、それに構う余裕はなかった。


「一体どうしたっていうんだ。正気に戻ってくれ」

「何言ってるのよ。あたしは、正気よ」

「違う。君は、お転婆で気が強かったけど、こんな事をするような子じゃなかったじゃないか」

「ふん、知ったような口をきかないでよね」

「でも……」

「うっさいわね」


 言葉を重ねようとするクリスに、パルフィは鼻を鳴らし、右手の人差し指を突きつけた。

 彼女の指先から一条の光がほとばしったかと思うと、クリスの左肩を射抜いた。激しく血しぶきが飛び散る。


「ぐあぁっ」

 

 クリスは肩を押さえて片膝をつき、パルフィを見上げた。肩からはどくどくと血が溢れ、クリスの白いローブを真っ赤に染めていく。


「ぐ、ぐうぅ。な、何をするんだ……パルフィ……」

「ク、クリス!」


『ヒール』


 慌てて、ルティが回復呪文をかける。


「て、てめえ、自分の仲間になんてことしやがる!」


 グレンとミズキが、クリスをかばうようにパルフィの前に立ちはだかった。

 だが、パルフィはグレンの怒りの声にも動じた様子はなく、ケラケラとあざ嗤った。


「キャハハハ、わけの分かんないこというからじゃない。殺されなかっただけでもありがたいと思いなさいよね」

「てめえ……」

「パルフィ。クリスを撃つとは、もう、完全に正気を失ったようだな」

「ふふん、あんたまで、あたしが発狂したかのように言うのね、ミズキ? あたし悲しいわ」

「……」


 パルフィがバカにしたような顔で薄ら笑いを浮かべるのを見て、ミズキはただ無言で首を振った。


 その横では、影のように国王の後ろに控えていたお付きの幻術士たちが、国王の身を案じたのか、庇うように前に出た。


「何よ、そんなに警戒して。傷つくわね。あたしが本当にお父様に害をなすとでもいうの?」


 皆殺しにすると宣言したことを棚にあげて、からかい調子でパルフィが尋ねる。

 それには答えず、幻術士たちが無言のまま防御呪文を唱えた。透明なシールドが国王の周りを囲って、一瞬光った後すぐに消えた。


「アハハ、そんなに心配しなくてもいいのに。だって、あたし、お父様を殺すのは……」


 そこで言葉を切ってから口の端をゆがめた。


「……最後にしてあげるから」

「パ、パルフィ、何てこと言うんだよ」

「お、おめぇ……」


 クククと不快な笑い声を上げるパルフィを、クリスたちは悪夢のように見つめるばかりであった。





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