力の証明
祝賀会の次の日、クリスたちは国王に召しだされ、再び国王一家の居間にいた。呼び出されたのが謁見の間ではなく、居間だったのは、私的な賓客として扱われているということを示していた。また、それは、クリスたちの存在をあまり表に出したくないという国王の配慮もあったかもしれない。王女であるパルフィが、マジスタとして他国の首都をうろついていたということが発覚すれば、ややこしいことになりかねないのだ。
侍女に案内され、クリスたちが入室すると、パルフィもすでに来ていて、先日と同じように国王たちの向かい側のソファに座っていた。
この日は、国王と王妃だけがおり、ルーサー王子とセシリア王女の姿はなかった。
「おお、よう来てくれた。さ、ここに座ってくれ」
「失礼つかまつります」
クリスたちは、一礼して、国王の向かいに置かれた豪華なソファに腰を下ろす。
さすがに、二回目とあって前回ほどの硬さはなく、グレンたちも落ち着いていた。
「来てもらったのは、他でもない。パルフィの今後のことだ」
だが、それを聞いた瞬間、クリスたちに緊張が走った。いよいよパルフィの去就が決まるのだ。
「あ、あたしの話?」
パルフィもややこわばった顔で聞き返す。
「そうだ。アルキタス老師たちとも相談したのだがな、この数ヶ月のそなたの向上の度合いは目覚しいものがある。覚醒までにあと三年ほどしかないということを考えると、やはり、今後も外で修業してもらった方がよいだろうということになった」
「えっ、じゃあ、あたし、みんなと一緒にマジスタを続けてもいいの?」
パルフィが嬉しさと驚きのあまりソファから立ち上がった。
そのそばで、クリスたちも、「おお」とため息を漏らしながら、安堵の表情を浮かべる。
「まあ、待て。喜ぶのはまだ早い。修行を続けてよいとは言ったが、無条件というわけにはいかん。王女というそなたの立場を考え、わしにも、お前を外に出しても大丈夫だと思える確信が必要だ。これまでは無事にやってこられたかもしれんが、今後何が起こるか分からぬからな。それに、聞けばお前たちは、かなり危険なこともしてきたようではないか?」
「え、べ、別に普通よね?」
パルフィが、ギクッと動揺した表情を押し隠そうとしながら、同意を求めてクリスたちを振り返る。
「う、ま、まあ、なんというか……、誰も死なずにすんでよかったというか……」
言いにくそうに顔を見合わせるグレンやミズキの隣で、クリスはいかにも痛いところを突かれたという表情で、言葉を濁す。
「ちょ、ちょっと、クリス、もうちょっとうまいこと言えないの?」
「だって……」
「そんなことをしても無駄だぞ」
「えっ?」
「お前たちのこれまでの活動報告は、アルティアのギルドから入手してある。これを読んでわしがどれほど驚いたことか」
国王は自分の脇のサイドテーブルに置いてあった、分厚い書類の束を手に取り、パルフィたちの目の前にドサッと置いた。
それは、おそらく、クリスたちのこれまでの活動をまとめたものだろうと察させられた。
「え、えーと……」
「それによると、お前たちは二度も全滅の寸前までいったそうだな。救援要請も出されておる。おまけに、パルフィ、そなたも一度、瀕死の状態だったそうではないか。何をやっておるのだ、一体」
「これを読んで、私は胸が引き裂かれる思いでしたよ。てっきり、何事もなく帰ってきたとばかり思っていたのに、本当に無茶なことばかりして……」
王妃も心配そうな顔つきになる。
「お母様……」
「流石にわしもそれを読んでは、そう簡単に許可を出すことはできぬ。そこでだ、お前たちには、試験を与えることにした」
「し、試験?」
パルフィは、旅が続けられるという喜びが急に萎えたかのように、肩を落としてドサッとソファに座りこんだ。
クリスはその落胆したパルフィの姿を見て、きっとマジスタ認定試験の補講を思い出したのだと思った。
机上の勉強がパルフィにとっては一番苦痛なのだ。
だが、国王の言う試験はそのようなものではなかった。
「お前たちが、立派にマジスタとしてやっていけるのか、そして、パルフィに無用な危険がないのかを、わしに証明してもらいたい。無論、マジスタという職業柄、身の危険が全く生じないなどとは思っておらぬ。だが、こんな短期間で、二度も死にかけるだの、全滅の危機に遭うだの、わが国の王女を預けるにはいくらなんでも危うすぎる」
「で、でも、お父様、それには事情があるのよ。一度目は、あたしたちが調子に乗っててそうなったんです。今から考えると、バカだったと思うけど、でも、それで反省して慎重になったし、二度目はアルティアの何万という人を助けるためにやむなくそうなっただけで、例外みたいなものです。あんなこと、もう二度と起こりませんって」
パルフィは、よほど試験がいやなのだろう、必死で食い下がった。
クリスは、国王の話を聞いて、二度目に死にかけたというのは、先日のフィンルート遺跡の一件のことだろうと当たりをつけた。確かに、旧文明人が目覚めて、発掘された軍事基地からミサイルを打ち込むのを阻止するなど二度も起こるはずがない。そして、最初のミッションで大失態をやらかして、エミリアに諭されたあとは、常に無事に帰ってくることを一番に行動している。それは、その後に引き受けたいくつものミッションの記録が物語っているはずだった。
しかし、国王はそんなパルフィの言い訳には全く心が動かされた様子はなかった。
「確かにな。だが、それでも、お前たちが全滅の危機に晒されたのは間違いのない事実だ。ゆえに、お前たちには、マジスタとして必要最低限の素養が備わっていることを見せてもらいたい」
「そ、そんなの、どうやって……?」
「うむ。簡単だ、これからそなたたちには、とある山に向かってもらう。その山には以前から魔物が棲んでいてな、それと勝負してもらいたい。そして、その魔物に勝つか、勝てなくとも、いい勝負ができれば、ある程度パルフィの安全も確かなものであるということで、再びマジスタとしてアルトファリアに戻ることを許可しよう」
「もし、倒せなかったら……」
「何度でも戦えばいいさ。アルキタス老師を同行させるゆえ、危険なことは何もない。その魔物はお前たちよりも、やや強いようだが、それでも、五人の力を合わせればそれなりの勝負になるだろう。そして、倒さずとも優位に戦えればいつでも合格だ。だが、それまでは王宮に残ってもらう。わしとても、そなたを無謀な旅に出すわけにはいかん。修業で命を落としてしまえば、本末転倒もいいところだ。多少、修行の効率は落ちるかもしれんが、それも、お前たちが合格するまでの話だ」
「……わかりました、お父様」
そこまで言われてしまえば、いやも応もない、パルフィは覚悟が決まった顔つきで頷いた。
もしその魔物が自分たちでも何とかできるなら、与えられたチャンスを生かすしかない。どの道、ほかに許してもらえそうもないのだ。
「それと、ランクが低くともお前たちも正式なマジスタだ。わしもそのつもりで扱わせてもらう。ゆえに、この試験はカトリア王家からお前たちパーティーに対する正式な依頼として引き受けてもらいたい。アルティアのギルドにはこちらから連絡しておく。クリス、そなたがリーダーだったな。そのように頼んだぞ」
「承りました、陛下」
「後のことは、アルキタスに任せるゆえ、その指示に従ってくれ。試験とはいえ、相手は強力な魔物だ。くれぐれも、無茶はせぬようにな」
「パルフィ、本当に気をつけるのですよ」
「……はい」
◆◆◆◆
「うーむ、何やら思わぬことになったものだな」
クリスたちは、パルフィと共に国王の居間を辞し、自分たちの部屋に向かって歩いていた。
「まったくだぜ。魔物と勝負なんてなあ」
「まあ、これでパルフィが抜けなくて済むんなら、よかったよ」
「本当です」
「それはそうだな。もともと、だめかと思っていたのだから、幸運なことだ」
「そうね。あたしも半分あきらめてたから、ホッとしたわよ」
「それにしても、王様、妙なことを言ってたな。いい勝負ができればいいって。でも、魔物とやるんだろ?」
「うむ。確かに腑に落ちぬ話だな。人間同士の勝負ならともかく、魔物との戦闘では、どちらかが死ぬまでやり続けるからな」
基本的に魔物との戦闘は、殺るか殺られるかの二択である。どちらかが逃げ果せることもあるが、逃げるというのはすでに戦力に差があるから逃げるわけで、その敵に背を見せることは、かなりの危険を生じる。それを、勝てなくても、いい勝負ができればいいから何度でも戦えというのは、筋の通らない話ではあった。勝負を挑んで勝てなければ、毎回どうやって戦闘を終わらせるのかという問題があるからだ。
「いざとなったら、老師が助けてくれるってことじゃない? 強いんでしょ、アルキタスって人?」
「ええ、カトリアで当代最高の幻術師って言われてるわ。それに、アルキタス先生は、あたしの幻術の先生でもあるの」
「へえ、そうなんだ」
「うん。じゃあ、とりあえず準備して先生のところに行きましょう」
「おう。さくっと倒して、五人そろってアルティアに帰ろうぜ」
そして、それから一刻後、おのおの準備をして、クリスたちはパルフィに連れられて、宮殿の中庭にやってきた。
アルキタスはすでに到着しており、クリスたちを待っていた。
「先生」
「……パルフィ殿下」
杖をついたアルキタスが頭を下げる。
「先生、これが私の仲間たちです。みんな、こちらがアルキタス先生よ」
パルフィが順番にクリスたちを紹介する。
その間、アルキタスは、握手を交わしながら一人ひとりをじっと見つめていた。
「ふむ。殿下は、良い仲間と巡り会われたようだ。では、早速参るとしようか。準備はよろしいですかな?」
「どこに行くんだ?」
「ん? まあ、行けば分かる。では、皆、わしの近くに集まってくれ。テレポートするでな」
クリスたちがそばによると、アルキタスが呪文を唱え始めた。すぐに、クリスたちを包み込むかのように周りに薄黄色い光の柱が現れた。光の壁を通して外の景色が見える。そして、景色がうねうねと波立つようにゆがんで、体がフッと軽くなったと思った瞬間、光の向こう側の景色がこれまで見ていたものとは別物になった。そして、光の柱が消え去ると、もうそこは、王宮の中庭ではなく、どこか全く別の場所だった。
「すげえ」
「わ、私、テレポートしたの初めてなんです。すごいですね」
どうやら、かなり高い山の頂上にいるらしく、前方と左右の視界が開けており、視界を遮るものがなく、遥か遠くまで見渡せる。また、山頂部とはいえ、辺りは比較的広い平地になっていた。後ろを振り返ると、森のように樹々が生い茂っていた。
そして、前方の崖のそばには、何やら祭壇のような石の台が置かれており、その両側には大きな篝火台が据え付けられていた。
「それにしても、ここはどこだ? 山の頂上らしいが」
「ねえ、先生、もしかしてここって……」
パルフィはこの場所に心当たりがあるようで、キョロキョロと周りを見渡した。
「パルフィ、ここがどこだか知ってるの?」
「知ってるっていうか、話に聞いてるだけなんだけど、あの祭壇にある印って……。もしかして、ここって、ドラゴン保護生息地なんじゃ……」
前方の祭壇に彫り込まれた印を見つめる。それは、ドラゴンを形どったものだった。
「お察しの通りここはロシュフォール山脈にございます」
そう言いおいて、アルキタスは、篝火台に近付くと呪文を唱えて、鬼火を出し、篝火台に火をつけた。ボッという音がして、炎が燃え上がる。そして、もう片方にも火をつけて、悠然とクリスたちのそばに戻ってくる。
「これでよい。あとは、しばらくの間待つだけじゃ」
「やっぱり……。じゃ、じゃあ、先生、もしかしてあたしたちが戦う魔物って、ドラゴンなんですか?」
「な、何だって?」
「ドラゴンだと? そ、そんなバカな……」
ドラゴンと聞いて、一様に驚いた表情を見せたクリスたち。それも無理はなかった。ドラゴンにはいくつかの種がいるが、いずれも強力な魔物であり、ランク2程度のマジスタになんとかできる相手ではないのだ。
その時だった。ふっと、足下で淡い大きな陰が動いた。
「ん?」
「うわっ、何だ、あれ!?」
「おお、思ったよりも早ようございましたな」
グレンの大声に、一同が見上げると、巨大な生物が太陽を背に空を飛んで来るのが見えた。体と広げた翼があまりに大きいため、距離があるにもかかわらず地面に影が映ったのだ。
逆行のため、眩しくてよく見えないが、鳥というにはあまりにも大きすぎる。太く長い首に大きな翼、そして、長い尻尾が見える。そして、それがこちらに向かって飛んでくる。
「こいつは、かなりでけえぞ」
「も、もしかして本当に……」
その巨大な生き物は、クリスたちの真上近くまで来るとバサッバサッと大きな翼を羽ばたかせ、ゆっくりと降りてきた。
翼の羽ばたきによる風圧、さらには、ズシンと着地の衝動で、クリスたちはよろけて倒れそうになるのをこらえる。
「マジかよ……」
「ま、まさか、ドラゴンとは」
「しかも、シ、シルバードラゴンだよ」
目の前に現れたのは、パルフィの予想通り巨大なドラゴンだった。しかも、ドラゴンの中でも特にランクが高いと言われるシルバードラゴンである。
その名の通り、全身が銀色のウロコに覆われ、日の光にきらめいていた。長い首を伸ばせば高さは優に人間の三倍はある。横幅は翼を畳んだ状態でも人の何人分も広い。
目の前に立っているだけで、圧倒的な攻撃力と威圧感、そして威厳すら感じる。シルバードラゴンの成体は一般にランク7相当以上と言われているが、もうここまで差があると、おおよその強さすら判別できない。
クリスたちは、本来なら、この時点でとっくに逃げるか戦闘態勢に入っていなければならないのだが、あくまで魔物と戦うためにここに来たこと、そして、アルキタスが戦闘を段取るはずということが頭にあり、ただ茫然とシルバードラゴンの姿を見上げるだけであった。
しかし、ドラゴンの方はそんなことはお構いもなく、まるで威嚇するかのように大きな翼を広げて、長い首をいったん上に伸ばしたあと、グイッと前に突き出し、大きな口を開けてクリスたちに向かって吼えた。
グウォアアア
そのすさまじいばかりの咆哮で、周りの空気がビリビリと震える。クリスたちの後方にある木々もザワザワと大きく揺れた。
その迫力だけで、クリスたちは気圧され、まるで前方から強烈な風が吹いてきたかのように、腕をかざしてよろよろと後ろに下がった。
「くっ」
「ぐううっ」
そして、シルバードラゴンがズシンズシンとゆっくりと二歩ほど距離を詰めてきた。
「や、やべえ。みんな、やるぞ」
慌ててグレンが剣を抜こうとするがパルフィが止めた。
「待って、このドラゴンなら大丈夫よ」
「バカ言ってんじゃねえ。大丈夫なわけあるか。殺らねえと殺られるぞ」
「だめだ、こんなの相手にならないよ、逃げよう」
「あっ、老師!」
クリスたちが逃げようとする横で、何を考えているのか、アルキタスは呪文も唱えず、無防備な様子でシルバードラゴンの方へ歩いて行った。
そのとき
(アルキタス、久しいな)
クリスたちの頭に重くしわがれた声がいんいんと響いてきた。
「な、なんでしょうか、今のは?」
「どこから聞こえてきた?」
周りを見回すクリスたち。しかし、自分たち以外には誰もいない。
(このようなところまで……、何か用か)
「も、もしかして、こ、このドラゴンが話しかけてきてるんじゃ……」
「コイツ、話せるのか……」
「そうよ、シルバードラゴンは知能も高いし、精神感応力も高いから、ランクの高いやつは、人と話すことができるのよ」
パルフィは事情が分かっているらしく、落ち着いていた。
「そ、そうなの?」
「なんてこった……」
呆然と見つめるクリスたちをよそにアルキタスはシルバードラゴンの前に出て、軽く一礼し、大きな声で話しかけた。
「ヘンリエッタ殿」
それを聞いて、クリスたちが仰天した。
「ブッ」
「えっ? えええ!?」
「こ、このドラゴン、名前なんてあるんだ」
「しかも、かわいいらしい名前です……」
「せ、先生、知り合いなの?」
パルフィも、アルキタスがこのドラゴンと知己の間柄であるとは知らなかったらしく、同じように驚いていた。
「てか、こいつ、メ、メスなのか?」
思わずと言った体で漏らしたグレンの一言に、ヘンリエッタがアルキタスの横から首を伸ばして、まるで非礼を叱るように口を大きく開けて咆哮する。
グアアアアアアウォウ
「うへえ。わ、悪かったって。見た目がメス……、じゃねえ、お、女って分からなかったもんだからよ……」
「ご無沙汰いたしておる。今日は、お願いがあって参った」
(ほう、願いとな……)
グレンをギロリと一睨みした後、ヘンリエッタは首を戻して、アルキタスに顔を向けた。
(何事だ、アルキタス)
「この、若きマジスタたちと手合せをお願いしたい」
それを聞いて、クリスたちが目を剥いた。
「そ、そりゃ無茶だぜ、お師匠さんよ」
「ちょっと、先生、いくらなんでもム、ムリです」
背後から、必死で止めようとするが、アルキタスは聞く耳を持たなかった。
(手合わせ? ……どういうことだ?)
「もしや暇を持て余しているのではないかと思いましてな」
(ん? ほう、なるほど、そういうことか。それは、おもしろい)
グアアアアアアウォウ
先ほどとはあまり変わらない唸り声だったが、なぜか上機嫌で笑っていることが感じられる。
(……よかろう。我は構わぬぞ)
「それは、重畳。よろしくお頼み申す。おお、そうそう。その前に、ご紹介しておかねばならぬ」
アルキタスが自分の後ろにいたパルフィを振り返る。
「殿下、こちらは、ロシュフォール山脈の主、ヘンリエッタ殿にございます。そして、ヘンリエッタ殿、こちらがカトリア王国第二王女パルフィ殿下であらせられる」
(ほう、王女とな……)
シルバードラゴンがパルフィを見つめた。
(それはそれは。お初にお目にかかる。このようなところまでお運びいただき恐悦至極)
翼を畳み首を下げる。それは、奇妙なくらいに格が高く、高貴にさえ見えた。
「ええ。よろしくね、ヘンリエッタ」
パルフィは、もうヘンリエッタには驚きを感じていない、というか、事情が分かっているようで、悠々とヘンリエッタの挨拶を受けた。
「パ、パルフィ、一体どうなってるの?」
「こいつ、何者なんだよ?」
だが、事情が呑み込めないクリスたちは、戸惑った様子でパルフィに問いかける。それは、無理もなかった。いきなり、シルバードラゴンが現れて、肝を冷やしたうえに、人と話すことができて、しかも、目の前でパルフィに頭まで下げているのだ。
「ここはね、ドラゴン族を保護するために作られた保護生息地よ。で、ヘンリエッタがここの主なの」
「なんだ、その、保護生息地って?」
「ドラゴンって、大きくて強いから、街とかに飛んでくると大変なことになっちゃうのよね。それに、ドラゴンの方も、人里近いところは住みにくいのよ。だから、カトリアの幾つかの山を、一般の人は入れない保護区にして、そこに住んでもらってるのよ。とは言っても、ドラゴンの縄張りは広いから、一つの大きな山に一体ずつで、カトリア全部で4つしかないけどね。で、居場所を守ってあげる代わりに、いざという時には、カトリアの味方をしてもらうのよ」
「へえっ」
「ここは、そんなドラゴンリザーブの一つで、カトリアの南端にあるロシュフォール山脈よ」
「ということは、カトリアには、ドラゴンは全部で4体しかいないってことか」
「うーん、どっちかというと、4体もいる、かな。普通は、人が登れないような高い山にしかいないからね。それが、国の中に住んでるっていう方が、珍しいんじゃないかな」
「確かに、ドラゴンってのは、遭遇した話もあんまり聞かねえな」
「なるほどねえ」
とにかく、意思疎通もできているなら、ここでいきなり襲いかかられるということはなさそうだと、クリスたちも安堵したようだった。それでも、このように圧倒的な魔物がそばにいるのは、落ち着かない様子だったが。
そのときだった。不意にシルバードラゴンの後ろから、小さい、と言ってもグレンと同じぐらいの高さだったが、子供のドラゴンが現れたのだ。まだ、満足に歩けないらしく、翼を広げてヨタヨタとふらつきながらドラゴンの横に並ぶ。銀色のウロコに覆われているのは変わらないが、尻尾も翼も小さく、クリクリした目がとても愛らしい。
「いやあん、かわいい!」
「おお……」
「ベビードラゴンだ……」
「子供か?」
キュウキュウとかピイピイという愛嬌のある声を出して、パルフィの方へ近づいてくるが、ヨタヨタとおぼつかない足取りで、それがまた可愛らしさを醸し出している。
と、そこに、
グワアアア
とヘンリエッタがベビードラゴンに吼えた。すると、
きゅううう
ぴいい
とひときわ大きな声で鳴き、ばたつかせていた翼を畳み、パルフィに向かって頭を垂れた。王女に対し礼をしているらしい。
「あはは。あたしにお辞儀してくれてるのね。おー、よしよし」
パルフィがベビードラゴンの頭を撫でる。
キュウウウ
ベビードラゴンは、愛嬌のある鳴き声で、頭を下げたままパルフィの手に擦り付けた。
おそらく、まだ幼いため、人間と意思疎通ができないのだろう、ヘンリエッタのような声は聞こえてこない。
「ねえ、この子、名前何て言うの?」
(名か? 名は……という)
「え?」
パルフィが戸惑った顔で聞き返す。どう聞いても、「グゴワグアア」としか聞こえなかったのだ。
(我々の言葉は人間には発音できぬ)
「でも、あなたは人間にも発音できる名前があるじゃない」
(これは、人間がつけた名前だ。厳密には我の名前ではない。呼ぶ名がないと不都合ということで、そのようにつけたのだろう)
「へえ……。あ、それならさ、あたしたちがこの子に名前つけてあげるわよ」
(ほう、王女がつけてくれるのか。それは光栄だ)
「ようし、じゃあ、どうしよっかな……。ねえ、あんたたち、何かいい案ない?」
パルフィがクリスたちを振り返った。
「なら、オレ様の名前をくれてやってもいいぜ」
「なんで、この子にアンタの名前つけなきゃいけないのよ」
「ケッ」
「その前に、お尋ねしたいのですが、この子は男の子なのですか?」
(そうだ)
「それなら、やはり格好のいい名前がいいですね」
「ねえ、さっきのドラゴンの言葉でつけたこの子の名前って、何か意味とか由来があるのかい?」
(うーむ。説明するのが難しいが、そなたたちの言葉で分かるように言うと『勇敢に戦う』という意味になろうか)
「かっこいいじゃねえか」
それを聞いて、パルフィが何かを思いついたように顔を上げた。
「分かったわ、じゃあ『キャセル』はどう? カトリアに古くから伝わる名前で、『戦いを支配する者』っていう意味よ」
(ほう)
「それに、あなたも知っているかどうか分からないけど、『ヘンリエッタ』って『故国の支配者』っていう意味なのよ」
(それは知らなかった)
「じゃあ、丁度いいんじゃない?」
「親子で支配者なんざ豪儀な話だな」
(ああ、いい名前だ。王女よ、礼を言う)
「じゃあ、今日からあんたはキャセルよ。分かった、キャセル?」
きゅううぴいいふゅるるる
キャセルは、翼を広げて嬉しそうな鳴き声を上げた。
「はは、ちゃんとわかってるんじゃない」
「これくらい小さいと可愛いねえ」
「うむ。癒やされるな」
「親はこええけどな」
クリスたちがキャセルを取り囲んであやしていると、横でアルキタスが、咳払いをした。
「ゴホン。和んでおられるところを恐縮だが、時が移りますゆえ、殿下、そろそろ試験を始めますぞ。ヘンリエッタ殿もよろしいですかな」
(ああ、よかろう)
アルキタスの言葉を聞いて、クリスたちが我に返った。
「お、おいおい。ホントにやるのかよ」
「せ、先生、ちょっと待ってください。いくらヘンリエッタが手を抜いてくれても、シルバードラゴンと戦うなんて無理ですって」
「師匠殿、パルフィの言うとおりだ。これは流石に、私たちの手に余る……」
「回復呪文も意味がない気がします……」
「ん? いや、殿下。勘違いなさっておられるようですが、試験の相手は、このベビードラゴンのほうですぞ」
「は……?」
「えっ?」
一瞬、クリスたちは、何を言われたのか分からないという表情を見せたあと、キャセルを振り返り、ようやく理解が頭に落ちてきたかのように、一斉に声をあげた。
「えええええっ?」
「マジかよ」
「ホ、ホントに?」
「この子とやるのですか?」
「だが、お師匠さんよ、こんなチビに剣を向けるのは、気が引けるぜ。なりはでかいが、まだ小さなガキなんだろう?」
アルキタスは、グレンの抗議に首を振った。
「試験はあくまでも、対等以上に戦えるかどうかであるゆえ、命を落とすまでやる必要はないのじゃ。お主たちが心配していることにはならぬ」
「そ、それなら、構わねえが……」
「うーむ。こんな小さな子供に五人がかりで襲いかかるなど、良心が咎めるな」
「……仕方ないね。ケガさせないように注意しながらやろうよ」
「はあ。キャセル、ゴメンね」
キュウウ
まるで、大丈夫だと言わんばかりに、翼を広げて、大きな声を上げ、ドタドタと足踏みする。
「はは。キャセルもやる気みたいだよ」
「しゃあねえ。なら、いくぜ」
「うん」
あまり気が乗らないクリスたちだったが、この試験に合格しなければ、五人一緒に修行が続けられなくなる。
クリスたちは、キャセルと戦うべく、いつも通り陣形を整えた。




