成長速度
「さて、どうするよ?」
「うーむ。いきなり全力というのもな……」
戦闘態勢に入ったとはいえ、前衛のグレンとミズキは、剣を構えたまま動いていない。
すでに二人とも、攻撃準備はできている。ミズキの剣は青白く光り冷気を漂わせており、グレンの剣は赤く光って炎を纏っていた。
クラスにかかわらず、魔道を使う剣士は、直接的な呪文よりも自分の得物を媒体として魔道を使う剣技を得意としている。そして、自分の魔力を己の得物に注ぎ込むために、そういった剣士の剣や刀は魔力を伝導しやすい金属で作られているのだ。
だが、相手がシルバードラゴンとはいえ、キャセルは人間でいえば幼児である。怪我をさせるのが忍びなく、どの程度の力で攻撃して良いのか分からなかったのだ。
そこに、ヘンリエッタの声が、クリスたちの頭に殷々と響いてきた。
(どうした? そなたたちとの戦闘は、我が子にとっても戦いの練習になる。遠慮はいらぬぞ)
「そう言われてもな……」
「ねえ、あたしたちと戦って、大丈夫なの?」
(無論だ。我は、むしろ、そなたたちの身を案じているのだが、アルキタスがいるから問題なかろう)
「そ、そうなんだ……」
「オレたちの身ねえ」
グレンが、疑わしそうな目をキャセルに向けた。
背の高さだけで言えば、キャセルはグレンと同じ程度になるだろう。しかし、それは、長い首を真っ直ぐ上に伸ばしたらそうなるというだけで、今は前に突き出しているために、キャセルの顔はミズキよりも低い位置にある。しかも、胴体にいたってはせいぜい腰か胸の高さしかないのだ。
これで、キャセルよりも自分たちの身の安全を心配していると言われても、クリスたちは半信半疑であった。
「じゃあ、まず、小さな火の玉でもぶつけてみるかい?」
後衛から、クリスが声を掛けた。
「そうだな」
「分かった。いくよ」
クリスが呪文を唱え、試しにという感じで、火力を抑えた火の玉をキャセルに投げつけた。
ボボボッ
風を切る音を響かせて、火の玉が前衛のグレンとミズキの間を抜け、キャセルに向かって一直線に飛んでいく。
だが、直撃するかと思わせた瞬間、思わぬことが起こった。キャセルが口を大きく開け、あろうことか、そのままガプッと飲み込んだのだ。
「な、何だあ?」
「の、飲んじゃったよ」
「ちょ、ちょっと、キャセル、あんた……」
ぴいいい、きゅううう
だが、キャセルは熱がりもせず、なにやら嬉しそうに一鳴きして、再び大きな口を開けた。そして、今度はクリスが投げた何倍もの大きさの火の玉を、いきなりものすごい勢いで放ったのだ。
ボンッ
爆発するような音と共に、火の玉がキャセルの目の前にいたグレンに向かって飛んでいく。
「どわあ」
不意を突かれたグレンが体をひねって辛うじてよける。
火の玉はクリスたちの横を抜けて地面に激突して消えた。
「ほえ~。やるわねえ」
「さすがにシルバードラゴンだな、このような子供でも火の玉が吐けるということか」
「しかも、結構な威力だよ、今の」
ぴいいい、ぷるうう
キャセルは、それが何かの遊びだと思ったらしく、楽しそうな声で鳴いて、翼をバサバサと羽ばたかせながら、足を踏み鳴らした。
「では、剣の攻撃はどうかな。グレン、同時に行くぞ」
「おうよ」
「ハアッッ」
「どりゃあ」
それでは、というので、今度はグレンとミズキが同時に左右から切りかかった。
ガキッ
二人の剣が金属にぶつかるような硬い音があたりに響く。
キャセルはまるで楯のように両翼を広げて、両者の剣を難なく受け止めていた。
「ほう、我らの剣を受け止めるか」
「このまま押せ」
そのままギリギリと二人が力を込めて押し込もうとするが、キャセルは、びくともしない。
「ぐうう。いくらシルバードラゴンでも、こんなガキんちょに力で勝てねえとは……」
しばらく、力くらべのように剣と翼の押し合いをしていたが、不意に、キャセルがそれまで大して力を入れていなかったかのように、難なく二人をぐいっと押し返した。いや、単に押し返しただけに見えたのだが、二人は最後衛にいるルティのさらに後ろまで吹っ飛んだのだ。
「うわああ」
物凄い勢いで吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面に転がる二人。
きゅぴいいい
それを見て、キャセルがまた翼を広げて、足をドタドタと踏み鳴らす。
何やら得意そうな様子が見て取れる
「グレン、ミズキ!」
「だ、大丈夫?」
クリスたちが後ろを振り返る。
「あ、ああ。大事ない」
ルティがヒールをかけようとするのを、手で制しながら、ミズキが立ち上がった。
「っつつつ。なんだこのデタラメなバカ力は?」
グレンも砂を払いながら立ち上がる。
「……確かに、見くびると痛い目に遭いそうだな」
「ああ、こいつあ本物だぜ」
グレンとミズキは、前衛に戻って剣を構え直した。
二人からはもう先ほどの遠慮は感じられない。
「これは、もう手加減する必要はないわね」
「みな、気をつけろ。手を抜けばこちらがやられるぞ」
「よし、じゃあ、みんな、いくよ」
「おう」
「うんっ」
きゅうう、ぴぃぃぃ
そして、クリスたちは心置きなく全力で攻撃を開始したのだった。
それから、半刻後、
「それまでじゃ」
アルキタスが杖を上げて、戦闘をやめるように指示したとき、クリスたちは息も絶え絶えに、地面に崩れ落ちるようにその場に倒れこんだ。
「お、終わった」
「あたし、もうダメ……」
「ひ、ひでえ目にあった……」
一行は全員、見る影もなくボロボロになっていた。服は泥だらけ、身体中切り傷や擦り傷でいっぱいで、疲労の極みであった。キャセルにこれ以上ないぐらいこっぴどくやられたのだ。
「まさか、ここまでとはね……」
「……子供でも、……ド、ドラゴンはドラゴンということですね」
ルティも息が荒い。ひっきりなしに回復呪文をかけ続けなければならなかったのだ。
「こ、こいつに勝つまでやるのかよ……」
「そのうち、死ぬわよあたしたち……」
「弱いものいじめなどとは、とんでもない思い上がりだったようだ……」
ミズキも珍しく、肩で息をしながら、地面にひざをついている。
「これ、本当の戦いだったら、私たちここで全滅していますよね」
「まったくだ」
きゅううう、ぴいいい
一方のキャセルは、まだ物足りないらしく、翼をばたつかせながら、まるでもっとやろうと言わんばかりに、足をドタドタと踏み鳴らした。だが、それでも、疲労困憊のクリスたちが起き上がってこないのを見ると、一番近くで座り込んで大きく喘いでいるグレンに近付くと、袖をくわえて口で引っ張り上げようとした。
「お、おい、まだやるのかよ。勘弁してくれ」
グレンが、疲れ切った顔で頼むが、キャセルは聞く耳を持たず、ズルズルと引きずっていこうとする。
「お、おい……」
だが、見かねたようにヘンリエッタが
グワアアア
と吼えると、キャセルはしゅんとしてグレンを放し大人しくなった。だが、その代わりに、パルフィのそばまでヨタヨタと歩いて行って、隣に座り込んだ。
「ホント、アンタは強いわねえ。参ったわよ」
パルフィが、頭を撫でると、
キュウウ
と甘えた声を出しながら、頭を擦り付ける。
ドラゴン族はどの種も、鱗が盾となり、あらゆる攻撃を跳ね返すと言われている。実際、その鱗から作られたドラゴンスケイルという盾は、強力な防御力を誇る。
キャセルもその鱗で覆われており、ほとんどと言っていいほど攻撃が通用しなかった。
そして、こちらが本気になればなるほど、まるで遊んでもらっているかのように、喜んで反撃してきたのだ。
最初は火の玉だけかと思われた攻撃も、口から冷気を放射することもでき、クリスたちを慌てさせた。
さらに、火炎と冷気に加え、力の強さも圧倒的だった。一度、グレンがキャセルの不意を突き、足で顔を蹴り飛ばそうとした時、キャセルは大きな口を開けて、飛んできたグレンの足首をガブリと受け止めて、そのままグレンをブンブンと振り回し、はるか後方まで投げ飛ばしたのだ。
ルティも、最初は、キャセルが傷ついてもすぐに治癒できるように、回復呪文を準備していたが、すぐに、クリスたちに次々と掛けなければならない羽目に陥った。そして、しまいには、パーティーが一気に崩れ落ちないように維持するだけで必死だったのだ。
結局、マナ切れになったところで、アルキタスが戦闘を止めた。
クリスたちの、大差の負けであった。ルティが言ったとおり、本当の戦闘なら、全滅していただろう。
「……ここまでやられちゃうと、自信なくすわね」
「勝負には負けましたが、いい修行になりましたな」
老師は、杖を片手に悠然と立って、クリスたちを見下ろしていた。
「先生は、こうなるって分かってたんですね」
パルフィが老師を見上げる。
「さよう。幼体とはいえシルバードラゴンですからな。ただ、予想よりも健闘したと思いますぞ。ワシは、もっと早く勝負がつくと思っておりましたからな」
「へっ、褒めてくれてるんだろうが、うれしくねえな」
「ああ」
「キャセルは、戦っているというより、一緒に遊んでるだけのようでしたが……」
「まったくだぜ。こいつにとっちゃ、オレたちはいい遊び相手というか、おもちゃ扱いだな」
「まさに……」
「ほんとよねえ」
パルフィが自分の隣に座っているキャセルの頭を撫でながら、ため息をついた。
「でも、その子はすっかりパルフィになついたね」
「同類と思ってんじゃねえか」
「うるさいわね」
(王女よ、礼を言う。そなたたちのおかげで、よい訓練となった)
ヘンリエッタの声が頭に響く。
「まあ、あたしたちだと弱すぎて申し訳ないんだけどさ」
(そんなことはない。それに、この子は、よほど、そなたたちを気に入ったようだ。また遊びにきてやってくれ)
「ええ、あたしたちもキャセルに勝たないといけないから」
(どういうことだ?)
「えーとね……」
パルフィが、ヘンリエッタにこれが試験であることをかいつまんで説明した。
(なるほど。それは、なかなか王女にとって不利な条件であるかもしれぬな)
「何で?」
(……それは、次に戦えば分かるだろう)
「ふーん。まあ、いいわ。今日は負けちゃったけど、次は勝たなきゃね」
「だな。ちっと、燃えてきたぜ」
「うん、王宮に帰って、ちょっと作戦を練ろうよ」
「そうですよ。いくらシルバードラゴン相手でも、幼児に負け続けるわけにはいきませんからね」
ぴいぃぃぃ、ぴゅるるる
なぜか、キャセルもうれしそうな鳴き声を上げるのだった。
そして、それから十日後。
クリスたちは、キャセルとの三度目の勝負で惨敗を喫して王宮に帰還したあと、今後の相談をするために、全員クリスの部屋に集まっていた。
「こいつは、やべえな」
「さすがにまずいよね……」
「二度ならず、三度までやっても、あの有り様ではな……」
「……」
惨敗が続いたとあって、クリスたちも意気が上がらない様子である。
すでに三度戦ってキャセルの強さや攻撃パターンが把握できてきた。その分だけ、最初よりもキャセルを相手にうまく戦えるようになったのだが、それで有利に戦いが進められるかというとそうではなかった。基本的な攻撃力と体力にかなりの差があるうえに、キャセルの戦い方も上達してきたのだ。
「ダメね、今のあたしたちじゃ、あの子にどうやっても勝てないわよ」
「むしろ、回数をこなすだけこちらが不利だ」
「ああ。あいつ、やる度に戦いがうまくなってやがる。オレ達の上達より、あいつの方が速え」
「小さな子供だからかな、吸収がやたら速い感じがするね」
「ヘンリエッタが、この試験は私たちに不利だと言っていたのは、おそらくこのことですね」
「だね。きっと、キャセルの成長速度が僕たちよりも速いって分かってたんだよ」
グレンかミズキのどちらかが、大きな技で攻撃するふりをして、残りのものが反対から攻めるといった、単純な陽動にも引っかかっていたキャセルであったが、三度目にはほとんど引っかからなくなっていた。とはいっても、もともと陽動に引っかかったところで、大したダメージは与えられていなかったのだが。
しかし、基本的な攻撃力と体力で大きく劣るクリスたちにとって、唯一の勝機は五人のコンビネーションと、戦術にあったのだ。キャセルがそれについてこられるようになると、もはやクリスたちに勝ち目はない。その上、こちらが上達する以上にキャセルの上達が速いのだ。見通しは相当に暗かった。
「こうなると、いつになったら勝てるのか想像がつかないな」
「あと何ヶ月もかかるのではないか」
「まあ、それも陛下の目的だとも思うけどね」
クリスが、肩をすくめる。
「それ、どういう意味よ?……」
「パルフィをここから出さずにすむってことだよ。このままだと、僕たちはキャセルに勝つことができず、いつまでもカトリアを出られないことになる。陛下としては、パルフィを見張る必要もなく、自発的にこの国にとどまってくれるわけさ」
「なんで? また逃げ出したらいいんじゃない?」
「ダメだよ、忘れたの? 僕たちはミッションを引き受けた身だ。もう途中でキャンセルできないよ」
「あ、そうか……。それで、お父様は、ギルドの公式ミッションという扱いにしたのね」
「なるほど、そういうことでしたか……」
ようやく、国王の意図に気がついたという様子で、四人は微妙な顔をした。
「おかしいと思ったんだよね。陛下は、パルフィが危険な目に遭わないかどうか確認するために試験するって仰ってたけど、これまで僕たちが瀕死の憂き目に遭ったのは、調子に乗っていたり、不慮の出来事に巻き込まれたりしたからだ。自分たちが弱かったというのが主要な原因じゃない。それに、いくらランクが高くても、危険なことは起こるし、弱くてもそれに見合ったミッションを引き受けていればいいんだからね。それなのに、なんで、キャセルに勝てたら、それだけで陛下が納得できるんだろうって。キャセルよりも強い魔物だっていくらでもいるんだから。……きっと、陛下はできるだけ長くパルフィを引き止めたいんだよ。それに、キャセルと戦っても、パルフィにとっては覚醒を押さえる修行にはなるし、相手が敵意のないキャセルで、しかも、アルキタス先生がそばにいれば、パルフィに危険が起こることもないだろうからね。まさに、一石二鳥だよ」
「へっ、なるほどねえ。まあ、さすがは一国の王ってところだな。おめえの親父さん、頭が回るぜ」
グレンが、感心したように肩をすくめた。
「しかし、どうする? さすがにずっとここにいるわけにもいかぬだろう?」
「だな。ちょっと王宮暮らしも窮屈に感じてきたからな」
「パルフィが、旅に出たいって気持ちがよく分かったよ。数日で窮屈なんだからさ」
「まあね」
「で、どうする?」
「どうするって言っても、地道に修行して強い呪文と技を使えるようになるしかないんじゃない?」
「だが、それだと、本当に長い時間がかかるぞ」
「しかも、キャセルもその間に成長してるだろうしな」
「うーん」
思案顔で、対策を考える一同。ややあって、クリスが声をあげた。
「そうだ! いい考えがある」
「なんだ?」
「レイチェルだよ」
「レ、レイチェルがどうしたっていうのよ?」
パルフィは、クリスの口からレイチェルの名前が出たのを聞いて、警戒心丸出しの声になった。前回、フィンルート遺跡での別れ際、レイチェルに告げられたことがずっと心に残っていたのだ。
『いい、パルフィ? クリスを狙ってるんだったら、早くしないと私が取っちゃうからね』
レイチェルの言った言葉が頭をよぎる。
(まったく、何が怖いって、レイチェルなら本当にやりかねないってことよ)
レイチェルは学者で頭脳明晰、おまけに美人である。それに、快活で、クリスより年が2つか3つほどしか変わらないのに、大人の成熟した魅力を持っていた。そんなレイチェルに迫られたら、いかにのほほんとしたクリスでもフラフラとついて行きそうに思える。
(だいたい、男ってみんな年上の色香に惑わされるのよね。グレンだって、エミリアさんに一目惚れしたあげくに、お姉様にもデレデレになってさ。クリスもきっとそうに違いないわ)
そんなレイチェルに自分たちが一体何の用があるっていうのか。
もちろん、これはかなり一面的なものの見方ではあったが、王宮暮らしだったパルフィには、男の好みについて知る機会もなく、若い男性と行動したこともほとんどなかった。したがって、たとえば自分のような、小柄で活発、ちょっと生意気な妹タイプが好みである男性も世の中にはちゃんと存在しているなどということは、思いもつかなかったのだ。そして、これはまたパルフィ自身が、姉に対して引け目を感じていることもあったかもしれない。
だが、当のクリスはパルフィのそんな葛藤に気がつくはずもなく、嬉しそうに自分のひらめいたアイデアを説明し出した。
「ほら、僕たち、前に、レイチェルに魔幻語の発音を矯正してもらって、呪文が強くなったんじゃないか。あの時は、一人一つだけだったけど、今度は別の呪文を教えてもらいに行けばいいんだよ」
「おう、そうか」
「それは、名案だな」
「ああ、なるほどね。それは、確かにいい考えかも……」
パルフィも、しぶしぶ頷いた。確かに、それなら短期間で呪文の威力を大幅に向上させることができる。
「でも、どうやってここを出るんだ?」
「意味もなく出国させてくれないよね」
「うーん」
しばらく悩んだ後、ルティが顔を上げた。
「そう言えば、私たち、ギルドのミッションでここに来たんですよね? ですから、配達完了の報告をしにギルドに戻らなければならないのではないですか?」
「おお、そうだ。それだ」
「よし、じゃあ、さっそく、陛下に出国の許可をもらって、アルティアに帰ろう」
「おう」
「そうね」
久しぶりにアルティアに帰れる。この見通しに、クリスたちは盛り上がるのだった。
次の日、パルフィが、国王に出国許可をもらいに行った。
クリスたちが今回の試験をマジスタのミッションとして引き受けており、逃げ出すことがないと分かっていたためか、国王は、すんなりと出国を許可して、さらには、来たときと同じように国境の街メルシュまで、親衛騎士団の護衛付きで馬車を仕立ててくれたのだった。
行きの道のりをちょうど逆に歩き、メルシュからルートン経由でアルトファリアに入国し、ルートンに一泊してから、翌朝にアルティアに向かって出発。
そして、クリスたちがアルティアに戻ってきたのは、オルベール王宮を出てから4日目、もうじき夕方に差し掛かろうかという頃のことであった。




