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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第二巻 未来の古代人たち
57/157

爆発の中で

(どうやら、ここまでのようね……)


 レイチェルは脱出手段がないことを悟った。

 テレポートなしで基地から脱出し、爆発の影響がないところまで逃げるのは不可能だった。しかも、基地のシールドはリチャードの命令で解除できない。レイチェルは、基地内に閉じ込められたのだ。


 最後は、自分の時代の施設の中で、リチャードの死体と共にこの世界から消えていく。そのことに、少し皮肉を感じて、レイチェルはフッと薄く笑った。


(まあ、無関係な人たちを巻き込まずにすむならそれでいいわ……)


 レイチェルは、自分がもうすぐ死ぬことにあまり恐怖を感じていないことに気がついた。それは、あまりの現実感のなさによるものなのかもしれない。


(せっかく、この時代も好きになってきたのにな……)


 この時代に目覚め、新しい絆も生まれた。そして、ここで生きて行くのも悪くないと思い始めてきたところだったのだ。100年にも満たない本来の生を生きたなら、絶対に会うことができなかった友人たち。彼らとこんなにも早く別れを告げなければならないことが残念だった。


 人類はこの一万年で進化した。


 レイチェルは今はそう思える。

 科学のレベルはそうではないかもしれない。しかし、彼らには魔道がある。自分の時代では夢物語だった火の玉もテレポートもここではなんの装置もなく、修行するだけでできるようになるのだ。


 この世界に来るまで、魔法は、非科学的な、あくまで空想の世界のお話だと思い込んでいた。しかし、そうではないのだ。科学とは全く異なるアプローチであり、しかも、呪文が発生する科学的原理も分かっていないものの、自然に存在する法則や力を使っているのには代わりはない。

 それはちょうど火の使用と似ているとレイチェルは思った。10万年以上の太古から、つい数百年前まで人類は燃焼の原理を理解していなかった。だが、それでも火をおこし、さまざまなことに利用していたのだ。これと同じで、魔道も、魔幻語使いたちが原理を理解していないだけで、やはり科学の法則に則って効力が生じているはずである。そして、魔道を科学的に研究していけば、高度に発達したレイチェルの時代においてさえ未だ発見されていなかった科学の真理も解き明かせるだろう。科学者として、これほど胸が躍る研究材料があるだろうか。

 

 そして、もし、リチャードが自分と同じような目覚め方をしていれば、この時代で共に生き、さまざまな研究もできたであろう。そう思うと胸が痛くなる。

 それももう叶わない。自分はリチャードの暴走を止めるために魔道を用いて彼を倒し、そして、自分は、まもなくこの基地と共に滅びるのだ。


 レイチェルは、悲しみの目でリチャードの亡骸を見つめた。

 

(リチャード……)


 そのとき、ふと心に奇妙な胸騒ぎを感じた。

 何か、この時代で目覚める前に、重要なことをリチャードから聞いていた気がするのだ。


(あれは、何の話だったかしら……)


 何かは分からないのに、今ここで思い出さなければならないという切羽詰まった緊張だけが全身を駆けめぐる。何か脱出のアイデアになるようなことが、湧き出そうなのに出ないような焦りにも似た感覚。


(確か、最後の会話で……)


 レイチェルは、必死に記憶の糸をたどって行く。


(そうだ! これよ)


 自分がコールドスリープカプセルに入る前日、リチャードと映像通信で話したときに彼が言ったことを思い出したのだ。


(もしかしたら、まだ助かるかもしれない……。ものすごく確率が低いけど、やるだけやってみなきゃ)


 レイチェルは立ち上がって、走り出した。



◆◆◆


 そのころ、クリスは、レイチェルのテレポートを今か今かと待っていた。


(もう、爆発までそんなに時間がないはずだ……)


 自分が転送されてから、パルフィたちが送られてくるまで、これほど時間がかからなかったのだ。それが、まだ何の音沙汰もない。ジリジリした気持ちのまま、崖から発掘現場の方を見つめる。

 何やら複雑な操作をしていた彼女の邪魔してはいけないと思い、こちらから声をかけることはしなかったが、そろそろ限界だった。

 だが、ちょうどそのとき、彼女の声が脳に響いてきた。


(クリス、聞こえる?)

(レイチェル!)


 声を聞き、大きく安堵するクリス。


(みんなは無事にテレポートできた?)

(うん、こちらに着いてるよ。今、手当てを受けてる)


 クリスが振り返る。すぐ後ろでは、仲間がウォルターたちの懸命の治療を受けていた。


(そう、よかった……)

(君も早く、脱出するんだ)

(……ううん、もう無理なの……)

(な、なんでだよ?)

(あの後、リチャードが来てね……)

(な、何だって?)

(なんとか、やっつけたんだけど、テレポーターが壊れたのよ……)

(そんな……)

(そんな声出さないで。今、最後の手段を試そうとしているところなの。うまく行くかどうか分からないけど)

(レイチェル、死んじゃだめだ。せっかくこの時代で会えたんじゃないか……)

(そうね。でも、うまく行かなくても多分私は死なないの。ただ、みんなとはもう会えなくなると思うけど……)

(そ、それはどういう……?)

(あのね……)


 レイチェルが、自分のプランを手短に説明した。それを聞いたクリスは半信半疑だった。


(そ、そんなこと、うまく行くの……?)

(さあ、どうかしら。もう一か八かね。他にこれしか手段がないから……)

(……うまく行くことを祈っているよ)

(私もよ。でも、ダメだったときのために、さよならだけは言っておくわね)

(レイチェル!)

(クリス)


 レイチェルの声が改まる。


(みんなと、そしてあなたと一緒にいられて楽しかった。一万年も未来なのに、こんな古代人のような生活をしていて最初は驚いたけど、この世界も、そしてあなたのことも好きだったわ。さよなら、クリス。みんなによろしくね)

(レイチェル!)


 そこで、遠話が切れた。


「レイチェル!」


 クリスは思わず声に出して叫んだ。


(生きて、無事でいてくれ……)


 だが、クリスは感傷に浸る暇なく現実に引き戻された。


「だめだ、怪我がひどすぎる。このままでは四人とも助からん」


 その声に、我に返り、地面に寝かされているグレンたちの方を振り返る。

 ウォルターたちが、発掘隊が持参していた医療用具とポーションを使って、何とか治療しようとしているが、機械兵や巨人との激闘で負った傷は深く、四人とも重篤な状態だった。


「クリス、もう我々では、どうしようもない……」


 4人のそばにしゃがんで必死に手当をしていたウォルターが、無念の表情でクリスを見上げた。


「そ、そんな……」

「フィンルート村に、高ランクのヒーラーはいないのか」


 エドモンドが村人達に尋ねるが、一様に首を振るだけだった。


「くっ、どうすればいいんだ」

「今からヒーラーを連れて来るっていっても間に合わないよね……」

「ん?」

「ギルド宿舎の診療室にルティのお姉さんがいて、ランク6の祭司なんだけど……」


 エミリアは今日までギルド宿舎にいるはずだった。

 もう少しここがアルティアに近ければ、エミリアを連れてくることができたかもしれない、だがこの距離では……。クリスは、絶望的な気持ちであった。

 だが、ウォルターからは意外な反応が返ってきた。


「そうか! その手があったか。よく思いついたぞ、クリス!」

「え? で、でも、どうやって連れてくるの?」


 ここからアルティアまで往復で丸2日近くかかるのだ。自分で歩いてみて、クリスはその遠さを身にしみて分かっていた。幻術士のテレポートなしでは到底間に合わない。


「私に考えがある」


 ウォルターは、ニヤリと微笑んで、そばにいたエドモンドを振り返った。


「エド。グスタフを連れて来い」



■■■■



 一方、レイチェルはクリスに別れを告げた後、シャトルリフトに乗り込んでいた。


「研究員居住区」


 リフトのコンピューターに向かって行き先を告げる。

 同時に、リフトが動き始めた。


(ベス、爆発まであとどれくらい?)

(あと、4分13秒です)

(間に合うかどうかぎりぎりのところね……)


 やがて、リフトが停止して扉が開く。研究員居住区に着いたのだ。レイチェルは、リフトを出て走り出す。


(E-62だったわね……)


 部屋の番号を思い出しながら、通路を駆け下りる。通路の両側には研究員の部屋の扉が並んでいた。


 基本的に、居住区の部屋はオートロックであり、本人以外は、中から開けないと扉が開かないことになっている。ただし、家族など本人があらかじめ登録していた者なら、入室ログに記録されるものの、自由に入ることが可能であった。

 今向かっているその部屋は自分の部屋ではないため、本来は入ることはできない。しかし、レイチェルは自分がその部屋の入室許可を受けた者として登録されていることを知っていた。


(ここだわ……)


 やがて、その部屋の前に到着する。扉の横の壁に示された部屋番号を確認するレイチェル。そして、その部屋番号の下には居住者のネームプレートが張ってあった。


 リチャード・メイス


 レイチェルは、リチャードの部屋に来たのだ。

 掌紋照合パネルに掌を当てると、ピッという音がして、ドアが開いた。

 急いで中に入ると、そこは当時のリチャードの部屋のままだった。一万年が経過しているため、紙や布製のものは風化してちりとなっていたが、最低限の空調が行われているため、それほど時間の経過は分からなかった。

 その懐かしさに、リチャードとの思い出からここまでの出来事が一気に心の中によみがえる。

 

(あの日、コールドスリープから目覚めたら、この部屋に来るはずだったのに……)


 それまでも、この部屋には何回か来ていた。だが、それは、あくまで他の研究員たちと、同僚として仕事の話をしにきただけだ。あの日、付き合い始めてから初めてこの部屋に来ることになるはずだったのだ。

 さまざまな感情に押し流されそうになるのをなんとか押しとどめて、レイチェルは部屋を見渡し、目的のものを探した。感傷に浸っている暇はない。


(爆発まであと3分です)


 それを裏付けるかのようにベスの声が聞こえる。


(あった!)


 レイチェルは、部屋の奥のほうで、自分が探していたものを見つけた。それは、コールドスリープカプセルだった。最後の映像通信で、リチャードからカプセルを自室に置いているということを聞いたのを思い出したのだった。

 カプセルには、シールド機能が備わっている。コールドスリープに入ったあの日、研究棟がミサイルの直撃を受けてもレイチェルが生き延びたのは、この機能のおかげであった。そして、今再び、自分の命をこれに掛けることになろうとは、全く予想もしていなかった不思議なめぐりあわせであった。


 レイチェルは、カプセルに駆け寄り、ベスに命じる。


(ベス、カプセル起動。そして、コンフィギュレーションを私に合わせて調節して。システムチェックはプライマリーだけやって、後は飛ばしてちょうだい)

(了解しました)


 機械の駆動音が鳴り、いくつかの光が点灯して、カプセルの上蓋が開く。レイチェルは急いで中に入り、仰向けに横たわった。


(それと、短時間でいいから、シールド最大にして。最初の爆発が一番激しいから)

(設定しました。システムチェック完了。カプセルに異常ありません。反粒子爆弾の爆発まであと2分30秒です)

(コールドスリープ開始)

(コールドスリープ開始します)


 蓋がだんだんと降りてきて、ガシャンという音を立てて完全に閉じた。


(そうだ、忘れるところだった。爆発が収まったら、クリスが聞こえるよう救難信号を出し続けてちょうだい)

(了解しました)


 もう後は運を天に任せるしかない。レイチェルは、目を閉じた。


(クリス……、お願い、私を見つけてね……)


 彼の優しい笑顔が脳裏に蘇る。レイチェルは我知らず微笑んで、そして、意識を失った。



■■■■



 一方、クリスは、転送された崖の端に立って、遠く遺跡を見下ろしていた。


(もうそろそろ爆発する頃だ……)


 詳しい話は聞いていないが、本来なら、この地域一体が巨大な穴になってしまうぐらい猛烈な爆発を、基地全体にシールドを張って最小限に抑えるとレイチェルが言っていた。そのため、基地は完全に破壊されるが、シールドの外側は、それほどの爆発にはならないはずであった。

 人間一人をシールドで包むというのは、神官の呪文にもあるが、巨大な建物を全て覆いつくすというのは、聞いたこともない。クリスは、旧文明の科学力に驚きを隠せなかった。


 しばらくして、ズズンという大きな音がして、激しい地響きがした。そして、低い地鳴りが辺りに響き渡り、周りの山々が揺れ動いているように見える。


「来たか!」


 クリスが身構える。


 その瞬間、湖の底から大きな爆発が起こり、まるで巨大な噴水のように、とてつもない幅の水柱が天に向かってほとばしった。

 だが、何ということだろう、それは空中で何か見えない天井にぶち当たったかのように跳ね返されたのだ。その一瞬、何か透明な覆いのようなものが光ったのが見えた。そのとき、初めて、クリスは遺跡全体が透明な殻のようなものに包まれていることを知った。そして、やがて、シールドに跳ね返された湖水や土砂などが落ちてきて、湖面にぶつかり、ものすごい音を立てる。あまりの衝撃と、その水の量に、水煙が濃い霧のように周りに立ち込め、しばらくの間視界の一部がさえぎられた。さらに、湖に面していた山の斜面も、爆発の影響で次々と崩れて、ドドドというものすごい音を立てて湖面に流れ込んでくる。湖面の水が激しくうねり、まさに大荒れの大海のような様相であった。


 しばらくすると、今度は濁流の音とともに水位が急速に回復していった。爆発のせいで、基地が塞いでいた水脈に穴を開けたのかもしれない。見る見るうちに、水位が戻っただけでなく、さらに水かさは増え、発掘隊の小屋なども一気に押し流してしまった。

 これは、もはや、単なる土砂崩れや水位の上昇というレベルではなかった。もうすでに、先ほどとは風景全体が変わってしまっている。

 まさに圧倒的な自然の力であった。この自然の力を前にして、ただ立ちつくし、人間の無力さを感じるクリス。

 シールドが爆発を抑えてこの状態なら、基地の中は一体どうなっているのだろう。

 その中を人は生き残ることができるのか。


(無理だよ、こんなの、レイチェル……)


 絶望に打ちのめされる中、クリスは、いつの間にか地面に膝をついて、茫然自失の状態で、ただその光景を見つめていた。




【次回予告】


コールドスリープカプセルに入り爆発から身を守ろうとしたレイチェル、はたして彼女は生き残ることができるのか。そして、生き残った者は自分の気持ちに向き合うことになる。


「ほら、涙拭かなきゃ」


「ただ、レイチェルが……」


「クリス、お前にはまだ話していなかったことがある」



次回『公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活』第二巻「未来の古代人たち」

第二十六話「それぞれの想い」をお楽しみに。


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