滅びの時
クリスとの通信を終えて、しばらくしてからのことだった。
「おい」
不意にリチャードに話しかけられ、レイチェルは面を上げた。
彼は一通り司令室を見回って気が済んだらしく、レイチェルのところに近づいてきた。
40年越しの復讐が達成されるという見通しに、邪な喜びを見出しているのか、上機嫌である。
「お前は一万年前に何が起こったのか、興味がないか?」
「え、ええ、それはもちろん……」
ベスを通じてクリスと連絡を取っていたことを悟られたわけではないと分かって、ホッとしながら、レイチェルが答える。
「暇つぶしに、調べてみるとするか。私も興味がないわけではないからな」
「え、どうやって?」
「あの日、この司令室で何があったか分かれば、かなりの手がかりになるはずだ」
「それは、そうだけど、そんなこと分かるの?」
リチャードはそれには答えず、代わりに管制コンピューターに命令した。
「コンピューター、この基地はおよそ一万年前に攻撃を受けたはずだ。その当時の司令室内の記録は残っているか?」
「保存サレテイマス」
「では、それをホログラム再生しろ」
「了解。再生シマス」
その声と共に、照明が暗くなった。ホログラムは立体的に映像を再生する技術である。士官や兵士たちが、まるで実在する人間のように、突然自分の周りに現れた。
「これは……」
「司令室の様子は常時記録されている。それを再生しているだけだ」
三次元の投影により、まさにあの日の司令室が再現されており、レイチェルは、自分が実際に当時の司令室にいるような錯覚に陥った。
ざっと見る限り、30人程度の士官や兵士がいて、ざわめきや物音、一人一人の会話まで再現されている。まだ何も変わったことは起こっていないものの、忙しそうに、通常の基地業務を行っていた。
司令室の中央にいるレイチェルたちに、士官たちがぶつかるが、あくまで映像であるため、すり抜けるだけである。
突然、レイチェルの近くに持ち場のあった一人の兵士が血相を変えて立ち上がって、後ろを振り返り大声を上げた。
「司令!」
「何事だ、マリガン中尉」
「非常事態です。ヘインズ基地から巡航ミサイルが3発発射されました。弾道分析によると、着弾地はヘインズ基地から南に10kmの都市、バーネット市の中心部であります!」
その声に、司令室全体に一気に緊張が走った。あちらこちらで指示が飛び、兵士たちが持ち場のコンソールに向かってせわしなく動き出す。
「何だと? もう一度確認しろ。自分の街を攻撃するなどありえん」
司令と呼ばれた将官は、クラーク中将だった。レイチェルも、自分の研究のプレゼンテーションで直接話したことが何度かあった。すでに60近い年齢だったが、いかにも百戦錬磨の兵士といった趣で、かつ司令官としても有能な人物だった。
別の兵士が立ち上がって声をあげた。
「司令、衛星センサーでも確認しました。やはり、発射したのはヘインズ基地です」
「すぐにヘインズ基地に連絡して、ミサイルを自爆させろと伝えろ」
「了解であります」
「バーンズ少尉、こちらの迎撃ミサイルは間に合うか?」
「だめです。もう着弾まで40秒しかありません……」
「くっ、早すぎる……」
長距離を飛んでくる他国からのミサイルなら、発射を探知してから着弾までに時間の余裕があるため、様々な対抗策を取ることができる。しかし、自国内の、しかも近隣から発射されたミサイルは、短時間で着弾するため、対応が限られることになるのだ。
「だめです。ヘインズ基地は応答しません」
「バーネット市に知らせろ」
「先ほどからやっていますが、市庁舎も警察・消防も連絡が取れません」
「一体どうなっとるんだ……。衛星映像をスクリーンに出せ。バーネットに向けろ」
「了解しました」
正面のスクリーンが切り替わり、上空から見た大きな都市が映された。
無数の高層ビルが、昇ったばかりの朝日に照らされて美しい。
「まさか本当に……」
連絡は取れなかったが、ヘインズ基地もミサイルの誤射に気がついているはずだ。今頃、着弾させないように必死になっているだろう。しかし、もし、いずれの措置も効果がなかったら……。兵士たちはスクリーンを見入っていた。
「着弾10秒前」
「まだ、自爆する様子はないのか?」
「ありません。対空砲などによる撃墜も行われていないようです」
「何をやっておるのだ……」
「着弾まで4秒、3、2、1……」
そして、兵士のゼロという声が聞こえるの同時に、スクリーン上部からものすごい速さで落ちてくる三つの小さな影が映り、そして、それが地面にぶつかった瞬間、巨大な爆発が立て続けに三つ起こった。あまりのまぶしさに、手をかざす兵士たち。レイチェルも、まぶしくてスクリーンから目をそらした。
そして、再びスクリーンを見たとき、映っていたのは街全体を覆う、もうもうと立ち込める煙だった。やがて、その煙が徐々に拡散し、街の様子が見えてくる。そこに映し出されたのは、あのロザリアの記憶で見た焼け野原と同じような惨状だった。爆発の中心部では全ての建築物が吹き飛び、巨大なクレーターしかなく、その周囲も爆風の影響か、ほとんどの建物が全壊から半壊の状態だった。そして、あちらこちらで火の手が上がっている。
「何ということだ……」
クラークがスクリーンを見てつぶやいた。
しばらくの間、司令室の兵士たちは言葉を失って、ただスクリーンの惨状を凝視していた。重い静寂が司令室を覆う。味方の基地が、あろうことか、守るべき自国の都市にミサイルを撃ち込んでしまったのだ。死傷者はおそらく何万人、いや、もしかすると何十万人にも達するかもしれない。偶発的な誤射というにはあまりにも甚大な損害である。
だが、そんな沈黙も、別の兵士の報告によって破られた。
「し、司令! た、大変であります……」
「落ち着け、中尉。何事だ?」
「は、はい。こ、今度はギ、ギルバード基地が、巡航ミサイルを2発発射しました。着弾地はレディング市であります」
「何……だと?」
クラークが、今言われた情報をなんとか理解しようとする前に、別の兵士が叫んだ。
「司令、さらに別のミサイルを確認しました。サウスエンド基地からミサイル発射、着弾地はハートフォード市であります」
そして、このような報告はこれだけにとどまらなかった。すぐに、次から次へと味方基地から自国都市への攻撃が報告されたのである。
「なんだというのだ。みんな狂ってしまったのか。マリガン中尉、どこにでもいいから連絡を取って、現状を把握しろ!」
「だめです。先ほどから、ありとあらゆる機関に連絡を取ろうとしていますが、一つもつながりません。統合作戦司令本部も、大統領府も全て連絡不能です」
「何だというのだ、どいつもこいつも」
クラークは怒り狂った。
「発射された中で、こちらから撃ち落せるミサイルがないか確認しろ。一発でも着弾する数を減らすのだ」
「りょ、了解です」
だが、本当の驚愕は次の瞬間に訪れた。
何かが基地から発射されるような地響きがしたのだ。
「今度は何だ!」
「し、司令っ、第4番サイロより、ミサイルが発射されました!」
「何だと? 誰も発射命令などだしておらんぞ」
「違います、ミサイルの発射シークエンスが勝手に始動したのであります」
「くっ、どこに向かった?」
「コース設定値確認中。出ました、こ、これは……、目標はケント市の中心部であります」
(ケント……)
ケント市は、この基地から60キロほど離れた商業観光都市である。レイチェルも、非番の日には友人たちと、そしてリチャードとも出かけたことが何度もあった。
そして、それはまた……。
(ご参考までに……)
急に、ベスの声が脳裏に響く。
(どうしたの、ベス?)
(ケント市はロザリアのロックフォード研究所があったところです)
(え、そうなの? ということは、もしかして、これが、私が見たミサイルだったってこと……?)
(ミサイルの種類と、着弾時刻から計算するとそうなります)
(そう……)
彼女の記憶の中で見たミサイル攻撃はこのようにして行われたのだ。
スクリーンにはいまこの基地から発射されたばかりのミサイルが映っている。
レイチェルは複雑な思いで見つめた。
「直ちにミサイルを自爆させろ! 何としても着弾させてはならん」
クラークが必死の形相で叫ぶ。
「だめです、こちらのコマンドに反応しません。ガイダンス・システムによるコース変更も受け付けません。完全に制御不可能です。着弾まで2分」
「対空砲で撃ち落せ」
「す、すでに圏外であります」
「クッ」
「ケント市も周辺都市も一切連絡が取れません。全方位全チャンネル、すべてにおいてコンタクト不能。当基地は完全に孤立状態であります」
「なんということだ……」
クラークが頭を抱えた。そして、何かを悟ったかのように頭を上げ、一人つぶやいた。
「そうか……、これが他の基地でも起こっているのだな……」
最初にミサイルを発射したヘインズ基地も、その他の基地も、みな同じように連絡も取れず孤立したまま、いきなりミサイルを発射してしまい、これ以上の惨事を防ぐため懸命に戦っているのだろう。それならこの状態も理解できる。
だが、クラークに、感慨に浸る暇はなかった。
「別の発射シークエンスが開始されました。こ、今度は第1番から第3番サイロです。制御不能。止められません!」
「ええい。ミサイル管制コンピューターの電源を切れ。そして、バックアップに切り替えろ」
「ダメです、一切反応しません。こちらのコマンドが完全にロックアウトされています」
「くっ。一体どうなってしまったというのだ……」
さらに、事態は悪化して行く。
「司令、ダグナム基地からミサイル発射を確認。3発です」
「目標はどこだ?」
「目標は……、と、当基地であります! 到着まで1分45秒」
「都市を狙っているのかと思えば、今度は軍事基地か。空襲警報を鳴らせ。シールドを張れ。対空砲準備」
「了解。シールド起動。直ちに迎撃準備に入ります」
「司令! ダグナム基地は、応答しません」
別の兵士が、声を上げる。
「だろうな。構わん、向こうは当てにするな。こちらだけで処理するぞ」
「大変です! 新たに5発のミサイルがこちらに向かってます。着弾までおよそ2分。しかも、今度は、ウォーリック基地からです!」
「さらに、セントルース基地より、3発の巡行ミサイル。こちらに向かってきます。着弾まで、2分20秒」
「全く、次から次へとご苦労なことだ。ふっ、どうやらここは他の基地から嫌われていたらしいな」
クラークはやはり肝っ玉の座った指揮官らしく、クスリとも笑わず冗談を飛ばしながら、近くのコンソールからマイクを掴み取った。
「司令官より、全兵士に告ぐ。総員第一級戦闘配置につけ。当基地はミサイル攻撃を受けている。非戦闘員については、地下シェルターに避難せよ。これは、訓練ではない。繰り返す。これは訓練ではない」
そして、マイクを元に戻して、声を張り上げた。
「統合作戦指令本部とは繋がったか?」
「ダメです。さっきから呼びかけていますが、司令本部も応答ありません」
「かまわん、出るまで呼び続けろ」
「ミサイル第一波、間もなくこちらに着弾します」
「対空砲の発射準備はできているか」
「対空砲発射準備よし」
「射程圏内に入ったら一斉に撃て」
「対空砲各員、射程内に入ったら一斉に撃て」
士官の一人が、マイクに向かって、司令の命令を伝える。
「間もなく射程内に入ります」
「スクリーンに出せ」
すぐさま正面の巨大なスクリーンに映像が映し出される。そこには飛行中の3発のミサイルが映っていた。
「射程内に入りました。各員対空射撃開始」
その言葉と時をほぼ同じくして、スクリーンに対空砲のレーザー光らしき光がいくつもの線状に流れて行く。
すぐに一つのミサイルをレーザーが貫き、爆発するのが見えた。
そして、さらにもう一つも撃ち落とされる。だが、最後のミサイルにはなかなか命中しない。
息詰まる時間が流れる。
ようやく、レーザーの一条の光が、ミサイルの垂直尾翼に命中し根元から吹き飛ばした。だが、命中した箇所から煙が出るだけで爆発はしない。しかも、尾翼がなくなったため、飛行が不安定になり、ぐねぐねといびつな曲線を描いて飛び始めた。その、ランダムな弾道についていけず、対空レーザーは、全く的外れなところを通過していく。
そして、基地の建物に直撃した。ズゥンという低い爆発音と振動が司令室に伝わってくる。
「損害を報告せよ。今のミサイルはどこに落ちた?」
「研究棟です。直撃により半壊。4階と5階が衝撃により吹き飛びました。3階は崩落の危険あり。2階以下は軽微な損傷のみです」
スクリーンが切り替わり、研究棟が遠くから撮られた映像が映し出される。それを見た瞬間、レイチェルが息を呑んだ。
「こ、これって……」
「どうした?」
怪訝な顔でリチャードが話しかけてくる。だが、すぐに気がついたように、うなずいた。
「そうか、お前が発掘されたのは研究棟の3階だったな」
「え、ええ」
遠くから映された映像であるため、はっきりとは見えないが、レイチェルは、あの日の自分がいるはずの研究棟3階を食い入るように見つめていた。見慣れた建物だったが、報告通り4階と5階が吹き飛んでしまっており、3階も天井が吹き飛んで、室内が晒されているようだ。
建物が半壊したとはいえ、大都市を壊滅に追い込むようなミサイルが直撃したのである。シールドのおかげでこの程度で済んだのだ。そして、自分はそのために助かったのだ。
「ミサイル第2波、第3波、対空砲射程圏内に入りました」
「対空砲各員、撃ち方始め!」
クラークが叫ぶと、兵士がマイクに向かって、その命令を伝える。
「対空砲各員、撃ち方始め!」
それを合図に、何条ものレーザー光線がミサイルに向かって飛んで行く。
今度は、先ほどと違って、飛来してきた8発のミサイルを全て撃墜することができた。次々とミサイルが撃ち落とされる様子が映されていた。
スクリーン上で、最後の一発が爆発したのを見て、クラークがほっと一息ついた。
だが、この日のクラークに休息を得る暇はなかった。
「司令、大変です。こ、これをご覧ください」
兵士の一人が叫びながら、コンソールをたたく。その声には、何か強い緊張と恐怖が感じられる。
すぐに、巨大な全国地図が正面スクリーンに表示された。その地図上には、黒い点がいたるところに置かれて、その点から赤い放射状の曲線がさまざまな方向に向かって描かれていた。そして、その曲線の先には円が赤色で塗られていた。
「これはなんだ? いや、この点滅している黒い点は基地だな。この線と円はなんだ……?」
「これは、各基地から発射されたミサイルの弾道とその被害地域を表しています」
「待て、どういうことだ、それが事実なら、全ての基地からミサイルが発射されているだけでなく、その目標が全て国内の都市ではないか?」
「その通りです。衛星からの分析によると、すでに大都市の多くが壊滅状態です……」
しかも、スクリーン上の地図では、リアルタイムで次々と新たな放物線と赤い円が付け加えられていた。現在も、攻撃が行われていること、そして、その範囲は全国規模であることが見て取れた。こうして見ている間にも、被害地域の赤い円が国中を覆ってしまう勢いである。
「……各都市の状況です」
兵士がコンソールをタイプすると、画面が切り替わり、衛星から撮られたとおぼしき画像がスクリーンに何枚か並べて写された。次々と画像が切り替わる。いずれも、様々な都市がすでに焼け野原と化している惨状を写していた。
「な、なんということだ……」
「しかも、これをご覧ください……」
今度は、地図が切り替わり、世界地図が映された。
それを見たクラークは、
「おお、神よ……」
とつぶやいた。他の兵士もスクリーンを呆然と見つめている。
世界地図に描かれたもの。それは、各国のありとあらゆる基地から発射されたミサイルの弾道を表す線と、その被害を表す円だった。そして、その円で世界全域が塗りつぶされようとしていたのだ。
「世界全域で、ここと同じことが起こっています。基地の同士討ち、ならびに自国の都市への総攻撃です」
「これでは、世界が滅亡するではないか……。これは、本当に現実なのか……?」
信じられないものを見ているかのように、クラークの目が大きく見開かれている。それは無理もないだろう。つい先ほどまでは世界は平和だったのだ。そして、自分たちにとってもいつもの何事もない一日が始まろうとしていた。それが、この数十分の間に、人類が滅亡するかもしれないという事態に陥っている。しかも、この司令室内はまったく普段と変わらないのだ。あまりの現実感のなさで、世界で起こっていることが信じられないのも無理はない。
これは他の兵士たちにとっても同じだった。おそらく家族や友人など、基地外にいるものはもうおそらく亡くなっているだろう。たが、兵士たちはよく鍛え上げられているらしく、涙ぐんでいるものもいたが、取り乱すものは誰一人いなかった。
こうしている間にも、スクリーンの世界地図上で、次々とミサイルを表す放物線とその被害地域を表す赤い円が書き加えられている。
「司令、ご命令を……」
しばらくの間、スクリーンを見つめていたクラークは、やがて決意を固めたかのように声を張り上げた。
「総員避難命令を出せ。我々はこの基地を放棄する」
「司令!?」
「この地図を見ろ。特に重点的に攻撃されているのは、人の住んでいる地域と、軍事基地だ。この図が正しければ、もう、我々が守るべき人々もいないどころか、このままだと我々が人類最後の生き残りになりかねん。ここを退去し、他の生存者たちと合流するのだ」
そのとき、持ち場のコンピュータースクリーンを見ていた、兵士が叫び声を上げた。
「司令、別のミサイルがウォーリック基地からこちらに向かっています。解析によると、弾頭は光化学分解爆弾です」
光化学分解爆弾は、光線兵器の一種で、人間の細胞にのみ作用し、細胞間の結合を弱めて、分子にまで分解してしまう爆弾である。建物などを壊さずに兵士だけを殺傷できるという利点があるが、有効範囲が数百メートルと少なく、シールドにも弱いという弱点もある。
「ふっ。ご丁寧なことだ。シールドは起動しているな?」
「すでに作動中であります」
「よし、いいだろう。それでは、基地の退去プロトコルに従い、我々はこの基地から撤退する。非戦闘員から、脱出する準備をさせろ、そして……」
「し、司令!」
兵士が大声で叫び、クラークの話を遮った。
「何だ?」
「シールドが……、シールドが突然解除されました」
報告しながら、必死にコンソールを操作する。
「何だと? システムの異常か?」
「い、いえ、システムは全て正常ですが、勝手に解除されてしまうのです。こちらの命令を全く聞きません」
だが、クラークはもう驚かなかった。
「誰が何のつもりかはわからないが、どうあっても、私たちを生かしておく気はないようだな。仕方がない。対空砲で撃ち落とせ」
「了解です」
「複数の基地からのミサイルを確認しました。弾頭は分解爆弾です。やはり、目標は当基地であります」
「わかった。まとめてスクリーンに出せ」
スクリーンには、飛来中のミサイルが映った、だがその数合計でおよそ30。しかも、本来なら、複数の基地から発射されたのだから、バラバラに飛んでくるはずなのに、まるで一箇所から同時に発射されたかのように編隊をくんで飛行していた。
そして、シールドが起動していない今、一発でも撃ち損じたら基地は全滅である。
「間もなく、射程に入ります」
「射程内に入ると同時に撃ち方始め。対空ミサイルも全ランチャーから撃て」
「了解であります」
「射程内に入りました」
「撃て!」
その号令とともに、スクリーン上には対空砲のレーザー光が何条も映り、同時に、基地からは次々と迎撃ミサイルが発射された。
そして、次々とミサイルが撃ち落とされていく様子が映される。
「いいぞ、その調子だ」
残り数発になったときに、対空ミサイルが飛来するミサイルの一発に当たった。大きな爆発が起こる。そして、その爆発で、近くを飛んでいたミサイルも次々と誘爆した。
「おおっ」
「やったぞ」
司令室に兵士たちの歓声がこだまする。
だが……。
「司令、爆発を逃れて飛行中のミサイルが一発だけあります!」
「なんだと、どこだ?」
スクリーンは、爆発の煙で一杯であり、視界が妨げられていた。そのため、対空砲が完全に当てずっぽうの射撃になっている。対空ミサイルの使用が完全に裏目に出た形となった。
やがて、
「ミサイルの現在位置が特定できました。着弾まであと、10秒」
その叫びと同時に、スクリーンがミサイルの姿をとらえる。そして、また、対空砲のレーザー光が激しく行き交う。だが、ミサイルには命中しない。
「着弾まで、5秒前」
「当てろ! 当てるんだ!」
クラークの叫びが、むなしく司令室に響く。
「4、3、2、1……」
そして、兵士のゼロという言葉と同時に、まばゆいばかりの光が、司令室を貫いた。
レイチェルも手をかざして、目を閉じた。
「神よ、人類を救い給え……」
閃光の中、クラークのつぶやくような声が聞こえてくる。
すぐに光は消えた。しかし、人々の動きが完全に止まり、まるで白黒の静止画のように色を失っている。そして、まるで砂でできた人形が風に吹かれたかのように、さらさらと崩れていったのだ。そして、後には何も残っていなかった。司令室は、そして、おそらく基地全体が無人になったのだった。
そこで、映像が止まり、また司令室の弱い照明がつけられた。
二人はしばらく間、まったく口を利かなかった。
ややあって、リチャードが口を開いた。
「なるほどな……。惑星規模の壮大な同士討ちという訳か」
「なぜそんなことに……」
レイチェルは、動揺からまだ立ち直れず、思うように言葉にならなかった。
「おそらく、世界同時に同じことが発生したことから考えて、作為的に行われたのは間違いないだろう。コンピューターウイルスか、それともホストコンピューターの異常か。いくつか考えられるが、確証はないな」
「……」
「おそらく、あの様子では、人類は絶滅寸前まで行ったのだな。それで、一万年もたって蘇ったと思ったら、このざまという訳だ。フッ」
侮蔑の眼差しで、リチャードが鼻であざ笑う。
「とはいえ、あの日何が起こったかはおおよそ分かったが、なぜこのようなことが起こったかについてはまだ分からんな」
「……そうね」
何が起こったのかも大方把握できた。どういう過程で自分がこうなったのかも分かった。ただ、最初の惑星規模の同士討ちの原因はわからなかった。
(いつか、この原因も分かる日が来るのかしら……)
「まあいい。面白い見世物だった」
今の映像が、心の動揺を何も引き起こさなかったかのように、リチャードは肩をすくめた。
「コンピューター、ミサイル発射までどれくらいかかる?」
「アト55分程度カカリマス」
「まだもう少しかかるな。なかなか気が急くことだ」
(……あと、1時間もない。お願い、みんな早く来て)
レイチェルは、クラークが砂のように消えた場所を見つめながら、ひたすらクリスたちの到着を願うのだった。
【次回予告】
レイチェルからの連絡を受けたクリスは、基地に入ることを決意する。だが、その前に、リチャードの副官グスタフたちを倒さなければならなかった。はたして、高ランクの幻術士を倒すことができるのか。
「やかましい。閣下のご命令だ。貴様たちには死んでもらう」
「さすがに5は、あたしたちでは歯が立たないわね」
「へえ。クリスだけなんだ。ふーん」
次回『公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活』第二巻「未来の古代人たち」
第十八話「侵入」をお楽しみに。