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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第二巻 未来の古代人たち
40/157

探究心

 話はその少し前にさかのぼる。

 

 クリスたちが遺跡そばのテーブルに座って休憩していると、ウォルターが近づいてきた。


「クリス」

「父さん、どうしたの?」


 心配そうな表情の父を見て、クリスは尋ねた。


「レイチェルを見かけなかったか?」

「いや、見てないよ。みんなは?」


 パルフィたちを振り返るが、一様に首を振るだけだった。


「昼ご飯のあとは、見ていないわね」

「親父さんたちと、面談してたんじゃなかったのか?」

「いや、そうなのだが、レイチェルがちょっと疲れたといってな、いったん休憩になったのだ」

「じゃあ、それからいなくなったわけか」

「ああ。部屋にも行ってみたのだが、いないようでな。というか、もう最前からあちこち探しているのだが、どこにもいないのだ」

「もしかしたら、気晴らしに散歩にでも出かけたんじゃねえか?」


 それを聞くと、ウォルターが腕を組んで思案顔になった。


「だとすると、まずいな。このあたりは割と魔物が出るからな」

「じゃあ、僕たちも探してみるよ」

「すまんが、頼む」





 そして、半刻後、クリスたちは山の中に入って、レイチェルを探していた。


「おーい」

「レイチェル〜」

「レイチェル、いたら返事しろ」


 クリスたちは口々にレイチェルの名前を叫ぶが、返事はなかった。それらしき姿も見えない。


「……いないわね」

「でも、何の準備もなく一人で山に入ったりするのかな」

「それはそうだが、レイチェル殿は山がどれくらい危険なものか分かってないかもしれないしな」

「旧文明の時代には、魔物はいないのかもしれませんし」

「そうか。そうだね」

「どうする? 結構、奥まで来ちまったぜ」

「そうだな……いったん戻ったほうがいいかもね。行き違いになったのかもしれないし」


 そのとき、


「キャアァァァッ」


 つんざくようなレイチェルの叫び声が奥から聞こえてきた。

 ハッと、顔を見合わせるクリスたち。


「こっちだ」


 グレンとミズキが声のほうに向けて駆け出した。

 クリスたちも後を追う。

 そして、細い道をしばらく走ったとき、


「誰か、助けて!」


 もう一度レイチェルの、今度はさらに切迫した叫び声が響き渡った。かなり近い。


「いたぞ!」


 ミズキの叫び声が響く。ミズキとグレンのさらに前方に開けた場所があり、レイチェルと魔物が三体、横から見る形でクリスの視界に入る。レイチェルは右腕から血を流し左腕で庇っており、魔物に追い詰められて、崖のそばまであとずさっている。


 しかも、その魔物は……。


(オークか! まずい)


 そして、オークの一体が、オノを振りかぶったところだった。

 クリスは、走りながら火の玉の呪文を唱えた。すぐに手のひらに大きな火の玉が現れる。

 そして、振りかぶりながら、前方を走っているグレンたちに叫んだ。


「グレン、ミズキ、避けて!」


 叫ぶと同時に、全力で火の玉を投げつける。


「ブォォォッ」


 火の玉が風を切る音ともに飛んで行った。

 グレンとミズキは、互いに並走していたが、その背後からの音に、左右に体をひねって避けた。猛烈な勢いで火の玉が二人の間を抜け、レイチェルを襲おうとしていたオークに一直線に飛んでいき、直撃する。炎はオークの上半身を包んで激しく燃えた。


「ガァーッ」


 激しい咆哮とともに、自分を包み込む火から逃れようともがくオーク。残りの二体も急に火の玉が飛んできたことで驚いたのか、よろよろと後ずさりした。


「よくやったぞ。クリス」

「今だ、突っ込むぜ」


 グレンとミズキが、剣を抜き、そのままオークに突っ込んで行った。クリス、パルフィ、ルティがその後に続く。





 一方、レイチェルは、自分の目が信じられず、半ば茫然としていた。魔物の一体に切りつけられて、もうだめかと思った瞬間、突然横から炎の固まりが飛んできたと思ったら、魔物に直撃し、激しく燃えた。そして、クリスたちが駆け込んできて、魔物たちと自分の前に立ちはだかったのだ。


「み、みんな……」

「レイチェル! 大丈夫かい? 僕の後ろに隠れて」


 クリスはまだこの状況を飲み込めないレイチェルの腕をつかんで、自分の後ろに押しやった。


「ルティ、レイチェルの治療を頼む」

「はいっ。では、レイチェルさん、あとはクリスたちに任せて、私たちはこちらへ」


 ルティが、硬直状態のレイチェルの手を取り、クリスたちよりもさらに後ろに下がる。


「けっ、またオークかよ」

「なかなか妙な縁があるものだな」


 前方ではすでにグレンとミズキが、二合ほど打ち合って押し返し、剣を構えながらオークと対峙していた。最初に火だるまにされたオークも、ダメージを受けているものの、すでに立ち直り、他のオークたちと共に態勢を調えていた。


「あの時とは違うところを見せてやるわよ」

「そうだね」


 前回オークと戦ったとき、クリスたちは全員がランク1になったばかりであり、大苦戦だった。全滅を免れるためにパルフィとルティだけを脱出させようとしていたぐらいだったのだ。


「よし、いくぞっ」

「おう!」


 ミズキの合図で、クリスたちは一斉に戦い始める。


(な、なんなの、この子たち……)


 レイチェルは、ルティに手を引かれて後ろに後ずさりながら、クリスたちの繰り出す技に目を奪われていた。

 グレンの剣は赤く光り、まるで炎が出ているように見える。ミズキの剣は青白く発光して、冷気をまとっているようであった。二人は赤と青白い光の軌跡を残しながら剣を振り回し、魔物たちと戦っている。

 また、クリスとパルフィは何もない所から火の玉や氷柱を出したり、手から光の玉を出して、投げつけたりしていた。

 しかも、あの大きなオーク相手に完全に優勢に戦っていた。


 そして、ルティに至っては……。


「レイチェルさん、傷を治しますので座ってじっとしていてくださいね」


 そう言って、レイチェルを地面に座らせ、自分も横にしゃがみながらレイチェルの腕を取り、なにやら呪文のような言葉を唱える。


『……七つの時を聞こし召す我が大神よ、汝の慈しみによりて汝のしもべに命の息吹を授けたまえ……』


 それは、強い訛りがあるものの、自分の母国語、惑星共通語だった。


『ヒール!』

「ルティ、あなた、その言葉……、えっ?」


 レイチェルが尋ねようしたが、何も持っていないはずのルティの手から淡い光が発せられ、それが自分の傷を覆ったのを見て、驚きのあまり最後まで言い終えることができなかった。


 そして、その光が消えたとき、自分の傷が跡形もなく完全に治っていたのだった。

 傷口がふさがったのではない。最初からなかったように消えたのだ。しかし、傷を負ったのは間違いない、袖も引き裂かれているし、何より、腕も服も血だらけなのだ。


(まさか、こんなことって……)


 レイチェルは自分の目を疑った。何度も傷があった場所を撫でてみるが、傷跡すらなかった。


「もう大丈夫ですよ。それほど、深い傷ではありませんでしたから」


 ルティは、その様子を見て、レイチェルが傷の心配をしていると思ったらしい。安心させるように微笑みかけた。


「え、ええ。ありがとう……」


 レイチェルは、まだ信じられないかのように、自分の腕を見つめている。


 そうこうしている間に、おそらく魔物たちを倒したのだろう、グレンたちが戻ってきた。


「やれやれ、なんかあっさり倒せたな。こんなに弱かったか、オークって?」

「うむ。まあ、今回は三体だったし、それに、この間よりは私たちが力が上がったのだろう」

「同じ魔物とやると、自分たちの上達が分かるわね」

「この間、全滅しかけたのが嘘みたいだねえ」


 そう言いながら、四人が、しゃがみ込んでいるレイチェルのそばまで来る。


「レイチェル、大丈夫?」


 パルフィが心配そうに、腰をかがめて顔を覗き込むように尋ねた。


「心配したぜ。こんなところ一人で歩くなんてよ」

「山の中は魔物が出やすい。散歩なら、ぜひ一声かけて私たちもご同行させていただきたい」

「ホントだよ、レイチェル。オークに襲われているところを見たときは、びっくりしたんだからさ」

「……」


 驚きのあまり、クリスたちを見つめたまま言葉を発することが出来ないレイチェルに気がついて、クリスが尋ねた。


「レイチェル、どうかした?」

「ど、どうかしたも何も……、さっきのアレは何?」

「ん? どれかな?」


 レイチェルは、今までクリスたちが戦っていた場所を何度も指差しながら、興奮した口調になった。


「あれよ、あれ。グレンとミズキの剣が光ってるとか、あなたとパルフィが炎を出して投げるとか、それとルティのこれとか……」


 そういって、今度はケガをしていた腕を指差しながらグイッと差し出すように見せる。

 その質問にパルフィがようやく気がついた。


「あ、そうか。レイチェルは、あたしたちの呪文見たの初めてなんだ」

「え? レイチェルの時代には魔道はなかったのか?」

「そんなのあるわけないわよ。じゃあ、やっぱり、あれは本当に魔法なのね」

「うん、魔道って呼んでるけど」

「本当にそんなものが存在するなんて……」

「前に、僕たちが魔道を使うって言ってなかったっけ?」

「え、ええ、そうよ、確かに聞いてたんだけど……」


 何も、話半分で聞いていたわけではない。クリスやウォルターたちの話から、この時代の人たちが魔道を重要視し、それが生活にとけ込んでいることも十分に分かっていた。しかし、それは、てっきり、儀式的な用途に使われるためで、せいぜい精神的な作用しかないと思い込んでおり、本当にこのような力を持つなど夢にも思っていなかったのだ。


(しかも、その呪文を発動させるのが惑星標準語だなんて……)


 そんな力が自分の母国語にあるなど聞いたこともないし、あり得ない。そんなことができるなら、自分たちの時代でとっくに誰かができているはずである。何しろ、こちらは『魔幻語』が母国語である者が何十億人もいるのだ。しかし、今、自分が目にしたクリスたちの呪文は、見間違えようもなく本物である。


(……私、本当にこの時代のことが分かってなかったんだ)


 生活様式や科学技術の水準などから勝手に古代と同程度の文明レベルだと決めつけて、そして、その程度のものだと思いこんでいたことに気がつかされた。


 空想上のお話だと思っていた呪文を自由に使う文明。この一万年の間に人類はどのような進歩したのか、そして、どういう原理であんな夢物語のような魔法が発動するのか、科学者として詳しく知りたい。


「私、あなたたちのことをもっと知りたくなってきた……」


 目をキラキラさせながら、レイチェルが言った。


「えっ?」


 五人はそれぞれに驚いた顔をした。


「だって、私、本当にあなたたちのこと何も知らないもの。あなたたちにだけ私の時代のことをいろいろ聞かれて、美味しい情報だけ持っていくのなんて不公平じゃない? いろいろ教えてあげる代わりに、あなたたちの世界について、もっともっと私にも教えてもらうことにするわ。私もここで生きていかないといけないんだから」

「そりゃ、オレたちでよければいくらでも協力するが……」

「父さんたちも、きっと喜ぶよ」

「あ、でもその前に……」

「何?」

「新しい服を用意してもらおうかな。裂けちゃったし。それに、もう、こんな服じゃなくって、あなたたちと同じ格好しなくちゃ。ほら、『郷に入れば郷に従え』って言うでしょ」

「え、えーと、服なら、野営地に戻れば替えがあるんじゃないかな。父さんに聞いてみるよ」

「ふふっ。何だか楽しくなってきちゃった。さ、みんな帰るわよ」


 レイチェルは颯爽と立ち上がり、パンパンと砂を払って、あっけにとられているクリスたちを尻目に、なぜか意気揚々と歩き出したのだった。




【次回予告】

レイチェルはベスを使って、クリスたちの魔道を分析しようとする。その過程で、レイチェルはクリスの知られざる事実に気がついた。


「気のせいだったらゴメンなんだけど、誰としゃべってるの?」


(クリス、クリス、私の声が聞こえる?)


「へえっ、そうなんだ。使い魔とか守護霊みたいなものかな」



次回『公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活』第二巻「未来の古代人たち」

第九話「魔道と科学」をお楽しみに。

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