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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第二巻 未来の古代人たち
38/157

覚醒 4(挿絵あり)

(そういえば、昔、同じように、出された食事をベスにスキャンしてもらったことがあったわね……)


 クリスたちと、この時代の初めての食事中、ふと、レイチェルは昔のことを思い出した。


 これは、まだリチャードと付き合う前の頃のことだ。

 それまで見つかっていなかった特殊な鉱石が、ある地方の山奥で発見され、サンプルが研究室にもたらされた。これは、レイチェルたちの研究に画期的な進歩をもたらし得る性質を持っていたため、採掘調査が必要だと判断された。しかし、その鉱石が発見された土地は、先住民の聖地であり、足を踏み入れることすらままならない。そこでレイチェルとリチャードの二人が、採掘を許可してもらうために現地に赴くことになったのだ。極度の不信感を隠さない先住民の族長たち。交渉は長引きやがて夕食になった。

 二人は一族の食事場らしい一画に案内された。そこは植物で編んだ敷物が直に地面に敷かれ、雨しのぎの藁葺きの屋根がいくつかの支柱で支えられているだけの場所で、壁もなく、住民たちが物珍しそうに集まっていた。

 

 そのとき、リチャードが言ったのだ。


「ねえ、レイチェル。僕たちはこうやって、文化の異なる人とも接触しなければならないことがある。異文化交流の第一の鉄則って何か知ってるかい?」

「さあ、いろいろあると思うけど……」

「それはね、『郷に入れば郷に従う』だよ」

「なるほど。そうね」

「ああ。とにかく相手のテリトリーにいるときは、自分が相手の慣習に合わせることが大事なんだよ。でも、実は、これには続きというか、補足があってね」

「なに、補足って?」

「それはね『相手の食べ物にケチをつけない』ってことだよ」


 そう言ってリチャードは愉快そうに笑った。


「まあ」


 意外な答えに目を丸くするレイチェル。


「食べ物ってね、生命と直結しているし、生活習慣とも密接に関係があるよね。だから相手の食べ物をけなすというのは、相手の存在や慣習そのものを否定するのと同じで、本当に関係悪化につながるんだよ。特に、独特の慣習を守っている人たちにとっては、大きなことなんだ」

「へえ、そうなのね」

「うん、だから頑張って食べてね」


 そう言って、リチャードは面白そうにクスクスと笑った。


(何のことかしら……)


 そして、次々と食事が運び込まれた。その料理をみて、レイチェルは息を飲む。そこにあったのは、これまで見たことのないものばかりだったのだ。

 ヘビやトカゲのような生き物をそのまま串刺しにして火に炙ったもの、珍しい哺乳動物の頭部、毒々しい色の果実、なにかの虫のサナギを炒めたものなど、様々な部族料理が皿代わりの大きな葉に載せられていた。また、木で作った椀にはスープと言っていいのかどうか分からないくらいどろっとした真っ黒な液体が入っていて、何か正体不明の骨付肉が半分沈んでいるのが見えた。

 全体的に、食べ慣れていない者にとっては、極めて食欲をそそらないというか、口に入れるだけでも勇気のいる料理であった。

 思わず隣に座っていたリチャードを振り向く。

 リチャードはそのレイチェルの反応が面白かったらしく、笑みを浮かべて、片目をつぶった。


(まあ、リチャードったら、知ってたのね)


 おそらく、ここに来る前にこの先住民たちの食事についても調査したのだろうと察した。


(ベス、これ私が食べても大丈夫?)


 ベスに確認するレイチェル。


(スキャン中。……害はありません) 

(そう……。ならいただくしかないわね)


「さあ、遠慮のう食べてくだされ。これはワシら部族の祝祭料理でな、本来なら何か祝い事や祭りの日に食べるご馳走なのじゃ」


 族長が自慢げに言った。気がつくと、食事をするのは族長と自分たちだけで、周りの取り巻きの者たちは、眺めているだけのようだった。しかし、これが祝祭料理のご馳走であるという族長の触れ込みは事実だったらしく、周りの者たちはうらやましそうにこの食事を見つめていた。


 せっかくのご馳走を出してくれたのに無下にはできないのはよくわかっている。おそらく、交渉の行方とは別の話として、友好を示すために無理して作ってくれたのだ。

 レイチェルは覚悟を決めた。そして、初心者でも何とかなりそうなスープの椀を手にとった。しかし、顔に近づけるだけで強烈な匂いが鼻に入る。スプーンが用意されていないので、このまま飲めということだろうと判断し、そのまま口をつけ、骨付き肉がずり落ちないように指で支えながら、一口すすった。

 口に入れた瞬間、体が受け付けないレベルのまずさが口に広がる。もうこれは好きとか嫌いという尺度とは次元の異なる味だった。ほとんど本能的に吐き出そうとした瞬間、先住民たちの測るような視線に気がついた。


(いけない。ちゃんと食べなきゃ)


 レイチェルは、無理やり飲み込んだ。そして、


「美味しい」


 と声を絞り出し、顔を引きつらせながらも何とか微笑んだ。


 その瞬間、先住民たちがうれしそうな笑顔になり、同時に、それまでの警戒や不信といった感情が、先住民たちの表情から消え去り、場所全体がリラックスした友好的な雰囲気に包まれるのを感じたのだった。


「おお、うまいですか。それは良かった。ささ、どんどん食べてくだされや」


 族長も上機嫌で勧める。

 交渉中はほとんど笑顔など見せず、敵対的とまではいかないまでも拒絶反応がありありと見えていたのに、この劇的な効果に驚くばかりだった。


 さらに、リチャードはレイチェルの上をいく奮闘振りだった。


「おお」


 という、感嘆と賞賛のため息のなか、


 ガツガツと片っ端から口に頬張り、お代わりまでして見せたのである。


 結局、交渉はうまく行った。この件で、先住民側は態度を軟化させ、レイチェルとリチャードが、責任者として現場に常駐するという条件で、採掘を許可したのだ。もちろん、これだけですべてがうまく行ったわけではないが、大きな転機となったのは間違いない。おそらく、レイチェルたちなら自分たちの生活や文化を尊重してくれるという、信頼を得たのだった。


 そして、レイチェル自身の中でも変化があった。それまでは、心のどこかでこの先住民たちと自分の間に壁を作っていたような気がする。しかし、まがりなりにも彼らの食事を食べ、相手に喜んでもらえたのを見て、自分も相手に受け入れられたような喜びを感じたのだった。異文化を尊重することが、双方向に作用するということを初めて知った気がしたのだった。


 その後、交渉で取り決めた通り、数週間はリチャードと共に責任者として現地に留まり、採掘調査を監督した。二人は先住民たちの信頼を損なわないように、最大限の注意を払ったため、調査は友好的な雰囲気のうちに終了した。そして、このことがきっかけで、リチャードとの距離が縮まったのだ。





(今から考えても、すごい体験だったわね……)


 当時のことを思い出して、レイチェルは思わず笑みをこぼした。そして、ふと我に返り、自分の盆にある食べ物を見つめる。一万年後のこの料理は、口にするのに勇気がいるどころか、普通に食べてもおいしい。だが、それでも、この食事を食べることによって、この世界を受け入れ、そして、周りの人たちに受け入れられることになるのだろうか。


(私もあなたを見習って、郷に従うことにするわ……)


 心の中で、リチャードに話しかけるレイチェル。そして、急に当時のことが懐かしくなり、我知らず


「リチャード……」


 とつぶやいた。


 だが、その名前を口に出した途端、それまで押さえていた、会いたいという気持ちと、もう会えないという思いがあふれてきて、レイチェルはこみ上げる涙をこらえきれなくなった。涙が、ポタッ、ポタッと頬を伝って膝に落ちる。


 その様子に、慌てふためくクリスたち。なにしろ、思い出し笑いをしていたと思ったら、急に泣き出したのだ。


「レ、レイチェル?」

「大丈夫?」

「え、あ、ごめんなさい」


 レイチェルは我に返ると、クリスたちが心配そうに自分を見ていることに気がついた。慌てて涙をぬぐって、無理に微笑む。


「ちょっと、昔のこと思い出しちゃって」

「そ、そうなの?」

「あまり思いつめないほうがよろしいのではないか」

「そうね、でも大丈夫よ」

「えーと、ねえ、レイチェル」


 パルフィがなぜか目をキラキラさせている。

 

「なに?」

「『リチャード』ってレイチェルの彼?」

「ぶっ、パ、パルフィ、だ、だめだよ、そんなこと聞いちゃ」


 慌てて、クリスがパルフィを止めに入る。


「えぇ〜、別にいいじゃない」

「いいのよ、クリス。私も、話していたほうが気が楽だから」


 きっと、この子はこういう話に興味があるのだろう。お年頃だし、とほほえましく感じて、レイチェルが、ふふっと笑った。


「そ、それならいいんだけど……」


 あまり納得していない表情でクリスが引き下がったのを見て、レイチェルがパルフィに答えた。


「そうよ、リチャードは私の恋人よ」

「どんな人なの?」

「彼も私と同じところで働いていて、学者だったわ。私より、二つしか年が上じゃなかったけど、私よりもずっと優秀で、尊敬していたの」

「へえっ。アタマよかったのねえ。で、どこを好きになったの?」

「ちょ、ちょっと、パルフィ」


 あまりにも直接的な質問に、クリスは止めようとしたが、レイチェルは気にせず答えた。


「そうね。ものすごく出来る人なのに、優しくて面白いところかな。学者としても優秀だったけど、それでいて冗談ばっかり言ってるし、誰に対しても優しかったし。そのギャップに惹かれたのかもしれないわね」

「そうなんだ。そういうのいいわね。あこがれちゃうなあ」


 パルフィはレイチェルの話をうらやましそうな表情で聞いていた。


「あら、パルフィは、好きな人いないの?」

「え、あの、そ、そんなのいないわよっ」


 あたふたとして顔を赤らめて否定するパルフィ。



挿絵(By みてみん)



「ふーん。まあ、そのうちにいろいろ聞けそうね」


 にっこり意味ありげに笑うレイチェルに、パルフィは顔を赤らめたまま


「ううぅ」


 と言うだけだった。


「そういえば、あなたたちは、私の護衛についてくれるってことだったんだけど、護衛が本職なの?」

「いや、僕たちはマジスタだよ」

「マジスタ?」

「ええとね、簡単に言うと魔道を使うなんでも屋ってとこかな。ギルドから仕事をもらって、それをこなして生活してるんだよ」

「へえ。自分の才覚で生きていくって、すごいわね」

(今、『魔道』って言ったわよね。宗教儀式に使う呪術のことなのかしら……)


 クリスに返事をしながら、レイチェルは護衛に呪術が必要なのかと意外に感じた。だが、よく考えてみると、古代では、悪霊などを追い払うための呪術が日常的に使われていたのだ。したがって、この時代に使用されていても不思議ではない。


「それで、今回は、クリスの親父さんからギルド経由で依頼を受けてここにいるわけだ」

「そうなんだよ。さっき父さんも言ってたけど、発掘隊を狙う野盗もいるみたいだし、このあたりは魔物も出るしね」


(魔物? 狂暴な大型動物でも出るのかしら)

「ふーん。そうだったのね」


 山に近いためにクマでも出るのかと納得して、レイチェルはうなづいた。


「レイチェル殿にも、ぜひ気をつけていただきたいところだ」

「ええ、わかったわ」

「まあ、マジスタと言っても、オレたちはまだまだ駆け出しだけどな」

「そうだな。日々ひたすら修行あるのみだ」

「あら、ミズキって、真面目なのね」

「あ、やっぱりレイチェルも分かる? そうなのよ。パーティーの中で一番堅いのよね」

「そ、そうか? いや、これが普通だと思うのだが……」


 やや頬を染めて、ミズキが言い返す。


「いえいえ、ミズキの真摯な態度を見ると、いつも自分が怠惰だと反省させられます」

「おいおい、ルティがなまけもんだったら、オレたち全員お気楽バカってことになっちまうぜ」


 グレンがルティの背中をバンバンとたたきながら、豪快に笑った。


「ホントよね。それに、ルティはまだ小さいのに、有能なのよ」

「そうなの? ルティはすごいわね」

「いえいえ。私はまだ修行中の身ですから」


 急に自分に振られて、慌ててルティがかぶりを振る。


「何いってんだ、ルティ。おめえがヒーラーやってくれるから、オレたちも全力で戦えるんだからな」

「ヒーラーって? 癒しのヒーリングする人ってこと?」

「ん? ヒーラーってのは、ケガとか直してくれる人のことだよ」

「ああ、医者みたいな人ってことね」

「うむ。おかげで私たちは思い切った戦いが出来るというものだ」

「へえ、この年でお医者様ってよっぽど優秀なのね」

「いえ、そんな……」

 

 照れたように、ルティがうつむいた。

 レイチェルは、この少年が外科手術などをしているところは想像できなかったが、グレンたちの言い方から、かなりの経験を積んでいるのだと察し、深く感心したのだった。




 そして、その夜。


 夕食の後も、いろいろと話し込んで、お休みの挨拶をしてクリスたちが出て行った後、レイチェルは一人、自分に割り当てられた小屋にあるベッドに寝転がっていた。ランプの灯がぼんやりと部屋を照らす。

 レイチェルは、自分が一万年も眠っていたこと、そして、自分の知っている者がみな死んでしまっていることをまだ心の何処かで信じられずにいた。周りの人間が死んだ所を直接見たわけではないし、この場所だって、自分の時代にも似たような山間部はいくらでもあった。つまり、直接的な証拠と言うか、自分の身に直接感じられるような絶対的な証拠がないのだ。そのために、もしかして、これがすべて何かの間違いではないかという疑念が抜けないままで、目覚めた時のショックが落ち着いてからは、悲しいという感情があまり起こらないでいた。楽天的な性格の影響もあったであろう。


 その一方で、論理的に考えれば一万年が経過したと考えるのが妥当だということも分かっていた。

 人工的な電磁波や通信をベスに探知させようとしても一切できなかったし、何より恒星の配置は強力な証拠である。夜空を見ても、すでに北極星が自分の時代とは異なる星に変わっている。レイチェルが目覚めた時、天の北極近くに見えたのは、自分が見慣れたこぐま座α星のポラリスではなく、こと座α星ベガだった。北極星は惑星の歳差運動により時代によって移り変わるが、二~三千年に一度の周期でしか変わらない。そして、ポラリスからベガに移り変わるまで1万年以上かかるのだ。


 そして、一段落して気分が落ち着いてくると、今度は怒りにも似た感情がこみ上げてきた。なぜ、自分が起こされなければならなかったのか、そして、こんな目に遭うぐらいなら、いっそカプセルの生命維持機能が失われ、自分が眠ったまま死ぬまでそっとしておいてくれれば良かったのに、とすら思う。


(でも……)


 と、レイチェルは思い直す。

 理性では、ウォルターたち発掘隊に怒りを向けるべきではないことも分かっていた。

 別に自分がこうなったのは彼らのせいではないし、それに何といっても、地中に埋まったままカプセルが故障し、意識が戻る可能性だってあったのだ。


 コールドスリープカプセルには、高度な人工知能と多数のセンサーが備わっており、外界の様子をモニターし、使用者を目覚めさせるのに適切ではない状況のときには、状況が改善するまで、コールドスリープが解除されない設定になっていた。ただし、機能に異常が出ると自動的に使用者の意識を戻して自発的にカプセルから出られるよう設計されている。そのために、カプセルは中からも開けられるようになっていた。問題は、その際にカプセルが地中に埋もれているなどということは想定されていないということである。したがって、もしカプセルの機能に異常がでたら、起こされるだけ起こされて、地中で放置されていた可能性が高い。栄養失調や酸欠で死ぬまで、地中で身動きも取れず、あのカプセルの中にいなければならないのは地獄の苦しみであっただろう。


 また、仮に発掘されたとしても、ウォルターやクリスたちのような善人に発掘されるとも限らない。この時代にだって、盗掘などは行われていただろうし、現に、クリスたちは発掘隊の護衛のためにここにいるのだ。もし盗賊などに発掘されていたら、ただでは済まなかったはずだというのは想像に難くない。


 それを考えれば、ウォルターたちに助けられた結果、快適な衣食住を提供され、行動の自由を保障され、あまつさえ、村人に拝まれるのは、望外の幸運といってもよかったのかもしれない、もしそうなら、ウォルターたちに感謝こそすれ、怒りを感じる理由はないのだ。


(本当に幸運だったのかもしれない……)


 科学者であるレイチェルは、それほど信心深いわけではなかったが、それでも、神に感謝したい気持ちであった。もちろん、自分になじみのある神がこの時代にいるかどうかは分からなかったが。


(これからどうしたらいいのだろう……)


 明日も明後日もその次の日も、ずっとまた自分の人生が続いていくことが、何か信じられないことのように感じるレイチェルであった。



【次回予告】

一人考え事をするために山に入ったレイチェルは、これまで見落としていた大きな事実に気がつく。そして、そのとき、レイチェルの身に危険が迫る。


(未確認の熱源を探知しました。大型の人型生物3体がこちらに急速に接近中。データベースに登録なし。判別できません)


(あのとき、私はこんなことになるなんて夢にも思っていなかった……)


(一万年も寝過ごすなんて、すごい話よね)



次回『公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活』第二巻「未来の古代人たち」

第七話「前夜」をお楽しみに。



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