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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第二巻 未来の古代人たち
35/157

発掘現場

 フィンルート村までは、徒歩で半日以上かかるということで、クリスたちはその夜までギルド宿舎に泊まり、次の日の早朝にアルティアを出発した。

 そして、ひたすら歩いて、夕方になろうかという頃、ようやく村まであと少しというところまで来たのだった。


「あの山の中にあるんじゃないかな」


 クリスが、歩きながら地図と周りの景色を見比べた。周りには草原や丘陵地が広がっていて、街道はその丘陵地を縫うように走っており、クリスたちはその街道をずっと歩いてきた。前方には険しい山が連なっているのが見える。クリスはその山の一つを指差した。


「ホントに遠かったわね」


 パルフィもやや疲れているようで、足取りが重い。


「こんなとき、テレポートが使える気の利いた幻術士がいてくれりゃよかったんだが」


 グレンがニヤニヤと皮肉めいた笑みを浮かべてパルフィを見た。


「なによ、それ、あたしにイヤミ言ってんの?」

「いやいや」

 

 グレンは否定するが、相変わらずニヤニヤしたままだ。

 パルフィはふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


 ランク1であるパルフィはまだ、テレポートが使えなかった。テレポートは、空間に影響を及ぼさなければならないため、ある程度高ランクにならないと使えないのだ。

 

 幻術士の主な役割は、大きく分けて二つある。一つは、クラウドコントロール。これは、群れで魔物が出てきたときに、催眠や攻撃力を下げる呪文などを駆使して、群れ全体の攻撃力を下げたり、誰か一人に魔物が殺到しないように群れ全体の行動を制限することである。

 そして、もう一つは、テレポートであった。戦闘中の緊急脱出から、平時の遠距離移動まで、用途は広い。このうち、遠距離移動はあまり緊急性がないために、見過ごされがちだが、実は効率という点では重要な位置を占める。テレポートができれば、移動時間が短縮できるだけでなく、途中に危険な地域があっても、そこを飛び越えれば無事に通過できるなど、そのメリットは計り知れないのだ。

 相対的に攻撃呪文の火力が低い幻術士が、パーティに必須のクラス(職業)と言われているのは、まさにこのためである。逆に言えば、テレポートが使えない幻術士というのは、価値が半減するのだ。


「でも、真面目な話、パルフィがテレポート使えると便利だよね」

「うむ。それはそうだな。移動による疲労はともかく、時間の節約になるしな。どうだ、パルフィ。いつから使えるようになるのだ?」

「うう。そ、そうねえ。ものによるけど、全員同時に移動できるのはランク2で習得できるかな。まあ、それで飛べるのは、短距離で、私が実際に行ったことのある場所だけだけど」

「そうかあ。じゃあ、もう少し先だねえ」

「まあ、構わんさ。こうやって、ひたすら歩くのも修行のうちだ」


 ミズキはサムライ・ナイトという格闘職らしく、さほど疲れていないようで、出発時と変わらずハツラツと歩いている。


「ルティは、大丈夫かい? 疲れてない?」

「ええ。私は元気です」


 ルティは言葉通り元気いっぱいの様子で、笑顔で返事をした。

 その様子を見て、「ほう」と感心する一同。


「ほら、ルティを見習いなさいよ、グレン。ルティはまだ小さいのにがんばって歩いてるんだから、図体のでかいアンタが文句言ってんじゃないわよ」

「ケッ」

「あ、でも、私は疲労回復の呪文を唱えているので……」

「えっ、そうなの?」


 ルティの遠慮がちな告白に、パルフィが驚きの声を上げた。


「は、はい……」

「ああ、それで分かった。時々、ルティが何か呪文を唱えて、緑色の光が出てると思ってたんだ」


 クリスが納得したように頷く。


「そうだったのね」

「そりゃあ、そうだよな。いくら何でも元気すぎだしな」

「す、すみません。皆さんにもこの呪文をかけられたらよかったのですが、術者専用なもので……」


 申し訳なさそうにルティが口ごもる。


「いいってことよ。そのおかげでオレたちのスピードで歩けるんだからな」

「そうよ、気にすることはないわよ」

「まあ、オレたちは修行だと思って、がんばって歩くさ」


 そうこうしているうちに、草原と丘陵地を抜けて、先ほど見えていた山のすそに差し掛かった。前方にはものすごい傾斜の山道が見える。

 クリスが地図を確認する。


「えっとね。あとはこの山道を登れば、フィンルートに着くよ」

「うわあ……」


 山道を見上げて、パルフィが情けなさそうな声を上げた。


「最後がこれかよ……」

「うーむ」


 グレンとミズキも、さすがに嫌気がさしたようで、呆れたように道を見上げた。


 山道自体はそれほど狭いものではないが、傾斜が急な上に、つづら折りになっているのが見える。平坦な道の何倍もの労力が必要なのは間違いなく、この時点で相当に疲れているクリスたちには厳しいものであった。


「えーと……」


 少し言いにくそうに、クリスがパルフィを振り返る。


「う、うん。あたしテレポートの呪文がんばって覚えるわ……」

「そ、そうだね。次はそうしてくれると助かるよ、本当に……」


 そして、五人は登り始めたのだった。




 フィンルート村は人里離れた村で、この山の中腹にあった。山の斜面を利用して畑や牧草地を作り、農耕と酪農で生計を立てているようだった。

 村に到着し、村人に発掘現場の場所を聞いてみると、発掘隊は何度もここに来ては食料調達などしていったようで、よく知られているらしく、気軽に教えてくれた。

 少し休憩したあと、村を出て、言われたとおりに山の中を歩いていくと、山の反対側にある見晴らしのいい場所に出た。眼下には山々に囲まれた小さな湖が見える。


「この辺りから見えるはずなんだけど」


 クリスが地図と見比べながら辺りを見渡す。


「あれじゃない?」


 パルフィが指差したところを見ると、湖の岸に壁や柱など構造物の一部が見えた。一部しか見えないのはおそらく大部分が埋まった状態なのだろう。そこで何人かの人が作業をしているのも見える。さらにそこから少し離れたところ、別の山のすそあたりに、いくつかの天幕や小屋が建てられていた。発掘隊の野営地なのだろうと思われた。


「ああ、あれだぜ、きっと」

「よし、行ってみよう」


 クリスたちが、山を下りて、湖に沿って岸を歩くと、たくさんの流木や沈んだ小舟などが転がっていた。それまで岸だと思っていたのは実は、元は湖の底であり、干上がって岸になったようだった。

 やがて前方に、さきほど山から見えた廃墟の一部らしい壁や柱がはっきりと見えてきた。何人かが作業をしているのも分かる。


「あれが発掘現場のようだね」

「やれやれ、ようやく着いたわね」


 気がつくとすでに、日が沈み始めていた。

 発掘現場に近づいていくと、作業員の一人がこちらに気がついたらしく、周りのものに知らせる様子が見えた。すると、作業していた全員が集まってきた。何やら、みなこちらをじっと見つめているようだ。


「なあ、気のせいかもしれねえが、みんな武器を持ってるんじゃねえか」

「うむ。どうも彼らからは強い警戒感を感じるな」

「盗賊と間違えられているのでしょうか」


 ルティが心配そうに尋ねた。


「こんな所まで護衛に来て、その守る相手から襲い掛かられちゃ笑い話にもならんぜ」


 グレンがやれやれという表情でこぼす。


「それはさすがにないのではないか。クリスの父上もおられることだしな」

「たぶん大丈夫だと思うんだけど……。あ、父さんがいる。おーい」


 クリスは大声で呼びかけながら、集団の先頭にいた男性に手を振った。

 男性もクリスに気がついたらしく、手を振り返し、後ろを振り返って、発掘隊員たちに何かを伝えたようだった。おそらく、自分の息子であることを知らせたのであろう、隊員たちは武器を降ろし、目に見えて緊張がほぐれ、リラックスした表情になった。中には笑顔になっているものもいた。



そして。


「おお、クリス。久しぶりだな。よく来てくれた」


 そう言って、クリスの父親、ウォルターは顔をほころばせながら両手を広げ、クリスと抱き合った。

 年のころは40代後半。クリスと同じくらいの身長で、考古学者らしく知的なまなざしと、文化人らしい瀟洒な雰囲気を持っていた。また、長年の発掘作業のせいか、日に焼けており、筋骨粒々というほどではないが、仕事に必要なだけ筋肉がついているようであった。


「しばらく見ない間に、たくましくなったじゃないか。それにマジスタになったそうだな。おめでとう。カーティス先生から聞いたよ」


 ウォルターは、若い頃からカーティス老師の弟子として修行を積んでいたが、クリスが幼少の頃に考古学者に転職したのだった。それ以来、ウォルターは発掘調査のために各地を転々とすることになり、その間クリスはカーティスの元に預けられていたのだ。


「うん、ついこないだ合格して、パーティを組んだばかりなんだ。父さんも元気そうで何よりだよ」

「私は、この通り絶好調だ。おお、君たちがクリスの仲間たちだな。クリス、紹介してくれ」

「うん。みんな、僕の父のウォルターだよ」


 クリスは後ろを振り返り、グレンたちにウォルターを紹介した。


「クリスがいつも世話になっているね。私は、クリスの父親で、この発掘隊の隊長のウォルターだ。ようこそ来てくれた」


 ウォルターがグレンたちに向かってにこやかに話しかけた。


「じゃあ、まずグレンから。グレンは魔道剣士だよ」

「オレはグレンだ。よろしく」

「こちらこそ」


 グレンとウォルターは互いの手をぐっと握り締めて固い握手を交わす。


「こちらは、ミズキ。サムライ・ナイトだよ。ミズキの出身は……」

「ヒノニアだろう?」


 クリスが言い終えるよりも早く、ウォルターが当てた。


「その通りです」


 少し驚いた様子で、ミズキが答える。


「父さん、よく分かったね」


 初めてミズキに会った時、クリスたちは彼女の出身が「東方のどこか」程度しか分からなかったのだ。


「それは分かるさ。この独特の服、羽織と袴というのだが、そして黒髪に黒い瞳、この顔立ち。どれをとってもヒノニアの人だよ」

「へえ」

「それに私は、ヒノニアに行ったことがあるからな」

「えっ、それは本当ですか?」


 これにはミズキも驚いたようだった。それも無理はない。アルトファリアからは果てしなく遠く、気軽に旅行できる距離ではない。そのため、どこにあるかも正確に分かっていない人が多いのだ。外交官以外で、ヒノニアに行ったことのある者は、非常に稀である。


「もう10年以上前だが、発掘調査のために半年ほど住んだことがあるんだ」

「へえ、それは僕も知らなかったよ」

「ヒノニアは、私の好きな国だ。また話でも聞かせてくれ」

「はい。喜んで」


 自分の国に住んだことがあると聞いて、そして好きな国だと聞いて、よほど嬉しかったらしく、ミズキは頬を紅潮させながら、笑顔でウォルターと握手を交わした。


「それから、こちらがルティだよ。クラスは神官で、うちのヒーラー役をやってくれてるんだ」

「おお、君がルティ君か。うわさは聞いているよ。ここ数十年で最年少でマジスタ認定試験に合格したんだね」

「は、はい。そういうことになるらしいです」


 すこし照れたようにルティが答える。


「そんな優秀な人物にこの発掘隊に参加してもらえるとは、私も光栄だ。よろしく頼む」


 ルティはまだ少年だったが、ウォルターは子供に接するような態度は取らず、一人前の神官として扱っているようだった。丁寧に聖職者に対する礼をして、手を差し出す。


「は、はい。こちらこそ。よろしくお願いいたします」


 ルティも同じように頭を下げて、差し出されたウォルターの手を握り返した。


「じゃあ、最後はパルフィだ。彼女は幻術士でね、カトリアから来たんだよ」

「ほう。カトリアといえば、幻術の国だな。あ……」


 それまでにこやかに握手を交わしていたウォルターだったが、一瞬、パルフィを凝視したまま、握手するのをためらうようなしぐさを見せた。


「?」

 

 どうしたのかと見つめるクリスたち。

 しかし、ウォルターはすぐに我に返って、パルフィに詫び、改めて手を差し出した。


「あ、失礼。ちょっと、似た人を見たことがあったものだから。ようこそ。おいで頂けて嬉しいですよ」


「え、あ……」


 パルフィも一瞬、不意をつかれたように固まるが、すぐに握手を交わした。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 いつものパルフィにしては、丁寧に挨拶して、握手を交わした。


(どうしたのかな?)


 クリスは一瞬、不思議に思ったが、ウォルターがためらったのはその一瞬だけで、後は普通にしていたので、気のせいかと思い直した。


「なかなか先が楽しみな、いいチームじゃないか」


 先ほどのことは何もなかったかのように、ウォルターが快活にクリスに言った。


「そう? 父さんにそう言ってもらえるとうれしいな」

「よし、では、こちらのチームも紹介しておこう。エド、リンツ、ここに来てくれ」


 ウォルターは、自分のすぐ後ろに立ち、様子を見ていた自分の仲間を自分の隣に呼んだ。


「彼が、副隊長のエドモンドだ」


 エドモンドは、ウォルターよりやや若く見え、おそらく40代前半と思われる。黒い髪を短く切り、筋骨隆々でがっしりしている。見た目は学者には見えない。むしろ拳闘士のようだ。


「坊主たち、よろしくな」


 そう言って、ニヤっと笑い、順番にクリスたちと握手を交わす。


「そして、リンツだ。将来有望な新進気鋭の若手だよ」

「えーと、隊長にそう言われると、照れますが、ようこそフィンルート遺跡へ」


 リンツは、20代半ばのようで、いかにも学者然としてまじめで大人しそうだった。控えめに微笑んで、クリスたちと握手を交わす。


「後は、フィンルートから手伝いに来てくれている村の人たちだ。おいおい知り合ってくれればいいだろう」


 後方で控えている10人ほどの村人を指し示しながらウォルターは言った。そして、村人たちの方を向いて


「みな、私の息子とその仲間たちだ。この発掘隊の手伝いと護衛に来てくれた。よろしく頼む」


 と説明すると、村人たちは口々に挨拶の言葉を述べ、頭を下げる。


「よし、紹介はこれで済んだな。それでは他のみんなは、作業を続けてくれ」


 ウォルターのその言葉に他の者たちは三々五々自分の持ち場に散っていく。

 その様子を見届けた後、またウォルターがクリスたちに向き直った。


「それにしても、遠いところまでよく来てくれたな」

「みんな武器を持ってこちらを見つめていたから、どうしようかと思ったけどね」


 クリスがそういって、ふふっと笑った。


「ああ、悪かったな。お前も聞いていると思うが、最近は、こういった発掘隊を狙う盗賊が多くてな。我々も警戒しているところなんだ。それにこのあたりは魔物も出る。まあ、それもあってお前たちに依頼したんだよ」

「いきなり指名されたからびっくりしたわよね」

「そうそう。合格おめでとうの前に、父さんから依頼が来るとは思ってなかったしね」

「ははは、すまん、すまん。まあ、ランクが低いうちは、なかなか仕事もないだろうから、丁度いいだろうと思ってな」

「うん。確かに、仕事がなくて困ってたんで、助かったよ」

「けど、いいのか? オレたちはランク1だぜ」


 グレンが肩をすくめて言った。


「それだけあれば、大丈夫さ。盗賊に魔幻語使いなどあまりいないからな。それに、この辺りに出る魔物もそんなに大したものではない」

「まあ、もともと僕たちなんていなくても大丈夫そうだけどね」


 少し皮肉っぽい目でクリスがウォルターを見る。


「ははは。そういうな。これでもいろいろ当てにしてるんだからな」


 そう言いながらクリスの肩をポンポンと叩くしぐさは、クリスに対する愛情を表していた。


「おお、そうだ。まだ紹介しておかなくてはならない人がいたな。ついて来てくれ」


 ウォルターはそういうと、発掘現場の奥に向かって歩き出した。

 クリスたちも、そのあとについていく。


 発掘現場は、遺跡の残骸らしい壁や柱などがあり、発掘隊がいろいろな所を同時に掘り起こしているようだった。すでに、エドモンドとリンツ、そして村人たちがそれぞれの持ち場で作業に取り掛かっている。二人が、壁や柱を観察しながら、何やら詳しく紙に書き込んでいるのが見える。そして、村人たちは、そのそばでひたすら土砂を掘り起こそうとしていた。 


 そこを通り過ぎた先に、真っ黒な衣装に身を包んだ数人の魔幻語使いらしき者たちがこちらを向いて立っていた。さらに、その後方、やや離れたところで、身分の高そうな老人が、埋もれた壁を一人で熱心に観察しているのが見える。おそらく、その黒ずくめの者たちは老人の従者で護衛役なのだろうと察せられた。


 ウォルターは、護衛役たちの方に向かって歩きながら、クリスたちに小声で話しかける。


「手前の数人の中で、一人だけハーフローブを着ている人がいるだろう、それが、グスタフ殿だ。今回の発掘調査の資金を提供してくれたベルグ卿の副官だよ。そして、その奥で一人で視察されているのがベルグ卿ご本人だ。時々、進捗状況を見に来られていてな。今日もたまたまお見えになったのだ。粗相のないように頼むぞ」


 そう聞いて、クリスたちはうなずいた。

 ウォルターたちがさらに近づこうとすると、グスタフが止まるように示しながら、他の従者たちを従えてウォルターの前に出てきた。


「待たれよ、ウォルター殿。閣下は今、ご視察で忙しいのだ」


 グスタフは、高位の魔幻語使いらしく、高級な黒のハーフローブを着ていた。年齢は50才ぐらいで銀色の髪を短く刈り上げ、目付きが鋭く、がっしりとした体格で、うかつに近づくと問答無用で斬られるような、何か近寄りがたいオーラを発していた。


「グスタフ殿、発掘隊の護衛に頼んでいた、マジスタのパーティが到着しましたぞ。私の息子のクリスとその仲間たちです」


 ウォルターがそのオーラに動じることもなく、にこやかにクリスたちを紹介する。

 ウォルターの後ろに控えるように立っていたクリスたちは、やや緊張した面持ちで、グスタフに一礼した。身分が上、ということよりも、グスタフが高位の魔幻語使いということがひしひしと感じられたのだ。

 だが、当のグスタフはクリスたちの姿など、まるで目に入らないかのように無視して、ウォルターを厳しい声で問い詰める。


「閣下に何の用だ」

「この若いマジスタたちにご挨拶をさせようと思いましてな。ベルグ卿にお目通りをお許し願いたい」

「……」


 グスタフは苦い顔で、クリスたちを見詰める。その様子は、いかにも、このような下々の者たちに目通りを許す必要などないと思っているようだったが、この中にウォルターの息子がいる以上、それもやむを得ないという判断に傾いたようだった。


「よかろう。ついてこい」


 グスタフは、冷たい声でそう言い捨てて、ウォルターの返事も待たず、奥に進んでいく。

 ウォルターとクリスたちも後に続いた。


「なによ、失礼しちゃうわね」


 パルフィが歩きながら小声でつぶやくが、粗相のないようにというウォルターの言葉を思い出したのか、それ以上は何も言わなかった。 


「閣下」


 一同が、ベルグ卿の近くまで寄ったところで、グスタフが背後から卿に話しかけた。


「なんだ?」


 ベルグ卿はグスタフに視線を向けることなく、出土していた壁の一部を、何かを読み取るかのように見つめたまま答える。


「ウォルター殿が、閣下にお目通りをお許し願いたいと参っております」

「……そうか。よかろう、ちょうど私も話があったところだ」


 そう言うと、ベルグ卿は振り向き、ウォルターたちに近づいてきた。

 ウォルターはすぐに片膝をついて、頭を垂れる。

 それを見たクリスたちも、慌てて同じようにしゃがみ込んで、顔を伏せた。


「よい。面を上げよ」


 ウォルターたちの前に立つと、ベルグ卿がしわがれた声で命じた。

 ウォルターとクリスたちは顔を上げた。

 ベルグ卿は60代半ばごろのように見えた。すっかり灰色になった髪を短く切り、貴族らしく、上品な茶色のジュストコールを身につけている。

 おそらく、顔の造作自体は端正な部類に入るであろう。しかし、刺すように鋭く冷たい目と、眉間に刻まれた深いシワ、さらには、内なる怒りや不満、恨みに長年苛まれたものだけが持ちうる陰鬱な表情によって、周りを怯ませるような印象を与えていた。

 クリスたちは我知らず、ベルグ卿から目を背けた。


「ウォルター、前回来たときからあまり作業がはかどっていないようだが?」


 ベルグ卿の不機嫌そうな声が辺りに響く。

 クリスは、その言葉にかすかな訛りがあるように聞こえた。


「面目次第もございません。このところ、天候が悪かったり、魔物が出てきたりしてなかなかはかどりませんでした。しかしながら、こうしてマジスタたちが来てくれたからには、我々も作業に集中できるかと存じます」


 ウォルターのその言葉を聞くとベルグ卿は初めて存在に気がついたかのように、ちらりとクリスたちを一瞥し、フンと鼻をならした。そして、視線をウォルターに戻す。


「よいか、ウォルター」

「はっ」

「私は、そなたの調査結果を心待ちにしておるのだぞ。くれぐれも、遅滞のないようにな」

「心得ております」


 ウォルターは、ベルグ卿の厳しい追及にも怯むことなく、柔らかく受け流し、悠然と答える。


「次に来るときまでには、必ず何らかの成果をあげておくのだ」

「肝に命じるでありましょう」

「きっと申しつけたぞ」

「ははっ」

 

 ウォルターは丁寧に頭を下げた。



「……また来る。行くぞ」


 ベルグ卿はこれ以上相手を指弾しても意味がないと悟ったのか、お付きのグスタフたちを呼び寄せた。そして、ウォルターたちから少し距離を取る。

 グスタフは、ベルグ卿たちの先頭に立つと、呪文を唱えはじめた。同時に、ベルグ卿たちを光が包み込む。やがて、光が消えたとき、全員が消えていた。テレポートしたのだ。


 結局、ベルグ卿もグスタフも、一度もクリスたちに話しかけることはなかった。


「ケッ、『ご苦労さん』ぐらい言ってけよ」


 ベルグ卿たちが完全に消えたのを見て、グレンが文句を言った。


「いやあ、強烈な人だったねえ」

「ホント、ちょっと寒気がしたわ」

「あんなヤツを相手にしなきゃならんとは、親父さんも大変だな」

「ん? 慣れればそうでもないさ。たまにこうやって叱られるくらいで、発掘させてもらえるなら、ありがたいくらいだ」

「それにしても、グスタフってヤツ、テレポートが使えるってことは、高ランクの幻術士ってことね。たしか、さっきの呪文はランク4だったと思うわ」

「そうなんだ。そばにいたお付きの魔道士たちはそんなにランクが高そうには見えなかったけどね」

「帰り、アルティアまでテレポートで送ってくれねえかな」

「まだ言ってるの? 全くこのバカは……」

 

 呆れたようにパルフィがツッコミをいれた。


「ま、いずれにしても私たちみたいな雑魚には用がないということだろう」


 ミズキが肩をすくめる。


「まあ、彼らのことは気にするな。ベルグ卿は資金も潤沢に提供してくれるし、おかげで発掘作業ができるのだからな」


 ウォルターが取りなすように言った。


「あ、発掘作業といえば、ここが発掘現場なんだよね」


 クリスが興味深そうに周りを見渡す。


「そうだ。ほら、そこに壁があって、こちらにも壁と柱が見えるだろう」


 ウォルターは少し離れたところにある壁や柱の残骸らしきものを指差した。


「おそらくそれらはもともと一枚の壁になっていて、それよりこちら側が室内だったと考えている。今は土砂が堆積して埋まってしまっているが、この辺りを掘り返していけば、さらに内部につながる扉が見つかるのではないかと期待してるんだ」

「ここは、湖の岸かと思ったんだけど、違うんだね」

「ああ、この辺りはつい数年前までは湖の中だったのだ。ところがこの近くに火山があってな。数年前の火山活動以来、徐々に干上がってきた。もう今ではあの通り、以前の四分の一以下の大きさになってしまった」


 ウォルターは、湖を指差す。


「だが、そのおかげで、湖の底にあった旧文明の遺跡が見つかったというわけさ」

「へえ、そうなの」

「どうやら今掘り出している施設は、大半が湖の底に埋まっているらしくてな。そこから中に入るのは無理なので、どうにか、この岸に出土している部分から、入り口を掘り当てて、中に入ろうとしているところだ」

「なるほどね」

「ねえ、テレポートはしないの? あたしたちが入った旧文明の遺跡は、ランク4ぐらいの幻術士が入れたわよ」

「ああ、それは、私も報告書で読ませてもらったよ。結構危ない橋を渡ったそうじゃないか」


 ウォルターがニヤリとクリスたちを見る。


「う、うう。そ、それは、その……、若気の至りというやつで……」


 クリスがバツが悪そうに頭をかいた。

 闇召喚士によって旧文明遺跡に誘い込まれ、あわや全滅しかけた所を高ランクの救援部隊に助けられたというのは、クリスたちにとっては、今思い出しても赤面するような失態であったのだ。


「ははは、気にするな。無事に脱出できたのだから、よしとしようじゃないか。……まあ、それはともかくとして、旧文明の遺跡は特殊なオーラに覆われていて、外部からの呪文を遮断してしまうのだが、たいていの場合、高ランクの幻術士のテレポートなら何とか入れるんだ。君たちが入った遺跡のようにな。ところが、この遺跡は、テレポートで内部に入るどころか、呪文で中を見ることすらできないのだな。これは私たちが確認したわけでなく、グスタフ殿が自分でやってみたらしいのだがね。彼ほどの幻術士でもまるっきり歯が立たないそうだ」

「じゃあ、ここはオレたちが入った遺跡より、よっぽどすげえ建物ってことなんだな」


 ヒューと軽く口笛を吹いて、グレンが言った。


「その通りだ。呪文の防御に差があるというのは、建物の重要度に差があると考えるのが自然だろう。つまり、この遺跡は旧文明の人たちにとって重要なものだったということになる。そうでないと、これだけ守りを厳重にする意味がないからね」

「いったい何の建物かしら」

「さあ、まだ調査は始まったばかりだから何とも言えんが、最初に思いつくのは宝物庫といった類なのだが、それにしては大きすぎる。後は、宮殿のような、王族の居住施設などが考えられるな」


「なるほどなあ。でも、それにしても、こんな人里離れたところよく見つけたね」

「ホントよねえ。こんなところ誰も来そうにないし」


 パルフィが周りを見渡す。確かに、フィンルート村からも結構離れているし、フィンルート自体も人里離れた村なのだ。


「いや、もともとは、この遺跡はベルグ卿たちが先に見つけたものなんだ。彼らがどうやって見つけたかは知らないがね。ただ、これは私のカンだが、ベルグ卿はたぶん自分たちだけで調査したかったんだろうな。それで、グスタフをはじめ、いろいろな幻術士たちにテレポートさせて内部調査をさせようとしたらしいんだ。だが、この遺跡が呪文を一切受け付けなかったので、もう実際に発掘するしかないということで、私たちに依頼が来たんだよ」


「ベルグ卿って、そんなに旧文明の遺跡に興味があるの?」


「ああ。おそらく、この国の貴族や王族の中でもっとも力を入れて探索しているのは、ベルグ卿だろう。それに、彼はもともと平民だったのだが、旧文明の遺跡調査に貢献があって、今の爵位を得たと聞いている」


「学者みたいだな。勉学が好きなのか」


「いや、それが、けっこう謎でね。単に興味があるという感じではないんだな。ベルグ卿の依頼で別の発掘調査をした他の考古学者とも何人か話をしたが、卿は旧文明のことを知りたいというよりも、どうも何かを探しているようなのだ」


「何かって、何を?」

「財宝とか、不老不死の薬とか、そういったものかしら?」


「さあ、それはわからん。ただ、卿が骨董品に興味がないのだけは確かだ。基本的に出土したものは、発掘調査の主催者であるベルグ卿に所有権があるのだが、いくつかの品を除いて、ほとんどのものは必要ないと言われた」


「ということは、金や財宝にも興味がないということか」


「おそらくそうだろう。旧文明の出土品は売買が禁止されているが、闇市場では高額で取引されているからね。それでも必要ないというからには、求めているものはそれ以外ということになる。ただ、いずれにしても、卿にとっては研究・調査よりも、内部に入ることの方が重要なのだな。私たちは、当然、出土したものを全て研究しながら慎重に発掘を進めていきたいし、また、この遺跡は出来る限りそのままの形で残しておきたい。しかし、卿はそういったことに全く興味がなく、時間の無駄と思っているようでな。出来ることなら入り口を破壊してでも中に入りたいというようなことを言っていたらしい」


「なかなか、食えねえヤツだな、そのベルグ卿ってのは」


「まあな。あのような方だし、何を考えているのかはわからない。ただ、資金は潤沢に出してくれるし、作業を急げと言われるぐらいで、あれこれ言われないし、おまけに出土したものもほとんどは発掘隊に下げ渡されるということで、実は雇い主としてはかなり上等の部類に入るんだよ」


 いかにもそれが面白い冗談であるかのように、ふふっと笑ってウォルターがウインクした。


「そんなもんかね」


「とにかく、ここまで来るのに疲れただろう。お前たちには滞在用に小屋を一つ空けておいたから、とりあえず今日はゆっくりしてくれ。もうすぐ日も暮れるからな。また、明日から、護衛と、発掘を手伝ってもらうとしよう」




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