エピローグ
三日後。
クリスは、仲間を連れて、アルティア近くの森にある旧文明遺跡に来ていた。
アリシアの施設である。
あの時と変わらずロビーは美しく、光溢れる場所だった。
異なるのは、中央にある円柱形の装置に焼けた跡があること、そして、彼女とジャスパーがいないことだけだった。
初めてここに来た時も、彼らの他には誰もいなかった。しかし、その時は、寂しさなど微塵も感じなかった。だが、今、時の流れる音すら聞こえそうな静寂の中、クリスは喪失感で押し流されそうになる。彼女たちがいないだけで、これほどまでに景色も暖かさも変わるのかと、クリスは内心戸惑っていた。
(こんなにも寂しい場所だったなんて……)
こんなところに、一万年も暮らすのはどういう気がするのだろう。クリスには想像もつかない。
「アリシア……」
クリスは円柱の前に膝をつき、皆で摘んだ花束を供えて、アリシアに語りかけた。胸の高さしかない円柱が、まさに彼女の墓標に見える。
「約束通り、仲間を連れて来たよ……」
そう言うと、手を広げて、自分の後ろに並んで立っているパルフィたちを指し示す。
ここに来るまでに、彼らにはおおよその事情を話していた。
みな一様に神妙な表情をしている。
「みんないいやつだから、君にも紹介したかったけど……」
クリスは思わず零れ落ちる涙を拳で拭いた。後ろから、いたわるようにパルフィがクリスの肩に手を置く。
「……ごめん、みっともないところ見せちゃって」
鼻をすすらせて、クリスが、アリシアにとも仲間たちともつかず、照れ笑いを浮かべた。
「そうだ、ジャスパーも連れて帰ってきたよ」
ポケットから取り出したのは、短い鎖のついた小さな青い宝石だった。それは、ジャスパーの首輪に付けられていたものだ。
クリスは、それをそっと花束の横に置いた。
「君たちはずっと一緒だったから。……これで少しは寂しくないだろう? こんなところに、一人ぼっちじゃつらいからね」
そう言って墓標に微笑みかけたが、表情を改めた。
「……アリシア、君に謝らないといけないことがある。僕の力不足のせいで、君とジャスパーの仇を取ることができなかったよ。君たちには命まで助けてもらったのに、本当に申し訳なく思う。でも、これから頑張って修行して、いつか必ず、あのケフェウスを倒す。約束するよ。だから、今は心安らかに眠ってほしい」
そして、頭を垂れ、祈りの言葉をつぶやいた。ルティもその後ろで、神官として聖句を唱える。
「さあ、行こう。みんな、こんなところまでついてきてくれてありがとう」
クリスは立ち上がると、仲間を振り返った。もう、その目に涙はない。
「もういいのか? もっとゆっくりしていっても構わないのだぞ」
「そうよ。あたしたちのことなんて気にしなくていいからさ」
ミズキとパルフィの言葉にグレンたちも頷く。だが、クリスははっきりと首を横に振った。
「いや、その気持はありがたいんだけど、いつまでもここで落ち込んでいても仕方がないよ。それよりも、頑張って修行しなきゃ。次に、あいつに会った時には、思い知らせてやらなくちゃね」
「おう、その意気だぜ」
「そうですよ。正義の裁きを受けてもらいましょう」
「では、ギルドに行って、ミッションを引き受けるというのはどうだろうか?」
「そうだね、そうしよう。僕も無性に体を動かしたい気分だ」
一同は意気揚々と出口に向かって歩き出す。
クリスはもう一度墓標を振り返り、最後の別れを告げた。
(さよなら……、アリシア。ほんの僅かな間だけだったけど、君と出会えてよかった)
そして、想いを断ち切るように前を向いて、ロビーを出る。
やがて、無人になった広間は照明が消え、再び悠久の闇の中に消えてしまったのだった。
公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活 第一巻
「プロミッシング・ルーキーズ(有望な新人たち)」はこれにて完結です。
お読み頂きありがとうございました。
いくつか回収していない伏線があるので、こちらは二巻以降で書く予定です。
お楽しみに。
また、クリスたちの日々の生活の様子を書いたエピソード集も随時アップしています
こちらもぜひご一読ください。
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