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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第一巻 プロミッシング・ルーキーズ(有望な新人たち)
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第26話 出発

 エミリアが話し終えたとき、しばらく誰も身動きもせず、口を開こうともしなかった。


「クリードさんとご両親は本当にアランさんのことを愛していたのだと思います。気丈に振る舞っておられましたが、その姿を見るのは本当に忍びないものでした」

「そんなことがあったなんて……」

「……」

「……なんか、その話聞くとさ、あたしたちって、ホントにバカだったわよね……」


 パルフィがしょげ返ったように肩を落す。


「こんな話を聞けば、クリードが僕たちに激怒したのも当たり前だね……」

「そうよね……」

「うむ。だが、これで目が覚めた気がする」

「ううぅ、こんなことも分からず、『命を賭ける』とか痛すぎるな……」


 グレンがあのときの自分が本当に恥ずかしいという面持ちでつぶやいた。

 エミリアは、クリスたちが口々に反省の言葉を述べ、うなだれる様子を、優しく見つめていた。


「人が死ぬというのは本当に一大事なのです。ですから、自分が亡くなったとき、周りがどれほど悲しむのか分かりもしないうちに、自分の命を賭けるなどと、軽々しく口に出すべきではないと私は思います。みなさんが、一番果たすべき使命は、無事に帰還することなのですよ。そして、生きて帰ることは自分のためだけでなく、自分を愛してくれている人のためでもあるのです。愛する人を悲しませない。その一点だけでも、自分を大切にする価値があると思いませんか?」

「……はい。その通りだと思います」

「ホントよね……」


 エミリアの言葉に、クリスたちはそれぞれにうなづく。


「今回の一件で、皆さんは、そのことに心の底から気がついたように感じています。だから、ルティをお任せしようと思ったのです」

「なるほど……」

「みなさんは大変な目にあったのですが、結局無事に帰って来れたわけですし、本当にいい教訓を得られたのだと思いますよ」

「でも、オレたちはランクも低いし、また危険な目に遭うかもしれないぜ」


 エミリアは首を横に振った。


「それは関係ありません。ランクが低くてもそれに見合った仕事を引き受けていればいいのですから。それに、身の丈にあったことを万全の準備をして取り組めば、そうそう危険なことにはならないはずです。たとえ優れたパーティであっても、無理をしたり、準備を怠ったときには危険な目に遭うのですよ」

「わかった。オレたちももうこんな目に遭いたくないし、それに、今のクリードの弟の話を聞いて、家族たちをこんな目に遭わせたなくないって心底思ったからな」

「そうだね」


 クリスたちもうなづく。


「お分かりいただけたようで、よかったですわ」


 ホッとしたようにエミリアが言った。


「あ、それと、もう一つクリードさんが言っていたことがあるのですが……」


 ふと何かを思い出したかのようにエミリアが付け加える。


「え、何ですか?」

「あ、いえ、これはみなさんには話さないほうがいいかもしれませんね。せっかく、反省なさっているところなのですから」

「なんだろ。なんか気になるわね……」

「うふふ。まあ、あのクリードさんの様子だと、たぶんもうすぐ分かると思いますわ。でも、そんなわけで、未熟者の弟ですが、皆さんにご一緒させてやってください」


 そう言って、エミリアは頭を下げた。


「それはもう、よろこんで」


 クリスたちは一斉に立ち上がり、頭を下げる。


「ありがとう、姉さん」


 ルティはうれしそうにエミリアに抱きついた。


「しっかり修行するのよ、ルティ」

「うん。ぼくがんばるよ」




 そして、翌朝。いよいよ出発のときであった。エミリアが見送るというので、クリスたちは村の入り口まで来ていた。


「それじゃ、姉さん、行ってきます」

「気をつけてね」

「うん」

「みなさん、ルティのこと、どうぞよろしくお願いします」


 エミリアが深く頭を下げた。


「ああ、ルティはオレたちにとってももう家族みたいなもんだ。心配しないでくれ」

「はい。そうですね」

「そ、そういや、エミリアさ……いや、エ、エミリアに折り入って話があったんだが……」


 それまでのえらそうな態度がなりをひそめ、急に「もじもじ」というのがふさわしい態度で、グレンがエミリアに話しかける。


「はい。何でしょう?」


 相変わらず穏やかで優しい微笑を浮かべて、エミリアが見つめた。


「い、いや、そんな大したことじゃねえんだ。ま、また今度遊びに来てもかまわねえかな。エミリアの作る飯が、う、うまかったしよ」

「ええ、もちろんです。いつでも歓迎ですわ」

「おおっ、そうかい。それはありがてえ」


 おそるおそるという態度から、急に満面の笑顔に変わって、グレンが言った。

 その様子を見て、彼らから少し離れたところで、パルフィがクリスとミズキにヒソヒソと話しかける。


「ねえねえ、アレって、グレンが下心で言ってるってエミリアさん分かってないわよね」

「うーん、『下心』って言ったらグレンがかわいそうだと思うけど、まあそうだろうね」

「うむ。エミリア殿は単に親切で言っているだけだろうな」

「まあ、本人が喜んでるんだからいいんじゃないかな」

「それもそっか」

「よし。じゃあ、グレン、そろそろ行くよ」


 クリスがグレンに声をかける。


「お、おう」

「それでは、エミリアさん、いろいろお世話になりました」

「エミリアさん、ありがとね」

「みなさんも、気をつけて」

「はい。では、行ってきます」


 それぞれに別れの言葉を述べて、クリスたちはエミリアの村を離れた。

 しばらく歩いてクリスたちが振り返ると、いつまでもエミリアが見送っているのが見えた。


『愛する人を悲しませない。この一点だけでも自分を大切にする価値があると思いませんか』


 エミリアの言ったことが今でもクリスの心に残っている。


(これは肝に銘じておこう)


 クリスはそう心に誓ったのだった。



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