第23話 遺される者
(すごい……)
それにしてもこの三人の強さは桁違いだと、クリスは思った。剣士は老齢であるにもかかわらず、巨人三体を相手にして互角以上の戦いをしているうえに、平気で攻撃を受け止めている。残りの一体も幻術士の呪文で視覚が狂っているのか、見当はずれのところを殴ったりしている。
さらに、クリードの雷の呪文は一撃で大きなダメージを巨人に与えていた。剣士が攻撃を受け止めている間に、クリードの呪文で次々と巨人が激しく損傷し、倒されていく。
そして、剣士の一撃と呪文が同時に四体目に当たり、四体目もあっさり倒れた。
(まさか、これほどとは……)
認定試験で対戦したとき、クリードが自分に合わせて力を抜いていることは十分に分かっているつもりだったが、目の前で本気で戦っている姿を見ると、自分がクリードの能力を全く見誤っていたことに気がつかされる。その強さは、認定試験のときとは、まったく別の次元のものだった。
(これがクリードの実力なんだ……)
もう他に敵がいないことを確認して、クリードが声を上げた。クリスが我に返る。
「ケフェウスだな? 私はクリード。ギルドから派遣されてやってきた」
『……これはこれは。クリード殿とそのお仲間たちではありませんか。ご高名は存じ上げておりますよ』
口調は変わらないが苛立ちと怒りを感じさせる声で、ケフェウスが答える。
それには一切構わず、クリードが続けた。
「貴様には、逮捕命令が出ている。無駄な抵抗はやめてその部屋から出てこい。鉄の巨人とやらがまだ残っているなら出してもいいぞ。意味は無いと思うがな」
「……あいにく、動かせるのはこの五体だけでね」
クリスのいる場所からでも、ケフェウスの顔がどす黒く染まったのが分かった。おそらく、本人の言うとおり、操ることができるのは五体だけで、そのすべてを倒されたため、これまでの計画が水泡に帰すことになったのだろう。
「そうか。いずれにしても、この遺跡は魔幻府の監督下に置かれる。もう貴様の悪だくみは成らなかったのだ。大人しく縛につくがいい」
『お断りしますよ。捕まえたかったら、入ってくればどうですか?』
「……」
クリードはそれには言葉を返さず、呪文を唱えた。それは、クリスも聞いたことのないものだった。
すぐに、光の玉が掌に現れる。クリスの火の玉と同じくらいの小さなものだ。クリードはそれを窓に向かって投げつけた。
だが、その威力は火の玉などとは比べ物にならなかった。クリスの氷柱の呪文では傷ひとつつかなかった窓ガラスが木っ端微塵になったのだ。激しい音が周囲に響き渡る。
「……すごい」
クリスはあまりの破壊力に息を呑む。
『……くっ。何と、恐ろしい方だ。さすがに、あなた方を相手にしては私も不利だ。ここで、失礼させていただきます。この借りは返しますよ』
ケフェウスの姿が奥に消えた。
「待て!」
クリードたちが小部屋に駆け寄り、割れた窓から中に入り込んで、後を追った。だが、しばらくすると、三人ともまた窓から出てきて、クリスたちのそばに歩いてきた。
「残念ながら、逃げられてしまった。どうやら、あの小部屋の奥には別の昇降機があったようだな。その扉も鍵がかかっていたよ。……みんな、大丈夫か」
クリードが、まだ呆然としているクリスたちに声をかける。
「は、はい、おかげさまで。でも、クリードがなぜここに……」
いまだに何が起こったのか把握し切れていないクリスたちは、頭が混乱したままだった。
「クリス、この人たち知ってるの?」
「う、うん。クリードは、僕の認定試験の試験官だったんだ」
「うむ。クリス君とは昨日認定試験で出会った。私の名は、クリード。このパーティのリーダーをしている。そしてこちらが、幻術士のカーミラ、その隣が、剣士ガンドールだ」
ガンドールと紹介された小柄の老剣士は、にやっと笑って無言でうなずき、カーミラは「ハーイ、よろしくね」といって手をヒラヒラさせた。
「で、でも、どうしてここに……」
「そんなことより、まずはこれをお飲みなさいな。高ランク用のポーションだからちょっとあんたたちにはキツイ薬なんだけど、その様子じゃそうもいってられないわね」
そう言って、カーミラがポーションを配る。クリスたちは一本ずつ受け取りそれぞれ口に流し込んだ。
ポーションはかなりの効き目で、パルフィたち直接のケガを負っていないものは瞬時に回復したようだった。
クリスも体力は回復したように感じたが、やはり内蔵のケガが良くなったわけではないようで、苦しさは相変わらずだった。
ミズキの分はパルフィが受け取り、ミズキの半身を起こし飲ませてやる。
「さ、ミズキ、これ飲んで」
パルフィがミズキの口にポーションを流し込むと、ミズキが意識を取り戻し目を開けた。
「ううぅ……、ここは……」
「あ、ミズキ、気がついた?」
パルフィがミズキの背中を支えながらたずねる。
「はっ、巨人はどうした。うっ、ぐうぅ」
目に光が宿って、完全に意識を取り戻したミズキは、起き上がろうとしたが、呻いただけでまたパルフィに寄りかかる。高ランク用のポーションは確かに効き目が高かったが、もともと重傷だったため、それでも十分ではなかったようだった。
「だめよ、ミズキ、無理しちゃ」
「そうだ、君は特に怪我の度合いが大きい。そのまま寝てるんだ」
クリードがミズキに向かって言った。
「こ、これは、一体……、私の技は巨人には効かなかったのか?」
「ううん、ミズキの技であの巨人は倒れたわよ。でも、そのあと別の四体が出てきて、危なかったんだけど、この人たちが助けてくれたのよ。あの召喚士も逃げたわ」
「そう、だったのか……」
そうつぶやいて、ミズキはまた目を閉じた。
「君たちの怪我はポーションだけではどうしようもない。帰還してからちゃんと見てもらわなければならんだろう」
「だが、あんたたちはどうしてここに来たんだ?」
「そりゃ、あんた。ギルドからあんた達を手助けするように要請されたからよ」
カーミラが肩をすくめて言った。
「なんだと?」
グレンが驚いた声を出した。
「エミリアって人がギルドに駆け込んできてね。あんたたちの救援要請をだしたのよ、ちょうどあたしたちがミッション完了の報告にギルドに来ててね。それで、ここに飛んできたってわけ」
「姉さんが……」
ルティがつぶやくのを聞いて、クリードがルティに話しかける。
「君がエミリア殿の弟、ルティ君だね。実は、私は昔、エミリア殿に大きな恩を受けたことがあってな。どうしてもそれを返したかったんだ。これだけでは、まだ恩返ししたほどにはならないが、とりあえずは君たちを助けることができてよかったよ」
「そ、そうだったんですか」
「ああ」
「でも、この古代遺跡に入るのに手間取ってしまって、あんたたちに要らぬ怪我をさせてしまったわね……」
カーミラが申し訳なさそうに微笑んだ。自分のテレポートが遅れたために、クリスたちが死にかけたと思っているようだ。
「いや、カーミラのせいではない。こういった旧文明の古代遺跡は、異質な結界というか、外部の侵入を妨げるようなオーラのようなものに包まれている。そのため幻術士のテレポートがなかなかうまくいかないんだ。遠話も飛ばしてみたが届かなかったようだしな」
クリスがハッとして顔を上げた。この遺跡に入った時に聞こえてきた声を思い出したのだ。
「もしかして、『入っちゃダメだ』って言ったのは……」
「私だよ。あの時点では、我々はまだここに向かう途中だったからね、君たちに我々の到着を待つように言いたかったのだ。だが、君はすでに遺跡内にいたから、あれ以上は通じさせることができなかったのだよ」
「そうだったんですか……」
「で、でも、どうして姉が私たちの危機を知っていたのですか?」
「君の姉さんは、君たちが召喚士を退治することを知っていたのだろう?」
クリードが、今は無人となった小部屋をあごで指し示して言った。
「しかし、君たちの力で本当に無事に倒せるのか、心配になったんだろうな。ギルドに来て救援を頼んだのさ。そこで、われわれは、君たちの後を追いここまで来た。そうしたら、相手がケフェウスであり、君たちはこんな古代遺跡の中にまでおびき寄せられることになってしまって、我々もあわててテレポートをしようとしたというわけだ」
「そうだったんですか……」
クリスたち一同がうつむく。エミリアがギルドに救援を求めたことに、複雑な気持ちであったのだ。
「……アイツのこと、知ってるの?」
パルフィの問いに、ガンドールが答える。
「ああ。もちろんじゃよ、お嬢ちゃん。ヤツはお尋ね者だからな。さまざまな犯罪に手を染め、犠牲者も多い。捕縛できなければ殺しても構わないことになっているのじゃ」
「……確かに、悪人ぽかったわよね」
「分かってなかったかもしれないが、お前さん方はツイてたんじゃよ。ケフェウスはランク2の召喚士で、お前さんたちよりも上だ。しかも、悪知恵が働くヤツでな、逃走中にランク3の魔幻語使いも倒したっていう話もあるんじゃ」
「え、でも、エミリアさんの話じゃ、村人に掛けた石化呪文の強さから考えて、ランク1って言ってたわよ」
「そこが奴のずる賢いところじゃな。奴は、わざと石化呪文を下手に撃ったのだろう。万が一、ギルドが動いても、低ランクの追手しか送られないことになるからな」
「そうだったんですか……」
クリスたちはうつむいた。確かに、自分たちでもなんとかなると思い込んで、ここまで来たのだ。
それに、ケフェウスは、クリスたちにはほとんど攻撃してこなかった。おそらく、自分の使い魔の能力を試したかったのだ。逆に言えば、そのおかげで助かったことになる。
もし、最初からクリスたちを殺すつもりであれば、そうできた可能性が高いということだ。
「……それにしても、君たちはなんて無茶をするんだ」
「え?」
クリスたちは、それまで穏やかだったクリードの声に怒りを感じて、面を上げた。
「君たちの行動は、カーミラの遠視の術で外から見せてもらった。旧文明遺跡になんの用意もなく侵入するなど無謀もいいところだ。君たちはポーションすら準備していなかったんだろう」
「……」
「挙げ句の果てに、この有り様だ。君たちは今回は運が良かった。本来ならもう少し低いランクのパーティがここに来るはずだったのだ。エミリア殿もギルドもまさか君たちが旧文明の遺跡に入っているなど思いもつかなかったからな。しかも、呪文の強さから考えて相手はランク1程度だという話だったから、ギルドもランク2のパーティで十分だろうと踏んでいたのだ」
「そうよ、でも、クリードがアンタの姉さんに恩があるっていうので、行くって言い張ったのよ。そのおかげで、ここにテレポートできて、さっきの鉄の巨人を倒せたんだから、ホント運が良かったわね。ランク2の幻術士じゃこんなところにテレポートなんてできないんだから」
「君たちは分かっているのか? もう少しで全員死亡していたところだったんだぞ。それに、エミリア殿には危なくなったら引き返すと言っていたそうじゃないか」
「そ、それは……」
クリスは返答に窮した。
それを見て、グレンが横から言い返す。
「たしかに、そうかもしれないが、オレ達は命をかけてやってる。多少無謀だったかもしれねえが、たとえ死んでも悔いはないぜ」
「……死んでも悔いはないだと?」
クリードが、何か感情を押し殺したような低い声で聞き返した。
「ああ。オレたちはランクは低いかもしれねえが、命をかけてやってる」
「そうよ。死ぬのなんて怖くないんだから」
「敵に背を向けるのは、武士の恥」
ミズキも苦しそうにしながらもつぶやく。
「馬鹿を言うなっ!」
クリードの烈火の叫びを聞いて、クリスたちはビクッとする。
「君たちは自分の命をそんなに軽々しく考えているのか。死んでも悔いはないだと? そんなバカなことを言うやつにマジスタをやる資格などない」
「クリード……」
「ちょっと待てよ、命を張って戦うのが何が悪いんだ」
「そうよ」
「君たちは……」
クリードの絞り出すような声は、何か深い悲しみを帯びているようにクリスは感じた。
「……君たちは、遺された者の気持ちを考えたことがあるのか?」
その刺すようなクリードの言葉に、クリスたちはハッとなった。
「君たちにも家族がいるのだろう。自分を愛し、気遣ってくれる人がいるのだろう。もし君たちが死んでしまったら、そういう人たちがどんな思いで生きていくことになるのか、その気持ちを考えたことがあるのか?」
「……」
「自分たちはかまわないだろうさ、納得して死ねるのだからな。それに苦しむのも死ぬまでの間だけだ。しかし、遺されたものは、ある日突然大切な人が亡くなるという憂き目に遭い、一生その悲しさを背負っていかなければならないのだぞ」
クリスたちは何も言えず、ただ黙って聞いているしかなかった。
「それだけではない。エミリア殿から聞いたが、君たちはルティ君を命を賭けて守るといったらしいな。たしかに、仲間を助けるために死ぬ覚悟もあるのだろう。それは勇敢で、称えられることだ。だがな、君たちの命と引き換えに生き残ってしまった、その仲間はどうなるのだ。考えても見ろ、自分をかばうために誰かが死んだら、君たちはそれでよかったと思えるのか。しかも、自分の未熟、うぬぼれ、傲慢、そんなもののために、仲間が死んでみろ、君たちは一生その罪を悔いながら生きることになるのだぞ」
「……」
「言うまでもなく、この仕事は危険なものだ。だから、細心の注意を払い、準備に準備を重ねても、命を失うことがあるかもしれない。しかし、今回の君たちの行動は、未熟で、傲慢で独りよがり、おまけに準備不足もいいところだ。そんな君たちに振り回される周りの者はたまったものではないんだぞ」
クリードの言葉がひとつひとつナイフのように胸に突き刺さる。クリスたちは一言も返すことが出来ず、ただうなだれてクリードの言うことを聞いていることしかできなかった。
「今回は、君たちは本当なら全滅していたはずだった。しかし、エミリア殿のおかげで、こうして生き残った。もし君たちがこれからマジスタとして生きていくなら、今私が言ったことを肝に銘じて、研鑽を積んでいってほしい」
「……」
「では、行こう。カーミラによると、奥のほうがテレポートで脱出しやすいそうだ。私は他に敵がいないか先に様子を探ってくる」
クリードは、そう言って、部屋の奥に向かって向かって足早に去っていった。ガンドールもその後を追った。
クリスたちはクリードに指摘されたことが、あまりにも的を射ていて、自分たちの浅はかさを突きつけられた気がして、ただ呆然とうなだれていた。
それを見て、カーミラが慰めるように言う。
「ごめんね、クリードも言いすぎだと思うんだけど、でも、実はね、彼、弟をミッションで亡くしてるのよ」
「え?」
クリスたちは顔を上げた。
「弟の方は、将来を有望視されていた魔道剣士でね。私たちとは別のパーティだったんだけど、ある日、ちょっと難しい魔物退治のミッションを引き受けて、命を落したのよ。それもね、同じパーティの魔道士をかばって亡くなったそうよ」
「そう……だったんですか」
「その仲間の魔道士は魔道士で、自分のせいで仲間を亡くしたといって、とてつもない罪悪感を感じていたらしいわ。そして、当然ながら、クリードやご両親たちも、家族を失って苦しんだそうよ。いや、今もつらいはずね。もう何年も前の話なのにね」
「……」
「だから、あんたたちみたいな新入りを見ると、他人事には思えないんでしょうね。それで、あんなふうに言っちゃったんだと思うんだけど。許してやってね。あんたたちのことを思って言ったんだし。それに、あんたたちも分かってると思うけど、クリードの言ったことは間違ってないから」
「はい……」
誰かがすすり泣く声に、クリスが振り向くと、ルティが涙を流して泣いていた。おそらく、エミリアのことを思い出していたのであろう。
また、ミズキも、パルフィも、そしてグレンでさえ、思いつめた表情で黙っていた。おそらくは、もう少しで自分が遺族にしてしまうところだった、家族や自分を愛してくれている人たちのことを考えていたのだろうと、クリスは思った。
(浅はかだった……)
クリスは唇を噛み、自分たちの行動に激しい後悔と、そして結局は生き延びて、悲しむ人が出なかったことにすこしの慰めを見出しながら、よろよろと立ち上がり、カーミラの後についていった。
一方、広間の奥では、ガンドールがクリードに追いつき、話しかけた。
「クリード、大丈夫か?」
「……すまない。つい血が上ってしまった」
振り返ったクリードはすでに落ち着いた様子を取り戻していた。
「お前さんにしちゃ、厳しいこと言うもんじゃの」
「当然だよ。あれでは命がいくつあっても足りないからな」
「お前さん、まだ……いや、いい」
ガンドールは、心配そうに何かを言いかけたが、軽く首を振って別のことを云った。
「……で、どうなんじゃお前の見立ては? あのヒヨッコたちはモノになりそうか?」
「そうだな……。むろん、まだまだ修行を積む必要はあるだろうが、かなり有望だと思う。近年まれに見る『当たり』かもしれん」
「お前もそう思うか?」
ガンドールが、ニヤリと笑う。
「ああ。特にあのクリスという青年……」
「おお、あの魔道士か。お前さんが、実技試験の後、褒めてた奴じゃろう。確かに面白い素材じゃな。ワシは魔道士のことはよく分からんが、あそこまで基本を積んだ奴も珍しい」
「彼の師匠はカーティス老師だそうだよ」
「あのカーティス師か? そりゃ納得じゃな。まだ、ろくな呪文は使えんようだが、土台があれだと、先が楽しみじゃの」
「ああ。よほど基本練習を繰り返したのだろうな。さぞかし本人には辛い修行だっただろうが」
「うーむ。ワシも素振り一日五千で、心が浮き立ったりはせんかったのう」
「それはそうだろう」
二人は愉快そうに笑う。
クリードは、ふと、悲しそうな笑顔を見せた。
「……彼を見ていると、なぜかアランを思い出すよ」
「そうか。あの小僧には最高の褒め言葉じゃな」
ガンドールは、親しみを込めてクリードの背中を叩いたのだった。